26 / 40
真の悪役令嬢になります!⑬
しおりを挟む
その日の夜、穏やかな空気が漂う中で、ルルはある行動に移そうと考えていた。
きっと、今夜、アンジェラは部屋にやってくる。アビゲイルとして屋敷に戻ってきた初日の夜中に突撃し、宣戦布告をしてくるくらい神経が図太いのだ。ルルのこれからのために思い知らせてやらねば。
「……本当に良いのですか?」
「ええ」
ルルはこくんと頷いた。
困った顔をするオードリーに対し、大丈夫だと笑ってみせる。だが、へにゃりと下がる眉のせいで、余計不安が募るらしい。
「では、下がらせていただきますね」
「お疲れ様でした」
オードリーも夜間ドアの前で見張りに立つ予定だったルイも、自室へと戻っていく。ルルはふたりの姿を見送って、気合いを入れ直した。
罠は張った。あとは掛かるのを待てばいい。
パジャマの袖口から伸びるほっそりとした手首をぶらぶらと揺らし、足首もしっかり回して柔軟させておく。時計はとっくに日をまたいでいて、いつもなら夢の中にいる時間だ。ガウンを羽織ったままベッドの上に座り、目を閉じて、耳を澄ませる。
部屋のドアがノックされた。
「お姉さま、起きていらっしゃいますか?」
「ええ、起きてるわよ」
息を整え、目を開く。
ベッドから降り、ドアを開けるとワンピース姿のアンジェラが現れて、ルルはにっこり微笑んだ。
「もう休まれるところでしたか?」
「そのつもりだったけど、緊張して眠れなかったから平気。会いに来てくれて嬉しいわ。昨日、あなたのことを妹だというのに怖がったりしたでしょ? だから謝りたかったの。ごめんなさい」
「気にしていませんわ」
「本当に? ありがとう。それからサイラス様との婚約おめでとう! 両方言えて嬉しいわ」
親しみを込めて、アンジェラの手を握る。アンジェラはその手を振り払うことなく、言葉に悲しみを滲ませた。
「……そんな、お姉さま。無理をなさらないで。お姉さまはサイラス様に好意を持っていたではありませんか。こんなことになってしまうだなんて、わたし、申し訳なくて……」
アンジェラは首を横に振りながら、嘆いてみせる。だが、ルルはあっけらかんとしている。
「あら、いいのよ。私、サイラス様のこと覚えてないんですもの。好意も何もないので安心して?」
「そんなウソつかなくて良いんです。わたし、昨夜、言いましたよね? 記憶喪失だなんて思っておりませんからと。本当のところどうなのかしら?」
アンジェラから向けられる憐れみを込めた瞳が、疑いの眼差しへと変化した。
うーん、と眉間にシワを寄せ、首を傾けたルルは、床に視線を落としながら答える。
「私も記憶を失っているだなんてウソであって欲しかったんだけど、残念ながらそうではないみたい。まったく覚えていないのよ。場所も人も。悲しいことにね。ひとつひとつに思い出が込められてあるはずなのに、触れても思い出せない。悔しくて、寂しいわ」
ゆっくり、ゆっくりまぶたを閉じて開く。二度、三度繰り返すと目に涙が浮かびあがった。それを指で拭い、笑顔を作ってみせる。
「だけど、それどころじゃないのよ! 私に新しい婚約者が出来たの。フィリップ・アレン様という方らしいんだけど、お父様に『婚約破棄は許さない』って脅されちゃって。結婚できるように頑張らなくちゃいけないんだけど、どうすればいいのか、まったくわからなくて。明日、お会いすることになっているんだけど、何かアドバイスとかないかしら?」
あえてフィリップの名前を出してみたが、アンジェラは何てことのない顔をしている。か弱い女性を演じてはいるが、弱みを見せる気はないらしい。
「どちらでお会いするのですか?」
「この屋敷よ」
「でしたら、お庭を散歩したらよろしいですわ。ちょうどお花が見頃ですし、フィリップ様も喜ぶと思いますわ。そうだ! 我が家の花壇は白や薄紅色の花が多いと思いませんこと? 結果的にサイラス様をとってしまったわけですし、謝罪としてお姉さまの瞳の色と同じドレスをお貸ししようと思いますの。きっと映えることでしょう。今から取りに行きましょう」
有無を言わさず、背中を押される形でアンジェラの部屋に行くことになった。
(何を仕掛けてくるつもりかしら……)
アンジェラの部屋は謂わば敵地である。彼女に有利な場所で上手く立ち回ることが出来るのか、ルルの心音が速まる。
「アンジェラのお部屋ってどこにあるの?」
「お姉さま、もう夜も遅いのですから静かになさらないと。こっちですわ」
アンジェラの部屋は階段を挟んで東側にあった。
ドアを開けられ、どうぞと招かれる。
部屋のなかは、白を基調とした家具でまとめられており、薄桃色のクッションやカーテンが年相応の女の子らしさを醸し出していた。
アンジェラはクローゼットを開け放ち、立たせたままのルルにドレスを当てていく。クローゼットから出しては当て、出しては当て。アンジェラの手によって、アビゲイルに似合わないと決めつけられたドレスは、床へ無造作に投げられていく。
「あー、やっぱりこれかしら?」
先に言っていたであろう、サファイア色のドレスを持ち出し、差し出した。
「どうぞ!」
思わず受け取ってしまったのは盲点だった。
「きゃーっ!」とアンジェラは叫び、ドレスを引っ張った。
もともと切れ目が入れてあったのだろう。無惨にもドレスがビリビリと破れ、アンジェラ自身は床に倒れる。
「いかがされました!」
部屋のドアがバンと大きな音を立てて開いた。ドアの向こう側から複数の使用人たちが部屋のなかを見ていた。
