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真の悪役令嬢になります!③
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(ふりだしに戻るってこういうことを言うのね……)
半目になったルルは、孤児院に寄贈された本の内容を思い出した。聖堂と町から距離をとったはずなのに、聖堂にいちばん近い町に戻ってきている。
(出発地点は雑木林だったから、正しくは『ワープマス』かしら?)
苦笑いしている場合ではない。この町はルルが勤めていた聖堂にいちばん近い町であり、ルルが保護されていた孤児院のある町でもある。いちばん戻ってきてはいけない場所なのである。
「これから宿に参ります。そこで汚れを落として、着替えてください」
着替えられるとは丁度いい。老紳士の言葉にふたつ返事で馬車から降りようとしたルルだったが、突然不安感に襲われた。人相は変えているものの、自分を知る人が見たら背格好で『ルル?』と呼ばれそうな気がする。
(反応しなければいいだけなんだけど……)
無視する自信がない。このふたりがいるかぎり、面倒になることは容易に想像できる。
呼ばれませんようにと祈りながら胸をドキドキさせる。素知らぬ顔で馬車から降り、視線だけをそっと動かすと、辺りの人たちはひそひそ話にいそしんでいて、誰もルルに目をとめようとしない。
(ちょっと気にしすぎたかしら? でも、良かった。私のこと誰も見ていないわ)
ちょっと浮かれ気分で聞き耳をたててみると、町の人たちの話題は聖女の死についてだった。
原因は不明。
(不明!? 私のせいにするかと思ってたのに……)
どういうことだろうと頭をひねらせる。
(もしかして、私のことを聖女として利用する時に、聖女殺しの悪評がついていたら金儲け出来ないからじゃない?)
だからか、と納得する。
「アビゲイル様。立ち止まってないで、ちゃんと歩いてください」
「あー、はいはい」
老紳士に催促されて、一歩目を踏み出す。前をみていなかったせいで『ドン!』と何かにぶつかった。
「痛っ!」
反射的に脚を押さえると、目の前に尻もちをついた女の子がいる。「ごめんなさい」と今にも泣きそうだ。
「ううん。こっちこそ、ゴメンね」
地べたについた手を取ってあげると、手のひらに擦り傷が出来ていた。尻もちをつく際に咄嗟に手をついたのだろう。こちらの不注意で悪いことをしてしまった。
そうだわ、と罪滅ぼしに聖女が治療する時に使っていた言葉を呟いてみる。
(我が力で治りたまえ……)
「お姉さん、ありがとう」
女の子は「痛かったぁ」と手のひらにふうふうと息を吹き掛けた。「おかあさんにケガしたとこみてもらわなきゃ」そんなことを言いながら走り去っていく。
(あれ? 治らなかった……。てことは、私に治癒の力はないってこと? じゃあ、なんで、私、生きているの!?)
「アビゲイル様!!」
呆然と老紳士を見ると、顔に『いい加減にしろ!』と書いてある。
「しっかりついてきてください!」
「ええ……」
ルルは老紳士に連れられて宿屋に入った。
宿屋の女将に買ってきてもらったワンピースを預けられ、浴室へ行く。着ていたものを脱ぐと、聖堂から支給されたワンピースは思っていた以上に汚れていた。身体も泥だらけで、同じく泥汚れがついているだけだと思っていた髪は、血が固まりこびりついている。お湯で何度流しても、髪の先から滴り落ちるお湯は赤い。
(この血の量……、実は死んでなかったんじゃないかと思ったけど、それはなさそう)
となると、もうひとつの可能性に気がついた。自分に神聖力はなく、聖女が流してくれていた力が体内に残っていたという説だ。女の子のケガを治すことが出来なかった時点で、神聖力はもうないのだろう。
(そうなると、この顔と一生付き合っていくしかないわよね? 素敵な顔ではあるけれど……)
面倒な事態に巻き込まれてしまえば、どんな美少女に生まれ変わったとしても頭を抱えてしまうものだ。
お湯をもらい終えたルルは、鏡に映し出された自分の顔を見つめる。サファイア色の大きな瞳は少し垂れ目で長い睫毛に縁取られている。唇は薄く、笑顔を作ってみると眉毛がへにゃりと下がった。
(なんでだろ? 困ったような笑い顔をしか出来ない……)
頬を膨らませてみたり、唇を尖らせたり、歯を見せて、ニカッと笑ってみても、眉毛だけはへにゃりと下がる。
(顔には表情筋というものがあるって本に書いてあったわよね? くっつけ方に失敗しちゃったのかしら……。でも、まっ、仕方がないわ。着替えを手に入れることには成功したわけだし、あとはふたりの目を盗んで逃げるだけ)
ネックレスと鍵のついたヒモを首に掛け、胸元に隠して準備を終えた。
浴室からのドアを開けると、大きなソファに肩肘をついてふんぞりがえっているふたりがいた。こちらに顔を向け、不躾な視線を送ってくる。
「やっとかよ……」
御者の男が文句を言いながら立ち上がる。
(この男、いったい何様なのよ!!)
ふたりから隠れるように深呼吸を繰り返し、苛立つ気持ちを押さえ込む。従順にし、隙をみて逃げる作戦を忘れてはいけない。
「これから、屋敷に戻ります。到着後はアンジェラ様に関わらず大人しくしてください!」
まるで悪さした子を叱りつける先生よろしく、指導を受けたルルはおずおずと片手を挙げる。
「あの。アンジェラって、誰ですか?」
老紳士は頭を抱えた。
半目になったルルは、孤児院に寄贈された本の内容を思い出した。聖堂と町から距離をとったはずなのに、聖堂にいちばん近い町に戻ってきている。
(出発地点は雑木林だったから、正しくは『ワープマス』かしら?)
