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真の悪役令嬢になります!⑩
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「今までと、まるっきりサイズが違いますね……。痩せられたからといって、一月でこんなに変化するとは思えないのですが……。まったくの別人と言っていいほどの変わりようです」
メジャーを持った仕立て屋が困ったように頬に手を当て、首を傾げている。そりゃそうだとルルは半目になった。
「でも請求書には、アビゲイル様がご自身のドレスを購入したと記載されてありますよね?」
「そうなのですが、アビゲイル様ご自身がお店にいらっしゃったわけではありません。遣いを頼まれたという侍女の方が、サイズを記入した紙を持っていらして」
眉間のシワをますます深くさせたオードリーが、さらに質問を重ねる。
「うちの侍女でございますか?」
「ええ。キャンベル家の家紋が刺繍されてある仕事着を着ていましたから」
「どの侍女か覚えは?」
「ないですね」
仕立て屋が首を横に振る。
「アビゲイル様ご自身がお店に向かわれない事に疑問は?」
「……ご本人を前にお伝えしにくいのですが、アビゲイル様は『ワガママ』だと聞いておりまして。新しいドレスは欲しいけれど、店に行くのは面倒と……」
なるほど、とオードリーはため息を吐いた。
「誰かが不正を働いているようですね……」
オードリーが部屋のなかに並ぶ侍女たちの顔を見回した。
採寸を手伝いにきてくれていた侍女たちの顔が青ざめていく。
(お気の毒様。あなたたちが犯人ではないんだろうけど、仕事を疎かにしていたんだから疑われても仕方がないんじゃないかしら? その上、今日注文したドレスがふたたび消えるのよ? きっとオードリーのこめかみに青筋が立つわ! 今度は私のせいでね!)
ふふふ、とルルは心の中で笑う。
金目の物でアクセサリーはなかったが、ドレスがあるじゃないかと気がついたルルは、屋敷を飛び出す際にドレスを持ち出そうと考えている。
「アビゲイル様、こちらを」
「はーい」
言われるがまま、既製のドレスを着せられて、ルルはがく然とした。
「……重い」
幾重にも重ねられたレースに、スカートの裾部分にはたっぷりの刺繍が。ひとつひとつは軽くても、量が増えれば重くなる。袖口につく無駄に大きなリボンも相まって、体力自慢のルルでも悲鳴をあげてしまいそうだ。
(三着ぐらい失敬するつもりだったけど、重いし、持てたとしても嵩張るわ……)
アビゲイルに腕力があるか訊ねた時、『このトランク程度なら』と言っていたが、中身は何が入っていたのであろう。
(貴族、恐るべし……)
ルルは唾を飲み込んだ。
「サイズは直さなくても良さそうですね。では、こちらと」
オードリーがアビゲイルに似合いそうなドレスを選んでいく。このままではクローゼットがドレスだらけになってしまう。毎日着せられてしまうかもと怯えたルルは「あの!」と手を挙げた。
「私、質素なワンピースさえあればいいです……」
持ち出すのなら軽い方が良い。既製のワンピースなら買い取ってもらいやすいし、オーダーメイドのドレスと違ってアシがつきにくい。それに逃走している時はずっと服装の問題がつきまとっていた。売れなかったとしても、あって困ることはない。
「お嬢様、そうはいかないものなのですよ。お呼ばれされた際には、それ相応の服装でなければなりませんし」
「……」
あからさまにガッカリしたアビゲイルに、オードリーは困ってしまった。
アビゲイルが家を出た要因のひとつとして、自分が従える侍女たちのせいということがある。心を傷つけ、家を出て、記憶を失くした。少しでも早く以前のアビゲイルに戻り、貴族としての矜持を取り戻して欲しい。傷ついた心を癒し、記憶も取り戻して欲しい。
自分に手伝えることは何かないか、記憶を取り戻す取っ掛かりとして、何か興味を持てるものはないか、懸命に探す。
「既製品でしたので、本日はわたくしが選びましたが、お好きなデザインがあれば選んでよろしいのですよ?」
「……」
「ドレスに合わせて、アクセサリーも購入いたしましょう!」
「……」
興味を持ってくれない。さて、どうするべきか。
オードリーはウーンと考えて、思い出した。
「近い内にサイラス様がいらっしゃいますよ。アビゲイル様は、サイラス様に会うことをいつも楽しみにしていらっしゃって」
ねぇ、と同意を求めようと侍女たちに振り返る。
侍女たちは顔を見合わせて、明らかに戸惑っている。
「オードリー様……」
侍女たちが囁きながら目配せしてくる。
「実は……」
近寄った先で聞かされたのは思いもよらない話だった。
(ああ、オードリーは知らなかったのね。あんなに狼狽えちゃって)
そんなバカな、目を見開いたオードリーがルルを見つめる。聞かないフリをしていた仕立て屋も驚きを隠せず呟いた。
「いつもドレスを受け取りにいらしてましたのに?」
ん? と部屋にいる者たちの視線がすべて、仕立て屋に集まった。
「どういうことでしょう?」
オードリーの問いかけに、仕立て屋が答える。
「注文は侍女の方がいらしてましたが、受け取りはいつもサイラス様でした。一度、こちらがお届けにあがるべきだとお話をさせていただいたのですが、その時に『受け取って届けることは僕にしか出来ないことだ』と。私どもは深く考えず、アビゲイル様に一途な方なのだな、と頬を染めた者もいたくらいで……」
先ほどまでのざわめきがウソのように、部屋の中に静けさが広まった。
「あの……」
ルルは片手を挙げて、言葉を口にした。
メジャーを持った仕立て屋が困ったように頬に手を当て、首を傾げている。そりゃそうだとルルは半目になった。
「でも請求書には、アビゲイル様がご自身のドレスを購入したと記載されてありますよね?」
「そうなのですが、アビゲイル様ご自身がお店にいらっしゃったわけではありません。遣いを頼まれたという侍女の方が、サイズを記入した紙を持っていらして」
眉間のシワをますます深くさせたオードリーが、さらに質問を重ねる。
「うちの侍女でございますか?」
「ええ。キャンベル家の家紋が刺繍されてある仕事着を着ていましたから」
「どの侍女か覚えは?」
「ないですね」
仕立て屋が首を横に振る。
「アビゲイル様ご自身がお店に向かわれない事に疑問は?」
「……ご本人を前にお伝えしにくいのですが、アビゲイル様は『ワガママ』だと聞いておりまして。新しいドレスは欲しいけれど、店に行くのは面倒と……」
なるほど、とオードリーはため息を吐いた。
「誰かが不正を働いているようですね……」
オードリーが部屋のなかに並ぶ侍女たちの顔を見回した。
採寸を手伝いにきてくれていた侍女たちの顔が青ざめていく。
(お気の毒様。あなたたちが犯人ではないんだろうけど、仕事を疎かにしていたんだから疑われても仕方がないんじゃないかしら? その上、今日注文したドレスがふたたび消えるのよ? きっとオードリーのこめかみに青筋が立つわ! 今度は私のせいでね!)
ふふふ、とルルは心の中で笑う。
金目の物でアクセサリーはなかったが、ドレスがあるじゃないかと気がついたルルは、屋敷を飛び出す際にドレスを持ち出そうと考えている。
「アビゲイル様、こちらを」
「はーい」
言われるがまま、既製のドレスを着せられて、ルルはがく然とした。
「……重い」
幾重にも重ねられたレースに、スカートの裾部分にはたっぷりの刺繍が。ひとつひとつは軽くても、量が増えれば重くなる。袖口につく無駄に大きなリボンも相まって、体力自慢のルルでも悲鳴をあげてしまいそうだ。
(三着ぐらい失敬するつもりだったけど、重いし、持てたとしても嵩張るわ……)
アビゲイルに腕力があるか訊ねた時、『このトランク程度なら』と言っていたが、中身は何が入っていたのであろう。
(貴族、恐るべし……)
ルルは唾を飲み込んだ。
「サイズは直さなくても良さそうですね。では、こちらと」
オードリーがアビゲイルに似合いそうなドレスを選んでいく。このままではクローゼットがドレスだらけになってしまう。毎日着せられてしまうかもと怯えたルルは「あの!」と手を挙げた。
「私、質素なワンピースさえあればいいです……」
持ち出すのなら軽い方が良い。既製のワンピースなら買い取ってもらいやすいし、オーダーメイドのドレスと違ってアシがつきにくい。それに逃走している時はずっと服装の問題がつきまとっていた。売れなかったとしても、あって困ることはない。
「お嬢様、そうはいかないものなのですよ。お呼ばれされた際には、それ相応の服装でなければなりませんし」
「……」
あからさまにガッカリしたアビゲイルに、オードリーは困ってしまった。
アビゲイルが家を出た要因のひとつとして、自分が従える侍女たちのせいということがある。心を傷つけ、家を出て、記憶を失くした。少しでも早く以前のアビゲイルに戻り、貴族としての矜持を取り戻して欲しい。傷ついた心を癒し、記憶も取り戻して欲しい。
自分に手伝えることは何かないか、記憶を取り戻す取っ掛かりとして、何か興味を持てるものはないか、懸命に探す。
「既製品でしたので、本日はわたくしが選びましたが、お好きなデザインがあれば選んでよろしいのですよ?」
「……」
「ドレスに合わせて、アクセサリーも購入いたしましょう!」
「……」
興味を持ってくれない。さて、どうするべきか。
オードリーはウーンと考えて、思い出した。
「近い内にサイラス様がいらっしゃいますよ。アビゲイル様は、サイラス様に会うことをいつも楽しみにしていらっしゃって」
ねぇ、と同意を求めようと侍女たちに振り返る。
侍女たちは顔を見合わせて、明らかに戸惑っている。
「オードリー様……」
侍女たちが囁きながら目配せしてくる。
「実は……」
近寄った先で聞かされたのは思いもよらない話だった。
(ああ、オードリーは知らなかったのね。あんなに狼狽えちゃって)
そんなバカな、目を見開いたオードリーがルルを見つめる。聞かないフリをしていた仕立て屋も驚きを隠せず呟いた。
「いつもドレスを受け取りにいらしてましたのに?」
ん? と部屋にいる者たちの視線がすべて、仕立て屋に集まった。
「どういうことでしょう?」
オードリーの問いかけに、仕立て屋が答える。
「注文は侍女の方がいらしてましたが、受け取りはいつもサイラス様でした。一度、こちらがお届けにあがるべきだとお話をさせていただいたのですが、その時に『受け取って届けることは僕にしか出来ないことだ』と。私どもは深く考えず、アビゲイル様に一途な方なのだな、と頬を染めた者もいたくらいで……」
先ほどまでのざわめきがウソのように、部屋の中に静けさが広まった。
「あの……」
ルルは片手を挙げて、言葉を口にした。
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