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真の悪役令嬢になります! ペーター③
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「なんか、騒がしいですね……」
馬車のドアを開けてくれた御者がキャンベル家を眺めながら、不思議そうに呟いた。
本日、アビゲイル・キャンベルと会うために、キャンベル家にやって来たフィリップ・アレンも不思議そうに首を傾げる。
「そうだな」
フィリップはポケットから懐中時計を取り出して時刻を確かめた。時計の針は一時を少し過ぎたところ。約束の時間よりちょっと早いくらいだ。
「出迎えもないですし、ちょっとドアを叩いてみますね」
御者はフィリップの返事を待つことなく、小走りにドアへ近づくと、キャンベル家のドアをノックした。ゆっくり移動してきたフィリップがドアの前に立っても尚、屋敷の中から慌ただしい声が聞こえてくる。御者と顔を見合わせて、どうしたものかとしばらく待っていると、ドアが細く開き、侍女と思わしき女性がひょっこりと顔を出した。髪の毛が少し乱れていて、顔色が悪い。それでも侍女は声を震わせながら言った。
「お待たせして大変申し訳ございません。フィリップ・アレン様でしょうか?」
「ええ、そうです。お約束は今日だったと思うのですが……」
もしやの気持ちで訊ねれば、間違いないとの答えをもらった。
「はい、そうでございます。ですが、こちらの事情で大変申し訳ありませんが、別の日にしていただけないでしょうか?」
「何故でしょう?」
「それは、えっと……」
侍女が視線を彷徨わせる。背後を気にしているようだが、フィリップからは見ることができない。必死に何かを隠しているようで、待たされ続けるフィリップは苛立った。
「約束を反故にするのはあなたの一存で? 本日行われる顔合わせはキャンベル家のご当主と決めたこと。なのに使用人であるあなたが、当日の、しかも数分前に、理由も明かにせず取り消しとはいかがなものだろうか?」
にこやかな表情とは裏腹にきつめの口調で問いただせば、侍女は今にも泣き出してしまいそうな顔をする。別に泣かせようとしているわけではない。キャンベル家にいるアビゲイルがルルであるかを早く確かめたいだけだ。
「フィリップ様」
侍女の背後からウィリアムの執事が現れる。
侍女は頭を下げるとその場を執事に譲るようにして下がった。話のわかりそうな人が出てきて、ホッとする。
「本日はご来訪いただきありがとうございます。ご足労願いましたのにうちの侍女が大変失礼なことを。申し訳ございません」
「いえいえ」と首を横に振っていると、件の侍女はさらに頭を深く下げた。
「重ね重ね申し訳ないのですが、アビゲイル様が怪我を負われまして、本日のお約束をなかったことに……」
フィリップは全身から血を抜かれているような気がした。汗がやたら冷たく感じ、口のなかが異様に渇く。
「怪我は! 怪我はどの程度のものなのでしょう!?」
「わたくしどもでは何とも……。ただいま、医師を呼びに遣いを出したところでして……」
執事は弱りきったように眉尻を下げた。
「会うことは出来ないのですか?」
「医師の診断を待たないことには、何とも言えません……。ですが、お会い出来る出来ないに関わらず、お待ちになられるのでしたら、部屋をご用意させていただきますが」
「そうしてください」
フィリップは即答した。
アビゲイルと面談するはずだったであろう応接室に通され、お茶を出される。怪我をした理由を訊ねると「階段から落ちた」とだけ言われた。
(この屋敷にいるアビゲイル嬢は、単なるそっくりさんで、ルルではないのだろうか?)