苦笑いしている場合ではない。この町はルルが勤めていた聖堂にいちばん近い町であり、ルルが保護されていた孤児院のある町でもある。いちばん戻ってきてはいけない場所なのである。
「これから宿に参ります。そこで汚れを落として、着替えてください」
着替えられるとは丁度いい。老紳士の言葉にふたつ返事で馬車から降りようとしたルルだったが、突然不安感に襲われた。人相は変えているものの、自分を知る人が見たら背格好で『ルル?』と呼ばれそうな気がする。
(反応しなければいいだけなんだけど……)
無視する自信がない。このふたりがいるかぎり、面倒になることは容易に想像できる。
呼ばれませんようにと祈りながら胸をドキドキさせる。素知らぬ顔で馬車から降り、視線だけをそっと動かすと、辺りの人たちはひそひそ話にいそしんでいて、誰もルルに目をとめようとしない。
(ちょっと気にしすぎたかしら? でも、良かった。私のこと誰も見ていないわ)
ちょっと浮かれ気分で聞き耳をたててみると、町の人たちの話題は聖女の死についてだった。
原因は不明。
(不明!? 私のせいにするかと思ってたのに……)
どういうことだろうと頭をひねらせる。
(もしかして、私のことを聖女として利用する時に、聖女殺しの悪評がついていたら金儲け出来ないからじゃない?)
だからか、と納得する。
「アビゲイル様。立ち止まってないで、ちゃんと歩いてください」
「あー、はいはい」
老紳士に催促されて、一歩目を踏み出す。前をみていなかったせいで『ドン!』と何かにぶつかった。
「痛っ!」
反射的に脚を押さえると、目の前に尻もちをついた女の子がいる。「ごめんなさい」と今にも泣きそうだ。
「ううん。こっちこそ、ゴメンね」
地べたについた手を取ってあげると、手のひらに擦り傷が出来ていた。尻もちをつく際に咄嗟に手をついたのだろう。こちらの不注意で悪いことをしてしまった。
そうだわ、と罪滅ぼしに聖女が治療する時に使っていた言葉を呟いてみる。
(我が力で治りたまえ……)
「お姉さん、ありがとう」
女の子は「痛かったぁ」と手のひらにふうふうと息を吹き掛けた。「おかあさんにケガしたとこみてもらわなきゃ」そんなことを言いながら走り去っていく。
(あれ? 治らなかった……。てことは、私に治癒の力はないってこと? じゃあ、なんで、私、生きているの!?)
「アビゲイル様!!」
呆然と老紳士を見ると、顔に『いい加減にしろ!』と書いてある。
「しっかりついてきてください!」
「ええ……」
ルルは老紳士に連れられて宿屋に入った。
宿屋の女将に買ってきてもらったワンピースを預けられ、浴室へ行く。着ていたものを脱ぐと、聖堂から支給されたワンピースは思っていた以上に汚れていた。身体も泥だらけで、同じく泥汚れがついているだけだと思っていた髪は、血が固まりこびりついている。お湯で何度流しても、髪の先から滴り落ちるお湯は赤い。
(この血の量……、実は死んでなかったんじゃないかと思ったけど、それはなさそう)
となると、もうひとつの可能性に気がついた。自分に神聖力はなく、聖女が流してくれていた力が体内に残っていたという説だ。女の子のケガを治すことが出来なかった時点で、神聖力はもうないのだろう。
(そうなると、この顔と一生付き合っていくしかないわよね? 素敵な顔ではあるけれど……)
面倒な事態に巻き込まれてしまえば、どんな美少女に生まれ変わったとしても頭を抱えてしまうものだ。
お湯をもらい終えたルルは、鏡に映し出された自分の顔を見つめる。サファイア色の大きな瞳は少し垂れ目で長い睫毛に縁取られている。唇は薄く、笑顔を作ってみると眉毛がへにゃりと下がった。
(なんでだろ? 困ったような笑い顔をしか出来ない……)
頬を膨らませてみたり、唇を尖らせたり、歯を見せて、ニカッと笑ってみても、眉毛だけはへにゃりと下がる。
(顔には表情筋というものがあるって本に書いてあったわよね? くっつけ方に失敗しちゃったのかしら……。でも、まっ、仕方がないわ。着替えを手に入れることには成功したわけだし、あとはふたりの目を盗んで逃げるだけ)
ネックレスと鍵のついたヒモを首に掛け、胸元に隠して準備を終えた。
浴室からのドアを開けると、大きなソファに肩肘をついてふんぞりがえっているふたりがいた。こちらに顔を向け、不躾な視線を送ってくる。
「やっとかよ……」
御者の男が文句を言いながら立ち上がる。
(この男、いったい何様なのよ!!)
ふたりから隠れるように深呼吸を繰り返し、苛立つ気持ちを押さえ込む。従順にし、隙をみて逃げる作戦を忘れてはいけない。
「これから、屋敷に戻ります。到着後はアンジェラ様に関わらず大人しくしてください!」
まるで悪さした子を叱りつける先生よろしく、指導を受けたルルはおずおずと片手を挙げる。
「あの。アンジェラって、誰ですか?」
老紳士は頭を抱えた。
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