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真の悪役令嬢になります! アンジェラ①
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家の者たちの目を盗み、やって来た昼下がりの喫茶店。
先月、侍女に扮して注文したドレスをサイラスから受け取って、サイラス個人と会うのは今日で最後にするはずだった。
「僕たちの婚約が決まったよ」
「えっ……」
寝耳に水と言うべきか。
テーブルの上においていた手に、サイラスがそっと自身の手を重ねてくる。温もりのある優しい手。ところどころに、ゴツゴツした箇所があって、アビゲイルから自分を守ろうと、剣術の練習を頑張ってくれていたことが容易にわかる。
「アンジェラ。これで、これからも君を守っていける」
少しだけ悲しみを加えたような笑みは、アビゲイルへの懺悔だろうか。それともおおやけに守ることが出来なかった自分への悔しさなのか。そんな笑みをアンジェラに向けて、サイラスは言葉を続ける。
「僕たちの気持ちが両家に伝わったんだ」
「気持ちが伝わった? 婚約? お姉さまとの婚約は?」
「解消されたんだよ。やっとだ……」
そんなバカなはずはない。
アンジェラは動揺した。
(わたしには、フィリップ様がふさわしいのよ。サイラスと結婚だなんてまっぴらだから、お姉さまを連れ戻したというのに)
あり得ない、とアンジェラは奥歯を噛み締める。
自分に相応しい男は、フィリップ・アレンただひとりだ。友人の誕生日パーティーで見掛け、あっという間に恋に落ちた。人懐っこい笑顔で声を掛けてくる優男たちとは違う、どこか神秘的な男。頼れば応えてくれるが、その裏に隠された心は読めない。同じ年頃とは思えず大人で、自分が知らない世界の隅々まで知っているような顔をしている。眉目秀麗で肌は褐色に焼けていて、引き締まった身体からは色気が漂い、見掛ける度にアンジェラの鼓動を速くさせる。
対してサイラスは色白の優男だ。夢物語のようにこれからの事を語る姿は、まるで恋に恋する乙女のようだ。誰の目も気にせず、ふたりで出掛けることができるとか、結婚式はどこで行おうかとか。やっと堂々とプレゼントを選んであげることが出来ると喜んでいる。
姉のアビゲイルと一緒にいた頃のサイラスは、手の届かない月のような人だと思っていた。だが今では、太陽の光がなければ輝けないただの球体。
あんなに美しく、好ましくみえたモノも、より良いモノを見つけた途端、価値が見いだせなくなる。
「わたし、お父様にしっかり確認してからじゃないと信じられませんわ」
思慮深い女性を偽って、早々に話を切り上げるよう促した。サイラスは疑いもせず「それもそうだね」と微笑む。
平和な男だ。
アンジェラはサイラスに別れを告げるとドレスの入った箱を抱え、屋敷に戻った。自分専属の侍女クラリスが出迎えてくれる。
「本日もサイラス様からいただいたのですか?」
「ええ。わたしはそんなことをしてもらう義理はないのだと伝えているのですが……」
困ったように微笑めば、クラリスは貰って当然だといった顔をする。これでまた侍女たちの間で、サイラスはアビゲイルよりもアンジェラの方に気持ちがあるのだと囁き出すであろう。だが今回は待ったをかける。
「わたし、もう贈り物などしないでくださいとお断りしましたの」
クラリスは驚いた表情をみせた。
「だって、サイラス様はお姉さまの婚約者でしょ? 今まではサイラス様に庇っていただいてましたが、記憶を失ったお姉さまがまた虐めてくるとは思えませんし、自分の婚約者が妹であるわたしに贈り物をしていると知ったら悲しむと思いますの。ですから、もう……」
うつ向いて、瞬きを繰り返す。涙を我慢するフリをするとクラリスは、そんなこと気にしなくて良いと言う。
「やっと公認の仲となられたのですよ? アビゲイル様に気を遣うことなどしなくて良いのです」
「何を言ってるの!?」
「屋敷の者はみんな知っております。アンジェラ様の婚約者がサイラス様になられたことを。そのことをアビゲイル様もお喜びになられていますわ!」
(ウソよ! サイラスが言っていたのは本当のことだったの!?)
