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第三章◆魔ノ香
魔ノ香~Ⅶ
しおりを挟む異端ノ魔導師と、その下僕。
彼等がどのような人物であるかについて。
一般の民には周知されることのない世情。
いつの間にやら潜り込んできた身元不明の幼子に対し、
手を拱く様子を見て クスクス と笑う看護師等。
皆が ... もし、二人の素性を知ったなら、何を思うことだろう。
「お願いですから。 ね? もう、そろそろ出てきてはくれませんか?」
「 ヤ ... !」
「そう言わずに、どうか聞いて下さい。
あなたがそこに居たのでは、旦那様にゆっくりと、お休み頂くことが出来ません」
「 ... ... シャマ 、 ... ネ 、ル ?」
ローブを羽織るフェレンスの小脇から、顔を出したり引っ込めたり。
無邪気な少年の言動に戸惑いながらも。
「ああ、そうだな。そろそろ横になりたいとは思っている」
「ほら、聞いたでしょう ? ですから。 ね?」
「 ン ! ワカッタ。 ジャ ... シャマ、 ト、 イッショ ... ネル !! 」 (`・ω・´)キリリ!
〈 ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ ... !? どうして、そうなんの!?〉
ベッドに両拳を叩き付け悶えるカーツェルと、それを見て苦笑するフェレンス。
話が通じないのだ。
気持ちは分かるが。
突っ伏した執事の口元から若干の唸り声が漏れているので。
もう少しだけ堪えて欲しいところではある。
何せ相手は幼子。
大声で怒鳴るわけにもいかなかろうて。
なおも窺っていると、カーツェルの心の声が聞こえてくるよう。
〈本人の意識の無いうちベッドに潜り込んで、たかだか一晩かそこら
ヌクヌクしたくらいで、どうしてそこまで懐けんだよ!!
駄目だっつってんのに全っ然っ通じねーし! 何度 言やいいわけ!?
つーか、さ、 (`・ω・´)キリリ としながら、すっとぼけてんじゃねーよ!!〉
彼の台詞を書き込んだ吹き出し枠が、実際に見て取れる気分。
項垂れるカーツェルを窓越しに見て、ノシュウェルは言った。
「まさか、あの二人 ... あれがずっと、この調子だったんですか ... 」
横に立つクロイツは無言。
室内では、引き続き少年を諭しつつ半ば投げやりに羽織りの端から手を突っ込む
なんちゃって執事が、例によってキレかけ。
「いいでしょう ... これだけ説明しても御理解り頂けないのなら力尽く ... ... オラ! 来い!!」
「 ヤ ァ ァァァ ――――― ... !!」
少年の腰に腕を回して引きずり出すも、シャツから手を放そうとしないので。
フェレンスは、全開になった幼子の脇を見つめ、五本の指先を モッソリ ... 這わせてみた。
「 キ ャ ァ ッ !!」
ところが、少年。
擽ったさに耐えきれず手を滑らせたものの、しぶとく縋る。
止めの一撃が仇になった途端、フェレンスもまた、堪らず声を上げた。
「痛!... イ タタ ... ぃ 、痛、痛い ... 待てカーツェル、引くな。 ... あ、ちょっ... ! ... 」
「え? どうしたよ。 て ... うわっ!?」
少年が咄嗟に握り込んだのはフェレンスの耳元で サラサラ と揺れていた銀髪。
「こらっ ! 放しなさい。
そんなに強く引っ張ったりしたら、旦那様が禿げてしまうでしょう!!」
ハゲ ... !?
