悪役令嬢と勘違いされた少女はもともと悪に染まっている

ここのか 葉月

文字の大きさ
上 下
13 / 40

真の悪役令嬢になります!③

しおりを挟む
(ふりだしに戻るってこういうことを言うのね……)

 半目になったルルは、孤児院に寄贈された本の内容を思い出した。聖堂と町から距離をとったはずなのに、聖堂にいちばん近い町に戻ってきている。

(出発地点は雑木林だったから、正しくは『ワープマス』かしら?)

 苦笑いしている場合ではない。この町はルルが勤めていた聖堂にいちばん近い町であり、ルルが保護されていた孤児院のある町でもある。いちばん戻ってきてはいけない場所なのである。

「これから宿に参ります。そこで汚れを落として、着替えてください」

 着替えられるとは丁度いい。老紳士の言葉にふたつ返事で馬車から降りようとしたルルだったが、突然不安感に襲われた。人相は変えているものの、自分を知る人が見たら背格好で『ルル?』と呼ばれそうな気がする。

(反応しなければいいだけなんだけど……)
 
 無視する自信がない。このふたりがいるかぎり、面倒になることは容易に想像できる。
 呼ばれませんようにと祈りながら胸をドキドキさせる。素知らぬ顔で馬車から降り、視線だけをそっと動かすと、辺りの人たちはひそひそ話にいそしんでいて、誰もルルに目をとめようとしない。

(ちょっと気にしすぎたかしら? でも、良かった。私のこと誰も見ていないわ)

 ちょっと浮かれ気分で聞き耳をたててみると、町の人たちの話題は聖女の死についてだった。 
 原因は不明。

(不明!? 私のせいにするかと思ってたのに……)

 どういうことだろうと頭をひねらせる。

(もしかして、私のことを聖女として利用する時に、聖女殺しの悪評がついていたら金儲け出来ないからじゃない?)

 だからか、と納得する。

「アビゲイル様。立ち止まってないで、ちゃんと歩いてください」
「あー、はいはい」

 老紳士に催促されて、一歩目を踏み出す。前をみていなかったせいで『ドン!』と何かにぶつかった。

「痛っ!」

 反射的に脚を押さえると、目の前に尻もちをついた女の子がいる。「ごめんなさい」と今にも泣きそうだ。

「ううん。こっちこそ、ゴメンね」

 地べたについた手を取ってあげると、手のひらに擦り傷が出来ていた。尻もちをつく際に咄嗟に手をついたのだろう。こちらの不注意で悪いことをしてしまった。

 そうだわ、と罪滅ぼしに聖女が治療する時に使っていた言葉を呟いてみる。

(我が力で治りたまえ……)
 
「お姉さん、ありがとう」

 女の子は「痛かったぁ」と手のひらにふうふうと息を吹き掛けた。「おかあさんにケガしたとこみてもらわなきゃ」そんなことを言いながら走り去っていく。

(あれ? 治らなかった……。てことは、私に治癒の力はないってこと? じゃあ、なんで、私、生きているの!?)

「アビゲイル様!!」

 呆然と老紳士を見ると、顔に『いい加減にしろ!』と書いてある。

「しっかりついてきてください!」
「ええ……」

 ルルは老紳士に連れられて宿屋に入った。
 宿屋の女将に買ってきてもらったワンピースを預けられ、浴室へ行く。着ていたものを脱ぐと、聖堂から支給されたワンピースは思っていた以上に汚れていた。身体も泥だらけで、同じく泥汚れがついているだけだと思っていた髪は、血が固まりこびりついている。お湯で何度流しても、髪の先から滴り落ちるお湯は赤い。

(この血の量……、実は死んでなかったんじゃないかと思ったけど、それはなさそう) 
 
 となると、もうひとつの可能性に気がついた。自分に神聖力はなく、聖女が流してくれていた力が体内に残っていたという説だ。女の子のケガを治すことが出来なかった時点で、神聖力はもうないのだろう。

(そうなると、この顔と一生付き合っていくしかないわよね? 素敵な顔ではあるけれど……)

 面倒な事態に巻き込まれてしまえば、どんな美少女に生まれ変わったとしても頭を抱えてしまうものだ。
 お湯をもらい終えたルルは、鏡に映し出された自分の顔を見つめる。サファイア色の大きな瞳は少し垂れ目で長い睫毛に縁取られている。唇は薄く、笑顔を作ってみると眉毛がへにゃりと下がった。

(なんでだろ? 困ったような笑い顔をしか出来ない……)

 頬を膨らませてみたり、唇を尖らせたり、歯を見せて、ニカッと笑ってみても、眉毛だけはへにゃりと下がる。

(顔には表情筋というものがあるって本に書いてあったわよね? くっつけ方に失敗しちゃったのかしら……。でも、まっ、仕方がないわ。着替えを手に入れることには成功したわけだし、あとはふたりの目を盗んで逃げるだけ)

 ネックレスと鍵のついたヒモを首に掛け、胸元に隠して準備を終えた。
 浴室からのドアを開けると、大きなソファに肩肘をついてふんぞりがえっているふたりがいた。こちらに顔を向け、不躾な視線を送ってくる。

「やっとかよ……」
 
 御者の男が文句を言いながら立ち上がる。

(この男、いったい何様なのよ!!)

 ふたりから隠れるように深呼吸を繰り返し、苛立つ気持ちを押さえ込む。従順にし、隙をみて逃げる作戦を忘れてはいけない。

「これから、屋敷に戻ります。到着後はアンジェラ様に関わらず大人しくしてください!」
 
 まるで悪さした子を叱りつける先生よろしく、指導を受けたルルはおずおずと片手を挙げる。

「あの。アンジェラって、誰ですか?」

 老紳士は頭を抱えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君と旅をするために

ナナシマイ
ファンタジー
 大切なものはすべて、夕焼け色に染まっていました。 「お前は、魔力を暴走させるだけの危険物だ」  赤い髪を持って生まれた子供は“忌み子”と呼ばれ、  魔力を上手く操れない危険な存在として  人々に忌避されていました。  その忌み子でありながら、  魔法が大好きで、魔法使いとして生きる少女 リル。  彼女は、剣士の少年 フレッドとともに旅をしています。  楽しいことにも、危険なことにも出会う中で、  次第に明らかになっていく旅の目的。  そして、リルの抱える秘密とは――――  これは、とある小さな魔法使いの、後悔をたどる物語。 ◇◇◇ ※小説家になろう様、カクヨム様、エブリスタ様、ノベルアップ+様、ノベリズム様にも掲載しています。 ※自サイトにも掲載しています。↓ https://www.nanashimai.com

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

お飾りの聖女は王太子に婚約破棄されて都を出ることにしました。

高山奥地
ファンタジー
大聖女の子孫、カミリヤは神聖力のないお飾りの聖女と呼ばれていた。ある日婚約者の王太子に婚約破棄を告げられて……。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

処理中です...