【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

第三章◆魔ノ香

魔ノ香～Ⅲ

　
　
　
彼は何故なぜ、目覚めないのか。
ここ数日は、その事ばかりを考えている。

当時、呼び掛けることしか出来なかったカーツェルを蹴倒けたおしてまで
治癒を施ほどこしたクロイツは、その後も頻繁ひんぱんに訪おとずれローブに魔力を注そそぎ足たした。

関係者の迅速じんそくな対応が功こうを奏そうしたのだろう。
フェレンスの回復は思いのほか早かったように感じられる。

それなのに ... ...

呼び掛けても応こたえない。

彼の意識は何処いずこへ。
記憶を遡さかのぼり、過去に囚とらわれてしまったのだろうか。

手を取っても、返ってくるのは別人の名前。

「 ... ﾕ ﾘ ｱ ﾝ ... 」

いっそのこと殴なぐり付けてみたらどうだ。
クロイツに冷やかされても、相手にする気になどならなかった。

いつもの事を思えば。
確かに、拳こぶしの一、二発くらい不意打ちしなければ気が済まないところ。

　――― 心配させやがって ... ！

言うと彼は、背中に叩き込まれた理不尽を甘んじて受け止め、
こちらを振り向く。そして微笑む。

彼の地方遠征えんせいが長引けば、長引くほど。悪い噂うわさばかり耳に入るので。
帝都に戻るらしいと知るなり、よく待ち伏せしたものだった。

それなのに今は ... ...

手を取り擦さすっても、反応すらしてくれないのだから。辛い。

もし、このまま目覚めなければ。どうなる ... ...

遠からず彼ノ尊かのみことの手に渡わたり、思うままにれてしまうのだろうか。
それとも既すでに、彼の心だけ奪うばわれてしまっているのだろうか。

閉ざされた瞼まぶたの向こうにある碧あおい宝石を、もう一度 ... 見たい。

蔑さげすまれようが気にせぬ素振りで、
むしろ相手を真っ直ぐに見返し言ことの根を断たつ、気高けだかき姿勢も。

片かたや子供の悪ふざけに対し、一々いちいち首を傾かしげて考え込む、そんな一面も。

見ていたい。まだ、見ていたいのだ。

出来ない事など無さそうに見えて実は、リボンやタイを結ぶのが下手クソで。
アイロン掛けをさせてみれば、どうしてなのか ... 逆に皺しわが増えたりもする。

それに加え。

むきになって黙々と格闘している様子であったり。
手を差し伸べようとしているのに聞かず、終しまいには生地から煙が立ちはじめる流れであったり。

見守ることすら出来なくなるのか ... ... ？


『私のことで傷ついたりするな ... ... 』


彼はいつも、そう言った。
冷たい視線で斬りつけられ、傷だらけのくせに。
自身の背中の具合など、自分では分からないのだろうから。

だが、そう言って返すと。
彼は、こう囁ささやく。

『お互い様だと言いたいのか？
　負おい傷と、自傷じしょうとでは経緯けいいが異ことなるだろう？』

話半なかばで向けられる彼の指先が、胸の中心に触れる感覚まで憶おぼえていた。

『発散されるべき負荷が、お前の場合は内うちに向かう。
　自分を責せめるなとは言っていない。だが、これからは、せめて、
　私の気持ちも ... お前の心ここに置いて欲しい。
　そしてどうか分かってくれ、カーツェル 。お前の存在だけが ... 私の救いだ』

嗚呼ああ ... それなのに、どうして。自分は彼を支ささえてやれない。

一突ひとつきすれば崩れるような奥底の空虚くうきょに気付いてやることも、
埋うめてやることも出来なかったのだ。

だからなのか。
呼び掛けても、呼び掛けても、応こたえてくれないのは。

尽つくし方が足たりなかった？
しかし他に何が出来る？

何もかも捧ささげたつもりだったが。
受け入れられない理由でもあるのだろうか。

してやれる事があればいい。
出来る事なら何でもする。
なのに思い当たらない。

どうして ... ...

「どうして俺には何も無いんだ！！」


絶望の淵ふちに佇たたずむ。
カーツェルは深く顔を伏ふせ、絶叫した。


自分だけの闇。

誰にも見られることは無いはずだった ... にも関わらず、何者かが言う。

「おっと ... これは驚いた ... 」
「 ！？ 」

その時はじめて、背後の気配に気付いた。

振り返れば、闇の向こうに浮かぶ白影しらかげ。
見覚えのある姿だった。

「フェレンスが愛着を示しめす理由わけを知りたかった。
　如何程いかほどのものかと、楽しみにしていたんだ。けど、ね ... 」

ユリアヌス ... ！？

驚おどろきの色を隠せないカーツェルに対して、彼は言う。

「君は、自みずからを責せめて追い込む、
　そんな意識でしか示しめしをつける方法を知らないのかい？
　実に愚おろかだね ... ... フェレンスに、そんなモノは不要なのに ... ... 」

あり得えない。 
夢現ゆめうつつと薄々うすうす感じてはいたが。

どうしてここに！？

確かめるべきかどうか。
考えるより先に口を衝ついて出る。

「フェレンスの意識を拐さらったのは、お前か ... ？」

カーツェルの身に差す影が、周囲の暗闇と同調していくかのよう。

「ふむ ... 答えて欲しいのかい？
　僕には、君に話すことなんて何も無いのだけど。... 君はどう思う？ フェレンス」

「フェレンス！？」

幻まぼろしか ... ？

彼は、こちらに背を向けたまま微動びどうだにせず。
一方で、カーツェルの思考は停止寸前すんぜんだった。

「ああ、うん。 安心していいよ？ ここにいる彼も、ただの君の想像だ」

腑ふに落ちない。

カーツェルは二人を引き離すつもりで闇の中を一歩、踏み出た。
ところが白影は即座そくざに袖そでを払い、警告する。

「ただし、それ以上は近づかないこと ... ！ 彼に関わることは死を意味するからね」

放はなたれる威風いふうに視線を抑おさえられ、足が竦すくんだ。
フェレンスがあちら側に居るのは何故なぜだろう。

苛立いらだつ。

目を据すえ歯を食いしばると、強張こわばる手元が爪つめを立てて開いた。

「不躾ぶしつけでは御座ございますが、陛下へいか ... 」

憤いきどおりを隠せない。カーツェルの舌が毒を孕はらみはじめる。

「下らぬ戯言たわごとは平ひらに慎つつしみ賜たまわりとう存ぞんじます。
　私わたくしはあの方の誠まことの下僕しもべ。心も身体からだも、命さえ捧げております故ゆえ。
　例え、この足元に死線を敷しかれようとも、恐れなど感じません」

言葉を改あらためるも裏腹。底意地を見せつけたいだけ。
一歩、また一歩、カーツェルは踏ふみ出ていった。
そうして、嫌忌けんきまつわる面差おもざしを真っ向こうに置く。

対敵は、なお無意義な表情で話した。

「なるほど？ それがフェレンスにとって、一番の憂慮ゆうりょであることも分かっていないのか」

次の瞬間。風の流れが変わる。

「どおりで、彼が失望するわけだ ... 」

その言葉は静かに、それでいて強く言い放たれ、カーツェルの心臓を貫つらぬいた。

「君は所詮しょせん、ただの〈器うつわ〉に過すぎない。
　彼から与あたえられ満たされることはあっても、彼に与え満たす力なんか無いんだよ」

眈々たんたんと諭さとす声が茨いばらのように胸を刺し、締め付けていく。

「陛下ご自身は？ 違うとでも ... ？」
 
握り込む拳こぶしが震えた。

「勿論もちろんさ。僕ならば彼の全てを満たすことが可能だ」

ｻ ｯ ... と引く血の気。 
鼓動が早まる。 
思うように息をすることさえ出来ない。

「彼の負った〈千ノ影シャンテの亡霊〉は魔力によって治おさめられている。
　けれど実際には、彼の魔力だけでは足りないはずなんだ。
　負の思念に囚とらわれた影はやがて彼の精神を蝕むしばみはじめるだろう。
　これで分かってもらえたかな ... ？ フェレンスが何故なぜ、目覚めないのか」

... ... そんな ... ... 

声にならならなかった。

物静かに揺れる。
装束しょうぞくの裾すそと、膝ひざ下にまで達した金髪ブロンド。

差し伸べられる手。

「だから、意地を張らずに僕のもとへ還かえっておいでフェレンス」

蓮はすの花を思わす白影は、フェレンスに詰つめ寄り囁ささやく。

「僕の〈血〉なら、君を救える ... 」

しかし、その手が触れる事だけは許さない。

カーツェルは瞬時にダガーを抜き構え、風刃ふうじんを放はなった。
身を挺ていして両者を引き離し、俯うつむいたままの彼の意識を取り戻そうと考えたのだ。

「フェレンス！！」

それなのに、すり抜ぬける指先。
確かに触れたと思ったが。

「 ... ｸｿ... ！ 戻れ、フェレンス！ 俺を見ろ！！」

彼は応えない。
何を ... どうすれば ... ... 
周囲の闇が深まるばかりだった。

白影を警戒し振り向くも。
不気味に消えゆく薄笑うすえみ。

息を殺し立ち返れば、同じようにして遠ざかるフェレンスの背。
このまま闇へと吸い込まれてしまっては、取り返しのつかない事になるのでは。

「行くな！！ フ ェ レ ン ス ！！」

カーツェルは叫んだ。

どうして応えてくれない ... フェレンス ... 

俺じゃダメなのか ... ...



「 行　く　な　―――――― ！！！！」



「 ！ ！ ？ ？ 」

然さるや、胸ぐらを掴まれ、訳も分からぬ絶叫を真ん前から浴あびる。
クロイツは息を喉のどに詰つまらせ硬直こうちょくした。

 吃　驚　仰　天きっきょうぎょうてん。

心臓が、ひっくり返る思い。

「 ... って、 ... ...　あれ ... ? 」

対してカーツェルは全身の力が一度に抜ぬける。
夢から覚さめたことに気が付いて、胸を撫なで下ろしたところ。
その割に、人の胸ぐらは掴んだままなのだから正気を疑う。

「 放 さ ん か 。 この、気狂きちがいめ ... 」

痙攣けいれんする下瞼まぶたを吊つり上げ睨にらむクロイツの目が、ふつふつと滾たぎる怒りを映し出していた。
しかし、カーツェルは依然いぜんとして真顔。

先程さきほどの悪夢に比くらべれば、こんなのは仔猫こねこちゃん、と、言わんばかり。
頭を撫なでくりまわしたうえ、仕上げにポンポンと叩たたいてみたくらいにして。

おかげでクロイツの箍たがが外れてしまった。

「　こ　　の　... ...　フ　ヌ　ケ　執　事　の　分　際ぶんざい　で　――――――　！！！！」

ド　―　ン 。

何の音と振動だろうか。
軋きしむ天井の継つぎ目から、ﾊﾟﾗﾊﾟﾗ と落ちる塵ちり。

見上げてノシュウェルは言った。

「何じゃこりゃ ... ... て、ああ、点滴室か ... ... 」

よりにもよって真上だったとは。

「申し訳ありませんな。うちの上司は気が短いうえ、加減というものを知らなくて」

詫わびび入れる相手はベッドの上。
枕まくらに背を擡もたげ、そっと掌てのひらを見せるかたちで気遣きづかいに応こたえる。

片かたや、鉄パイプベッドを蹴けり上げ。
剥はぎ取った上掛けの端はしでカーツェルの首を締しめ上げるクロイツは、
凄すさまじい勢いきおいで怒号を吐き、捲まくし立てた。

「自己管理を怠おこたる戯たわけ者が！
　よくも大きデカい面ツラして執事を名乗れたものだな！？
　もしも貴様きさまが私の部下なら、二度と身の程ほど知らずな職に就つけぬよう
　徹底的に罵ののしって叩き出してやるところだが。
　貴様のような腑抜ふぬけごとき、あの負け犬にはお似合いだな！！
　... ... せっかく目を覚さましても、心の拠より所が傍そばに居ないのだから。
　まったく ... あの男という奴は、どこまでも哀あわれな ... ... 」

分かった。悪かったよ。うんうん。

急に目覚めたものだから、頭痛と目の眩くらみがなかなか引かない。
実を言うと、クロイツの話も殆ほとんど聞き流していたのだが。
カーツェルは、ふと思い返す。

あの男 ... ？　目を覚ましても ... ？

『せっかく目を覚さましても、心の拠より所が傍そばに居ないのだから』

クロイツは確かにそう言った。

「フェレンスが、目を覚ましたのか！？」

目を見開いてクロイツを凝視ぎょうしすると、答えるのも馬鹿らしそうな顔。


ガンッ ！　ゴンッ ！　ドカン！　ドカドカドカ ... ！！


「おいおい。だから、何なんだっていうのかね ... 随分ずいぶんとデカイ餓鬼がきがいたもんだな ... 」

はたまた、ノシュウェルなら慣なれた様子だが。
片隅かたすみで天井を見上げる見張り役の、開いた口が塞ふがらない。

「心当たりのある御二方おふたかたとは言え ... ... 酷過ひどすぎて洒落しゃれになりませんよ ... ... 」

あれでいて大人。しかも上司。
あと一人は仮にも執事。

仮にもだ。

上の階を見やる二人の言い草を聞いていると、久ひさしく笑いが込み上げてくる。


カーツェル達の状況じょうきょうが目に浮かぶようだった。


蹴け飛ばされて、部屋に対し斜ななめになったベッドを乗り越こえざまのこと。
シーツに足を引っ掛けるは。
そのシーツに足が乗っていたクロイツが、巻き添ぞえを食うは。
転倒しかけ咄嗟とっさに掴んだ点滴装置で水受けを弾はじき飛ばすは。

散々さんざん。

ひっくり返った水を直じかに浴びたクロイツの絶叫と。
部屋を飛び出したカーツェルに突き飛ばされた看護師の悲鳴と。

ほぼ同時。

辛かろうじて無事ではあったものの。
勢い余あまったカーツェルに壁ドンされてしまったのは通りすがりの女医。
首筋にかかる熱い息に頬ほほを染そめる彼女は、きっと、こう思った。

ｱｱ ... ﾜﾙｸ ﾅｲﾜ ... 

けれども直後には顔面蒼白で立ち尽つくす羽目に。

疾風はやての如ごとく走り去さる黒髪のイケメンが、
床ゆかに落ちた書類を踏ふみつけ、クシャクシャにして行くのを見てしまったのだ。

「貴様ぁあぁあぁぁぁ！！！！」
「 ﾔｧｱｱｧｧｧ ！！　何なのちょっとぉ―――――！！！！」

聞いていた見張り役とノシュウェルは忽たちまち青褪ざめる。

「自分 ... もう、知りませんからね ... 」
「うん ... 俺も ... ... 」

涙がちょちょぎれるわー。

そうしているとだ。
ふらつく足取りで、部屋の入口に現あらわれるカーツェルの姿。

窓から吹き抜ける風が、ふわり ... 揺らす黒髪。
逆光に目を凝こらす彼の目は、まだ人の輪郭りんかくを捉とらえるのがやっと。

ノシュウェルは気を取り直し、部下と見合わせたうえ、静かに退室していった。

すれ違いざま、目礼を交かわす。

再び視線を上げた頃には目の霞かすみも晴れ。
カーツェルは只々ただただ、目を見張った。
それから、もう一度だけ ... きつく目を閉じて。俯うつむき加減に歩み寄よって見たところ。

淡あわい陽ひの光に包つつまれた一室の奥で、彼が ... 微笑む。

なのに夢心地を拭ぬぐいきれない。
間近に見ていても不安だった。

呼んでも届かないのでは ... ...

カーツェルは口を噤つぐんだまま、震えを堪こらえている。

すると、差し出される手。

指先が触れ合った瞬間。
カーツェルは床ゆかに膝ひざを付いて蹲うずくまった。
両手で彼の手を包つつみ、顔を寄よせて。

「 ... ... フェレンス ... ... 」

名を囁ささやく声は、消え入るかのよう。

何と声を掛けるべきか ... ...
嗚咽おえつする姿を見ていると、言葉に詰つまる。
ならば、せめて ... ...

カーツェルの手元を滑すべべり抜ぬける手。
心もとなく目で追う彼が顔を上げると、頬ほほに触ふれる。

口元から耳の後ろにかけて。
何度も、何度も、擦さすりり上げ、慰なぐさめてやっていると。
だいぶ窶やつれたと気が付き、胸が痛んだ。

しかし、お互い様か。

「なんてツラだよ ... ... 」
「お前こそ。酷ひどい顔をしている ... ... 」

フェレンスの声を聴いたカーツェルは、すっかりと安心した様子でベッドに頭を転がす。
こうして再ふたたび言葉を交かわせることが、とにかく嬉しかった。
見上げていると、フェレンスの手が黒髪を払って肩に触れる。

「また食事を抜いていたのだろう。お前という奴は。
　分かつ必要のないことで自みずからを追い込むなとあれほど ... 」
「て、言われてもな ... お前だって、人の気も知らねーで寝てたんだろうが ... 」

痛いところを突つかれたフェレンスは苦笑いをして、カーツェルの髪を撫なで返した。

「 ... ... すまない ... ... 」

穏おだやかに吹き込む風が、春の香りで部屋を満たし。心地ここち良い。


「 だ が、し か し ... ... 」


その時だ。部屋の入り口に手をついて
不機嫌そうに言い放つクロイツが、和なごやかな空気を打ち払う。

「主人の護衛ごえいも兼かねた世話せわ役が。
　食事もせず、点滴くらい受けろと言っても首を振ふる。
　仮眠をするにも椅子から離れず、挙句あげくの果て ... ... 主人の横で く た ば り かけていたのだ」

まあ、まあ、まあ ... と。
後ろから宥なだめる部下二人も、次には蹴けりり倒たおされ手のつけようがない様子。
クロイツは頑がんとしてカーツェルを威圧いあつした。

「 ... さぁ、フェレンス。この不設楽者ふしだらものを何とする ... ... 」

けれども、ずぶ濡ぬれで。
何、言ってるんだろうなと。

「あー ... すみませんねぇ ... えーと、この人、
　仕事に厳きびしすぎるって言うかぁ。自己管理を怠おこたる人が嫌いっていうかぁ。
　ちょっと乾かわかしてやるついでに、落ち着かせて来ますね。
　あはははは。 あー あー 、参まいりましたなぁ。はははは ... 」

透すかさず持参した大判のタオルで、暴走気味上司を包くるむのは例の二人。
蹴けりり倒たおされても、ただでは起きぬ。

「いやぁ。ホント、ホント。早く拭ふいてさしあげないと！ 
　風邪かぜ引いちゃいますもんね！ ははははは ... 」

口元もしっかり抑おさえ、捕獲ほかく完了。
モゴモゴ 言う クロイツを抱かかえ上げるなり、一先ひとまず撤収てっしゅう。

フェレンスは、まだまだ病やみ上がり。
安静に配慮してくれたのだろう。

「アイツら、実はそんなに悪い奴じゃねーのかもな」
「そうだな ... ... しかし、カーツェル」
「どうしたよ」

こんな時に何だが、あえて言いたかった。

「監視官の言葉は尤もっとも。私はお前の主人で、お前は私の下僕しもべなのだし。
　〈仕事は仕事〉と言い始めたのも、お前だったはずだが。
　あれは私の聞き間違いだったのだろうか ... ...  ?　と、言う訳でだ。
　今後、如何いかなる場合においても、自己管理は徹底てっていしてもらいたい。
　出来なければ、お前の嫌がる〈アノ刑〉を応用して〈治療〉する。いいな？」

ようやっと一息ついたのに。淡々たんたんと言いつけてくる野郎 ... もとい、主人。
こういう時だけ下僕しもべとか言いくさる。

それでも話だけは、よく聞いておこうと思った。
おかげで終わり頃には目が点になっているワケだが。

アノ刑 ... ?　　治療 ... ？

その言葉から連想する事と言えば。
尻。注射。点滴。
脳裏のうりを駆かけ巡めぐるトラウマ。

「 ... ... 旦那様 ... ... 」

すると急に、姿勢を整ととのえたカーツェルが跪ひざまずいて言った。

「何卒なにとぞ、ご容赦ようしゃ下さいませ ... ... 」

だが、フェレンスは即答する。

「認められない」

だよね！ 分かってた！ お前は絶対そう言うって！
しかも〈する〉と断言されたからには、聞かない訳にはいかないやつだ。

「あぁああぁ ！！ クソ！ マジかよ！？」

思わず仰のけ反ぞり返ったうえ立ち上がったカーツェルは、その場で地団駄じだんだ。
一方でフェレンスは何か思い出したよう。

「それから、カーツェル ... 」
「何だよ、まだあんのか！？」

涙目で返すと気が引けたのか、若干じゃっかん、控ひかえめ。

「いや。その。実は。
　目覚めてからずっと気に掛かっていた事が一つだけあって。
　 ... ... 私の横にあるコレは ... 一体何だろうか ... ... 」

「コレ ? ... つか、何だよ、コレって」

カーツェルはフェレンスが手を置いたベッドの膨ふくらみに寄って見る。
叩いてみようとしたところ。フェレンスが遮さえぎり首を振るので、捲めくってみることにした。

すると ... ...

