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真の悪役令嬢になります!②
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「いったーいっ! もう絶対やらない!!」
やらかして知ることもある。
痛いものは痛い。
治療出来るとはいえ、傷をつければ痛みは伴うものなのである。
(ああ。でも、なんでこの顔にしちゃったかなぁ……)
鏡を見つめ、ぼそりと呟く。土が盛り上がった小さな山に視線を移すと、ため息がこぼれた。
作った顔が、少女の顔そっくりなのだ。瞳の色が少し違うが、それ以外はまったく同じと言っても過言ではない。『こんな感じの顔』とお手本にはしたが、こういう時にだけ発揮される自分の記憶力の良さが恐ろしくなった。
(このままでは駄目よ。気を取り直して、ここから離れましょう)
膝に手をついて立ち上がると、首からぶら下がっているネックレスと鍵の存在に気がついた。塔と与えられた個室と聖女の部屋の鍵。ルルに渡されたのはスペアキーであるが、誰かが拾って悪用する恐れがある。ルルが聖女に付き添って歩いていたと知っている人ならば、聖堂のどこかの鍵だろうと見当をつけるだろう。
「これって、生きてるか生きていないか確かめに来るよりも、鍵を回収しに来るんじゃない?」
のんびり反省会などしている暇はなかった。さっさと逃げなくてはならないことに慌てる。
ルルは視線を左右に動かして、聖堂でも修道院の方でもない方向を選んで走り出した。
脚力には自信がある。毎日の追いかけっこはしなくなったが、階段で鍛え抜かれた太ももがある。お陰で体力もしっかりついたままだ。もし疲れたとしても、神聖力がある。聖女カルリアがしてくれたように体内に神聖力を巡回させれば、疲労が回復していくだろう。
(この格好もなんとかしなくちゃな……)
ワンピースの襟元を摘まんだ。葬儀以外、黒一色を纏っている人なんてまずはいない。悪目立ちしている。今は木の陰やら物陰に隠れながら進んでいるが、この方法もそのうち限界がきてしまうだろう。どこかで服を調達して、着替えてしまわないと見つかってしまう。
(でも服を買う手持ちがないのよね……。盗むわけにもいかないし……)
やはり、生きていくためにはお金が必要なのだと、衝撃を食らう。食べるにも、寝る場所を確保するためにもなくてはならない。お金がわずかでも幸せに生きていければいいだなんて、きれいごとを並べていた時期もあったが、すべてはお金で決まるのだ。あればあるだけ、幸せも、自由も、出来ることも増えるのだ。
(絶対、金持ちになってやるんだから!)
そう心に決めて、次に隠れられそうな物陰を探す。目標物を見つけて人の視線がないか確認していると、馬車が町の方角からやって来た。乗り合いや聖堂で使用していた馬車とは違い、貴族個人で所有していそうな立派な箱馬車だ。
ちょっと乗せてくれたりしないかしら? などと考えて木の陰から顔を出したのが失敗だった。すれ違いざま御者と目が合い、馬車が止まったのだ。それだけなら問題がなかったが「見つけましたよ! お嬢様」と捕まってしまう。
「ちょっと、人違いです! あなた、誰なんですか!?」
「さすがお嬢様。毎日のように顔をあわせていた使用人の顔ですら覚えていない。ククク、どうしようもねーやつだな!」
蔑むような笑みに、疑問が生じる。
本当に自分をお嬢様と勘違いしているのか怪しい。近頃頻繁に発生している人攫いの手口なのかもしれない。
「誰か助けて!」
腕を振り回し、男の顔を殴る。
男は「このヤロー」と言って、根本から髪の毛を引っ張った。
「こら! 止めないか!!」
