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第三章◆魔ノ香
魔ノ香~Ⅵ
しおりを挟む鉱山、麓の町。シャンテノンを白ノ渓谷に沿って南下。
荒野を渡り、旅人の中継地となる各村町を経て。
海、そして山河、いずれからも遠く離れた土地、商業自治区リーズヴェルグにて駐留する。
「よし、引け!」
「はーい!」
「なぁ。今日で、何日目になるよ」
「ええと ... ... 」
林の木々にロープを括りつけて張ったテントの弛みを直す兵士等の横。
同テントの杭が持っていかれぬよう踏み支える二人のうち、一人が問うと。
もう一方が指折り数えて答えた。
「んんん。八日目 ... じゃないかな。たぶん」
複合錬金の認可取り消しを受け、フェレンスの身柄を拘束したクロイツ一行は、即日、帝都へ向け出発。
本来であるなら今頃は、任を終え休養しているはずだったが。
「あの魔導師、本当にヤバイ状態だったんだな」
「うん。お前も尋問を聞いてたろ?」
「まぁな ... けどよ。 魔導兵ってヤツが実は
〈神ノ意識から降ろした神格との融合を可能にする器〉だとか、
魔人と複数の魂を再錬成してるだの何だの言われても、イマイチ ... ピンと来なくねーか、ふつう」
「うん、それは確かに。何それ、聞いたこと無いって思った」
「だよなぁ ... ... 」
魔物と対峙し、重体に陥った士官の回復を最優先事項とする。
上層部からの指示により、中継地滞在が長引いていたのだ。
目上の不在を良い事に、ダラダラと怠け放題の日々を過ごすより。
早いこと軍服を脱いで、遊びに出掛けたいものだが。
恒例となっている当番・押し付けカード勝負で気を紛らわすしかない。
負け組の四人は、出発までの掃除、点検、炊事を請け負うことになった次第。
その他の勝ち組は何処で何をしているものやら。
テントの周辺は静かだった。
二人の会話は続く。
「つーかさ。魔人って魔物と変わらねーんだろ?
それに加え、魂魄錬金なんて闇魔術まで駆使してさ。
召喚される霊と練り合わせた〈器〉に降臨する神様って ... どんだけグロいんだよって思わねぇ?」
「そうかな。俺、戦神 って言ったら、
めちゃくちゃカッコイイ黒騎士みたいなのしか想像つかないんだけど」
「そりゃお前 ... カードゲームの脚色デザイン、真に受け過ぎじゃねーのか w 」
「うん w ... 自分でもそう思うわ w 」
他の兵士が留守なので、掃除はサボる。
設備の点検だけ済ませた二人は、崖の道沿いに立った。
「しかし、遊んでるくらいならって、農場の手伝いに行かされた連中もざまぁねーな」
「ノシュウェルさん、いつもなら自分も混じってダラダラするのにね」
「まぁ、あんな上司 ... 充てがわれたんじゃあ、少しくらい似てくんのも仕方ねんじゃねーの?」
「ああ、うん。それもそうか」
見下ろせば、崖下の温室でせっせと果実を摘む ... 本来、勝ち組であったはずの兵士等の姿。
療養所まで続く道を挟んだ果実園にて、収穫の手伝いをしているらしいのだ。
命じたのは部隊長。
ちなみに、そうするよう促した人物は他にいる。
それと言うのも、クロイツとノシュウェルを後楯する担当秘書官なのだが。
彼に至っては、罰ゲームでもないのに食料の買い出しをさせられているらしい。
報告のため。毎日、機器の整った自治区中央まで通わねばならぬところ。
ついでにという訳だ。
言わば特務監視官・付・秘書官、なんて大層な肩書きを持つ使いっ走り状態である。
「そういや、そろそろアイツ ... 戻る時間じゃね?」
思い出した頃合い。
食料が詰め込まれた紙袋を抱え現るは噂の男性秘書官。
「もぉーーー っ!! 炊事担当!! 何をしているのですか!!
他にすることが無いなら、少しくらい気を利かせなさい!!」
来た、来た、来た。
「な ? ほら ... 」
「はーい! すみません、今いきまーす!」
たまには荷物運びくらい手伝えと言いたいのだろう。
身成りの良い男は パリッ としたスーツ姿でいて、それはもう、不機嫌まる出し。
一人は大きく返事をして、ご機嫌斜めな秘書官のもとへと駆けだした。
追って、もう一人も。
そんな彼ら乃至、農場の手伝いに勤しむ兵士らの様子を道の下方から眺めつつ。
笑みを浮かべるノシュウェルは、来た道を引き返していく。
どうやら、指示通りやっているようだし。大丈夫だろうと思った。
それより今は、気掛かりが先立つ。
急ぎ引き返さねば。
左肩に斜め掛けした軍羽織りを翻し、彼は行く。
足早になる理由は、少し前の出来事に絡んでいた。
「ノシュウェル。良いか、あと一日だけ様子を見る。
奴の容体に変化がなければ、回復済みと見做し出発だ」
「は ...!」
「兵にも伝えておけ。それから、あの少年は速やかに自治体へ引き渡しておくこと」
「了解しました。ですが ... ... 」
目覚めたフェレンスの足元に、いつの間にやら潜り込んでいたらしい少年について。
その後の処遇を話し合っていた折り。一つ二つ、面倒な事が起きたのだ。
こちらの考えを察したのか、少年は シュシュッ と素早く、
ローブを羽織り寛いでいた彼の向こうへと姿を消し。
目を離していたクロイツ一人だけが、それに気付かず声を荒らげる。
先頃の話。
「て、言っている傍から! フェレンス、貴様! 少年をどこへ隠した!?」
けれども、それは誤解であるからして。
「いや。私は隠してなどいない」
「と言うか ... あれですな ... 」
「隠れてる ... ... 」
そう述べる三人の方は、逐一それを見ていたし。
フェレンスは、真顔で返答。
ノシュウェルは、どうしたものかと受け流し。
カーツェルは、目の前の膨らみを指差して言った。
フェレンスの肩に掛けてやったローブの後ろが モコモコ と動いている。
二人羽織かよ ... ...
小声でつっこむ執事が ツンツン と指先で突くたび、
膨らみの中から 〈 ゥゥ ! ... ムムゥ ! ... 〉と、可笑しな声が聞こえてくるので面白い。
「カーツェル ... 」
笑っていないで何とかしてくれ ... ...
主人の目がそう言っていたので、彼は背筋を伸ばし軽く礼をして応えた。
「承知致しました」
それから丁寧に、ゆっくりと会話を試みる。
「申し訳ありませんが、そこの少年。
旦那様は病み上がりの御身体なので、羽織りの中から出てきて頂けませんか?」
人目に付いたと気付いて目を覚ました当初。
逃げ隠れするばかりの少年とは、全く会話にならなかったが。
今になってようやっと返事が返って来るようになったので。
怖がらせぬよう、気を使った。
「 ヤ ... ! ヒト、ニ、ミラレル 、 ダ メ ! トト、イッテ、タ ... ! 」
しかし、片言で分かり辛い上に震え声。
そして何より、言っていることに矛盾があるので。
「コイツはいいのかよ ... 」
と、つっこまずには居られないカーツェル。
せっかく朗らかな調子で話していたのに、思わず地が出ちゃった様子。
彼は ハッ ! とし、咄嗟にフェレンスを見た後、壁の方へと顔を背ける。
「こいつ?」
「 コ イ ツ ?」
すると、フェレンスの切り返しを真似て懐から ヒョッコリ ... 顔を出す少年。
咳払い一つ、挟み込んで。
気を取り直したうえ、押して尋ねる。
カーツェルは前屈みになり、顔を寄せた。
「この御方は私の主人です。分かりますか ? 」
「シュ 、 ジ ン ?」
「ええ。そう、私の旦那様です」
「 ダ ン ニャ 、 シャ ... マ?」
なのに。そこでまた空気を読まない誰かさんの、余計な一言が割り込むのだ。
「と言うと ... 貴様がまるで、奴の嫁のようだな 」
フフン。ニヤニヤ。
つか、何言ってんの、この人。
これにはノシュウェルもビックリ。
「あんたって人は一々 ... て ... ぁぁぁぁ ... 」
一々。そう。
一々つっこまないと気がすまないのかと言いたかった。が、これは、もう無理。
フェレンスの傍らで、ヌラリ ... 立ち返る執事の怖ろしさたるや。
背後に生じる混沌が見て取れるようだった。
「いやぁ、何と言うか ...! 本当すみません。申し訳ない ...!!
この人、いや、うちの上司。あの、実は、意外とこういう下らない冗談が好きでして!!」
ぶっちゃけ手詰まり。
フォローが覚束ず舌を噛みそうになる始末。
もう、自分でも何を言っていいか分かんねーわ www
冷や汗をかきながら彼は思う。
なのに隣の目上は涼しい顔で、更に煽り立てるのだから気が気ではない。
「ほう? 身の程知らずの体たらくが ...
誰のお陰で主人の命が助かったと思っているのだ? ん ... ?」
最 悪 だ ... も う 。
だが、ここは一つ、彼の御方に場を鎮めて頂きたいところ。
お助け希望とフェレンスを見やる。が、しかし。
「そうきたか ... 」
なんてほざく。余裕ぶっ扱きまくりの魔導師め。
言うと思った ... なんて笑ってんじゃねぇぞ。
止 め ろ !!
と、言うか。期待した俺が馬鹿だったのかな? ん? ん?
片や、気を揉むノシュウェルを他所に。
冷淡な笑みを浮かべる執事は、部屋の扉に手を掛け迫った。
そして ... ...
「あの ... 真に恐縮では御座いますが、
少年に経緯を理解して頂き次第、お連れ致しますので ... お二方には退室して頂きたく ... 」
〈 バ ァ ア ァ ァ ン !!〉
申し終える前からクロイツを押し付けてよこし、扉を叩き閉めるという荒業炸裂。
所要、およそニ秒。
感想、風圧 凄ぇ。
それにしても、この程度で済んで本当に良かった。心からそう思う。
冷静に見せかけたカーツェルの憤怒っぷりもまた、やや異常ではあるが。
まず、この人だ ... ...
焦り強張った背筋から力を抜くと、クロイツを横目に一息つく。
それでもなお、冷や々とした気分のまま。
ノシュウェルは言った。
「やれやれ ... ... 相手は、あの異端ノ魔導師と契約を交わした男だというのに ... 」
「ククク ... 奴が恐ろしいのか?」
「 ... 〈魔導兵の器〉と知れた以上、幾分か距離を置きたいのは確かです。
なのにあなたと来たら、悪戯なことばかり仰るのだから ... 」
そう、熟恐ろしい。
追い出された部屋に背を向け、クロイツの顎先を指で撫でながら彼は続ける。
「この美しいお顔立ちでいて、いつ如何なるなる時も揺るぎなく
芯の通った姿勢を崩さない。どちらかと言えば、そんな ... あなたの方が」
だがクロイツは、その手を払い除ける手間すら惜しんで顔を背けた。
「気安く触れるな。貴様も、上が適当にあてがってきた手駒に過ぎんのだ」
「これはまた、手厳しいですな」
「忠誠を誓うだけなら簡単なこと。私の信頼を得ようというなら ...
貴様も、あの執事のように身も心も捧げる覚悟をしたうえ、証明してみせることだ」
それに対するノシュウェルの微笑みは、どこか言葉に反する含みを露わにし、険悪。
「機会が訪れましたら、是非にも ... 」
伏目がちにクロイツの肩口を見つめる彼は次に、
そっと ... 一枚のメモを手向け、耳元で囁いた。
「ですがあなたは、我々が示を付ける前から微塵の期待も寄せてはくれない ... 」
会話もそこそこに、視界を遮る筆記。
用紙に打ち込まれた点字暗号を訳するものだ。
〈 特務二班カラ、一班ヘ。問題発生。至急、連絡サレタシ 〉
ノシュウェルは前置きして述べる。
「シャンテノンで被害処理を行う二班からの伝達です。
至急とありましたので、私から折り返し一旦の対応を指示した上、お伝えしに伺ったのですが」
「私はその時、あの体たらくの様子見に点滴室にいたな」
「ええ。行き違いでした。けれども、私からお伝えするまでもなく。
あなたは、この事を予期していたはずだ」
「 ... さぁて。貴様はいったい何の話をしているのだ ...?」
不敵に笑うクロイツの煽りを受け、ノシュウェルの眼差しが鋭さを増した。
「あの方に救われ、我々の保護していた少女が、一兵と共に姿を消し。
失踪に気付いた二班は、それと略同時に
無許可で町を出ようとした旅人を捕らえ、尋問中とのことです」
すると、それまで特に変わった様子を見せなかったクロイツが僅かに舌を打ち、確信する。
「私の推測が正しければ、内通者の潜伏を事前に知りながら、
それに対する追跡策を我々に知らせなかったあなたの非 ... ということになりますが。
ここはあえて、お尋ねしたい ... ... 」
悲しいかな。
気だるそうに振り向く上役を見て思う。
彼は言い切った。
「二班が捕らえたのは、あなたが秘密裏に事を進めるよう任命した追跡者のほう。 ... そうですね?」
問うた先から声を漏らし笑いはじめる。
そう、クロイツにしてみれば、期待されない側の失望など、取るに足らぬ情感なのだろう。
「ククク ... 」
「あなたの過ぎた警戒が裏目に出た結果だというのに ... ... 何が可笑しいので?」
屈辱的。
当てにされないばかりか、むしろ足を引っ張るかたちとなった件。
それを不必要に責められるようであるなら、こちらにも考えがある。
ところが当の上役ときたら、この期に及んで声を上げ笑うのだ。
「クク、ハハハ ... フフ、ハハハハ ... ハハハハハハ!!」
「 ... ... ... 」
控えめにしているつもりだろうか。
療養所という場に配慮し、抑えてはいるようだが。
薄笑いしながら睨み上げてくる。
見ていると呆れを通り越し、気狂いでも起こしたのではないかと心配になるほど。
余裕綽々と左右に行き来するクロイツは、そんなノシュウェルの反応も分かっていて答えた。
「ククク ... 芝居地味た真似はよせ。 ノーシュ ... ... 貴様の方こそ、
〈期待などされていない〉 ... そうと分かっていて、あえて少女ではなく
他の監視を強化するよう、予め指示していたのではないのか?
至急と言ったが、いったい何日前の話をしているのだ? クククク ... 」
「 ... ... ... 」
そして、黙り込んだ部隊長の襟元を力強く掴み上げ、捲し立てる。
「さて、どうする! 驕り高ぶる犬が。主人の仕掛けた罠を蹴ってまで
勇み出ておきながら、まさか ... 獲物を取り逃がしたなどとは言うまいな!?
貴様が代わりに差し向けた部下は、何と言って報告してきたのだ!?」
流石は異端ノ魔導師の監視を務める御方。
険悪な雰囲気を覆し、ノシュウェルは笑った。
「 ... ... ハハハ 。参りましたな、バレバレってやつですか」
するとクロイツもまた、身体の緊張を解きながら言う。
「アレセルめ。我が弟ながら交換条件などと言って、とんだ狸を送り込んできたものだ」
「ハハハ ... おかしな話ですな。我々は元々、軍部でも
手に余されてたくらいなんですがねぇ。とんだ狸の親玉には敵いやしません」
憎まれ口も、心さえ通うなら褒め言葉に化けるらしい。
全身半乾きのくせに偉そうな態度。なのに憎めない。
クロイツの長い金髪を掬い取ると、緩やかに絡みを梳いていくノシュウェル。
依然とし期待せぬと言うなら、クロイツは彼の手を叩き払っていたことだろう。
けれども、タオルを肩に受けながら物静かに話した。
「目上の評価を気にして従うだけの犬では、応変が利かぬ。
これも奴等を出し抜くためだ。 貴様の野心と行動力、
買ってやるぞ ... ククク ... 精々覚悟しておくがいい」
しっとりと水気を含む前髪を揺らし、俯き加減に表情を隠す声の主は、
厳しいことを言っている割に、可愛い反応をして見せる。
「これはこれは、光栄でありますな」
感嘆の想いを言葉に込めるノシュウェルにとって、それは和みの一時であった。
ところが、状況は一変する。
追跡を命じていた部下からの連絡が途絶えたのだ。
こちら側の動きを察知されるなど。
当面の間、接触を控えねばならぬ事態に陥ったか。
あるいは、逆に尻尾を掴まれ口を封じられたか。
人身売買を牛耳る闇ギルドの根張りは綿密で、
支持母体の見分けがつかぬ組織構造になっている。
故に、それらと通じる者であるなら大抵、自治区の転売屋を複数跨ぐなど、
悪行を転嫁するための定石を踏むはずだが。
その過程で始末するなど軽率すぎる。
裏取りしてくれと言っているようなものではないか。
奴等は素人ではないのだぞ。
クロイツは独り言のように呟き、何やら考え込んでいた。
当事者であれば粛々と工作を進める場面で、無作為に情報を収集し割って入る者がいるとすれば。
第三の勢力が関与している可能性を考慮せねばならない。
況してや、ここは貿易自治区。
商人らの扱う品は、形ある物ばかりではないのだから。
ある程度は警戒していたものの。
こればかりは如何ともし難い。
「貴様の部下は、得体の知れぬ何者かの監視を受け、身動き出来ずにいる可能性が高いな」
そもそも諜報員でもない一軍人では ... ...
大人しくしているだけ利口だが、下手をすれば気付かぬうち逆手に取られてしまう。
「何しろ貴様の部下だからな。思いがけぬ行動にでないとも限らん。
こちら側から注意を引き、その間に離脱させるしかあるまい」
やがて、ばつが悪そうに顔を逸していたノシュウェルに駐留地での準備確認を指示し。
その場を後にする。
クロイツが次に取った行動とは。
急ぎ戻ったノシュウェルは、
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ただならぬ胸騒ぎを覚えたと言う ... ...
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