「コレとは何だ！？」

廊下側の扉を開け放ち、何か出てきた。

「貴様、そこに何を隠して ... ﾓｺﾞｯ.... ( ﾝｰ !! ﾑｰ !!) 」
「あ。すみませんねぇ。油断したら取り逃がしてしまってぇ。はははははは」

クロイツとノシュウェルのターン。 
ﾓｺﾞﾓｺﾞの魔法と、ﾀｵﾙ・ﾓﾌﾓﾌ攻撃。

ﾓｺﾞﾓｺﾞ ... ﾓﾌﾓﾌ ...

「ははははは」
「 ﾊﾊﾊﾊﾊ ... 」

不思議と釣つられて笑ってしまう。が、我われに返った。

「じゃ・ねーよ！！ 戻って来んのがクソ早ぇし！ 空気、読みやがれ！！
　つか、こちとら病やみ上がりだっつってんだろーが！ いい加減にしろ！！」

そうは言っても。いや、まさか、冗談だろうと。
カーツェルの怒声に耳が吹っ飛ぶ思いで硬直こうちょくしなたのはフェレンス。

病み上がりで、この声量とは ... ...

気付いたカーツェルは縮ちじこまって詫わびた。

「て、あ ... 悪い ... 大丈夫かよ、フェレンス ... 」

今更いまさら、小声になったって遅いが。

フェレンスの耳のダメージは大きかった。
やはり体力が回復しきっていないせいだろうか。

耳鳴りが酷い ... ...

『 ﾝ ﾑ ... ... ﾝﾝ ... ... 』

手を置いた膨ふくらみから、何か、異様な声がしたような気もする。
ところが、それを聞いたのは彼だけではない。

『 ﾊ ... ｸﾁｭﾝｯ ... ... !! 』

「 ん ? 」
「 え ? 」
「 何 ? 」
「 は ? 」

フェレンス、カーツェル、クロイツ、ノシュウェルが、調子を揃えて順に反応する奇跡。

「ノーシュ ... 特命を受けた士官として貴様に命じる」
「 ... は !」

「フェレンスのベッドを調べて来い」
「了解」

クロイツの肩にタオルを掛け置き、ノシュウェルが入室した。
すると、気を利きかせたつもりで掛布かけふを捲めくろうとするフェレンス。
それを制せいしたのは、クロイツだった。

「貴様きさまは動くな！ 何を企たくらんでいるやも知れんからな」
「分かった ... 好きにするといい」

カーツェルはむしろ、そんな二人を警戒した。

「宜よろしいのですか。旦那様 ... 」

口元を見られぬよう、間あいだに身体からだを入れ小声で尋たずねると。
その影に入るようにしてフェレンスは答える。

「かまわない」

〈 何かあった時は？〉
〈 心配するな。ある程度はもう動ける 〉

互たがいに唇くちびるを読み合い疎通そつうした。

窓際からベッドの横へ回り込んだノシュウェルに続き。
クロイツもまた、フェレンスの足元に立って見張る。

上掛け、そして、ローブ。
それぞれ、ゆっくりと捲めくり上げられていった。

が、期待したものとは何か違う。

クロイツもまた、相当そうとう、疲れているのか。
そこには、赤い毛玉があるだけのように見えた。

「 ... ... ... 」

黙り込む四人が、四人共、同じことを考えたのは言うまでもない。

毛玉 ?　いやいや ... いや いや いや いや ... ...

「有あり得えん ... 」

誰よりも先にクロイツが目頭めがしらを揉もみはじめた。
よく見れば見るほど、尚更なおさらに目を疑ってしまうのだ。

「これは ... いつの間に ... 」
「小さなお客様で御座ございますね」

何か居るとは思ったが。
そうとは気が付かなかった。

病み上がり主人が驚おどろく様子に加くわえ。
付き添そう執事が ｸｽｸｽ と笑いながら言う。

フェレンスの横にあったそれとは。
小さく丸まって眠る ... ふわふわとした赤毛の少年だった。