馬車の中から老紳士が現れる。洗練された仕草で馬車を降り、こちらに向かってくる。男は髪から手を離したが「手間かけさせられたんすよ! これくらいやったってイイじゃないっすか!」と反論する。
「それでも主人の娘なんでね……」
チッ、と男が舌打ちをする。
ガラが悪い。
「お嬢様、帰りますよ」
「だからお嬢様じゃないってば」
「何をおっしゃいます。アビゲイルお嬢様」
「…………………………だから、誰?」
突然漂い始めた沈黙の中、紳士は額に手を当てるとたたらを踏んだ。
「大丈夫ですか!?」
思わず手を差し伸べる。老紳士はその手をしっかり握って「まずは屋敷に戻りましょう!」とルルを無理矢理馬車の中へ押し込めた。馬車が走り出す。
「だから、私。あなたたちが言うアビゲイルお嬢様とかいう人じゃありませんから! 人違い! ねっ、わかる!?」
よく見て、顔が違うでしょ!? と自身の顔を指差してみるが、老紳士はこめかみを揉むだけだ。
「これは困りました」
「そうでしょ!? だから私を降ろしてください!」
老紳士は天を仰ぐ。
「アビゲイル様が記憶喪失になられた……」
「はぁ?」
話しにならない。
(もう、どうしたらいいの!? 司祭様からも逃げなくちゃならないのに……)
いっそのこと、走っている馬車から飛び降りてしまおうか。ドアに手をかけると、ピシャリとその手を叩かれた。お嬢様と言うわりに、このふたり、容赦がない。
(でも聖堂から離れるには丁度いいかもね……。誰にも見られることなく距離も稼げるし。それなら最大限に利用して、それから逃げてやろうじゃない!)
ルルはそう考え直し、大人しく座席に座り直した。
どうせなら、とルルは考える。
移動中に逃げる成功率を上げておきたい。いちばん良さそうな策は、油断した隙に逃げることだ。油断させるには、記憶喪失になったお嬢様を演じることだろう。孤児院のごっこ遊びで手に入れた演技力を発揮する時だ。
(誰がいちばんお嬢様ぽいかしら?)
お手本となりそうな人物を記憶のなかに探す。実際見たことのあるお嬢様は大抵ベッドの上に横たわっていた。病床に着くお嬢様なら、彼女たちがいちばんのお手本になるが、今必要なのは普段の姿だ。
(ああ、彼女がいいわ……)
ルルがこの手で埋葬した少女。
立ち姿も、声音も、表情も洗練されたお嬢様のようだった。
「ん?」
老紳士が「なんです?」と即座に反応する。
ルルは「いえいえ、なんでも……」と手を振って、考え事に集中した。
(そういえば、家出してるって言ってた。家の者に見つかってしまうから町には戻れないって……)
ルルは自分の顔が、少女とそっくりになったことを思い出した。やってしまった、と青ざめる。
「どうされました?」
「…………頭が痛いだけです」
「医者を呼びますか?」
「いらないです……」
軽率な行動は慎むようにと言われていたのに、取り返しのつかないことをしてしまった。駄目だと感じたら引き返すことと院長に言われているが、それもどうやって引き返したらいいのかわからない。
「はぁーっ……」
盛大なため息がこぼれた。
老紳士は怪訝そうな顔つきで、こちらを注視している。視線がチクチクと痛い。
「お嬢様」
「……あ、私? はいはい」
返事がおざなりになるのは許して欲しい。『嬢ちゃん』とはよく呼ばれていたが『お嬢様』と呼ばれるのは初めての経験なのだ。
「町で馬を替えます。その間に身支度を整えましょう」
ルルは自分の着ている服をよく見た。ワンピースが黒だから誤魔化されていたが、泥や埃、ちょっと跳ね散った血痕が染み着いている。
(高い所から落ちたんだから、きっと頭がグシャってなって血が跳ねたんだわ)
そんな様子を想像し、うわぁと顔をしかめる。
無事で何より……
かくん、と馬車のスピードが突然落ちた。老紳士が御者の男に何事か訊ねると、町の中で騒ぎがあったみたいですと聞こえた。小窓に掛かったカーテンをめくると見慣れた町並みが目に映る。まさか自分の住んでいた町に戻ってくるとは思いもよらなかった。
