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真の悪役令嬢になります!①

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 ――嬢ちゃん、悪いな。せめて、お友だちの隣に葬ってやるからな……

 お友だち?

 ザクザクと音が聞こえる。
 うっすらと見えてきたのは、誰かがスコップで穴を掘っている姿。

 ――それにしても司祭様はヒデーことをしなさる。聖女様の死に気が動転したからって、あんたを塔のてっぺんから落としちまうなんてよ……

(やっぱり聖女様は死んだんだ……)

 ――確かに大変なことだけどよ! 嬢ちゃんをその辺に捨てたままにしろだなんて、オレには出来ねー……

(ああ、この男……。御者だ。いつも一緒に出掛けていた……)

「あの……」
「ん、なんだい嬢ちゃん」

 土を掘り返す音が消えた。

 ギギギっと、油をさし忘れたドアのように、男は顔を動かした。見開いた目、強張った表情、顔色は真っ青を通り越して真っ白に変化していく。いつもと逆のパターンだ、なんて呑気に思っていると、御者の変色した唇が微かに震え出した。「おっ、おばけーっ!!」とスコップを投げ出し走り去っていく。

「ねぇ。おばけって、なに?」

 訊いたところで返事はない。鳥たちだけが、チチチと囀ずっているだけだ。ここが塔の中ではないことは確かだ。視線の先で木の葉が風で揺れている。とにかく場所を確認しようと起き上がろうとした。が、身体がなかなか動かない。「なんで?」「どうして?」などともがいているうちに、ルルはどうにかこうにか起き上がることに成功した。

「あれ……。脚が変な方向に曲がってない?」

 自然ではありえないに方向に爪先が向いている。触って確かめようと手を伸ばすと、バランスが崩れて再び地べたに顔をぶつけた。見覚えのあるトランクが立っている。

「もうっ、いったい何なのよ!」

 トランクに向かって投げ出された腕も、変な方向に曲がっている。

「あれ?」

 御者が言っていたことを思い出す。気が動転して、てっぺんから落とした、と。

(いやいや、あれは気が動転というより殺意を持って突き落としたわよね……)

 うんうん、と自分の意見に頷き、ハッと気がついた。

 自分が殺されたということを。
 だから、御者が穴を掘って埋めようとしていたのだ。 

 この分だと司祭は、聖女が死んだ原因をルルのせいにしているだろう。自分に非はない、とほかの聖堂に勤める司祭たちに訴えかけているに違いない。

(てことは、私。指名手配犯?)

 死んだとされるのだから、犯人とされていても指名手配はされていないはずだ。

「あーっ! でも、どうしよう!?」

 ルルは両手で顔を覆った。
 聖女の世話係になることを反対したペーターや、軽率な行動を慎むように注意してくれた院長に申し訳なくなる。

「迷惑、かかってないといいな……」

 司祭に自分の出が孤児院だとは伝えていない。勢いと周りの目に負けて雇ったのだから、訊くだけ無駄と思ったのかもしれない。出身は修道女のひとりにちょっと話しただけ。けれど町で訊ねれば、あっという間にルルは孤児院の出身だと知られてしまうだろう。

「司祭様が慈悲深い方でありますように」

 胸の上で両手を組む。

「あれ?」

 ルルは手のひらを見つめた。手を『ぐっぱぐっぱ』し、手首をブラブラ振ってみる。

「あれれ?」

 今度は手をついて身体を起こした。変な方向に曲がっていた脚を真っ直ぐに直すと、以前の通りに動かせるようになった。

「何これ? 気持ち悪っ! ……て、待って! これって治癒の力?」

 手のひらから微かに青白い光が放たれている。血の巡りが良いのか、身体がふんわりと温かい。聖女カルリアが日課で神聖力を流してくれていた感じと似ている。

『貴女は特別なのですから』

 カルリアがよくルルのことを『特別』と言っていた。自分にしか出来ないことをやるべきだと諭したから、そう言われているのだと思っていた。

「まさか、特別って……」

 ルルには聖女の素質があるという意味で、特別だったのだろうか。

「なら……」

 ルルは四つん這いになると、トランクが置かれた小さな山を崩し始める。丁寧に、土の中身が傷つかないように掘り進める。少しずつ掘り進めていると、血の気の失せた青白い肩が見えた。ルルはびくりと手を止め、ぱっと視線を外した。うっ、と嗚咽をこぼれ、鼻と口を塞ぐ。
 
 吐き気を伴う死臭。
 肉片の間からわき出る蛆虫。
 
 治癒の力を発揮したとして、体内に入り込んだ虫がどうなるかまではわからない。弾き出されればいいが、取り込まれてしまう恐れもある。

 ルルは土をかけ直した。
 ごめんなさい、と涙ながらに謝る。掘り返されることも、変わり果てた姿を見られることも、されたくなかっただろう。

(今さらじゃ、駄目なのよ……。あの時には、修道院へ行った帰りにはすでに力がなければ……。……あっ)

 修道院へ何をしに行った帰りだったのか気づいたルルは、今度は自分が司祭の金づるになる可能性に気がついた。

(冗談じゃない。これ以上、無賃で使われるだなんてまっぴらよ!)

 お金はあった方がいい。何かあった時に使えるから。命を買うことだって出来たのだから。

(逃げなくちゃ! 御者が私のことを報告しちゃうかもしれない。そしたら本当に生き返っているか確かめに来ちゃう! でも逃げても顔を知られているから追われてしまうかも!? いっそのこと、顔を変えることが出来ないかしら!?)

「……かおをかえる」

 ルルの呟きが、ルル自身の頭のなかに響き渡る。

「そうよ! 人相を変えてしまえば良いんだわ! 顔に傷をつけて、治癒の力を調整して……」

 ルルは興奮した。手近に何か使えそうな物がないか探す。ふと、トランクに視線が向いた。散らばっていた物を拾い集め、トランクに入れた記憶がある。

(鏡とか、ペーパーナイフとかもあったはず……)

 ルルはトランクを横にして開けると、中身を確認した。

「あった……」

 記憶通り、両方ある。

 ルルは思いきりが良かった。行き当たりばったりになることも多く、軽率な行動をとることもよくあった。人はそう簡単に変わることは出来ないし、人相を変えるだなんて、上手くいく保証もない。

「えーいっ! ここで上手く出来なきゃ、死ぬだけよ!」

 ルルは鏡を持ち、ペーパーナイフで自分の顔を抉るようにして傷つけた。
 
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