上 下
29 / 62
第四章◆血ノ奴隷

血ノ奴隷~Ⅴ

しおりを挟む
 
 
 
彼ノ戦においてくだかれた遺物の一片いっぺん

〈禁断ノ翠玉碑エメラルド・タブレット〉 ... ... 

複合錬金をはじめとし、同碑どうひの制約に反す技の秘められたるそれは。
かつて、賢者ヘルメスの知識をつかさどるシャンテの中枢ちゅうすうおさめられていた。

崩壊後のシャンテは文字通りに没落。
天空を浮遊した土地の一部は海原に沈み、また一部は高山のみね座礁ざしょう
世界各地に遺跡を残し、複数はいまだ、この空の何処どこかを彷徨さまよっているのだそう。

異端ノ魔導師と呼ばれる亡国の末裔まつえいが生かされた理由はただ一つ。

地上の多くを統括する帝国の民の面前。
当時、まだ少年の姿だった彼は、こう願い出たと言う。

 ――― 人として生き、そして、死んでいくことを許して欲しい ... ... 

と、そう一言。

砕け散った十二のうち、行方の知れぬ ... 禁断のソレを探し出すことが条件だった。


多国間戦争を経て併合へいごうされた。
ここ〈アルシオン帝国〉は、幾州いくしゅうにもへだたる大陸国である。

国内各地をめぐり、調査するだけでも数年をついやす。

報奨ほうしょうとしてあたえられた住まいに戻ることすらまれ
そんな邸宅ていたくあるじを待ちわびること ... もう、どれくらいになるだろうか。

帝都の幽霊屋敷と言えば有名な話。

市街地からほど遠く。
冠格子かんむりごうしほどこされた高いへいと針葉樹林にかこわれた敷地に、するどく天を指す黒いかわら屋根。
表、中、裏 ... 庭のそれぞれに面してH字をかたどる建て構えに加え、
角々かどかどもうけられた見晴らしからは帝都の中心部を一望することも出来る。

塔に支えられる区画が、遠く、近く、積み木のように折り重なる中。
横合いから差す陽と影を、交互にまとう。
その広大な景色は不規則なようでいて整然せいぜんとし。

しめやか。

夏も近いというのに、薄着では肌寒い。
そもそも ... この屋敷は、第三層天蓋区てんがいくの真下。
高台の立地りっちにあるため。

陽も真昼にしか差し込まず。
風は常に吹いている。

遠目に見る者が不気味に思うのも当然。
しかし、陰りの色濃さゆえ、映える美しさもあるのだ。

庭の花々は、蛍火ほたるびのようにあわともる発光植物がおも
まるで聖夜をいろどる光の装飾。
限りなくそれに近い神秘的な光景を年中、楽しめるとあって。
屋敷のあるじしたしむ者は皆々みなみな秘密にしておきたがる。

幽霊屋敷とうわさされるも、そんな彼らにとっては都合が良い。
まことの美しさを知る者だけの、とっておき。
ここは、そういった場所なのだ。

ところで ... ... 

その、とっておきの場所を先から嬉しそうに駆け回る少年がいる。
息を切らす合間に キャッ キャ とはしゃぎ声を上げ、見所みどころめぐり巡ること、何周目になるやら。

「見ていてきない?」

見張り役に声を掛けたのはマリィ。
住み込みの女性料理長シェフだ。

対し、少年を見守っていた中年男の名はローナー。
同じく住み込みの守衛しゅえいである。

彼は答えた。

「どっこいそうでもねぇ。可愛いもんだぜ。嬉しくてじっとしてらんねぇんだな、ありゃ」

しかし、その土地の所有者以外は人の姿をしているだけ。
現在、被告人としての出廷しゅっていまえ拘束中の〈異端ノ魔導師〉が名義人として知られる。
そう。そこは本来、無人のやかたであるはずなのだ。

なのにともる窓明かり。

「おい ... ... きっぱなしならまだしも、
 点いたり消えたりするって ... やっぱ、あの屋敷、誰かいるのか?」
「ああ、動く家具やしゃべよろいは居るらしい。 異端ノ魔導師の屋敷だ、そう驚く事でもないだろう?」

「ええぇぇ ... 居るって ... おま... だって、化けて出るとか魔物キメラと変わんねーんじゃねーの?」
「幽霊だろうと、精霊だろうと、魔物キメラだろうと、害悪と見做みなされるなら退治するだけ。
 と言うか、お前 ... それでも軍人か? ビクビクしすぎだ。気を引き締めろ」

「う ... うん。でも異端ノ魔導師の〈使い魔〉って、やっぱ、めっちゃ強いんだろ?」
「 ... ... あきれた奴だな ... ... 」

誰もが恐れ、近寄らない。
被告人の身辺しんぺんを見張る軍警所属の男達もまた、屋敷からは距離を置いていた。

不審者の出入り無きようつとめる彼らの様子を遠目に見ながら、二人は会話を続ける。

「ところで、あの目障めざわりな奴等やつらだけど ... 
 どうやら、こちら側よりも過激派を警戒してるみたいね」
「だろうなぁ。あの、ちっこいのが監視官の側に渡っちまった時から
 格上かくうえ介入かいにゅうに気付いちゃいたわけだ」

「静かすぎて気味が悪いわ。
 一旦いったんはフェレンス様にあずけようって事なんでしょうけど。 胸糞むなくそ悪い ... 」
「ははは。言うじゃねーか。まぁ、同感だけどよ」

筋肉質の身体からだを揺らして笑うローナーに視線を戻し、思い出す。
マリィは、あ ... と一声あげてさらたずねた。

「それと、ロージーはどこ? 探してるんだけど」
「ああ。あいつなら少し前まで、ちっこいのの相手をしてやってたんだがな。
 針子はりこが一仕事終えたってんで、すっ飛んで屋敷に引っ込んでったぜ」

「やっぱり。おむかえの支度をリリィに押し付けて ... 役立たず ... 」
「いやいや。そばで見ていてやる奴ぁ必要だろ」
「だからって、あのオカマである必要はないのよ!」

貴方あなたが見張ってるんだし! と、言って早口になるマリィにタジタジ。
「ああ。まぁ ... そうだけどな。 うん ... 」
無難に受け答えるローナーのひたいがどっと汗ばんだ。

「リリィったら浮かれちゃっておしゃべりばかり。
 私だってずっと見てはいられない。
 執事役をやれるような気のいた精霊はいないし。
 メイド役に目配めくばりするくらいしてもらわなきゃ困るの!」

聞いていると目が泳ぐ。
それを一介いっかいの守衛役に言われても、こっちだって困るんだがな。
なんて思ったところで、まさか口に出しては言えないし。

「分かる分かる! そりゃあ、そうだよな! ... ... 」 

とりあえずは適当に返したがが持たない。

その時、少年は顔を上げて塔の上を見た。
屋敷にまねき入れられたさい、少しだけ顔を合わせただけの二人が喧嘩でもしているのだろうかと。
気に掛け立ち止まっていたところ。

聴こえる呼び声。

「おチ ~ ビちゃ ぁ ~~~ ん ♪ お着物が仕上がったわよ ~ 。
 おえしますからねぇ ~ こっちいらっしゃ ~ い ♪ 」

聴くなり、マリィの目が ギンッ と釣り上がる。
見ていたローナーの肩が ビクリ とねた。

中庭の少年は、ぴょんぴょん飛びながらけて行く。

「 シャ、マ !  ドコ ――― ?」
「あら、来たばかりなのに、おチビちゃんたら気が早いのねっ ... 
 残念だけど、旦那様のお帰りはまだ先よ ~ ? 
 そ・れ・に、お会いするならおめかししなきゃ♪」
「 オ メ 、カ ... シ ?」

小首をかしげる少年を抱き上げたのはうわさのオカマ。

「そうよー。きっと気に入ってもらえると思うわ♪ 可愛いんだからぁ ~~ 」
「ちょっと!! ロージー!! 着替えなんて他のメイドにまかせて! こっち来て!!」

「何か聴こえるけど、気にしないでねぇ? 旦那様に可愛いっておっしゃって頂けるように、
 この私がしっかり見立ててあげるんだから♪」
「ちょ! ... 無視するんじゃないわよ!!」
「ふわふわ ぁ ~ とか、ヒラヒラ ァ ~ なのは好き かしら?」

「 聞 け !! そ こ の 、 お ん ぼ ろ タ ン ス !!!!」

箪笥タンス ... ... ...

あわあわとして、ローナーは一歩、二歩と後退あとずさる。

「 ... ... う る さ い わ ね ... ... 」

すると、ようやく立ち止まって塔の上に目を向け、声を張る。

「聴いてないと思って、人のこと オカマ オカマ ってね!!
 陰口 言うような女のためにしてやる仕事なんてないわよ!!
 そ れ に ! あたしは旦那様ご愛用の
 ア ン テ ィ ー ク ・ チ ェ ス ト よ!! おわかり!?
 たまにしか使ってもらえないような〈〉っけ包丁とは違って、
 いつだって旦那様のご様子に配慮してなきゃいけないの!!」

鼓膜がブルブル震えるほどの怒声に、少年はたまらず耳をふさいだ。

「 ... な ... 失礼ね!! 〈〉なんてけてないわよ!!」

若干じゃっかんみ合ってねぇな ... ... ... 

ツッコミ入れたくて ウズウズ するが。
決して声には出さない ... おっさん。もとい、守衛。

「それから!!」

「 ... !?」

半ギレ・チェストは反論をさえぎる。
一転して真剣な眼差まなざしを送るロージーの横顔を見て、少年はまた首をかしげた。

「状況が状況なんだから、おむかえの準備だとか
 浮かれてばかりいないで、ニュースくらい見なさいよね ... 」

聞いた途端とたんに ハッ とした様子を見せる。
塔の上の二人は共に口をつぐんだ。

大広間では、おしゃべりにれていたらしいメイド達が、
とある報道を見聞きし静まり返っている。

石英硝子シリカグラスの工芸柱が投映する内容に、
あるメイドは居ても立ってもいられなくなったよう。

広間から駆け出た彼女は、勝手口から中庭へ。

そして、塔の上のマリィを見つけると、か細い声を精一杯に振りしぼって叫んだ。

「姉さん! 大変!! カーツェル様が ... !!」

める空気。

名を聞いて振り向く少年もまた、やや不安そうな顔色。
吹く風の冷たさが、きわ立つように感じた。


やがて降り出した雨は、天蓋てんがいのもといくつかのたきし水路をたす。
水辺みずべに生じた濃霧のうむを防いで店先を閉ざした町筋まちすじでは、白く曇った飾り窓が店内のあかりを受け。
きりの向こうに浮かび上がるかのよう。

雨天による帝都の閉鎖へいさ感は独特だ。

灰白かいはく上塗うわぬりした景色が延々えんえんと続き、土地かんがなければ迷いもする。
そんな通りを黙々もくもくと行きう人々にまぎれ、あせる気持ちをおさえながら、カーツェルは歩いた。

く先々で治安維持につとめる兵を見かけるも、彼はけようとすらせず。
すれ違いざまに目が合えば、あえて足元から頭の先まで見張りながら行くのだ。

湿気対策されたフード付きマントなどめずらしくなく。
えりを立てれば、口元まで隠せるため。
堂々としてさえいれば、一点集中する余裕のない兵の方から視線をそらしてくれる。

かたや、似たような背格好をした者のうち、
たまたま兵の背後から駆け出た一般民が、呼び止められるような厳戒げんかい態勢。
路面電車の出発時刻のために急いでいたと説明しても、
強引にフードをがされ顔や身体からだを確認されている模様もよう

カーツェルは何食わぬ素振りで先を急いだ。

かどがれば、細い横町。
更に行くと、階段沿いに錬金術師のいとなむ店が連なる裏町。

中等未満の民間資格を持つ彼らはおもに、一般客向けの雑貨や咒符まじないふを製作、販売している。
小遣い稼ぎに曇りガラスを拭いて歩く子らは時に、ガラスしの展示品に見入った。

通りがけに チラリ とのぞけば、キラキラ と輝く原石や、
タンブルにルース、加工済みの魔石。そして魔道具。
陳列ちんれつされたそれらをらし出すランプの暖かなあかりが、美しさを引き立てているようだった。

ほのかに香り付くきりを吸っては吐いて、なつかしむ。

乾燥霊草ハーブと精油のかぐわしさ。

また一人、路地を行き来する兵をやり過ごしたカーツェルは、
香りを辿たどるようにかどの鉄階段を登っていった。

他の店とはことなるそこは、一見してただの借家しゃくや
木造である上、古めかしい。

踏み込めば床板がきしんでり。
その都度、息を吐く隙間から砂埃すなぼこりが舞い上がる。

湿気を吸ってもカビずにいることが不思議だった。

奥まった一室を前に一度 立ち止まった彼は、
隙間に差す影と、物音、人の気配をさぐり、やがて扉を開く。

〈 ガチャリ ... ギィィィ ... ザザザ ... 〉

だが、その途中。カーツェルは眉をひそめた。
建て付けでも悪いのか、半分も開けていないのに床にれ、引っ掛かったのだ。

すると、笑いが込み上げ、口元からこぼれる。

「 ... ... んだよ、なおす気ねぇのか ... ... 」

そこは彼にとって、古き良き馴染なじみの店。

合間に身体からだすべり込ませ中に入ると、カウンターの手前にまであふれる霊草ハーブくくり。
見上げれば、き出しになった天井柱にまで、ぎっしりとり降ろされていて。
ふだには値段も書かれていないのだから、店主の不精ぶしょうっぷりも変わりないように感じた。

最後におとずれたのは、いつ頃だったろう。

手前に視線を戻せば、少年時代の想い出が目に浮かぶ。

外を自由に歩けなかった当時のフェレンスは、
教会を通して物を買い付け、他人宛に配達させていた。

彼の協力者は、その何割かをもらい受け慈善に役立てたと聞く。

あの頃は、まだひどく避けられていたので、会いに行っても門前払い。
ごうを煮やしたすえ、無理やりにでも入り込んでやろうと思い立ち。
行き着いたのが此処ここ

異端ノ魔導師の個人的な繋がりを探り、協力者に付け入るつもりだったのだ。
しかし、店主らしき白髭しろひげ老人のあとをつけ歩いたところ。
老人の身長と並ぶ長銃を鼻先に突きつけられ、逆におどされてみたり。
なんて、今だから笑える話だが。

見かけによらぬチビ耄碌爺もうろくジジイめ。この肝心な時に何処どこへ行った。

無人のカウンターを見て思う。

もっとも、フェレンスが例の屋敷に移り住んでからというもの。
彼に絶対服従の使い魔が、折々おりおり買い付けにおとずれているようなので問題は無いよう。

「 ... 待ってたわよ ... まったく、あきれた御坊おぼっちゃんね ... 」

声を聞いて横を振り向くと、いつぞやぶりの〈ドコ○゙モ・チェスト〉ならぬ ... 大男。
ピンクのフリル・ブラウスが、はち切れそうだ。

「やれやれ、助かったぜ。さすがフェレンスの息が掛かった精霊はさっしがいいな」

カーツェルの場合、すでに見慣れているので、そこはスルー。

「聞くだけ馬鹿らしいけど、あんた... 何しに来たの?」

にらみをかせ、大男は続けた。

ほおっておいたら旦那様のご心情にさわると思って来てはみたけど。
 事と次第によっては、張っ倒して軍警に投げ返すわよ ... 覚悟してちょうだい」

「 ... ... ... 」

その時、店主は留守だった。

街のどこかで鳴る巡視船の警鐘けいしょうに、カーツェルの言葉はかき消されてしまったが。
彼と向き合いしかと聞く。
ロージーは吸った息を吐き出すのも忘れ、硬直した。

「なんてこと ... ... あんた、まさか、それ、本気で言ってるの ... ... ?」

白髭しろひげの店主が戻ったのは、彼らがその場を去ってしばらくしてから。

けむたいのぅ ... 劫火ごうかくすぶらせた若造めが、まだまだ修練が足りんようじゃ」

残りのようにただよう気配から、察しはついたよう。
配達帰り。空になった背負い籠しょいごを壁際に降ろし、
カウンターの向こうに姿を消した老人は、足場を椅子に掛けて登る。
すると、残された貨幣かへいと書き置きが目にまった。

数種の霊草ハーブを買い受けるとの内容。

「ふむ。まぁ ... 〈うつわ〉のくすみを落としてやるには丁度良かろうな」

部屋を見渡し、在庫を指差して数えながら店主は言った。

「 ... 代金がちと足りんがのぅ ... 」

しょぼーん。

目元まで隠れるふさふさのまゆで肩が、増々れ下がる。
そんな店主の顔色をうかがうように窓辺のつる植物の花が店内を向くと、疎通そつうした店主からこぼれる笑み。

「 ホッ ホッ 、お前たちはコソ泥を締め上げてくれさえすれば良いのじゃよ。
 接客まではたのんどらんでな。安心せぇ ... ... 」

帝都のきりは深まるばかりだった。
窓の外を見れば、雲の中にでも居るかのような気分になる。

こんな日に生じる憂鬱ゆううつもまた同様。
人をまどわせ、腐食部に浸透し状態を悪化させやすい。
霧ノ病きりのやまいおかされているとも気付かずに、急性発作を起こす者があらわれるのだ。

例えば、恋いがれる女性に届かぬ想いをつのらせ、嫉妬に狂ったすえ
芽生える絶望の種子が、独占欲を食いつくくす。
力無き者は心に空いた穴から雪崩れ込む負ノ思念にとらわれ、われを見失い暴走する。

「今度は何処どこかしら ... 」

大きな身体からだちじませクラシックカーを運転するロージーが言った。
その後部座席横には、ドアにもたすカーツェルの姿。

平たく広いボンネットしに、交差路の先をのぞき見るもきりさえぎられる。
たずね者を連れているとあって、治安維持部隊の動きを気にかけているようだった。
次に、カーツェルが問う。

「頻発してんのか ... 」
「そうね、今日みたいにきりの濃い日には。さいわい、旦那様とあんたが
 相手にしなきゃないようなヘビー級は、あの日以来、あらわれてないわ」

あの日 ... ...

