上 下
23 / 40

真の悪役令嬢になります! ペーター②

しおりを挟む
 屋敷に戻ったフィリップは、父親であるカイザーに事の顛末を報告した。

「聖女の死により、聖堂内には入れず、ルルの安否は不明か……」

 コツコツとカイザーの指が机を鳴らす。

「で、埋められていた遺体はアビゲイル嬢で間違いないのか?」
「おそらくは。腐敗が進んでいるのと、本人とは面識がなく、見掛けたことがある程度であるだけなので確信は得られませんが、妹のアンジェラ嬢とよく似ていました」
「そうか。で、遺体の方は?」
「布で包み、持ち帰ってきております」
「わかった。後はこちらで何とかしよう」

 フィリップは頭を下げ、執務室から退室した。

(ルルは本当にどこへ行ってしまったんだ……)

 御者は確かにルルが死んでいたと言うし、だからといって死体が勝手に動き出すわけない。持ち去られたことも考えられるが、理由が見当たらない。それに御者がルルの死体を放り出した理由を「嬢ちゃんがしゃべった」と言っていた。気のせいだと思うが、もし生きていたとしたらどこへ向かったのか。
 
 ふと、町で見掛けたアビゲイル嬢を思い出した。
 
 フィリップはかぶりを振る。
 
 あの時、すでにアビゲイル嬢は土のなかにいた。他人の空似というやつだ。だが、雰囲気はルルそのものだった。

(いや、まさか……。でも、待てよ……)

 ルルは面倒なことに巻き込まれやすい。ましてや思い切りがよすぎて、突拍子のない行動をすることがある。しかも、それを止めてくれる人がいない。

 フィリップの背中にイヤな汗が流れた。
 本当に面倒な妹分を持ったと思う。
 
 重要な点は『聖女の死』
 
 聖女が現れる要因のひとつとして、聖女の死がある。もし、ルルが次の聖女となったとしても、死んだ聖女と同じ治癒の力を授かったとは思えない。ルルならば、アビゲイル嬢のことも鑑みると……

(死んだ人の生き写しになれる力とか、か?)

 そんな神聖力など聞いたことも見たこともない。だが、ルルならばあり得るのではないかと思ってしまうところが怖い。

(だとしたら!!)

 フィリップは執務室へ駆け戻った。先の報告で省いた、町で見かけたアビゲイル嬢の事と、ルルが神聖力を授かった仮定の話を聞いてもらう。

「もし、ルルがアビゲイル嬢になりすましていたとしたら、ウィリアム殿はいい気がしないだろうな」
「ええ、そうだと思います。もしかしたらルルがキャンベル家に潜り込んでいる可能性も……」
「ありそうなのか……」
「たぶん……」

 カイザーは頭を抱えた。

「早くアビゲイル嬢の遺体を引き渡したいところだが、下手をするとルルが遺体となって返されるかもしれないな……」

 執務室に沈黙が訪れた。

「アビゲイル嬢の引き渡しは少し延ばそう。その間に、キャンベル家にルルが潜んでいないか調べてこい」
「はい!」

 フィリップは返事をして出掛けると、真っ直ぐキャンベル家の近くまでやってきた。だが何の連絡も、理由もなしに突然訪問するわけにはいかない。アビゲイルとは面識がないし、だからといって何かにつけて接触してくるアンジェラには会いたくない。
 困ったフィリップは、数人の使用人にキャンベル家の様子を監視しておくよう指示し、自分はキャンベル家にほど近い喫茶店で情報を集めることにした。もしかしたらキャンベル家に仕える者が休憩がてら立ち寄って、ポロリと家の中のことを話すかもしれないからだ。

(あれは……)

 入ろうとした喫茶店の窓から、見覚えのある色が見える。プラチナ色のウェーブかかった髪、アンジェラだ。向かいの席に座るのは、

(ラッセル家の嫡男か? 確かサイラス……)

 ふたりは笑みを交わしながら、おしゃべりを楽しんでいる。

(姉の婚約者に襲われて、貞操の危機ねぇ……)

 呆れ返ったフィリップだったが、あることに気がついた。

(彼はアビゲイル嬢の婚約者だ。もし、ルルが仮説通り、アビゲイル嬢と入れ代わっていたら、ルルは彼と結婚するのか!?)

 フィリップはなぜか胸騒ぎを覚えた。胃の辺りがムカムカしてイライラする。
 
 フィリップは付き添ってくれていた使用人に会話の内容を探っておくよう伝え、自分は屋敷へとんぼ返りした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...