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真の悪役令嬢になります!⑫
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こぶしを力強く握り締めて、ルルはドアをノックした。
その瞬間、覚悟を決めていたはずなのに、心臓が強く鼓動を打ち出す。斜め後方で待機しているオードリーも背筋を伸ばし、気を張り詰めているようだ。
「どうぞ」
落ち着いた低い声がドアの向こう側から聞こえた。
オードリーが軽く頷く。
「失礼します」
ルルはかしこまった声でそう言うと、ドアをゆっくり開けた。
ウィリアムの執務室は、陽の光がたくさん入っていた孤児院の院長室とは違い、小さな窓から申し訳ない程度にしか光が入らない、聖堂の懺悔室のようだった。壁は一面、ぎっちり詰め込まれた本棚で埋め尽くされ、息が詰まりそうなくらいの圧倒感がある。
その部屋のなかでアビゲイルの父親とみられるウィリアムは、机に向かい書類仕事をしていた。
「あの、お父様ですよね?」
この男が本当にアビゲイルの父親かどうかを確認する。
ペンを置き、顔をあげたウィリアムの瞳はアビゲイルと同じ色をしていて、ルルは直感的に『間違いない』と思った。
「お父様ですよね? か……。随分な娘だな」
投げやりな言葉に、ルルは口をつぐむ。
「で、サイラスとの事だったか?」
「はい」
オードリーはそこまで話を通しておいてくれたらしい。
「実はな、すでにアビゲイルとサイラスとの婚約を解消し、アンジェラと結び直したんだ」
「いつですか?」
「昨日のうちにだな。お前は記憶を失っていると言うし、ラッセル家からは、アビゲイルとやっていく自信がないからアンジェラに代えてくれないかと以前から申し出があったんだ。で、代えたのだが。アンジェラにも困ったものだ」
ウィリアムは机の引き出しを開けると、一通の手紙を取り出した。ウィリアムの執事と思われる男がそれを受け取り、ルルに差し出す。
「読んでもいいんですか?」
「ああ」
ルルは手紙を受け取ると、中の便箋を開いて驚いた。
「先ほど届いてな。どうやらアンジェラはアビゲイルの嫌がらせから守ってくれていたサイラスに純潔を奪われそうになったと、フィリップ・アレンに助けを求めたらしい」
「フィリップ・アレン?」
「その手紙の差出人さ。まあ、見た目のいい男だよ。アンジェラもどこで見かけたのか、サイラスより色男でね。今度はそっちに乗り替えようとしているらしい」
(今度はそっち?)
「あの……」
「なんだ?」
「今度はそっち、というのは、以前にも似たようなことがあったのですか?」
「似たようなことと言うべきか。常に向上心を持つことは素晴らしいことなのだよ。お前もそう思うだろ?」
ルルはごくりと唾を飲み込んだ。
「アビゲイルは負けたのだよ」
「誰にですか?」
「アンジェラにだな。アンジェラは自分の欲望を叶えるために、己を弱く見せ、相手の心を掴んだ。半年もかからなかったか。まあ、早く結果を出すために、オードリーをこの家から遠ざけておいたのだがな。ところがアビゲイルはどうだ? 真実を訴えるばかりで能がない。これでは貴族社会ではやっていけない。家を出て正解だったのだよ。なのに戻ってきた。自分の意思ではなく、アンジェラの手引きによってね。アンジェラはまだまだアビゲイルを使うつもりだぞ。お前はどうする?」
興味津々の鋭い視線がルルに突き刺さる。
ルルはその視線と対抗するかのように、ウィリアムを睨み付けた。
「ひとつ訊いていいですか?」
「いいぞ」
「アンジェラがやっていることは、あなたが仕向けたことなんですか? それとも自身で始めたこと?」
「より良い物を常に、それが我が家の教育方針だ。それを学び、上を目指そうとすれば誰かを蹴落としてでも登っていく、誰かに背中を押されなくても自ら動き出すとは思わんかね?」
「そういうものですか……」
「お前もそうだと思っているのだろ?」
含みのある言い方に、ルルは苛立った。
(はっきり言えばいいのに、ムシャクシャする!)
「他に訊きたいことはないか?」
「今は特にありません。お時間ありがとうございました」
ルルは形ばかりのお礼を言い、執事が開けてくれたドアから部屋を出た。
「ああ、それから」
そう言われて振り返る。
「フィリップ・アレンがお前を婚約者に、と言ってきている。まぁ、頑張れ」
「えっ……」
執務室のドアが閉まる。
「どういうこと? ねぇ!?」
ドアは閉まったままだ。叩いてみても反応がない。
ルルはオードリーに詰めよった。
「ねぇ! どういうことだと思う!?」
複雑そうな顔をしたオードリーは、おそるおそる言葉を口にした。
「どうやらアンジェラ様はフィリップ様に心惹かれているとの事。婚約を申し込まれたアビゲイル様は、その……。アンジェラ様に邪魔者とされるのではないでしょうか?」
「やっぱり、そうよね……」
ルルはがく然と肩を落とす。
(サイラスを手に入れるために家を追い出され、次はフィリップを手に入れるために私を貶めるの!? さすがに冗談じゃないわ! この家から出ていく時は自分の意思でよ! それまで邪魔されてなるものですか!!)
ルルは決心を新たに胸に刻んだ。
その瞬間、覚悟を決めていたはずなのに、心臓が強く鼓動を打ち出す。斜め後方で待機しているオードリーも背筋を伸ばし、気を張り詰めているようだ。
「どうぞ」
落ち着いた低い声がドアの向こう側から聞こえた。
オードリーが軽く頷く。
「失礼します」
ルルはかしこまった声でそう言うと、ドアをゆっくり開けた。
ウィリアムの執務室は、陽の光がたくさん入っていた孤児院の院長室とは違い、小さな窓から申し訳ない程度にしか光が入らない、聖堂の懺悔室のようだった。壁は一面、ぎっちり詰め込まれた本棚で埋め尽くされ、息が詰まりそうなくらいの圧倒感がある。
その部屋のなかでアビゲイルの父親とみられるウィリアムは、机に向かい書類仕事をしていた。
「あの、お父様ですよね?」
この男が本当にアビゲイルの父親かどうかを確認する。
ペンを置き、顔をあげたウィリアムの瞳はアビゲイルと同じ色をしていて、ルルは直感的に『間違いない』と思った。
「お父様ですよね? か……。随分な娘だな」
投げやりな言葉に、ルルは口をつぐむ。
「で、サイラスとの事だったか?」
「はい」
オードリーはそこまで話を通しておいてくれたらしい。
「実はな、すでにアビゲイルとサイラスとの婚約を解消し、アンジェラと結び直したんだ」
「いつですか?」
「昨日のうちにだな。お前は記憶を失っていると言うし、ラッセル家からは、アビゲイルとやっていく自信がないからアンジェラに代えてくれないかと以前から申し出があったんだ。で、代えたのだが。アンジェラにも困ったものだ」
ウィリアムは机の引き出しを開けると、一通の手紙を取り出した。ウィリアムの執事と思われる男がそれを受け取り、ルルに差し出す。
「読んでもいいんですか?」
「ああ」
ルルは手紙を受け取ると、中の便箋を開いて驚いた。
「先ほど届いてな。どうやらアンジェラはアビゲイルの嫌がらせから守ってくれていたサイラスに純潔を奪われそうになったと、フィリップ・アレンに助けを求めたらしい」
「フィリップ・アレン?」
「その手紙の差出人さ。まあ、見た目のいい男だよ。アンジェラもどこで見かけたのか、サイラスより色男でね。今度はそっちに乗り替えようとしているらしい」
(今度はそっち?)
「あの……」
「なんだ?」
「今度はそっち、というのは、以前にも似たようなことがあったのですか?」
「似たようなことと言うべきか。常に向上心を持つことは素晴らしいことなのだよ。お前もそう思うだろ?」
ルルはごくりと唾を飲み込んだ。
「アビゲイルは負けたのだよ」
「誰にですか?」
「アンジェラにだな。アンジェラは自分の欲望を叶えるために、己を弱く見せ、相手の心を掴んだ。半年もかからなかったか。まあ、早く結果を出すために、オードリーをこの家から遠ざけておいたのだがな。ところがアビゲイルはどうだ? 真実を訴えるばかりで能がない。これでは貴族社会ではやっていけない。家を出て正解だったのだよ。なのに戻ってきた。自分の意思ではなく、アンジェラの手引きによってね。アンジェラはまだまだアビゲイルを使うつもりだぞ。お前はどうする?」
興味津々の鋭い視線がルルに突き刺さる。
ルルはその視線と対抗するかのように、ウィリアムを睨み付けた。
「ひとつ訊いていいですか?」
「いいぞ」
「アンジェラがやっていることは、あなたが仕向けたことなんですか? それとも自身で始めたこと?」
「より良い物を常に、それが我が家の教育方針だ。それを学び、上を目指そうとすれば誰かを蹴落としてでも登っていく、誰かに背中を押されなくても自ら動き出すとは思わんかね?」
「そういうものですか……」
「お前もそうだと思っているのだろ?」
含みのある言い方に、ルルは苛立った。
(はっきり言えばいいのに、ムシャクシャする!)
「他に訊きたいことはないか?」
「今は特にありません。お時間ありがとうございました」
ルルは形ばかりのお礼を言い、執事が開けてくれたドアから部屋を出た。
「ああ、それから」
そう言われて振り返る。
「フィリップ・アレンがお前を婚約者に、と言ってきている。まぁ、頑張れ」
「えっ……」
執務室のドアが閉まる。
「どういうこと? ねぇ!?」
ドアは閉まったままだ。叩いてみても反応がない。
ルルはオードリーに詰めよった。
「ねぇ! どういうことだと思う!?」
複雑そうな顔をしたオードリーは、おそるおそる言葉を口にした。
「どうやらアンジェラ様はフィリップ様に心惹かれているとの事。婚約を申し込まれたアビゲイル様は、その……。アンジェラ様に邪魔者とされるのではないでしょうか?」
「やっぱり、そうよね……」
ルルはがく然と肩を落とす。
(サイラスを手に入れるために家を追い出され、次はフィリップを手に入れるために私を貶めるの!? さすがに冗談じゃないわ! この家から出ていく時は自分の意思でよ! それまで邪魔されてなるものですか!!)
ルルは決心を新たに胸に刻んだ。
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