耳を疑うような言葉も、ちょっと聞こえた。
しかも少年は握っているだけ。
引っ張っているのは、お前だろうと言いたい。
だが、その時。どうしてか周囲が静まりかえったので。
はたと顔を上げ、カーツェルを見てみるフェレンス。
すると、自分の発した言葉を思い返し、フフ ッ ... とか何とか、吹き出しかける不埒者めが。
主人の頭から目が放せずにいるのだから、命知らずって馬鹿なんだなと思う。
「 え。 今、 何を想像しのた ? 」
「 ええと ... ぃぇ 、 その ... ... (( プ クク ... )) 」
その上、笑い声まで漏れてるぞと。
フェレンスを憐れに思うあまり。
内心、つっこまずにはいられないのだ。
何を考えているのか、実に分かりやすい男だと知る。
とは言え、そんな場面に同調して笑ってもいられない。
隣の上司が何か言いたげだ。
チラッ チラ ... と横目に様子を窺うも、クロイツは黙ったまま。
こちらには目もくれず。ノシュウェルは ソワソワ とした気分。
上が直々に令を下した追跡者を取っ捕まえるなどして
しゃしゃり出ておきながら、役に立てていないのは不味いなと。
片や、呆れ顔でカーツェルを見るフェレンス。
そんな彼をまた、ジッ と眺めていた少年が、さわり心地の良い髪から
そっと手を放して、寝間着の襟に持ち替えたところ。
見ていたカーツェルが、示し合わせたかのように少年の身体を ススス ... と引いた。
すると今度は、ゆるり 々 ... 首が締まっていく。
「 ぅ ... ... く ... ... 」
フェレンスの呻きなんて、なかなか聞かないので。
ちょいちょい繰り返している模様。
「お前達は、仕置されたいのか?」
瞼を据え、フェレンスが尋ねると。
「「 ヤ ! 」」
二人は口を揃えた。
小さい方も大きい方も ニコニコ と、満面の笑顔である。
狡い ... 本当に ... 狡い ... ...
額に指をついて支えるフェレンスは黙り。
ノシュウェルは思った。
あの異端ノ魔導師が成すがままだと ... !?
斯くして主従の二人は、何やら相談しはじめる。
監視官の目も意識しながら。
「明日にはここを発ちたいようですから。
その折、自治体を訪ね少年を引き渡しては如何でしょう」
カーツェルの提案だった。
二の舞にならぬようベッドに少年を座らせ、枕で頭を挟み込み モッフラ モッフラ。揉み 々 。
遊んでやってると見せかけ、耳を塞ぎながら。
彼は続けて、こう述べる。
「早朝であれば ... 車中、旦那様のお膝元で再び寝かしつけることも可能でしょうから」
フェレンスの耳に息がかかる距離。
見取り窓の向こうに立つ二人にも見えるように、カーツェルは囁く。
〈 この子が夢を見ているうち ... 静かに、その場を去れば宜しいかと 〉
なるほど。それが一番、手っ取り早そうだ。
唇を読んで、ノシュウェルも理解を示す。
目を細めるカーツェルに応えて、彼は頷いた。
ところが。久方ぶりにクロイツが口を開く。
「ノシュウェル。あの少年を連れて来い」
「は! ... ... って ... ... はぁ!?」
反射的に返事をしたが。
意表を突く言葉に、不本意ながら素の状態を晒し唖然としてしまった。
そんな彼に対し、クロイツは強く言い放つ。
「身元を洗い出せ。本日中にだ!」
そうしてノシュウェルは、今更ながらに納得したのだった。
ああ、そうか。先程の胸騒ぎは ... ...
そう。珍しく黙り込んでいたクロイツの、良心の呵責を薄々、感じていたからに違いないと。
フェレンスも、そんな彼等を見ていて察した。
団欒する少年と執事を直視出来ずに瞳を伏せていたクロイツは、
指示だけして静かに、その場を去る。
見取り窓の手前に一人残されたノシュウェルは二の足を踏んでいるよう。
少年の身元がはっきりしないのであれば、利用するつもりと見受けた。
事に絡むのが幼い子供である時点で、自責の念に苛まれるはず。
人らしく考えれば有り得ない対応ではないかと。
けれどもノシュウェルは、思い返すのだ。
いつか聞いた ... 兵士の言葉を。
『 クロイツ監視官、あの方にも年の離れた妹君がおられたそうです 』
あの人の過去に何があったかは知らないが。
想像を巡らせるほどに切なさが増す。
兵士の口振りからすると、クロイツは少女を保護した当初から苦渋の選択をしてきたことに。
悲しげな面持ちを伏せたまま立ち去ったクロイツの心情を察して、意を決す。
ノシュウェルは、部屋の扉をノックし応えを待たず入室した。
場の雰囲気を汲み、双方共に無言。
説明の必要はなさそうだと感じた。
ところが。
暗黙の了解と受け止め、一歩、少年の方へと踏み出した時。
正面に立ち入り、行く手を阻むカーツェル。
沈黙を破ったのは彼。
「いったい何事で御座いましょう。先程とは様子を一変して御出でのようですが。
監視官殿は如何なさいました? 何か、問題でも?」
一通り説明してから通れよ ... ...