ルルならば、階段から落ちるなんて間抜けなことはしない。例え、階段から足を踏み外したとしても、反射的に手すりに掴まるなどするだろう。まして、孤児院では二階にある反省室の窓から何度も抜け出し、自慢してくるほどだ。そんなルルが医師を呼ばなければならないほどの怪我をするとは思えない。
(婚約だなんて早まってしまっただろうか……)
フィリップは自身の考えの浅さに後悔した。
だが、あの時、焦ったのだ。サイラスの隣で満更でもない笑顔を見せるルルを想像してイヤだと思ったのだ。それに、と自身に言い訳をして、サイラスはアンジェラに惹かれていることをあげる。
(ここにいるアンジェラ嬢はルルだ。ルルに違いないはずなのに、ルルではないかも知れない……)
頭のなかはぐちゃぐちゃだ。一刻でも早くアビゲイルの偽者と会って真相を確かめたい。膝に肘を立て、組んだ手を額に当てて時がくるのを待つ。
どれくらいの時間が過ぎたのであろう。ドアがノックされ、フィリップは目を見開いた。
ドアが開き、キャンベル家の主であるウィリアムが現れる。
「すまないね」
「いえ」
挨拶もほどほどに、ウィリアムが向かいのソファに座ると執事がお茶を淹れて、部屋から出ていった。
応接室にはフィリップとウィリアムのふたりだけになる。
「あの、アビゲイル嬢のお加減は?」
「額を切ったのと、右手足首の捻挫。それと打ち身だな。さぁ、どうする?」
「どうするとは?」
「婚約だよ。額の傷を縫ったんだ。顔に傷がある女はイヤだろ?」
「そんなことありません」
フィリップはウィリアムの言葉を強く否定する。
「そんなにあの娘がいいのか……。で、あの娘はいったい何者なんだい?」
フィリップは目を見開き、呆然とした。
ウィリアムは、アビゲイルがアビゲイルでないことを知っていたのだ。
フィリップは冷めたお茶を一口飲むと、平然と答えた。
「まるでアビゲイル嬢がアビゲイル嬢でないようにおっしゃいますね? しかも、わたしが何もかも知っているように訊ねてこられる」
「ははは。ここだけの話。アビゲイルはすでに死んでいるからね。死んだ者が屋敷に戻ってくるはずなんてないんだよ」
「死んでいる?」
「ああ。家出したかと思えば、わたしのことを良く思ってない奴らに捕まったらしい。あの偽者が屋敷に来る直前に、アビゲイルが肌身はなさず身につけていたアクセサリーが届いたからな。間違いない」
「では、なぜ、偽者かもしれないと知って、屋敷におかれているのです!?」
ウィリアムは答えない。顔は笑っているが、これ以上触れてはならないことのようだ。
フィリップは冷静さを取り戻そうと、目を閉じ、呼吸を整えた。
「では、アビゲイル嬢は……」
「あの偽者なら、くれてやろう。アビゲイルとしてな」
「本物の方は? 我が家で保管させていただいておりますが……」
「ああ」
ウィリアムは視線を天井に向けて、物思いにふけたかと思うと「引き取ろう」と答えた。
「会って行くかい?」
「はい。わたしも確かめたいことがありますから」
ウィリアムが立ち上がり、フィリップもソファから腰を上げた時だった。
ドアが勢いよく開き、プラチナ色の髪にウェーブかかった少女が現れる。アンジェラだ。
「フィリップ様! わたしを連れて逃げてください!! わたし、お姉さまのことなんて突き飛ばしていません!!」
フィリップは思わず、ウィリアムの顔を見た。
その視線につられ、アンジェラもウィリアムを見つめる。
「お父様、これは何かの間違いです。お姉さまはあの場に倒れただけで、怪我なんてウソです。きっと刃物を使ってご自身の顔を傷つけたに違いありませんわ!」
アンジェラの訴えにウィリアムは平静そのものだった。だが、それは見せかけだけで、腹のなかは煮えたぎっていたようだ。
「二度ならず、三度、四度と! 我が家の使用人は無能な者ばかりなのか!?」
怒鳴り声に執事が慌てて、アンジェラを連れ去る。
「アビゲイルの部屋は階段を上って、西側にあります。侍女たちが出入りしているのですぐにわかるでしょう」
「ありがとうございます」
