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第三章◆魔ノ香

魔ノ香~Ⅺ

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この胸の不快感は ... 何だろう。

フェレンスは考える。

カーツェルの背をいたのは、圧耐久性あつたいきゅうせいの高い強化硝子ガラスだ。
くだけたところで粉のように微塵みじんとなるはずのものが、変質したらしい。

てつく炎を宿す彼の身体からだは、魔白鋼ミスリル魔青鋼オリハルコンのように
特殊金属でもない限り、重度の切傷を負うことは無いが。

ひざにかけたローブで彼の身体からだつつみながら、フェレンスはみずからに疑問をていした。

痛みにているが、明確には言えない。
氷で満たされたいずみけられ浮き上がる心臓を、
細い針でしぼられるような、この感覚は一体 ... ... 

蒼火がともる傷口から押し出され、ゆかに落ちるたび。
キン ... キン ... と、高い音を発し。
粉のようにくだけもる硝子片ガラスへん

体内に残らぬよう、法により処置しょちしていたところ。
わぬ顔をして見せるカーツェル。

フェレンスは、釈然しゃくぜんとしない表情だった。

得体えたいの知れぬ心情にゆささぶられ、戸惑とまどう。
初めての経験ではないが。
その都度つど、少なからず困惑こんわくした。


昔から、フェレンスに対する人々の陰口かげぐち一々いちいち腹を立て。
ひどい時には、複数人を巻き込むような騒動を引き起こしたカーツェルだが。
帝国軍・大佐をつとめた男の末息子と思えばこそ。

  一、軍人たる者、なげくべからず。力に変え、いどむべし。

  一、敵と見做みなすは。強者らしく沈黙ちんもくさしめよ。
    め追い立てるは力無き者の愚行ぐこうと知らしめるべし。
    
  一、うばいせしめたる者、生みすを知らず。
    戦意をしめたてとせよ。
    いとわず、まもつどい、けっすべし。

父の信条しんじょうならう姿勢。
正義感や道徳心からる行い。
どれも自然と納得できたのだ。

ところが。フェレンスのもとをおとずれては、人が変わったようにくやし涙を流す。
そんな彼の口からこぼれるのは、それら如何いかなる名分でもない。

『あいつらが ... 俺とお前が一緒にいたら悪いみたいに言うから ... ... !』

そばに居るだけで傷付くなら、 近寄ったりなどしなければ良いのに。
幾度いくどとなく言い争った。 

なのに彼は聞く耳を持たず。
いまだ、こうしてそばを離れない。

不可解な痛みは、増していくばかりなのだ。
泣かなくなった分、無理をすることを覚えた彼の実直じっちょくさを、思い知らされるごとに。

罪悪感を感じるほど良心的ではない。
みずからの本質はよく理解しているつもり。

すべきを成すため、必要な行いであれば善悪を問わず。
自身がいずれに属そうとも、気にすらならないのに。

化物バケモノ ... ... 

彼がそう誹謗ひぼうされるに関しては、別 ... と、認識している。
それが、どうもに落ちない。

自分のことなら良いが、彼が傷付くのは嫌。それはそう。
だが、後悔したり気にむのとはことなり。
気分をがいされるというわけでもない。

フェレンスにとって、その謎めいた感覚は ... 痛みは ... 
出処でどころの知れぬいわくのわずらいとなっていた。

あの人が ... 彼ノ尊かのみことが、世界の修正を口にした日の痛烈つうれつな〈悲しみ〉とも掛け離れて、理解しがたい。

けれども、それで良い。
フェレンスは思う。

根拠こんきょが知れようと知れまいと、彼への愛着が形を変えることはないのだから ... ...

カーツェルをつつむローブにり込まれた治癒ちゆ効果は、
直接的に法をほどこすよりも回復速度がおだやかで持続的。
心身に負荷ふかをかけることが少なく、傷跡も残らない。

しかし、急事きゅうじでもないかぎりは、なるべく自然なかたちでの治療ちりょうが望ましいので。
霊草ハーブもちい薬を精製せいせいするため、せきを立つフェレンス。

蓄積ちくせきした疲労が見て取れるカーツェルのふところに肩を入れ、ささえてやりながらの移動だった。

みずからの心境について深く考察することの無い。
異端ノ魔導師の脆弱性ぜいじゃくせい如実にょじつにあらわれた光景と解釈かいしゃくする。

これは、部屋の片隅かたすみで両者を黙視していたクロイツの私感しかん

冷静に見えて実のところ、そうではない。
奴は ... 感情的になっているおのれ境遇きょうぐうさえ理解する必要の無いものと切り捨て。
あるべき姿の維持いじてっしているだけなのだ。

連発した炸裂音さくれつおんおどろいて グスグス と泣きはじめる少年をなだめつつ。
由々ゆゆおもいみる。

理性のかたまり、そのもの。 そんな貴様に、
心弱い我々われわれ人類がるべき〈まことノ力〉など、見いだせるものなのか?
私には到底とうてい、そうは思えぬ ... ...

クロイツがフェレンスに向ける不信の念は、ー甚はなはだ共感しかねる高み意識への恐れに近かった。

 
――― 古代暦学において。
   〈星詠み〉と呼ばれた天文学者の一派が、
    予言や占星の虚実きょじつ関係を解き明かさんとするに〈まこと〉 と呼びしめした真理。

    霧ノ病きりのやまいによる魔物の脅威におびえる人々は時として、
    それにもとづく力で人類をみちびかんとす賢者ヘルメス面影おもかげを探した。

    いては、帝国政府がフェレンスの素性すじょうおおしてまで生かしておく理由に他ならぬ。


クロイツがあんじているのは、そういった歴書に固着こちゃくする印象により、
まるで英雄か何かのようにフェレンスをかつぎ上げようとする〈宗教的勢力〉と、
流れを利用し独裁を目論もくろむ〈政府の一部勢力〉と、
それら目上の権威独占を良しとしない〈軍勢力〉との三つどもえが、
何かにつけ無関係な民を巻き込む実情にともなった ... 二次被害の拡大である。

伝説の血と思わしきを宿やどす少年が、忽然こつぜんと姿をあらわした今。
対立と混乱が激化するのは目に見えている。

泣く子を抱いたまま室外へ出て、クロイツは思いめた。
口をかたむすんで、目もくれない。

そんな様子を、上階の踊り場から吹抜けしに見ていたのは、ノシュウェル。

ただならぬ物音を耳にしてけ付けたところだが。
少年を連れた上役うわやくの表情からさっし、部下と共にとどまった。

彼は、クロイツが別室へと移動し終えるまでを見届け、行動する。

翌朝には宿やどを発つため。

まずはフェレンスの許可をて、機材の送り返しを部下達に命じ。
支度済みの部屋まで主従じゅじゅうを案内した。

ローブを着せられたカーツェルに寄りって離れないフェレンスを見れば、事態の把握はあく容易ようい

りを見て食事を済ませるようげたうえ、すみやかに退室後。
現場へ戻ったさいゆか血痕けっこんぬぐう部下の手元をうかがえば。
重症にはいたらなかったものと見えるが。

「よくもこう次々と、やく見舞みまわれるもんだ ... 」

いぶかしげな顔をしてつぶやくノシュウェルは、ふとして窓の外へと視線を持っていった。

後始末あとしまついそがしく行き合う部下達のかたわら。
事故の衝撃でヒビの入った窓の硝子ガラス面を隈無くまなくテープで止め、応急処置とする作業の終わり頃。
左右のりを、きっちりおさえて閉める部下と入れ替わるように。

窓辺に立つと、月の光をき降ろす樹海をながめ、思いをせる。

明日あすの昼過ぎには、ウォルテアの国境手前にある空港にくとして。
手配しておいた飛空艇ひくうていに乗り込めば、日暮れ前には帝都の土をめるだろうか。

山岳さんがくて、ゆるやかに下る運河の流れ沿いを立ちかこ樹々きぎは、
しなえだを横たえ、宿場の軒先のきさきむすぶ。

叉木またぎの上に家が立つほどの巨木でめられた土地ゆえ
地上を切り開くよりも樹の上に住んだ方が手っ取り早く。
土地の変質もけられるとして開発が進んだよう。

時として通りかかる船は、その下をくぐるかたちでしずやかに航行した。

また、そういった事情から。
この先、馬車は使えないので。

日が昇り次第、船へと乗りぐ予定だ。
荷移し作業はすでに済ませてある。

つまり。そういった移動とうの手はずは全て、ノシュウェルのけ負い。
クロイツは、今後の見通しをつける事にのみ集中した。

少女を追跡するノシュウェルの部下の動向。
少年という恰好の獲物を取り逃がしたであろう、奴等やつら出方でかた

自由のかなくなったフェレンスを引き込みに乗り出すであろう勢力が、
はてさて、どのような理屈りくつをこじつけてくるものか。

関連性もふくめ、様々に想定した。

泣き疲れてきた少年の眠気まなこが、うつらうつらと船をいでも、おかまいなし。
頭をでてやるのも片手間かたてまになっていたところ。

「ねぇ、クロちゃん ... ... あのね ... ?」

唐突とうとつに話し掛けてきた少年に対し、返事くらいはしてやろうかと ... ... 

思 ... い 、ながら、も。 

すっかりと思考が停止する。

目を向けると、視線がカチ合った。

「お、ぉぉ、お、お前 ... ... 今 ... ... 今、何と ... ... ?」

おどろきのあまりか。少年の片言かたこと口移くちうつしし。
クロイツは不規則ふきそくに息をいで言った。

すると、わきもたれ見上げてくる ... おねむニャンニャンが、そう、何と。

「 ん、と。あのね? ... えっと。 クロちゃん、僕ね?
 シャマのところに、行きたいの。 連れて行ってくれる?」

何とも、まぁ、卒然そつぜんに ... まともな言葉を発したのである。

シパ シパ シパ シパ シパ ッ ... ...

クロイツの高速まばたきがえる。

ガラにもなく小首をかしげて硬直することしばし。
 フ ェ ッ ... と大きく息を吸ったクロイツは即座に呼び付けた。

「 フ ェ レ ―――――――――― ン ス !!」

「ぶ ふぉ っ ... ... !!」

その時。真っ先に吹き出したのはカーツェルである。

さいわい傷はあさく、ローブの効力もあって特別な手当は必要なかったので。
冷めないうちにとすすめられたスープを口にしはじめていたところだった。

そんな彼の背中の血をき取ってやりながら、フェレンスは声のした方を振り向く。

〈 バタン !! バタバタ ダ タ ゙ ダ ダ ダ ... !!〉

夜、夜中。

少年をかつぎ上げて部屋の扉を開けはなち、
階段をけ上がるクロイツの素早さたるや... 疾風しっぷうごとし。

後始末も済まぬうち。
廊下を疾走し行き過ぎる上官を上手いことけた兵士の一人は、
青褪あおざめた顔で振り向き、背を目で追いながらつぶやいた。

「お、お願いだから ... もう、これ以上、仕事、増やさないで ... 」

ガクブル ... ...

ふるえる彼等かれらは、それぞれに手を止め愕然がくぜんす。

俺たちだって、たまにはベッドで寝たい ... ... 

声に出して言う者はいなかったが。
つまりは、そういうこと。

遠征えんせい中、宿で寝泊まりすることなどはごくまれであるため。
贅沢ぜいたくを言うようだが、せっかくなのだから少しくらいはくつろぎたいと思った。

そんな部下達、一人々ひとりひとりの背をで下ろし。
ねぎらいながら部屋を出る。
ノシュウェルは、め息じりに言って項垂うなだれた。

「やれやれ、まったくだぁ ... 」

彼にも若干じゃっかん、疲れの色がにじむ。

貸し切り予約をしていたので、多少なり騒々そうぞうしくとも何て事は無い。
迷惑を掛けるとすれば、ベッドに入っても一向いっこうに寝付けず、
天井をにらんでいるであろう宿主ぐらいかなぁ ... とは思うけれど。

例の主従しゅじゅうを休ませている部屋の前で、大袈裟おおげさな身振り手振り。
おかしなことを言いはじめた統括責任者には、心底、まいった。

貴様きさまに用は無い! フェレンスを出せと言っている!!」
何卒なにとぞ、お静かに ... ... そして、まず
 興奮をしずめて頂かないことには、お取り次ぎいたしかねますので ... 」

急ぐでも無し。のらりくらり。様子をうかがいに行ってみると。
階段の先には、入室をこばまれるクロイツの姿。

「クドいぞ貴様きさま!」
「あなた様こそ。議会の意向にしたがい決定をゆだねてはおりますが、
 かと言って旦那様とあなた様の権威けんいが逆転するなどといった事は、決して御座ございません。
 つきましては ... お取り次ぎするにあたり、理解可能なご説明をたまわりとうぞんじます」

カーツェルの口振りからすると、またひどく腹を立てているようだが。

「この ... どうでもいい時ばかり仕事熱心で、つくづく 、鬱陶うっとうしい男だな 、貴様きさまと言う奴は!」
「おやおや、これはこれは ... 
 夜中に配慮はいりょも無く押しかけておいて、どの口がほざく寝言かと思えば。
 お察しいたしますところ、もしや ... 正気を枕元まくらもとに置き忘れて御出おいででは?」

部分的に毒をっても比較的、真っ当な対応をしている。
彼の言葉を要約すると、こうだ。

 寝 言 は 寝 て 言 え と 。 

しかし何故なぜ、わざわざあいだに立って口をはさむ必要があるのだろう。
ノシュウェルは疑問に思った。
そうしてクロイツの後ろに立ち、部屋の奥にたたずむ後ろ姿をのぞいてみる。

聴こえているはずだが。
その背に、振り向く気配はない。

あらためてカーツェルに目を向けると、違和感が増した。
この男 ... 律儀りちぎと言うよりは、過干渉かかんしょうが度をしているようにも思える。

気にし過ぎだろうか。

一方。矢面やおもてに立つ執事はなじり合いのすえ、投げやりに話を切りめた。

「ともあれ、話にならなくては仕方がありませんので。今宵こよいはこれにて ... 」

そしてドアを閉めかける。 ... が。

「  う は 烏 賊イカ の 金 玉キン○マ ぁあぁぁぁ!!」

クロイツは素早く足を上げ、力一杯、り込んだ。


〈 ドガァアァァ ... ン !!〉


少年をかかふさがった手の代わり。
あの細身が繰り出したとは信じがたい威力。
見ていただけだが、たまらず身をすくませたのはノシュウェル。

彼は思った。

ぇ ... って言うか。 今、何つったの ... ... !?

待てよ。ほら、まず、アレさ。
〈ピ―――〉って伏せ音ふせおん入れなきゃマズいでしょ。
意味不明だし。え。何。辞書にってる。ウソでしょ。

――― 〈そうは行かぬ〉の〈いか〉に〈烏賊イカ〉を掛け、
    そうはいかないということを洒落しゃれていう言葉。

って ... ... マジかよ ... ... !?

彼の部下に一人、情報通がいた模様もよう
耳打ちされた瞬間、おどろいたが。

それを ... ... 知ってても、言う ... ... !?

次には部下と二人で絶句ぜっくする。
余程よほど、追いめられているのだなと思った。

「だから! 少年がしゃべったと言っている!! 
 いくらくさてた貴様きさまの頭でも、これくらい理解できなくてどうするのだ!?
 分かるだろう!! しゃべったのだ!! この! 少年が!!」

いやいやいや... ...

「そもそも、その少年とは以前から対話可能ですが ... どうぞ、お気を確かに ... 」

うん。まぁ、そうだよなぁ ... ...

聞けば聞くほど、に落ちない。

あきれるわけだと。
殊更ことさら、カーツェルに同情する。

見れば、容赦ようしゃなくり込まれたドアのかどひたいに直撃したようで。
真顔まがお執事のおでこから、けむりが上がっているようにさえ見えた。

それでもなお、クロイツは食い下がるのだ。

「そうではない!! あの分かりづら片言かたことではなく!
 まともな言葉を使って話しかけてきたのだ!!」
「 ... はぁ。そうですか」

最早もはや、目を合わせようともしない。
彼の羽織はおるシャツの両襟りょうえりつかんで、さぶる監視官は更に。
声をあららげ、こう続ける。

「いいか! さっしの悪い貴様きさまにも分かるように言ってやるから、よく聞くが良い!
 少年は先程、私に、こう言ったのだ!
 〈 ... えっと。 クロちゃん、僕ね? シャマのところに、行きたいの。 連れて行ってくれる?〉
 と! こぅ... 目をうるわせてだな!!」

ところが、実演してみてようやく気付いたらしいのだ。
ウルウル と ... ... 真剣しんけん真似まねして見せ、クロイツは ハッ... とする。

衝撃的すぎる上役うわやく奇行きこう

おどろきのあまり全身を ビクリ! とね上がらせたノシュウェルが、居たたまれずに言った。

「さっきから何!? あなたという人が、そこまでする!?」
うるさい!! と言うか貴様きさま!! 何時いつからそこに居た!?」

そう、クロイツは、完全にわれを見失っていたのだ。
赤面、不可避。だが、それで済むなら、まだ救いようはある。

ところがだ。

「いえ、そこは、無理して頂かなくても... 結構ですから ... ... 」

〈クロイツ、まさかの本気〉にドン引きするカーツェルの拒絶感が半端はんぱない。

見ると、こちら側に向けた手のひらを プルプル と小刻みにふるわせ、
今にも血反吐ちへどをぶちけそうな表情で青褪あおざめているのだから。

それには、クロイツの腕の中で眠りかけていた少年もビックリ。
 ヒッ ... と、吸い込む息をのどに引っ掛ける。

「 ツ ェ ... .... ツ ェ ... ... ツェル ... ... シ、ヌ ? 」 ((゚д゚||| )) ガクブル

目を丸めて身震いする幼子おさなごは、あいも変わらず片言かたことだった。
聞いていた者はみな、思う。

これのどこが、まともだと ... ?

カーツェル、ノシュウェル、部屋の奥で背を向けたままのフェレンス。
目の前の男達を順に見て、クロイツはすっかりと肩を落とした。

そ ... そんな馬鹿な... ...

そうして、ゆっくりと少年をその場に下ろし、肩をさぶりはじめるのだ。

「お、おい。お前。どうした ... 話が違うではないか ... 」
「 ン? ... ム?」

「お前はやれば出来る子であろう ... 何故なぜ、言えぬのだ ... 」
「 ンム  、 ンム ムムムム ゥゥ ... ?」

「おい! しっかりしろ!!」

理由わけも分からぬ少年は、成すがまま。
だが、ついには目を回してしまったよう。
見兼みかねたノシュウェルが止めに入ろうとした時だった。

「しっかりすんのは ... テ メ ー の 方 だ ろ う ――― が !!」

はらえかね本音をぶち込むカーツェルが、思い切りり返す。
なのに何故なぜ ... 転がされたのはクロイツではなく ... ノシュウェル。

ウ・・・ソ ... ナンデ... 俺 ガ ... コンナ 目 ニ ... ?』

肩口に受けた衝撃で大きくったところ、途切れ 々 に脳裏をめぐった心の声。


〈 ゴロンゴロン! ドカッ!! 〉


「もおぉおぉおぉぉ!! いい加減にしてくれぇえぇえぇぇ!!」

我慢がまんの限界をむかえ、ベッドからね起きた宿主の怒声どせいが、近隣きんりん木霊こだます夜。
フェレンスは、急拵きゅうごしらえの精油水せいゆすいをガーゼに取り、静かに容器を置いて振り向いた。


たっぷりとみ取った溶液が手首をつたい、袖口そでぐちに入る間際まぎわ
ついの手の指先でしずくすくいながら歩みる。

そんな主人の気配に気づいて振り向きかけたカーツェルだが。
スッ ... と肩口からべられた手の行き先へ、意識を持っていかれた。

手首を返すフェレンスの指先は、カーツェルの顔の輪郭りんかくをなぞり霊草ハーブかおりを鼻先に寄せる。

カレンデュラオイルとティートリー、それから、ゼラニウムだろうか。

かおる、それらの効力をおもんみると。
シャツのすそからすべり込む手。

「 ん ... ... ぁ ... ... 」

カーツェルは息を口にふくんだまま、声を殺した。

〈 ピチャリ ...  ピチャリ ... ... 〉

耳の奥につくれ音が、すく強張こわばすじの根元を震わせ。
こしからわきへ ... 背筋をでるようにのぼってはくだる。
 
ガーゼを当てる手の爪先つめさきが、肌に触れるか触れないか。
身体からだしんに線を引かれるような感覚だった。

「殺菌、止血、皮膚の保護に配慮し調液したものだ。
 純水で薄め、酒精しゅせい馴染なじませてある。 多少、みるだろうが ... 嫌ではないだろう?」

背後からささやきかけるフェレンス。
つやのある声を耳元で聞いたカーツェルは、顔をせて黙り込み。
そのまま部屋の奥へと引き返してしまう。

取り残されたクロイツは目尻めじりしぼり、フェレンスをにらんだ。

「この ... 破廉恥はれんち。変態。鬼畜きちく魔導師が ... ... 」

かたや相手は何を言われようと気にもめず。
小首をかしげ口元に笑みを浮かべる。

 ... ... 確信犯か。

ノシュウェルは思った。
カーツェルにりつけられた肩口をさすり、身体からだを起こしながら。
機嫌をそこねたカーツェルが大人しく引き下がることは無い。
しかし、だからと言って悪戯いたずら身体からだくすぐり、羞恥心しゅうちしんあおるなぞ ... ...

