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真の悪役令嬢になります! アンジェラ②
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(ついてない、ついてないわ!!)
先程までの騒ぎがウソのように、アンジェラの部屋は静まりかえっていた。放り投げたドレスも破れたドレスもすべて回収され、クローゼットには自分の雰囲気に似合うようなふわふわした淡い色のドレスばかりが残った。
誰かが手を貸してくれることもなく、床の上に座りっぱなしになったアンジェラは憤ったままだ。
(夜中だというのに、廊下で騒ぐから!)
思い出せば思い出すほど腹立たしい。血管が浮き出るほど強く握り締めた拳で床を叩く。順調に物事が進んでいたはずだったのに、すべて台無しになった。あの時、アビゲイルが声をあげたせいで、使用人たちの神経が敏感になっていたに違いない。
(クラリスだけに見られるはずが!)
日を跨いでしばらく経った頃、入浴の手伝いをしに来てもらえるよう頼んでおいた。おしゃべり好きで、話に尾ひれをつけがちなクラリスはアビゲイルを貶める目撃者として丁度よい人材だった。以前と同じように、アビゲイルを追い詰める話を広めてもらう手筈だった。
床を叩くだけではアンジェラの苛立ちが止まることはなく、履いていた靴を脱いで壁へと投げつける。
悔しい、悔しくて仕方がない。今まで自分の思い通りに話が進まないことなど一度もなかった。
手が届く範囲の物すべてを壁に投げつけたが、アンジェラの苛立ちが収まることはなかった。
一晩中、床に座りっぱなしになっていたアンジェラは、翌朝、朝食を運んできた侍女に立たされ、朝食がセッティングされた椅子に座らされた。
食欲なんかない、そう突っぱねようとした時、床に落ちているメモに気が付いた。
侍女は早々に部屋から立ち去っており、メモが落ちていると指摘出来なかった。自分が拾ってあげるとしたら、誰かの目がある時だけだ。親切に拾う姿を見せつけ、印象を良くするためだ。
拾ったところで利益はない。けれど、そのメモの存在がやたら気になった。
アンジェラは椅子から立ち上がると、そのメモを拾い上げた。
『本日午後、フィリップ・アレン様来訪予定
アンジェラ様を部屋に閉じ込めておくこと』
メモを読んだアンジェラの顔が緩む。
(チャンスだわ! わたしを部屋に閉じ込めておこうだなんて、オードリーたちも偉くなったものね!!)
侍女たちの閉じ込めておくなど、大した力はない。見張り仕事のほとんどを下っ端の侍女が請け負っており、来客があるとなればなおさらベテランの侍女が見張りにつくことがなくなる。下っ端は動かしやすい。甘えて、反省したフリをすれば、簡単に御することが出来る。
(部屋から消えたようにみせれば、ここの見張りが手薄になるわね)
アンジェラは部屋のどこに隠れようか迷う。クローゼットの中はありきたりだし、バルコニーや浴室も単純だ。
(ベッドの下が一番いいかしら?)
まさか淑女が腹這いになって、顔を床に近づけているなど思いもしないだろう。
案の定、朝食を下げに来た侍女が慌てている。バタバタと足音の数が増え、クローゼットの開閉音、ベッドが軋む音が耳に届き、バルコニーへ続くガラス戸やカーテンの裾が動いているのが視界に入った。ありとあらゆる場所を探している。
「来客の準備をする者以外、屋敷の中と庭を探して!」
指示を与えている侍女がいる。オードリーではないらしい。彼女でないのなら、再度部屋に戻ってくることはないだろう。
部屋の中に人の気配がなくなった。それでもアンジェラは念には念を入れ、フィリップが屋敷にやって来る時間までベッドの下で過ごした。
(もうそろそろフィリップ様がやって来る時間だわ!)
