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聖女のお世話係になります! ペーター

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 届いた手紙を読み終えたフィリップは、その手紙をぐしゃりと握り潰した。

 手紙には『聖女のお世話係になれた』ことと『父親の跡を継ぐなら聖堂を見た方が良い』と書いてあった。
 
 広場で聖女の奇跡を目の当たりにした帰り道。ルルが『聖女のお世話係になる』と言い出した。

「やめておけ」「怪しい」「向いてない」

 散々言って聞かせたにも関わらず、ルルは『絶対になるから』と宣言した。もしもの時は『コネになる』とまで言って。
 
 今の聖堂は、昔の頃とは違う。

 以前は、聖堂に祈りに来た人たちの話を聞き、次に繋がる言葉を授けるだけだった。いつの頃からか、祈るだけで治癒を施せる者が現れ、聖女と呼ばれるようになった。観衆を集め、聖女の奇跡を見せつけるようなことなどしてこなかったのだ。

 広場でのお披露目は、聖女の奇跡を周知して欲しいからという触れ込みだった。だが、金集めが目的だろう。司祭が国を乗っ取る計画を立て、資金集めをしているという噂がある。そのようなきな臭い場所にルルを行かせたくはなかった。

「あの手紙はいつ届きましたか?」

 部屋の主が、手紙を持ってきた建具屋の主人に訊ねる。

「十日ほど前です」
「では、一度ルルに連絡をとって、聖堂内を案内してもらえるよう頼んでみてください。彼女なら一般人が入れなさそうな場所も見せてくれる可能性があります」
「わかりました。誰かに代筆させて届けさせましょう」

 深々と頭を下げ、建具屋の主人が執務室から出ていく。

 執務室には、フィリップの父親であるカイザーとフィリップのふたりだけになった。

「父上、一体どうなさるつもりですか?」
「お前にまたペーターとなって、聖堂内を見てきて欲しい。資金力もそうだが、どこかで司祭が武器商人と繋がっていないか確かめてきて欲しい」
「わかりました。ですが、わたくしに、見ただけでどの程度軍事力があるか分かるものなのでしょうか?」

 カイザーの書類を書く手が止まった。
 そして、柔らかな笑みを浮かべる。
 
「分からなくとも良い。それならそれで、ルルと話をしてこればいい。ルルは大切な友達なのだろ? もう一度説得してきなさい」
「わかりました」

 フィリップは父親に頭を下げ、執務室を出た。ありがたいことだ。カイザーはフィリップの心配を見抜いてくれていたのだ。
 それならば、善は急げとフィリップは走る。

 建具屋の主人と一緒に町へ戻り、手紙を出したところで最短三日。手紙には、注文の建具を届けに行った帰りに立ち寄ると書けばいい。そうすれば、手紙が届いた当日に訪ねてもとやかく言われる心配はないだろう。

「ご主人、待ってくれないか」

 屋敷を出ようとしていた建具屋にフィリップは声を掛けた。ペーターとして町に戻ることを伝えれば、快く了承してくれる。

「では、着替えてくる」

 ペーターとして町に戻るのだから、このままの服装では不都合が生じる。部屋に一度戻ろうとすると、執事から声を掛けられた。

「アンジェラ様がお見えになられています」
「アンジェラが?」
「はい。緊急を要するとのことで、応接室でお待ちです」

 面倒な。フィリップは舌打ちしたくなるのを我慢した。早く町へ行き、ルルを聖堂から引き離さなければならないというのに。苛立つ気持ちをぐっと抑えて応接室に入る。三人掛けのソファの中央に座ったアンジェラがめそめそと泣いていた。
 目をつぶって、ひとつ深呼吸をする。

「どうしたんだい?」

 心配そうな声を掛ければ、両手で顔を覆っていたアンジェラが顔をあげる。サファイア色の大きな瞳にめいいっぱい涙を溜めて、こちらを見つめる。

「フィリップさま」

 さっと駆け寄り、脚にしがみついた。

「姉が、またわたくしのことを……」
「ああ、なのかい?」
「そうなのです。姉がまたわたくしのことをイジメるのです。どうかフィリップさま助けてください」

(助けろと言われてもな……。これで何度目だよ……)

 フィリップは乞われる度に、アンジェラの父親へ手紙を書いている。あなたの娘アンジェラが、姉であるアビゲイルに虐げられているようだと記し、アンジェラに渡している。それを読んで改善されないということは、家族ぐるみでアンジェラを虐げているのか、それとも無能なのか。だが、どちらでもないであろう。手紙を渡していないのだ。それに、アビゲイルに叩かれたという右頬にはくっきり痕が残っているのだが、これが不自然極まりない。一度目にしたことがあるアビゲイルは右手にティーカップを持ってお茶を飲んでいた。右利きであるアビゲイルが、対面するアンジェラの右頬をきっちり痕が残るほどの強さで叩くことが出来るのであろうか。まして、小指の痕が手前に残るなどありえない。

(この女は何か企んでいる……。人を陥れてまでしても達成したい欲望は何なのだ!? だが今はそれどころではないのだ。早く出掛けなければ……)

 苛立つ気持ちを再び抑える。

「でしたら、また手紙を書きましょう」

 アンジェラは、いいえと首を横に振った。
 ウェーブかかったプラチナ色の髪が、頭の動きに合わせて揺れる。 
 
「それなら、どういたしましょう?」

 アンジェラが頬を赤く染め、モジモジしだした。

「アンジェラ?」

 アンジェラが真っ直ぐ見つめてきた。言いにくそうに、それでもはっきりと言葉にする。

「わたくしをここに置いてください! フィリップさまの側に居させてください!!」
「…………はい?」
「フィリップさまに婚約者はいませんでしたよね? わたくしもなのです! ですので、何か良くない……、いいえ、そのようなことは全然、全くと言ってわたくしは思っていないのですが、既成事実みたいな噂がたったとしても誰にも迷惑がかからないと思うのです」

 目を潤ませて見上げてくる。

(わたしがコイツの目的!? 我が家を乗っ取ろうとしているのか!!)

 目を見つめ返してみるが、狼狽える素振りを見せない。本気で助けて欲しいのか、乗っ取り計画を企てているのかはっきりしない。

「いや。でもですね……」

 断りの言葉を探す。このまま懐に入られるようなことがあっては、この女の思う壺。

「わたくし、姉の婚約者に襲われかけまして……。貞操の危機も……」

 フィリップは思わず半目になる。
 情に訴える策に出たのであるが、フィリップはこの手の策を何度か見たことがある。あからさまな三文芝居を見せつけられても、何とも思えない。ルルの方が上手いなとしか考えられない。

「……助けてください」

 フィリップは脚からアンジェラを引き離した。そして片膝を床につき、手を差し伸べる。

「でしたら、一度修道院にお逃げになった方がいい。そうすればあなたのお父上も事態を重く見て何かしら対策してくれることでしょう」

 いえ、でも、とアンジェラがごねる。

「これからお父上に手紙を書きましょう。そして我が家の執事があなたのお父様にお届けします。その間にうちの使用人が馬車であなた様を修道院へお連れしましょう」

 ね! ね! と手を乗せろとばかりに手のひらを上下に動かすと、アンジェラは「父に何とかしてもらえるよう話してみます」と帰っていった。

「クソッ、時間が!」

 余計な時間を食ったせいなのか。
 予定を半日遅れて着いた町は、聖女様が死んだという話題で持ちきりだった。
 
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