ウィリアムが応接室から出ていく。
フィリップも応接室から出ようとすると、先程の執事が戻ってきた。アビゲイルの部屋まで案内するという。
「フィリップ様、本日は立て続けに申し訳ございません」
執事の謝罪をフィリップは軽く受け止めた。
アビゲイルの部屋を教えてもらい、お礼を伝える。
ルルと思われるアビゲイルは、ベッドのヘッドボードに寄りかかっていた。侍女のひとりがアビゲイルに声を掛けると、アビゲイルがこちらを向く。そして彼女は目を見開き、静止した。
(ああ、やっぱり……)
フィリップは安堵のため息をついて訊ねた。
「ところで『コネ』はどうなりましたか?」と。
馬車のドアを開けてくれた御者がキャンベル家を眺めながら、不思議そうに呟いた。
本日、アビゲイル・キャンベルと会うために、キャンベル家にやって来たフィリップ・アレンも不思議そうに首を傾げる。
「そうだな」
フィリップはポケットから懐中時計を取り出して時刻を確かめた。時計の針は一時を少し過ぎたところ。約束の時間よりちょっと早いくらいだ。
「出迎えもないですし、ちょっとドアを叩いてみますね」
御者はフィリップの返事を待つことなく、小走りにドアへ近づくと、キャンベル家のドアをノックした。ゆっくり移動してきたフィリップがドアの前に立っても尚、屋敷の中から慌ただしい声が聞こえてくる。御者と顔を見合わせて、どうしたものかとしばらく待っていると、ドアが細く開き、侍女と思わしき女性がひょっこりと顔を出した。髪の毛が少し乱れていて、顔色が悪い。それでも侍女は声を震わせながら言った。
「お待たせして大変申し訳ございません。フィリップ・アレン様でしょうか?」
「ええ、そうです。お約束は今日だったと思うのですが……」
もしやの気持ちで訊ねれば、間違いないとの答えをもらった。
「はい、そうでございます。ですが、こちらの事情で大変申し訳ありませんが、別の日にしていただけないでしょうか?」
「何故でしょう?」
「それは、えっと……」
侍女が視線を彷徨わせる。背後を気にしているようだが、フィリップからは見ることができない。必死に何かを隠しているようで、待たされ続けるフィリップは苛立った。
「約束を反故にするのはあなたの一存で? 本日行われる顔合わせはキャンベル家のご当主と決めたこと。なのに使用人であるあなたが、当日の、しかも数分前に、理由も明かにせず取り消しとはいかがなものだろうか?」
にこやかな表情とは裏腹にきつめの口調で問いただせば、侍女は今にも泣き出してしまいそうな顔をする。別に泣かせようとしているわけではない。キャンベル家にいるアビゲイルがルルであるかを早く確かめたいだけだ。
「フィリップ様」
侍女の背後からウィリアムの執事が現れる。
侍女は頭を下げるとその場を執事に譲るようにして下がった。話のわかりそうな人が出てきて、ホッとする。
「本日はご来訪いただきありがとうございます。ご足労願いましたのにうちの侍女が大変失礼なことを。申し訳ございません」
「いえいえ」と首を横に振っていると、件の侍女はさらに頭を深く下げた。
「重ね重ね申し訳ないのですが、アビゲイル様が怪我を負われまして、本日のお約束をなかったことに……」
フィリップは全身から血を抜かれているような気がした。汗がやたら冷たく感じ、口のなかが異様に渇く。
「怪我は! 怪我はどの程度のものなのでしょう!?」
「わたくしどもでは何とも……。ただいま、医師を呼びに遣いを出したところでして……」
執事は弱りきったように眉尻を下げた。
「会うことは出来ないのですか?」
「医師の診断を待たないことには、何とも言えません……。ですが、お会い出来る出来ないに関わらず、お待ちになられるのでしたら、部屋をご用意させていただきますが」
「そうしてください」
フィリップは即答した。
アビゲイルと面談するはずだったであろう応接室に通され、お茶を出される。怪我をした理由を訊ねると「階段から落ちた」とだけ言われた。
(この屋敷にいるアビゲイル嬢は、単なるそっくりさんで、ルルではないのだろうか?)