ベッドの下から這い出て、部屋からそっと抜け出したアンジェラは、エントランスに続く階段の上から下を覗いた。
フィリップが訪ねてきた瞬間、劇的に駆け寄って、アビゲイルの虐めを訴えるのだ。これまでフィリップにはアビゲイルの愚行を刷り込んでいる。いつも通り、潤んだ瞳で見つめれば、ため息をつきながらも助けてくれるに違いない。
スッと小さな影が視界の端に映った。視点を合わせれば、そこには質素な生成りのワンピースを着たアビゲイルがいる。まさか、その格好でフィリップに会うのだろうか。愚かな女だ。
やはりフィリップには自分が相応しい。エスコートされて歩く姿を想像すれば、その違いは明らかだ。華やかさが違う。
アビゲイルと目が合った。途端、澄ましていたアビゲイルの顔が、妖艶な笑みを浮かべた。
背中にゾワリとした悪寒が走った。
目を離してはいけない気がして、アビゲイルの動き、ひとつひとつに注意を傾けた。何か仕掛けてくるのは明確だった。だが、今の彼女には大声をあげて、アンジェラを見つけたと騒ぐくらいしか出来ないであろう。この場所でこの距離で出来ることなんて、大したことないはずだ。それなのに何故か胸がざわつく。
アビゲイルは足に手をかけると、片方の靴を脱いだ。
(何をするつもり!?)
アビゲイルは靴を持ったまま腕を大きく振り上げると、アンジェラに向かって靴を放り投げた。
反射的に両腕で顔や頭を守るが、衝撃は一向にやって来ない。
「きゃーっ! アビゲイル様っ!!」
腕を避けると、階段下でぐったり倒れたアビゲイルがいた。使用人たちが甘いものを求めるアリのように群がり、アビゲイルの名を必死に叫んでいる。上半身を抱き上げられたアビゲイルの額から赤い筋が流れた。アビゲイルの口が微かに動き、使用人たちの視線が階段の上にいるアンジェラに集まる。
「アンジェラ様がっ!」
「ちがうっ……」
階段下に倒れるアビゲイル。
階段の途中に転がる片方だけの靴。
階段上にいるアンジェラ。
誰もが、アビゲイルはアンジェラの手によって突き落とされたのだと憶測をたてる。
アンジェラは首を横に振って後ずさった。
騙されては駄目よ。アビゲイルは階段から落ちてなんかいない。アビゲイルははじめから階段の下にいたのだから。
声にならない声をあげ、自分はやってないと首を横に振る。
いつも自分の味方だったクラリスもジェシカも、誰も信じてくれなかった。
先程までの騒ぎがウソのように、アンジェラの部屋は静まりかえっていた。放り投げたドレスも破れたドレスもすべて回収され、クローゼットには自分の雰囲気に似合うようなふわふわした淡い色のドレスばかりが残った。
誰かが手を貸してくれることもなく、床の上に座りっぱなしになったアンジェラは憤ったままだ。
(夜中だというのに、廊下で騒ぐから!)
思い出せば思い出すほど腹立たしい。血管が浮き出るほど強く握り締めた拳で床を叩く。順調に物事が進んでいたはずだったのに、すべて台無しになった。あの時、アビゲイルが声をあげたせいで、使用人たちの神経が敏感になっていたに違いない。
(クラリスだけに見られるはずが!)
日を跨いでしばらく経った頃、入浴の手伝いをしに来てもらえるよう頼んでおいた。おしゃべり好きで、話に尾ひれをつけがちなクラリスはアビゲイルを貶める目撃者として丁度よい人材だった。以前と同じように、アビゲイルを追い詰める話を広めてもらう手筈だった。
床を叩くだけではアンジェラの苛立ちが止まることはなく、履いていた靴を脱いで壁へと投げつける。
悔しい、悔しくて仕方がない。今まで自分の思い通りに話が進まないことなど一度もなかった。
手が届く範囲の物すべてを壁に投げつけたが、アンジェラの苛立ちが収まることはなかった。
一晩中、床に座りっぱなしになっていたアンジェラは、翌朝、朝食を運んできた侍女に立たされ、朝食がセッティングされた椅子に座らされた。
食欲なんかない、そう突っぱねようとした時、床に落ちているメモに気が付いた。
侍女は早々に部屋から立ち去っており、メモが落ちていると指摘出来なかった。自分が拾ってあげるとしたら、誰かの目がある時だけだ。親切に拾う姿を見せつけ、印象を良くするためだ。
拾ったところで利益はない。けれど、そのメモの存在がやたら気になった。
アンジェラは椅子から立ち上がると、そのメモを拾い上げた。
『本日午後、フィリップ・アレン様来訪予定
アンジェラ様を部屋に閉じ込めておくこと』
メモを読んだアンジェラの顔が緩む。
(チャンスだわ! わたしを部屋に閉じ込めておこうだなんて、オードリーたちも偉くなったものね!!)
侍女たちの閉じ込めておくなど、大した力はない。見張り仕事のほとんどを下っ端の侍女が請け負っており、来客があるとなればなおさらベテランの侍女が見張りにつくことがなくなる。下っ端は動かしやすい。甘えて、反省したフリをすれば、簡単に御することが出来る。
(部屋から消えたようにみせれば、ここの見張りが手薄になるわね)
アンジェラは部屋のどこに隠れようか迷う。クローゼットの中はありきたりだし、バルコニーや浴室も単純だ。
(ベッドの下が一番いいかしら?)
まさか淑女が腹這いになって、顔を床に近づけているなど思いもしないだろう。
案の定、朝食を下げに来た侍女が慌てている。バタバタと足音の数が増え、クローゼットの開閉音、ベッドが軋む音が耳に届き、バルコニーへ続くガラス戸やカーテンの裾が動いているのが視界に入った。ありとあらゆる場所を探している。
「来客の準備をする者以外、屋敷の中と庭を探して!」
指示を与えている侍女がいる。オードリーではないらしい。彼女でないのなら、再度部屋に戻ってくることはないだろう。
部屋の中に人の気配がなくなった。それでもアンジェラは念には念を入れ、フィリップが屋敷にやって来る時間までベッドの下で過ごした。
(もうそろそろフィリップ様がやって来る時間だわ!)
ベッドの下から這い出て、部屋からそっと抜け出したアンジェラは、エントランスに続く階段の上から下を覗いた。
フィリップが訪ねてきた瞬間、劇的に駆け寄って、アビゲイルの虐めを訴えるのだ。これまでフィリップにはアビゲイルの愚行を刷り込んでいる。いつも通り、潤んだ瞳で見つめれば、ため息をつきながらも助けてくれるに違いない。
スッと小さな影が視界の端に映った。視点を合わせれば、そこには質素な生成りのワンピースを着たアビゲイルがいる。まさか、その格好でフィリップに会うのだろうか。愚かな女だ。
やはりフィリップには自分が相応しい。エスコートされて歩く姿を想像すれば、その違いは明らかだ。華やかさが違う。
アビゲイルと目が合った。途端、澄ましていたアビゲイルの顔が、妖艶な笑みを浮かべた。
背中にゾワリとした悪寒が走った。
目を離してはいけない気がして、アビゲイルの動き、ひとつひとつに注意を傾けた。何か仕掛けてくるのは明確だった。だが、今の彼女には大声をあげて、アンジェラを見つけたと騒ぐくらいしか出来ないであろう。この場所でこの距離で出来ることなんて、大したことないはずだ。それなのに何故か胸がざわつく。
アビゲイルは足に手をかけると、片方の靴を脱いだ。
(何をするつもり!?)
アビゲイルは靴を持ったまま腕を大きく振り上げると、アンジェラに向かって靴を放り投げた。
反射的に両腕で顔や頭を守るが、衝撃は一向にやって来ない。
「きゃーっ! アビゲイル様っ!!」
腕を避けると、階段下でぐったり倒れたアビゲイルがいた。使用人たちが甘いものを求めるアリのように群がり、アビゲイルの名を必死に叫んでいる。上半身を抱き上げられたアビゲイルの額から赤い筋が流れた。アビゲイルの口が微かに動き、使用人たちの視線が階段の上にいるアンジェラに集まる。
「アンジェラ様がっ!」
「ちがうっ……」
階段下に倒れるアビゲイル。
階段の途中に転がる片方だけの靴。
階段上にいるアンジェラ。
誰もが、アビゲイルはアンジェラの手によって突き落とされたのだと憶測をたてる。
アンジェラは首を横に振って後ずさった。
騙されては駄目よ。アビゲイルは階段から落ちてなんかいない。アビゲイルははじめから階段の下にいたのだから。
声にならない声をあげ、自分はやってないと首を横に振る。
いつも自分の味方だったクラリスもジェシカも、誰も信じてくれなかった。
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