「わたし、聞いておりませんわ……」
「ええ。ですから、ご帰宅され次第、ご主人様から執務室に来られるよう伝言を授かっております」
「わかったわ」
アンジェラはウィリアムの執務室へ急いだ。途中途中で使用人たちがお祝いの言葉を述べてくる。その度にアンジェラは焦りを感じていた。
ウィリアムは策略家だ。手駒のひとりであるアビゲイルに婚約破棄された娘という汚名がついた、と言って捨てておくわけがない。どんなに性格が悪く、意地汚いとしても約束だからと言って無理矢理にでもラッセル家に嫁がせるはずだと思っていた。
(何が起きたというの!?)
アンジェラははやる気持ちを抑えて、執務室のドアを慎重にノックした。
「アンジェラ様?」
「ごめんなさい。少しひとりにして欲しいの……」
自室に戻ったアンジェラは、クラリスを部屋から追い出すと、クッションを掴んで壁に投げた。これでもか、これでもかとソファの座面を叩く。
ウィリアムから聞かされたのは、アンジェラの想像を絶するものだった。
「なんで、フィリップ様がお姉さまと婚約するの!?」
姉のアビゲイルとフィリップに面識はなかったはずだ。
「どういうこと!?」
家の繋がりを求めてなら、アンジェラに分があったはずだ。
「サイラスとの婚約は昨日決まって、アビゲイルとフィリップ様の婚約は今日決まった!? ふざけないで!!」
その前にアレン家から何度か打診があったはずだ。それなのにアンジェラにではなく、アビゲイルに回した。
「ウソよ、ウソ! あの女が何かしたんだわ!!」
アンジェラはキレイに磨かれた爪を噛んだ。
きっとアビゲイルが記憶を失くしたとウソをついたまま、今までの腹いせをしてきたに違いない。
「バカ正直な分際で、どこで悪知恵なんてつけてきたのかしら! わたしをバカにするだなんて絶対に許さないんだから!!」
先月、侍女に扮して注文したドレスをサイラスから受け取って、サイラス個人と会うのは今日で最後にするはずだった。
「僕たちの婚約が決まったよ」
「えっ……」
寝耳に水と言うべきか。
テーブルの上においていた手に、サイラスがそっと自身の手を重ねてくる。温もりのある優しい手。ところどころに、ゴツゴツした箇所があって、アビゲイルから自分を守ろうと、剣術の練習を頑張ってくれていたことが容易にわかる。
「アンジェラ。これで、これからも君を守っていける」
少しだけ悲しみを加えたような笑みは、アビゲイルへの懺悔だろうか。それともおおやけに守ることが出来なかった自分への悔しさなのか。そんな笑みをアンジェラに向けて、サイラスは言葉を続ける。
「僕たちの気持ちが両家に伝わったんだ」
「気持ちが伝わった? 婚約? お姉さまとの婚約は?」
「解消されたんだよ。やっとだ……」
そんなバカなはずはない。
アンジェラは動揺した。
(わたしには、フィリップ様がふさわしいのよ。サイラスと結婚だなんてまっぴらだから、お姉さまを連れ戻したというのに)
あり得ない、とアンジェラは奥歯を噛み締める。
自分に相応しい男は、フィリップ・アレンただひとりだ。友人の誕生日パーティーで見掛け、あっという間に恋に落ちた。人懐っこい笑顔で声を掛けてくる優男たちとは違う、どこか神秘的な男。頼れば応えてくれるが、その裏に隠された心は読めない。同じ年頃とは思えず大人で、自分が知らない世界の隅々まで知っているような顔をしている。眉目秀麗で肌は褐色に焼けていて、引き締まった身体からは色気が漂い、見掛ける度にアンジェラの鼓動を速くさせる。
対してサイラスは色白の優男だ。夢物語のようにこれからの事を語る姿は、まるで恋に恋する乙女のようだ。誰の目も気にせず、ふたりで出掛けることができるとか、結婚式はどこで行おうかとか。やっと堂々とプレゼントを選んであげることが出来ると喜んでいる。