やらかして知ることもある。
痛いものは痛い。
治療出来るとはいえ、傷をつければ痛みは伴うものなのである。
(ああ。でも、なんでこの顔にしちゃったかなぁ……)
鏡を見つめ、ぼそりと呟く。土が盛り上がった小さな山に視線を移すと、ため息がこぼれた。
作った顔が、少女の顔そっくりなのだ。瞳の色が少し違うが、それ以外はまったく同じと言っても過言ではない。『こんな感じの顔』とお手本にはしたが、こういう時にだけ発揮される自分の記憶力の良さが恐ろしくなった。
(このままでは駄目よ。気を取り直して、ここから離れましょう)
膝に手をついて立ち上がると、首からぶら下がっているネックレスと鍵の存在に気がついた。塔と与えられた個室と聖女の部屋の鍵。ルルに渡されたのはスペアキーであるが、誰かが拾って悪用する恐れがある。ルルが聖女に付き添って歩いていたと知っている人ならば、聖堂のどこかの鍵だろうと見当をつけるだろう。
「これって、生きてるか生きていないか確かめに来るよりも、鍵を回収しに来るんじゃない?」
のんびり反省会などしている暇はなかった。さっさと逃げなくてはならないことに慌てる。
ルルは視線を左右に動かして、聖堂でも修道院の方でもない方向を選んで走り出した。
脚力には自信がある。毎日の追いかけっこはしなくなったが、階段で鍛え抜かれた太ももがある。お陰で体力もしっかりついたままだ。もし疲れたとしても、神聖力がある。聖女カルリアがしてくれたように体内に神聖力を巡回させれば、疲労が回復していくだろう。
(この格好もなんとかしなくちゃな……)
ワンピースの襟元を摘まんだ。葬儀以外、黒一色を纏っている人なんてまずはいない。悪目立ちしている。今は木の陰やら物陰に隠れながら進んでいるが、この方法もそのうち限界がきてしまうだろう。どこかで服を調達して、着替えてしまわないと見つかってしまう。
(でも服を買う手持ちがないのよね……。盗むわけにもいかないし……)
やはり、生きていくためにはお金が必要なのだと、衝撃を食らう。食べるにも、寝る場所を確保するためにもなくてはならない。お金がわずかでも幸せに生きていければいいだなんて、きれいごとを並べていた時期もあったが、すべてはお金で決まるのだ。あればあるだけ、幸せも、自由も、出来ることも増えるのだ。
(絶対、金持ちになってやるんだから!)
そう心に決めて、次に隠れられそうな物陰を探す。目標物を見つけて人の視線がないか確認していると、馬車が町の方角からやって来た。乗り合いや聖堂で使用していた馬車とは違い、貴族個人で所有していそうな立派な箱馬車だ。
ちょっと乗せてくれたりしないかしら? などと考えて木の陰から顔を出したのが失敗だった。すれ違いざま御者と目が合い、馬車が止まったのだ。それだけなら問題がなかったが「見つけましたよ! お嬢様」と捕まってしまう。
「ちょっと、人違いです! あなた、誰なんですか!?」
「さすがお嬢様。毎日のように顔をあわせていた使用人の顔ですら覚えていない。ククク、どうしようもねーやつだな!」
蔑むような笑みに、疑問が生じる。
本当に自分をお嬢様と勘違いしているのか怪しい。近頃頻繁に発生している人攫いの手口なのかもしれない。
「誰か助けて!」
腕を振り回し、男の顔を殴る。
男は「このヤロー」と言って、根本から髪の毛を引っ張った。
「こら! 止めないか!!」
馬車の中から老紳士が現れる。洗練された仕草で馬車を降り、こちらに向かってくる。男は髪から手を離したが「手間かけさせられたんすよ! これくらいやったってイイじゃないっすか!」と反論する。
「それでも主人の娘なんでね……」
チッ、と男が舌打ちをする。
ガラが悪い。
「お嬢様、帰りますよ」
「だからお嬢様じゃないってば」
「何をおっしゃいます。アビゲイルお嬢様」
「…………………………だから、誰?」
突然漂い始めた沈黙の中、紳士は額に手を当てるとたたらを踏んだ。
「大丈夫ですか!?」
思わず手を差し伸べる。老紳士はその手をしっかり握って「まずは屋敷に戻りましょう!」とルルを無理矢理馬車の中へ押し込めた。馬車が走り出す。
「だから、私。あなたたちが言うアビゲイルお嬢様とかいう人じゃありませんから! 人違い! ねっ、わかる!?」
よく見て、顔が違うでしょ!? と自身の顔を指差してみるが、老紳士はこめかみを揉むだけだ。
「これは困りました」
「そうでしょ!? だから私を降ろしてください!」
老紳士は天を仰ぐ。
「アビゲイル様が記憶喪失になられた……」
「はぁ?」
話しにならない。
(もう、どうしたらいいの!? 司祭様からも逃げなくちゃならないのに……)
いっそのこと、走っている馬車から飛び降りてしまおうか。ドアに手をかけると、ピシャリとその手を叩かれた。お嬢様と言うわりに、このふたり、容赦がない。
(でも聖堂から離れるには丁度いいかもね……。誰にも見られることなく距離も稼げるし。それなら最大限に利用して、それから逃げてやろうじゃない!)
ルルはそう考え直し、大人しく座席に座り直した。
どうせなら、とルルは考える。
移動中に逃げる成功率を上げておきたい。いちばん良さそうな策は、油断した隙に逃げることだ。油断させるには、記憶喪失になったお嬢様を演じることだろう。孤児院のごっこ遊びで手に入れた演技力を発揮する時だ。
(誰がいちばんお嬢様ぽいかしら?)
お手本となりそうな人物を記憶のなかに探す。実際見たことのあるお嬢様は大抵ベッドの上に横たわっていた。病床に着くお嬢様なら、彼女たちがいちばんのお手本になるが、今必要なのは普段の姿だ。
(ああ、彼女がいいわ……)
ルルがこの手で埋葬した少女。
立ち姿も、声音も、表情も洗練されたお嬢様のようだった。
「ん?」
老紳士が「なんです?」と即座に反応する。
ルルは「いえいえ、なんでも……」と手を振って、考え事に集中した。
(そういえば、家出してるって言ってた。家の者に見つかってしまうから町には戻れないって……)
ルルは自分の顔が、少女とそっくりになったことを思い出した。やってしまった、と青ざめる。
「どうされました?」
「…………頭が痛いだけです」
「医者を呼びますか?」
「いらないです……」
軽率な行動は慎むようにと言われていたのに、取り返しのつかないことをしてしまった。駄目だと感じたら引き返すことと院長に言われているが、それもどうやって引き返したらいいのかわからない。
「はぁーっ……」
盛大なため息がこぼれた。
老紳士は怪訝そうな顔つきで、こちらを注視している。視線がチクチクと痛い。
「お嬢様」
「……あ、私? はいはい」
返事がおざなりになるのは許して欲しい。『嬢ちゃん』とはよく呼ばれていたが『お嬢様』と呼ばれるのは初めての経験なのだ。
「町で馬を替えます。その間に身支度を整えましょう」
ルルは自分の着ている服をよく見た。ワンピースが黒だから誤魔化されていたが、泥や埃、ちょっと跳ね散った血痕が染み着いている。
(高い所から落ちたんだから、きっと頭がグシャってなって血が跳ねたんだわ)
そんな様子を想像し、うわぁと顔をしかめる。
無事で何より……
かくん、と馬車のスピードが突然落ちた。老紳士が御者の男に何事か訊ねると、町の中で騒ぎがあったみたいですと聞こえた。小窓に掛かったカーテンをめくると見慣れた町並みが目に映る。まさか自分の住んでいた町に戻ってくるとは思いもよらなかった。
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