彼の鋭い視線が、そう言っていた。
答え辛い。ノシュウェルの歯切れが鈍る。
「申し訳ないが。それについては追々 ... 」
「そうは参りません。少年を自治体に引き渡すだけなら、先程お伝えした方法で支障無いはず。
監視官殿のお考えは? 少年を如何なさるおつもりで?」
「それが、今はまだ何とも ... ... 」
「貴方々はいつもそう仰いますが、あまりにも勝手な御言い分」
いい加減に ... と、カーツェルは言いかけた。
しかし、そこに割って入るフェレンスの声。
「カーツェル ... 」
「はい、旦那様。暫し、お待ちを」
「いいや。今すぐに、ここへ」
聞くと苛立ち、溜息が漏れる。
「 ハァ ... 御用ですか?」
振り返り、あらため尋ねると。フェレンスが今一度ノシュウェルを見て言う。
「彼は監視官の代弁を務めることに引け目を感じているようだ。お前には分からないか?」
フェレンスの声は穏やかさを保ち、澄んでいた。
けれども思わぬ叱り文句に、戸惑う。
カーツェルは不意に肩を竦ませた。
彼の主人は続ける。
「お前だって、上のやり方に疑問を抱くことはあるだろう。
私情を挟まず正確に、それらの内容を伝えるのは難しい。
〈上はこう言っている〉〈自分はこう思う〉等、話したところで他者の口出しが通るでも無し。
己が主観を交え誤解を招く事にでもなれば、それこそ指揮を預かる者として不適切。
幼い子の事と思えば心苦しくもある。
それについては、彼も同じとは思わないか?
今のお前の立場で言うなら。
正に、この状況で躊躇せず私の言葉に従えるかどうかだが。
例え、お前に出来ても、それを相手に強要するなんて酷な真似は、この私が許さない」
... ... そんな ... ...
少しの間、身体が呼吸を拒絶した。
何が悔しいかと言い出したら、きりがないわけだが。
そんなこと、てめーにとやかく言われる筋合いは ... ... あるし。
つか、てめーに許されるか許されないとかどうでも ... ... よくねーし。
何せ相手は主人であり、第一の友人だ。
喧嘩もして当然。
だが、結局はお互いに、こうしよう、ああしよう、譲り合ってこれまでやってきたのではないか。
フェレンスが強く言うことに反論する気など、初めからないのだ。
ただ、酷な真似とは心外。
それに対してだけは一言、言いたかった。
「 ... 酷と言えば、旦那様こそ。一言お命じ下されば宜しゅう御座いますのに。
仮に私めが務めを放棄したら如何なさいますか?
その後、悠久の時を孤独に彷徨われるおつもりで ... ?」
対し彼の主人が姿勢を崩す事は決して無いので。
「恐らくは、そうなるだろうが」
「断じて許せません」
地を這うような声で即答する。
カーツェルは不貞腐れ顔で口を閉ざし、背を向けた。
それにしても、どうしてこう一々、人を試すような口振りなのかと。
言い分は理解出来るのに、腹が立つ。
思った通りの反応に対し、フェレンスは微笑む。
「お前が時折、配慮を欠くのはいつものことだが。
一度、頭に上った血は、なかなか引かないだろう?
だが、お前の怒りは彼に向けられるべきではないと考えた。
いっそ私を恨むといい。許してくれなくとも構わない。
だから ... 今はまず、少年の隣にでも座って、少し落ち着いてくれないか?」
黙って聞いていれば、また一つ癪に障ることを。
唇を噛みしめるカーツェルは グッ と堪えて返した。
「承知致しました。ですが旦那様、私の方こそ、
お許し下さらなくて結構ですので。せめて、簡潔にお命じ下さい」
フェレンスは一呼吸置いて応じる。
「座りなさい。カーツェル」
「 ... ... ... 」
ああ ... 実に分かりやすい。
カーツェルの背を見てノシュウェルは思った。
言えば何だかんだ言うことを聞くのに。
この御方はもしや、友人が拗ねる様子を見て楽しんでいるのでは。
黙った執事が少年の隣に腰を下ろすと。
下を向く彼の顎先を指で上げ、フェレンスは言う。
「 ... 良い子だ」
ああ、なるほど、やはり ... ...