姉のアビゲイルと一緒にいた頃のサイラスは、手の届かない月のような人だと思っていた。だが今では、太陽の光がなければ輝けないただの球体。
あんなに美しく、好ましくみえたモノも、より良いモノを見つけた途端、価値が見いだせなくなる。
「わたし、お父様にしっかり確認してからじゃないと信じられませんわ」
思慮深い女性を偽って、早々に話を切り上げるよう促した。サイラスは疑いもせず「それもそうだね」と微笑む。
平和な男だ。
アンジェラはサイラスに別れを告げるとドレスの入った箱を抱え、屋敷に戻った。自分専属の侍女クラリスが出迎えてくれる。
「本日もサイラス様からいただいたのですか?」
「ええ。わたしはそんなことをしてもらう義理はないのだと伝えているのですが……」
困ったように微笑めば、クラリスは貰って当然だといった顔をする。これでまた侍女たちの間で、サイラスはアビゲイルよりもアンジェラの方に気持ちがあるのだと囁き出すであろう。だが今回は待ったをかける。
「わたし、もう贈り物などしないでくださいとお断りしましたの」
クラリスは驚いた表情をみせた。
「だって、サイラス様はお姉さまの婚約者でしょ? 今まではサイラス様に庇っていただいてましたが、記憶を失ったお姉さまがまた虐めてくるとは思えませんし、自分の婚約者が妹であるわたしに贈り物をしていると知ったら悲しむと思いますの。ですから、もう……」
うつ向いて、瞬きを繰り返す。涙を我慢するフリをするとクラリスは、そんなこと気にしなくて良いと言う。
「やっと公認の仲となられたのですよ? アビゲイル様に気を遣うことなどしなくて良いのです」
「何を言ってるの!?」
「屋敷の者はみんな知っております。アンジェラ様の婚約者がサイラス様になられたことを。そのことをアビゲイル様もお喜びになられていますわ!」
(ウソよ! サイラスが言っていたのは本当のことだったの!?)
「わたし、聞いておりませんわ……」
「ええ。ですから、ご帰宅され次第、ご主人様から執務室に来られるよう伝言を授かっております」
「わかったわ」
アンジェラはウィリアムの執務室へ急いだ。途中途中で使用人たちがお祝いの言葉を述べてくる。その度にアンジェラは焦りを感じていた。
ウィリアムは策略家だ。手駒のひとりであるアビゲイルに婚約破棄された娘という汚名がついた、と言って捨てておくわけがない。どんなに性格が悪く、意地汚いとしても約束だからと言って無理矢理にでもラッセル家に嫁がせるはずだと思っていた。
(何が起きたというの!?)
アンジェラははやる気持ちを抑えて、執務室のドアを慎重にノックした。
「アンジェラ様?」
「ごめんなさい。少しひとりにして欲しいの……」
自室に戻ったアンジェラは、クラリスを部屋から追い出すと、クッションを掴んで壁に投げた。これでもか、これでもかとソファの座面を叩く。
ウィリアムから聞かされたのは、アンジェラの想像を絶するものだった。
「なんで、フィリップ様がお姉さまと婚約するの!?」
姉のアビゲイルとフィリップに面識はなかったはずだ。
「どういうこと!?」
家の繋がりを求めてなら、アンジェラに分があったはずだ。
「サイラスとの婚約は昨日決まって、アビゲイルとフィリップ様の婚約は今日決まった!? ふざけないで!!」
その前にアレン家から何度か打診があったはずだ。それなのにアンジェラにではなく、アビゲイルに回した。
「ウソよ、ウソ! あの女が何かしたんだわ!!」
アンジェラはキレイに磨かれた爪を噛んだ。
きっとアビゲイルが記憶を失くしたとウソをついたまま、今までの腹いせをしてきたに違いない。
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