ルルならば、階段から落ちるなんて間抜けなことはしない。例え、階段から足を踏み外したとしても、反射的に手すりに掴まるなどするだろう。まして、孤児院では二階にある反省室の窓から何度も抜け出し、自慢してくるほどだ。そんなルルが医師を呼ばなければならないほどの怪我をするとは思えない。
(婚約だなんて早まってしまっただろうか……)
フィリップは自身の考えの浅さに後悔した。
だが、あの時、焦ったのだ。サイラスの隣で満更でもない笑顔を見せるルルを想像してイヤだと思ったのだ。それに、と自身に言い訳をして、サイラスはアンジェラに惹かれていることをあげる。
(ここにいるアンジェラ嬢はルルだ。ルルに違いないはずなのに、ルルではないかも知れない……)
頭のなかはぐちゃぐちゃだ。一刻でも早くアビゲイルの偽者と会って真相を確かめたい。膝に肘を立て、組んだ手を額に当てて時がくるのを待つ。
どれくらいの時間が過ぎたのであろう。ドアがノックされ、フィリップは目を見開いた。
ドアが開き、キャンベル家の主であるウィリアムが現れる。
「すまないね」
「いえ」
挨拶もほどほどに、ウィリアムが向かいのソファに座ると執事がお茶を淹れて、部屋から出ていった。
応接室にはフィリップとウィリアムのふたりだけになる。
「あの、アビゲイル嬢のお加減は?」
「額を切ったのと、右手足首の捻挫。それと打ち身だな。さぁ、どうする?」
「どうするとは?」
「婚約だよ。額の傷を縫ったんだ。顔に傷がある女はイヤだろ?」
「そんなことありません」
フィリップはウィリアムの言葉を強く否定する。
「そんなにあの娘がいいのか……。で、あの娘はいったい何者なんだい?」
フィリップは目を見開き、呆然とした。
ウィリアムは、アビゲイルがアビゲイルでないことを知っていたのだ。
フィリップは冷めたお茶を一口飲むと、平然と答えた。
「まるでアビゲイル嬢がアビゲイル嬢でないようにおっしゃいますね? しかも、わたしが何もかも知っているように訊ねてこられる」
「ははは。ここだけの話。アビゲイルはすでに死んでいるからね。死んだ者が屋敷に戻ってくるはずなんてないんだよ」
「死んでいる?」
「ああ。家出したかと思えば、わたしのことを良く思ってない奴らに捕まったらしい。あの偽者が屋敷に来る直前に、アビゲイルが肌身はなさず身につけていたアクセサリーが届いたからな。間違いない」
「では、なぜ、偽者かもしれないと知って、屋敷におかれているのです!?」
ウィリアムは答えない。顔は笑っているが、これ以上触れてはならないことのようだ。
フィリップは冷静さを取り戻そうと、目を閉じ、呼吸を整えた。
「では、アビゲイル嬢は……」
「あの偽者なら、くれてやろう。アビゲイルとしてな」
「本物の方は? 我が家で保管させていただいておりますが……」
「ああ」
ウィリアムは視線を天井に向けて、物思いにふけたかと思うと「引き取ろう」と答えた。
「会って行くかい?」
「はい。わたしも確かめたいことがありますから」
ウィリアムが立ち上がり、フィリップもソファから腰を上げた時だった。
ドアが勢いよく開き、プラチナ色の髪にウェーブかかった少女が現れる。アンジェラだ。
「フィリップ様! わたしを連れて逃げてください!! わたし、お姉さまのことなんて突き飛ばしていません!!」
フィリップは思わず、ウィリアムの顔を見た。
その視線につられ、アンジェラもウィリアムを見つめる。
「お父様、これは何かの間違いです。お姉さまはあの場に倒れただけで、怪我なんてウソです。きっと刃物を使ってご自身の顔を傷つけたに違いありませんわ!」
アンジェラの訴えにウィリアムは平静そのものだった。だが、それは見せかけだけで、腹のなかは煮えたぎっていたようだ。
「二度ならず、三度、四度と! 我が家の使用人は無能な者ばかりなのか!?」
怒鳴り声に執事が慌てて、アンジェラを連れ去る。
「アビゲイルの部屋は階段を上って、西側にあります。侍女たちが出入りしているのですぐにわかるでしょう」
「ありがとうございます」
ウィリアムが応接室から出ていく。
フィリップも応接室から出ようとすると、先程の執事が戻ってきた。アビゲイルの部屋まで案内するという。
「フィリップ様、本日は立て続けに申し訳ございません」
執事の謝罪をフィリップは軽く受け止めた。
アビゲイルの部屋を教えてもらい、お礼を伝える。
ルルと思われるアビゲイルは、ベッドのヘッドボードに寄りかかっていた。侍女のひとりがアビゲイルに声を掛けると、アビゲイルがこちらを向く。そして彼女は目を見開き、静止した。
(ああ、やっぱり……)
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