一方の少年はと言うと。カーツェルを真似て座り、顔を覗き込む。
急に大人しくなった彼を心配しているよう。
目が合うと苦笑いするカーツェル。
ノシュウェルは、フェレンスの気遣いに目礼で感謝を伝えた。
少年は執事の美しい姿勢をよく 々 見て。
執事は少年の背筋を押し込み、指南する。
擽ったそうに声を上げるも控えめ。
シ ――― ... と人差し指を唇に添えてきた執事と見合い、少年は クスクス と笑った。
その傍らに歩み出ると、申し出るより先にフェレンスの了解が示される。
「これらは貴方々の成すべきこと。
補佐官、貴方の責は問わない。
どうか真摯に寄り添ってやって欲しい」
物事の根底にあるのは常に、苦渋苦難を招く災禍。
努力があるからこそ生きていられる。
自身の厄は他者にも及びかねない。
逆も然り。
本来であれば。
責任など問えようか。
誰に対してもそう。
どうやら少女の件も含め、話しているよう。
お互い様ということだろう。
ノシュウェルは息を吸い込むと同時、自らの胸に拳を叩き込み、更に広げて礼に繋げる。
心に刻み、約束するとの軍士作法だ。
雰囲気に慣れはじめていた少年は、案外と大人しくノシュウェルに抱え上げられる。
警戒心は既に解かれていた。
明るい声で、息が喉に引っかかるほど楽しそうに笑う。
ふわりふわりと揺れる赤い髪が額を撫で、無垢な瞳の輝きを引き立てているよう。
健気な少年のこと。名残惜しい気持ちもあったが、フェレンスは心のどこかで ホッ としていた。
か弱い存在を身近に感じることに不慣れなせい。
幼い頃のカーツェルであれば、剣術や体術、銃の扱い等、ある程度は身につけていたし。
何より、やんちゃだったので。
幼子に擦り寄られるなんてことは、これまで経験したことが無かったのだ。
対応をカーツェルに任せっきりだったのも、そのせい。
触れて良いものか、躊躇った。
だが、再び会うことは無い。
そう思えば、最後の気掛かりくらい自らの手で解消してもいいかと考える。
少年を抱え退室しかけていたノシュウェルを呼び止め、フェレンスはベッドから降り立った。
病み上がりの身体を気遣い、こちらから足早に歩み寄ると、
少年の手を取り、巻きつけてあった布を解きはじめる彼。
いつからの傷か ... 程度も知れないが。
治癒のローブの下で少なくとも一晩は一緒に眠っていたらしいのだ。
切り傷くらいなら、とっくに跡形も無いはず。
ともすれば、もう巻いておく必要はない。
取ってやったうえ、別れを告げるつもりだったのだ。
然れど、彼らを取り巻く状況は思いがけない場面で反転を繰り返す。
少年は、フェレンスが布に触れるのを拒んだ。
「 ヤ! ... メ! ソレ、トル、ノ、 ... メ!」
けれどもフェレンスの声を聞くことに意識が行って、動作は鈍い。
「怖がらなくていい。痛くはないだろう ? お前の傷は既に治っているのだから」
フェレンスが布を手に取ったあと、手のひらを顔に向けてやると。
少年の目は キラキラ と、より一層の輝きを見せた。
「 ... ... フ ァ !? ナ、イ ! ... イタイ、ナイ !!」
傷が無い。痛くもない。そう言いたいのだろうか。
フェレンスは微笑み、頷いた。
異変に気付いたのは、その時。
周辺に拡散しはじめた妖艶な香りに息を飲む。
フェレンスは危機感を覚えカーツェルとノシュウェル、二人の様子を交互に見た。
すると、それぞれが同じように鼻先に感じた〈何か〉を深く吸い込む素振りをしたので。
素早く手に持った布を確認する。
その内側には、とある印紙が折り込まれていた。
まずい ... ... !!
記された封印を見て直ぐ様に、退室を呼びかけるフェレンス。
「彼から離れるんだ!!」
彼は少年を抱く部隊長を背で追い遣り、カーツェルを見張る。
〈ソレ〉は、布に染み付いた血の痕から漂っていた。
実のところ、〈香り〉と呼ばれるものとは程遠い。
多少強力であっても、並の人間に感知できるはずはないのだ。
性の本能に訴えかける活性物質に似て、
人の欲を煽る 〈魔ノ香〉と呼ぶに相応しいソレの正体は ... ...
魔力の濃い血が発する、強烈な瘴気 ... ...
全ての人間が当てられるわけではない。
危険なのは、心に強い負の思念を隠し持つ者である。
しかし、この時フェレンスがカーツェルを警戒した理由は、それに該当しなかった。
ならば何故 ... ...
魔ノ香を深く吸って暫くすると。
カーツェルの呼吸が荒らぎはじめる。
答えは、彼の指先で チラチラ と灯り揺らぐ蒼火に秘められていた。
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