きっと、今夜、アンジェラは部屋にやってくる。アビゲイルとして屋敷に戻ってきた初日の夜中に突撃し、宣戦布告をしてくるくらい神経が図太いのだ。ルルのこれからのために思い知らせてやらねば。
「……本当に良いのですか?」
「ええ」
ルルはこくんと頷いた。
困った顔をするオードリーに対し、大丈夫だと笑ってみせる。だが、へにゃりと下がる眉のせいで、余計不安が募るらしい。
「では、下がらせていただきますね」
「お疲れ様でした」
オードリーも夜間ドアの前で見張りに立つ予定だったルイも、自室へと戻っていく。ルルはふたりの姿を見送って、気合いを入れ直した。
罠は張った。あとは掛かるのを待てばいい。
パジャマの袖口から伸びるほっそりとした手首をぶらぶらと揺らし、足首もしっかり回して柔軟させておく。時計はとっくに日をまたいでいて、いつもなら夢の中にいる時間だ。ガウンを羽織ったままベッドの上に座り、目を閉じて、耳を澄ませる。
部屋のドアがノックされた。
「お姉さま、起きていらっしゃいますか?」
「ええ、起きてるわよ」
息を整え、目を開く。
ベッドから降り、ドアを開けるとワンピース姿のアンジェラが現れて、ルルはにっこり微笑んだ。
「もう休まれるところでしたか?」
「そのつもりだったけど、緊張して眠れなかったから平気。会いに来てくれて嬉しいわ。昨日、あなたのことを妹だというのに怖がったりしたでしょ? だから謝りたかったの。ごめんなさい」
「気にしていませんわ」
「本当に? ありがとう。それからサイラス様との婚約おめでとう! 両方言えて嬉しいわ」
親しみを込めて、アンジェラの手を握る。アンジェラはその手を振り払うことなく、言葉に悲しみを滲ませた。
「……そんな、お姉さま。無理をなさらないで。お姉さまはサイラス様に好意を持っていたではありませんか。こんなことになってしまうだなんて、わたし、申し訳なくて……」
アンジェラは首を横に振りながら、嘆いてみせる。だが、ルルはあっけらかんとしている。
「あら、いいのよ。私、サイラス様のこと覚えてないんですもの。好意も何もないので安心して?」
「そんなウソつかなくて良いんです。わたし、昨夜、言いましたよね? 記憶喪失だなんて思っておりませんからと。本当のところどうなのかしら?」
アンジェラから向けられる憐れみを込めた瞳が、疑いの眼差しへと変化した。
うーん、と眉間にシワを寄せ、首を傾けたルルは、床に視線を落としながら答える。
「私も記憶を失っているだなんてウソであって欲しかったんだけど、残念ながらそうではないみたい。まったく覚えていないのよ。場所も人も。悲しいことにね。ひとつひとつに思い出が込められてあるはずなのに、触れても思い出せない。悔しくて、寂しいわ」
ゆっくり、ゆっくりまぶたを閉じて開く。二度、三度繰り返すと目に涙が浮かびあがった。それを指で拭い、笑顔を作ってみせる。
「だけど、それどころじゃないのよ! 私に新しい婚約者が出来たの。フィリップ・アレン様という方らしいんだけど、お父様に『婚約破棄は許さない』って脅されちゃって。結婚できるように頑張らなくちゃいけないんだけど、どうすればいいのか、まったくわからなくて。明日、お会いすることになっているんだけど、何かアドバイスとかないかしら?」
あえてフィリップの名前を出してみたが、アンジェラは何てことのない顔をしている。か弱い女性を演じてはいるが、弱みを見せる気はないらしい。
「どちらでお会いするのですか?」
「この屋敷よ」
「でしたら、お庭を散歩したらよろしいですわ。ちょうどお花が見頃ですし、フィリップ様も喜ぶと思いますわ。そうだ! 我が家の花壇は白や薄紅色の花が多いと思いませんこと? 結果的にサイラス様をとってしまったわけですし、謝罪としてお姉さまの瞳の色と同じドレスをお貸ししようと思いますの。きっと映えることでしょう。今から取りに行きましょう」
有無を言わさず、背中を押される形でアンジェラの部屋に行くことになった。
(何を仕掛けてくるつもりかしら……)
アンジェラの部屋は謂わば敵地である。彼女に有利な場所で上手く立ち回ることが出来るのか、ルルの心音が速まる。
「アンジェラのお部屋ってどこにあるの?」
「お姉さま、もう夜も遅いのですから静かになさらないと。こっちですわ」
アンジェラの部屋は階段を挟んで東側にあった。
ドアを開けられ、どうぞと招かれる。
部屋のなかは、白を基調とした家具でまとめられており、薄桃色のクッションやカーテンが年相応の女の子らしさを醸し出していた。
アンジェラはクローゼットを開け放ち、立たせたままのルルにドレスを当てていく。クローゼットから出しては当て、出しては当て。アンジェラの手によって、アビゲイルに似合わないと決めつけられたドレスは、床へ無造作に投げられていく。
「あー、やっぱりこれかしら?」
先に言っていたであろう、サファイア色のドレスを持ち出し、差し出した。
「どうぞ!」
思わず受け取ってしまったのは盲点だった。
「きゃーっ!」とアンジェラは叫び、ドレスを引っ張った。
もともと切れ目が入れてあったのだろう。無惨にもドレスがビリビリと破れ、アンジェラ自身は床に倒れる。
「いかがされました!」
部屋のドアがバンと大きな音を立てて開いた。ドアの向こう側から複数の使用人たちが部屋のなかを見ていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる