15 / 40
真の悪役令嬢になります!⑤
しおりを挟む
(わぁ……、悩んでる悩んでる。おもしろっ)
床を見つめて本気で悩む老紳士を見下ろし、ルルは悪い顔で微笑む。
これで捨て置かれるならば、慰謝料を強奪するつもりだし、連れて行かれたとしても、アビゲイルが家出した時よりも悪い状態におかれることもないだろう。
「要望を叶えてあげる? それとも優しい嘘をつく? どちらがアンジェラのためになるのかしら。私を探してきて欲しいと頼まれた、信頼されているあなたにしか出来ない選択だわ!」
もっともらしい言葉をかけ、「どうする?」「どうするのが一番?」と追い討ちをかける。ルルは楽しくて仕方がない。自分にこんな悪い性格が隠されていたのかと思うと、今まで出さずに我慢出来ていたことに感心する。
「つ、連れて戻ります!」
「頼れる人は答えを出すのも早いのね……」
(つまんない。もう、終わっちゃった)
老紳士は考えすぎたのか、ぷすぷすと頭から湯気を出している。ぐったりとしたその姿を眺めながらルルは、頬に手を添え、唇をへの字に曲げていた。
こうして見ると、この男の小者感が半端ない。言葉づかいに気を遣っている節は見られるが、余計な一言が多すぎる。
「ねぇ、あなた。屋敷に『私が見つかった』という連絡はしたの?」
「しましたよ! あなた様が入浴中にね」
(そういうところよ……。だから家出人の捜索だなんて、おおっぴらに出来ないような仕事を与えられるのよ)
ルルはこっそりため息をついて、窓の外に視線を移した。見慣れない景色が流れている。
(そういえば、この人たちの言う屋敷ってどこにあるのかしら?)
見知らぬ土地へ、連れていかれるというのは怖いものだ。自ら出向くのであれば、好奇心でいっぱいになれるものなのだが。
「あと、どれくらいで屋敷に着くのかしら?」
老紳士は背後の壁を叩いて、御者の男に確かめた。
「あと三時間ほどだそうです」
「そう。ありがとう」
(すごく遠くまで行くわけではなさそうね。でも、思ってたより時間がないわ。さっきまでアンジェラの事ばかり聞かされていたから、今度はアビゲイル本人の話を聞いておかなくちゃ)
ルルは座席に座り直して、真っ直ぐ老紳士を見つめる。
「ねぇ。私、記憶喪失でしょ? アンジェラのことも覚えていなかったけど、自分のことも覚えていないのよね。妹であるアンジェラを虐めていたことを聞かされて驚いているくらいだし。あなたの知っているかぎりでいいの。私の生い立ちも教えてもらえないかしら?」
お願いしますと頭を下げると、老紳士は機嫌を良くしたらしく、にんまりと微笑んだ。
アビゲイルはキャンベル家の長女であり、ひとつ年下の弟アーロンと妹のアンジェラたち双子との三兄弟だ。弟のアーロンは金髪だが、姉妹は揃ってプラチナ色の髪色をしており、瞳の色は三人とも宝石のブルーサファイアに似た色をしている。アビゲイルには両親が決めた許嫁のサイラスがおり、十八になったらラッセル家に嫁ぐ予定だという。
「サイラス様はあなた様よりもアンジェラ様にご執心の様子ですがね。お似合いですよ。庭園でふたり仲睦まじく過ごす様子は初々しく、胸がきゅんきゅんしてしまいますね」
(きゅんきゅんねぇ……)
ルルは老紳士の蕩けるような表情に白けてしまう。それを気取られないようにして、情報を聞き出すことに専念する。
「そうなの? 私はそのふたりを見て何か言ってなかったのかしら?」
「何も言いませんよ。ただ物陰からふたりの様子を睨んでいましたね」
「睨んで? あなたの主観が入ってない?」
「わたくしが目にしたわけではなく、ほかの者が目にし、教えてくれたまでなので。その後は決まって部屋に閉じ籠ってらっしゃたと聞いております」
「そうなの……。私、婚約者にも蔑ろにされていたのね……」
切なさそうにため息をつけば、老紳士は慌てて言葉を繋げる。
「仕方がないのではないんでしょうか。サイラス様はアビゲイル様の愚行を止めることが出来ず、アンジェラ様を守る側にまわったのですから」
あくまでも原因はアビゲイルにあると言う。
「守る側?」
「サイラス様は紳士でございますからね。アビゲイル様に改心するよう何度か忠告されたとのこと。ですが、あなた様は聞き入れようとしなかった。『そんなことなどしていない』の一点張りだったそうで。ですので、サイラス様はアンジェラ様の盾になられたのです。そのお陰で、サイラス様がいらっしゃる時は、あなた様からの嫌がらせが止むのだとか……」
「そうなの……」
ルルは少し考える様子をみせた。
「ちなみにだけど、あなたは私がアンジェラに何かしたところを見たことがある?」
眉毛をピクリと上げた老紳士は、目をゆっくり左右に動かした。しばらくそんなことを続けていたが、徐々に険しい表情へと変わっていく。
「……見たことがあるのような、でもないような気が。うーん」
(へぇー、なるほど。アンジェラは情報操作が上手い娘なのかもしれないわね。アビゲイルはそれに負けて家を出た)
簡単な仮説を立てたルルはキャンベルの家でどう立ち回るべきなのかを考える。
(この男を利用して記憶喪失を強調するべきね。そうすればしばらくの間、アンジェラが何かをしてくることはないわ。その間にお仲間作りをして、面倒な奴らは追い出せたら万々歳だわ。お金が貯まるまで、快適な生活を送ってやるわよ! まずは手始めに……)
「今さらで申し訳ないんだけど、あなたのお名前もうかがってもよろしいかしら?」
「ああ、はい。わたくしスチュアートと申します」
「スチュアート、ここまで色々教えてくれてありがとう。屋敷に戻ってからも助けてくださいね」
眉毛をへにゃりと下げて微笑めば、不安でいっぱいそうな笑顔の出来上がりだ。スチュアートの反応も良い。目を大きく見開いたかと思うと、穏やかな笑みを浮かべ『はい』と答えた。この男、絆されやすいようだ。
(まずは、ひとり。小者だけど)
ルルはキャンベルの家に到着するのを今か今かと待ち続けた。
床を見つめて本気で悩む老紳士を見下ろし、ルルは悪い顔で微笑む。
これで捨て置かれるならば、慰謝料を強奪するつもりだし、連れて行かれたとしても、アビゲイルが家出した時よりも悪い状態におかれることもないだろう。
「要望を叶えてあげる? それとも優しい嘘をつく? どちらがアンジェラのためになるのかしら。私を探してきて欲しいと頼まれた、信頼されているあなたにしか出来ない選択だわ!」
もっともらしい言葉をかけ、「どうする?」「どうするのが一番?」と追い討ちをかける。ルルは楽しくて仕方がない。自分にこんな悪い性格が隠されていたのかと思うと、今まで出さずに我慢出来ていたことに感心する。
「つ、連れて戻ります!」
「頼れる人は答えを出すのも早いのね……」
(つまんない。もう、終わっちゃった)
老紳士は考えすぎたのか、ぷすぷすと頭から湯気を出している。ぐったりとしたその姿を眺めながらルルは、頬に手を添え、唇をへの字に曲げていた。
こうして見ると、この男の小者感が半端ない。言葉づかいに気を遣っている節は見られるが、余計な一言が多すぎる。
「ねぇ、あなた。屋敷に『私が見つかった』という連絡はしたの?」
「しましたよ! あなた様が入浴中にね」
(そういうところよ……。だから家出人の捜索だなんて、おおっぴらに出来ないような仕事を与えられるのよ)
ルルはこっそりため息をついて、窓の外に視線を移した。見慣れない景色が流れている。
(そういえば、この人たちの言う屋敷ってどこにあるのかしら?)
見知らぬ土地へ、連れていかれるというのは怖いものだ。自ら出向くのであれば、好奇心でいっぱいになれるものなのだが。
「あと、どれくらいで屋敷に着くのかしら?」
老紳士は背後の壁を叩いて、御者の男に確かめた。
「あと三時間ほどだそうです」
「そう。ありがとう」
(すごく遠くまで行くわけではなさそうね。でも、思ってたより時間がないわ。さっきまでアンジェラの事ばかり聞かされていたから、今度はアビゲイル本人の話を聞いておかなくちゃ)
ルルは座席に座り直して、真っ直ぐ老紳士を見つめる。
「ねぇ。私、記憶喪失でしょ? アンジェラのことも覚えていなかったけど、自分のことも覚えていないのよね。妹であるアンジェラを虐めていたことを聞かされて驚いているくらいだし。あなたの知っているかぎりでいいの。私の生い立ちも教えてもらえないかしら?」
お願いしますと頭を下げると、老紳士は機嫌を良くしたらしく、にんまりと微笑んだ。
アビゲイルはキャンベル家の長女であり、ひとつ年下の弟アーロンと妹のアンジェラたち双子との三兄弟だ。弟のアーロンは金髪だが、姉妹は揃ってプラチナ色の髪色をしており、瞳の色は三人とも宝石のブルーサファイアに似た色をしている。アビゲイルには両親が決めた許嫁のサイラスがおり、十八になったらラッセル家に嫁ぐ予定だという。
「サイラス様はあなた様よりもアンジェラ様にご執心の様子ですがね。お似合いですよ。庭園でふたり仲睦まじく過ごす様子は初々しく、胸がきゅんきゅんしてしまいますね」
(きゅんきゅんねぇ……)
ルルは老紳士の蕩けるような表情に白けてしまう。それを気取られないようにして、情報を聞き出すことに専念する。
「そうなの? 私はそのふたりを見て何か言ってなかったのかしら?」
「何も言いませんよ。ただ物陰からふたりの様子を睨んでいましたね」
「睨んで? あなたの主観が入ってない?」
「わたくしが目にしたわけではなく、ほかの者が目にし、教えてくれたまでなので。その後は決まって部屋に閉じ籠ってらっしゃたと聞いております」
「そうなの……。私、婚約者にも蔑ろにされていたのね……」
切なさそうにため息をつけば、老紳士は慌てて言葉を繋げる。
「仕方がないのではないんでしょうか。サイラス様はアビゲイル様の愚行を止めることが出来ず、アンジェラ様を守る側にまわったのですから」
あくまでも原因はアビゲイルにあると言う。
「守る側?」
「サイラス様は紳士でございますからね。アビゲイル様に改心するよう何度か忠告されたとのこと。ですが、あなた様は聞き入れようとしなかった。『そんなことなどしていない』の一点張りだったそうで。ですので、サイラス様はアンジェラ様の盾になられたのです。そのお陰で、サイラス様がいらっしゃる時は、あなた様からの嫌がらせが止むのだとか……」
「そうなの……」
ルルは少し考える様子をみせた。
「ちなみにだけど、あなたは私がアンジェラに何かしたところを見たことがある?」
眉毛をピクリと上げた老紳士は、目をゆっくり左右に動かした。しばらくそんなことを続けていたが、徐々に険しい表情へと変わっていく。
「……見たことがあるのような、でもないような気が。うーん」
(へぇー、なるほど。アンジェラは情報操作が上手い娘なのかもしれないわね。アビゲイルはそれに負けて家を出た)
簡単な仮説を立てたルルはキャンベルの家でどう立ち回るべきなのかを考える。
(この男を利用して記憶喪失を強調するべきね。そうすればしばらくの間、アンジェラが何かをしてくることはないわ。その間にお仲間作りをして、面倒な奴らは追い出せたら万々歳だわ。お金が貯まるまで、快適な生活を送ってやるわよ! まずは手始めに……)
「今さらで申し訳ないんだけど、あなたのお名前もうかがってもよろしいかしら?」
「ああ、はい。わたくしスチュアートと申します」
「スチュアート、ここまで色々教えてくれてありがとう。屋敷に戻ってからも助けてくださいね」
眉毛をへにゃりと下げて微笑めば、不安でいっぱいそうな笑顔の出来上がりだ。スチュアートの反応も良い。目を大きく見開いたかと思うと、穏やかな笑みを浮かべ『はい』と答えた。この男、絆されやすいようだ。
(まずは、ひとり。小者だけど)
ルルはキャンベルの家に到着するのを今か今かと待ち続けた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる