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 「はぁ~~~……昨日は散々だった……」大きな溜息を吐くマサキ。

 横のベッドで、規則的な息づかいが聞こえてくるティナを尻目にマサキは頭をポリポリと掻いて、ティナが寝ているめくれた布団を掛け直す。
 時間を見るとまだ五時半過ぎであった。

  あのアグレッサーの女隊員と来たら、ティナを着せ替え人形の様にあれやこれやと衣装を取っかえ引っ変えして、挙句の果てに棚の端から全部着せる等の暴挙に出て、男連中三人は店からのクレームを対応する羽目になった。

 「まぁ、悪い奴らじゃ無いって事は解った。」

 心理的に、初対面のイメージが悪ければ悪い程、後の好感度が上がりやすいと言うのを聞いた事があるが、アレは本当かも知れない。どちらにせよお互い初対面の印象は良くなかった筈だ。
 ジェニファーが途中で俺の好みを聞いて来たが、前々から思って居た「肌色成分多め」と云うオーダーを上手くティナに悟られずにこなしてくれたのかは定かでは無い。
 
 部屋のカーテンと窓を少し開け、起きたついでとばかりに煙草に火を点けた。
 この街は街灯があり、暗い間はずっと街を照らしている。
(あの街灯ってどう言った原理でずっと光ってるんだろう?)
 窓から見る景色は、まるで前世の外国の様で、自分が本当に
異世界に来たのかと錯覚を起こしそうになる。

「異世界に来て異世界らしい事か……そういや決めて無かったよなぁ…」

 随分前にティナに言った言葉を、フとマサキは思い出した。 
 時間的には、まだこの異世界に来て二ヶ月とちょっとしか経っていない。しかし、自分の感覚ではもっと長く居る気分になっていた。
(異文化や前世とは違った習慣に触れ、新しい人々にも沢山出逢った。引きこもりの俺がなぁ~……マジ草生えるわwww)

  煙草の灰が落ちそうになり、慌てて灰皿の所まで戻る。

「取り敢えず、動かなきゃ何も始まらないって事か……」
 マサキは一つ決心をして再び眠りに付いた。


「……て!…………だよ!」
ユサユサ……ユサユサ……
「…………ろ~!」ユサユサ
ガザ……ゴソゴソ……
「マーサーキー!おきーてー!」

 パチっと眼を開けるとティナの顔が見えた。
「おはようございます(裏声)」

「起きた?おはよう。」
 突然、バッ!とティナはマサキの寝ている布団から離れた。

「どした?別に襲わんぞ。」
「い、いや、また急に起き上がって頭突きされるのかと思って……」
 ムクリとマサキは起きて、偏差率の高い瞼を無理やり開ける。

「あ~……お腹すいちゃったよ!早くビュッフェ行こ!」
(朝から腹減るとか健康的だよなぁ……)

「ああ、ちょっ待ってて。」
 時刻は八時半である。
(二度寝ってしんどくなるなぁ……)
 ノソノソとマサキは立ち上がり着替えをする。

「マサキ~。なんか、おじいさんみたいだよぉ~!」

「いや、もうそれで良いって。」
 起き抜けで、脳がまだ起動していなく、色々と答えたり考えたりするのがめんどくさいと思っていた。

「ほら、シャンとしてよね!」
(ティナってば、俺が着替えてる時は普通に支度とかするのに、何故、ティナが着替えてる時は、俺がトイレに軟禁されるのだろう……)
 ティナはズボンを履く途中で止まっていたマサキを見て「ほら、早く履く!」とズボンを上げていた。
(あれ?コレってまさかの介護的なやつか?!今、普通に俺のパンツ見たよな…)

とぼとぼと一階にあるビュッフェへ向かうマサキとティナ。

「マサキ、もしかしてどっか調子悪い?」
(なんか気を遣われた。)

「いや~そんな事無いと思うんだけど…」
とマサキは言うが、行動がいつもよりドン臭くなっている。

「回復掛けてあげよっか?」

「大丈夫だって。多分。」
(寝ただけで体力減って回復掛けられるとか、どんだけだよ(笑)
 
 マサキは頭を降って気合いを入れた。

 ビュッフェで朝食を済ませ、通常……と言うかフル装備にしてギルドへ徒歩で向かう。

 ロビーの巨乳受け付けに挨拶をするが、例の「おっぱい演説」以来、俺を見ると顔を赤らめる様になってしまった。
(ですよねー……ほんとすんません……マジすんません。)
 逆に良くなった事もある。あの演説で、俺の熱い迸(ほとばし)る想いをティナにぶつけた為、おっぱいの事では絡んで来なくなった。

「ティナ、今日はツインテールなんだな。グッジョブ!」とサムアップした。
 すると、嬉しそうにサムアップを返して来た。
(あれ?俺の異世界ファンタジーカテゴリが、恋愛カテゴリに変わるのか?そしたら今までの伏線、全部無駄になっちゃうぞ!)

「ははは……ないわー…(笑)」

「え?何が?」と不思議そうな顔でマサキを見た。

「あ、いやいやこっちの事だから気にするな!」

「そぉ?何でも無いなら良いんだけどね!」
 二人はいつものスキル申請部署に向かって脚を進める。

「こんな場所で言うのもなんだけど……」

「うん。なに?」

「例のアグレッサー部隊の指導、やってみる事にするわ。」
 マサキは前を向いてそう言った。

「うん。そう言うと思ったよ!」
ティナは歩きながらマサキの方を向き、笑顔でそう言った。

「前さ、ティナは憶えてるか解らんけど、異世界に来て異世界らしい事して無いって、俺言ったんだけど……」

「うん。大丈夫。憶えてる。」
 ティナも今は前を向いて歩いている。

「幾ら考えても他に思い当たらないし、何となく「今でしょ!」みたいな感じだから。」

 カツッカツッ!と二人の歩く音が廊下にコダマする。

「…………うん。解った。忘れずに、ちゃんと言ってくれて……ありがとう!!」
 そう言いながら、ティナはマサキの手を握った。

(よし、次はエイドリアンさんとスチュアートさんだ。)


「コンコン……」ノックをして二人はいつもの部屋に入る。

「おはようございます。」
 
 中に入ると異様な光景が目に飛び込んできた。

「おはようございます。」
(あれ……エイドリアンさんの声のトーンが……)

 エイドリアンの前にはスチュアートを始め、昨日の七人が近衛兵隊の制服に身を包み、微動だにせず整列していた。

「おはようございますっ!!」
 一斉にマサキとティナは敬礼された。
(おいおい……なんだなんだ?何が始まる?)

「やすぅ~めっ!」
(エイドリアンさん声でけぇよ……)

ザッ!と一糸乱れぬ行動をする隊員達。

「あ、あの……これは一体……」
 マサキがエイドリアンに状況説明を求めた。

「クラタナさん、昨日は部下が大変ご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳ありませんでした。」

「申し訳ありませんでしたぁっ!」
 隊長以外の八人に一斉に謝られた。そして、エイドリアンさんは目の前で土下座をしている。

「………………あ、あの……」
(謝罪をされてるのに、この圧力……ちぃ!来たなっ!プレッシャー!(CV池○秀○)

「エイドリアンさん、頭を上げて立って下さい。」
 ティナが毅然とした態度で言った。

(俺ポカーン…………)

「い、いや……しかし……」とエイドリアンは頭を上げようとしない。

「もう一度言います。頭を上げて立って下さい。」
ティナは静かに言った。
(えええええええ!ティナタソ怖すぎんぞ!何これ、エイドリアンさん!早く立て、立つんだ!エイドリア~ン!あれ?)

 ティナの、空気が凍る様な圧力を感じてか、エイドリアンは立ち上がった。

「ありがとうございます。あのままでは、まともにお話も出来ませんでしたので。」とティナは引いて俺に引導を渡す。
(え?え?今?この流れで今かよ!!)

「ま、まぁ、昨日の事はもう良いですから……」
(こんなのどう話を持ってけば良いのか解らんぞ!)

「何とお詫びして良いのやら……本当に申し訳ございませんでした…」

(なに、この微妙な空気……俺にどうしろと……)

「ま、まぁ、ティナもああ言ってる事ですし頭を上げてください、エイドリアンさん。」

「面目無い……」
(この人自殺しちゃうんじゃ無いの?大丈夫かよ?)

「と、取り敢えず、昨日の話の続きという事で、話を進めて行きましょう。」

「分かりました。」
(お、少しは立ち直ったか?)

「先ず、スチュアートさんの指導という事ですが、やらせて頂きます。」

 意気消沈で今にも自殺しそうだった顔のエイドリアンは、みるみる生気を取り戻し、泣きそうになりながら
「ほんとですかぁ!ありがとうございます!ありがとうございます!」と両手で握手をされブンブン腕を振られた。
(肩抜けるかと思ったよ。)

「但し、こちらも条件があります。」

「はい。是非お聞かせ願いますか?」

「先ず一つ目に、中級魔法の全てと、中級召喚全てを指導して頂ける事、二つ目は、昨日の書類に有事の際、と記載されてる所がありました。」

「はい、所属する隊に準ずると言った箇所ですね。」

「そうです。仮に、私達が指導してる期間中に有事があった場合、ティナは後方待機にして下さい。この条件が無理である様なら、この話は無かった事にして下さい。」

「ちょ!マサキ!勝手に決めないでよ!私も行くって!」
 先程の毅然とした態度とは打って変わって、感情的にティナが口を挟んだ。

「ダメだ。こればかりは絶対に譲れない。」
 マサキは、ティナを見ずにエイドリアンを見て言った。

 先程とは違うピリッとした空気が部屋中を包む。

………………………………………………………………………………………………………


 暫くの静寂の後、エイドリアンがその空気を破る様に口を開いた。

 「クラタナさん、大丈夫ですよ。お二人にそこまで重荷を背負わせるつもりは最初から有りません。それに、隊に準ずると言う事は、私がウェールズさんに直接退却命令を出す事も出来ますので。何よりそう云った事態にならない様に、我々は日夜訓練に励んでますので。そうそう有事等はありませんよ!」
 
 エイドリアンはああは言ってくれる物の、何処かザワザワとした勘がマサキの中でくすぶっていた。
(何か嫌な予感がする。今は何でも無いから言ってられるが、いざとなれば兵隊はただのコマでしか無い……エイドリアンさんも所謂、中間管理職だ。上層部から直接、俺とティナにオーダーが下れば当然拒否は出来ないだろう………)

「エイドリアンさんの事を信用してない訳では無いのですが、口約束だけでは、命を預ける事は出来ないと言うのが本音です。後、有事の際、一番活躍しなければならない立場の人が、有事の想定をして無いとは、言葉を少し控えた方が宜しいかと……」

「し、失礼致しました!では、どうすれば…」

 後ろに立つ八人の隊員は、緊張した面持ちで事の成り行きを見ていた。

「あの一節の削除、若しくは男性隊員のみ、と追加するかのどちらかです。これ以外は、此方としても譲歩の余地はありません。」

「ちょっと!マサキ!」

「わ、解りました……じ、自分に権限は無いので、上の者に報告して、後日ご連絡差し上げます。」

「解りました、お疲れ様です。行くぞ、ティナ。」


 そして、重苦しい雰囲気を表すかの様に、低い音を立てて扉が閉まった。



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