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聖女のお世話係になります!⑥

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 ベッドの傍らで膝をつき、両手を組む聖女カルリア。
 彼女が祈りを捧げると、まばゆい光がベッドの上で横になっている少女の身体を包んだ。

 ん…… と少女が身じろぐ。
 
 青白かった顔色は血色の良い薄桃色に、かさついた唇はふっくらと柔らかそうな年相応のものに変化した。
 ゆっくりと少女の目が開く。
 ベッドの側に近づいた少女の母親が涙を流した。
 
「アイリス……」
「なぁに、おかあさま……」

 少女がふわっと微笑んで母親に手を伸ばす。
 母親はその手をとり、むせび泣く。

 もう二度と目を覚ますことはないだろう、と医師にさじを投げられた少女。その少女が聖女の奇跡により覚醒したのである。

 母親は少女を抱き締めた。
 同じ光景を見ていた父親は、涙をこぼしながら司祭に何度も頭を下げている。
 奇跡を起こした聖女は、両手を床につき、苦しそうな呼吸を繰り返している。

 これが当然で、当たり前の光景。

「聖女の奇跡とは、なんなのでしょう?」

 スプーンに具を乗せたまま、ルルはぼそりと呟いた。

「貴女、今日も見てきたのでしょ? 聖女の奇跡を」
「ええ、まあ……」
「見たままよ。彼女にしか出来ない御業だわ」

 ルルと向かい合い、一緒に遅い昼食を摂っていた修道女は首尾良く答えた。彼女もカルリアと同様、聖女になり得る人物として修行に励んでいたという。

「すごいですよね」
「そうね。ただただすごいわ。そしてわたしたちへの恩恵もすごい」

 本日の昼食はパンとスープのほかに、町で人気だというデザートが添えられている。手軽には手を出せない値段のものがふたつずつ。大盤振る舞いである。

「毎回毎回、私たちだけいいんですかね?」

 もちろん、清貧を貫くカルリアの元には届くことはない。

「聖女カルリアはこれでいいと言っているのよ。ありがたく受け取りましょ。罪悪感など持っては駄目よ。食べ物に罪はないのだから」

 そんなものなのか。

「それより貴女。手紙は書いた?」
「はい。お世話になった院長に元気でやってますって書きました。でも私が手紙を出していいんでしょうか?」
「構わないでしょ。貴女は俗世を捨てた修道士や修道女ではないのだから」

 それもそうか、と納得したルルは、食事が終わると司祭に頼まれていた手紙と一緒に自分の書いた手紙を二通紛れさせて、配達人に渡した。
 
「これで、よしっと」

 あとはみんなの分の洗濯物を取り込んで、聖女の洗濯物と食事を届けるだけだ。
 
 聖女のお世話係になってもうすぐ百日。塔の階段と同じ数だけになった。毎日の生活にも慣れ、カルリアと一緒に聖女について勉強する日もある。

「あの……」

 声がした。ん? と振り向くと、トランクを持った少女がこちらを見ている。ここは聖堂の裏手、正門と間違えて入ってきてしまったのだろうか。

「こちらは聖堂の裏になりますので、お手数ですが今入ってきた門を出て、ぐるっと回ってから中にお入りください」

 ごめんなさい、と頭をぺこりと下げる。

「あの、そうではなく……」

(まさか、この子も聖女のお世話係志望!?)

 ルルは少女をガン見した。髪の色こそ自分と同じとはいえ、顔は憂いを帯びた美少女。背筋はピンと伸びており、近づいてくる様は凛とした華のようだ。

(くっ、見ているだけで癒されるっ。汗だくで司祭様に駆け寄った私と全然ちがうじゃない……。これで司祭様に『聖女のお世話係になりたいそうです』って紹介したら、私、そっこうでクビにされちゃう!)

 危機感を募らせ、ルルは少女に問う。

「脚力にご自信は?」
「えっ、それなりに?」
「重いものを持てる腕力は?」
「このトランク程度の重さなら……」
「お、汚物を運ぶことに拒否感などは!?」
「あ、あの……。これらはどういった質問なのでしょう?」

 どういったって……
 戸惑う少女にルルは首をかしげる。

「もしかして、聖女様のお世話係志望ではない?」
「お世話係などという仕事があるのですか?」

 沈黙がこの場を包む。

「えっと、それでは何用で……」
「こちらに修道院が隣接されていないのかお訊ねしたくて」
「そういうことでしたか!」

 あはは、とルルは笑って誤魔化す。

「えっとですね。ここに修道院はないのです。聖堂と聖堂に勤める方たちの居住スペースがあるだけで。この聖堂の系列である修道院でしたら、ここからもう少し北に行くとありますよ」
「そうでしたか。ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ」

 ――がらんごろん、がらんごろん。

 ベルの音が聞こえる。もうすぐ本日最後の馬車が出発する。

「あれ、最後の馬車が出る合図なんです! 急がないと町に戻れなくなってしまいますよ!」

 外から回れなど悠長なことなど言ってられない。壁と塀で狭い場所を通らなければならないが、聖堂の正面に出る近道がある。本当は禁止されているのだが、早く馬車に乗せてあげなければ夕闇のなかを二時間歩かせてしまうことになる。それに物騒なことに、近頃、盗人や人攫いが出ているらしい。尚更乗せなくてはならない。

「こちらに急いで! 狭いですが!」

 ルルは少女の手を引こうとしたが、少女はその手を背中に隠して首を横に振る。

「町には戻れないのです」
「え、でも……」
「わたくし、家を飛び出してきたのです。ですので、家の者に見つかるわけにはいかないのです」

 でもそんな、と狼狽えるルルは、誰か相談できる人が近くにいないか探した。

「もう少しの距離なのですよね?」

 少女はつとめて明るく言う。

「もう少しとは言いましたが、歩くとなれば七、八時間くらいはかかりますよ……」
「でしたら、明朝にはあちらに着きますわね」

 手を合わせて、あっけらかんと言う少女にルルは強く言った。

「危ないですから! 今日は本当に町へ戻ってください!」
「心配なさってくれるのですね。ありがとうございます。親切に教えていただいたご恩は忘れませんわ」

 ルルが止めるのも聞かず、少女は北へ向かって歩き始めた。
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