「それが、〈友〉に対してすることか?」
「さて、何の事だろうか。 私はただ、応用してみただけ」

「応用 ? 」

「そう。幼い頃の彼は、よく小脇こわきつついて私をからかった。
 なので、多少なり悪ふざけにこたえやる必要もあろうかと、報復ほうふくしてみたりもした。
 すると、思いのほか大人しくなったものだから ... 」

クロイツがうでを組んで聞くに対し、フェレンスは サラリ と返す。

「ああ ... そりゃあ、お前様 ... 」

聞いていたノシュウェルは言った。

「感じちゃったってヤツ ... ... 」

... ... ... ... じゃないのかなぁ。

けれどもたちまち、みょうな雰囲気がただよい、思わず言葉尻をにごす。

フェレンスからは何もない。
背を向け小瓶の並ぶトレイに布を戻す。
彼は無言だった。

黙っていなかったのは、クロイツの方。

「 ど う し て 貴 様きさま は ... そう余計な事を言う! このたわけが! 気色悪い!」

先程からられてばかり。
部隊長はすんでのところを スッス とかわす。

「あぁぁあぁ!! すみません!!すみません!! 許して!!」

また同時に。何処どこからか漂う冷気に気付いて両者は共に静止。

三人がそろって振り向くと。
部屋の奥の扉が ビシビシ と音を立ててついていくのが見えた。

かせの刻印かられだした冥府のの影響だろう。

これはまず味い ... ...

目を回してぐったりしている少年を抱きなおしたクロイツは、サッ...  と立ち返る。
そうして更に。都合の良い話をしながら、その場をあとにした。

「さて。いい加減 ... 休むとしよう。
 フェレンス。あとは貴様きさまで何とかするんだな。
 我々われわれならかく、宿主が凍え死んでは面倒だ」

すると、置き去りにされたノシュウェルを不憫ふびんに思い、手を差し出すフェレンス。
心遣こころづかいに感動し身体からだを起こす部隊長は、あえて数歩、引き下がって見せたよう。
顔を上げると、クロイツの肩越しにこちらをのぞき込む視線。

幼子おさなごは、何かをつぶやいている。

その声を聞いたのはクロイツだけだった。

「 シャマァ ... シュキィ ... イッショ ... ネルゥ ... 」

寝言になりつつある片言かたこと
長時間の移動による疲れと眠気のせい。

この少年のあつかいについて、一存いちぞんでは判断しかねるところ。
当局へフェレンスを引き渡したのち、上と掛け合うつもりではあったが。
何はともあれ、帝都に着いてみないことには ... と、そう思う。

「すまぬな ... 先程はうっかりと連れて行ったが。
 今はまだ、お前と、あの魔導師を近づけるわけにはいかぬのだ。... 極力きょくりょくな」

自室へと戻ったクロイツは、静かに扉を閉めた。
そして椅子いすに座り、ひざの上に降ろした少年を抱く。

ゆらゆら ... ポンポン ...

身体からだを左右にっては、小さな背を優しく叩く。
その動作は、まるでかご

やがて少年は、すっかりと目を閉じ ... 眠りについた。

一方、その頃。

カーツェルの引きもった寝室の手前で扉を見つめる。
しもおおわれたその向こうに気配を感じながらも。

フェレンスは、声を掛けようとしなかった。

彼は、ただ静かに、ランタンのあかりを落とし。
枝葉がろす月影のもと椅子いすこし掛けまぶたを閉じる。

カーツェルの身体からだに宿るは、少年の強烈な魔ノ香による酔いをせいしきれていない。
あまる力をおさえてやることは可能だが。
クロイツに指摘されたばかりである。

友のつとめに過分な手出しは出来なかった。

何処いずこからかき上がる負の思念と、
それをくための蒼火がせめぎ合い ... 血を求めて意識をき乱す中。
両腕を抱えうずくまるカーツェルは、深呼吸を繰り返す。

じっとしているのが精一杯だった。

契約でによって魔力にえる。
それくらいの事であれば想定内だが。

まさか ... ... 

主人、そして友人でもあるフェレンスや、幼い少年をおそいかねない。
自分自身に対し、恐れをいだくようになるとは思わなかった。

フェレンスは、知っていたのか ... ... ?

〈制約の翠玉碑エメラルド・タブレット〉にしるされし禁忌きんき

異端ノ法。

それを施行しこうするための契約にともな対価たいか
あいつと一緒にすべきを成す、そのためなら命をけても良い。
そう思ってしたことが、まさか。

カーツェルは思った。

フェレンスは、分けあたえる事をいとわない。
血を求められたなら、際限さいげんなく差し出すだろう。

今夜はそばにいられない。

彼の手首から ... そして首筋から ... 
ただよう〈魔ノ香まのか〉に過剰かじょう反応し意識が飛んでしまわぬよう。
せめて、この身体からだうずきが、おさまるまでは ... ...
 
 
 
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以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

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