彼はうつむいたまま笑った。
超級に格付けされる魔物キメラが現れた〈あの日〉と言えば、
カーツェルが初めて異端ノ魔導師の姿を目にした ...

そう、出会いの日でもあるのだ。

ロージーは続ける。

「そう言えば旦那様が言ってた。お屋敷に移り住む前で ... あたしもまだ、
 洋服や品物をお預かりするだけのチェストだったから、お聴きしてただけなんだけど。
 あんた、似てるんですって ... あの竜騎士に ... 」

グウィン ... 彼こそは、異端ノ魔導師がべる亡霊衆、〈千ノ影ファンタズマ・ミルソムブラス〉の主力。

「 ... ... ... 」

聞いた途端。カーツェルはくちびるむようにして閉ざした。

あるじの心情をいたわりたい者としては、あえて言わねばならなぬと心る。
なさけなど掛けてやる気は無い。ロージーは思った。

「相変わらずなのね ... その様子じゃ、ろくに寝てもないんでしょ。
 うでれと鬱血うっけつなんか、どうする気だったの? 執事気取りが聞いてあきれるじゃない。
 旦那様の気も知らないで、何よ。大事にされてるって分かってるくせに。
 自己犠牲なんか見せつけて、平気なふりしてればくしてる事になるとでも思ってるの?
 とんだお笑い草よ。本当に ... 」

叱責しっせきに加え、いましめる。

「好きなだけで一緒にいられるわけないじゃない ... 
 あんたに何かあれば、どの道、旦那様はひとりなのよ。
 そうなるくらいなら。例えそばに居られなくたって何処どこかで生きてくれさえすれば。
 立場が逆なら、あんただって同じこと思うはずでしょう?
 旦那様はもう ... 大事な人を失いたくないのよ ... 」

カーツェルはしばらくの間、口を開こうとはしなかった。
しかし、不意を突くように呼びかける。

「ロージー ... ... 」

少しはかえりみる気になったか。それとも ... ...

「何よ」

バックミラーをにらんで答えるロージーは、大方、
お決まりの反論を聞かされるものと腹をくくっていた。

だが、ミラーしに見るカーツェルの表情は意外にもほがらか。

逆に ギクリ として気不味きまずい。
どうしたことだろうと考える。
すると、カーツェルは言った。

「もしお前が、本気でそう思ってるなら。お前は俺よりもあいつのことを分かっちゃいない。
 フェレンスはな ... まだ、そんな人間らしい葛藤かっとうを抱くような男じゃないんだ。
 成すべきを成す。生きる目的がそれしかないあいつにとって、人への興味は、
 自分の弱みにるモノの本質を ... 知ろうとしているだけにすぎないからな。
 事あるごとに俺を突き放そうとするにしたって、弱みを握られる訳にはいかない時に限るし」

正直、車から引きずり降ろして、胸倉むなぐらつかみ上げてやりたい気分。
だが、そこを グッ とこらえ、口をはさむ。

「ちょっと待ちなさいよ、あんた」

しかしカーツェルは聞かなかった。

「フェレンスがそう言ったんだ。 なのにさ ... ... あいつときたら上辺うわべだけだろう?
 共に生きて、共に死ぬ。一度はそうと決めてわした契約も、
 げるために必要な力には到底とうていおよばなかったと知って。
 たぶんな ... 奥の手を考えてるんだろうと思う」

「奥の手 ? 」

「亡国を滅ぼした男が、あいつに言ってた」


『 君のそばに居て付きしたがうだけの〈うつわ〉 ... そう ... 彼では所詮しょせん、僕のわりになどならない ...  』


「だから ... ... 」
「待って待って、その男ってまさか ... ! 何それマズいわよ、どういうこと!?」

途端に冷や汗が吹き出る。
停止信号の前で ギュッ とブレーキをみしめたロージーは、居たたまれず後部座席を振り向いた。

「弱みも何もなければ手段を選ばない、そんなあいつを、俺が ... 何としても止めるんだ」

深くしたまま、奥歯をめるカーツェルを見て思わず息をむ。
ロージーはゆっくりと態勢を戻し、前方を見つめた。

静まり返った車内から外へ、目を向けると。
きりの晴れに、帝都の各層をまたいで入り組む迂回路うかいろ

カーツェルは口を閉ざしたきり。

物思いにふけりはじめた彼に対し、ロージーが過分かぶんたずねることは無かった。
 
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...