上 下
106 / 107
第3章 この世界が思ってた以上にやばかったんですけど

19:闇と混迷と恐怖

しおりを挟む
「おい、どこまで行くんだ」

 後方からいぶかしげな声が追いかけてくる。カルダート卿と彼の配下の魔族たちが空に連なっていた。
 俺は空中に静止して、振り返った。

「お前、名前はなんという?」

 猜疑心に満ちたカルダート卿の眼が俺を捉えていた。ビジュマステからはずいぶん離れた空域だ。

 ──もう、いいか。

 俺はカルダート卿と続々集まってくる魔族の雲に手のひらを向けて滅線めっせんを放った。魔族たちが滅却の光の直撃を受けて無数の塵となる。

「何しやがる……!」

 黒い塵の中からカルダート卿が飛び出してくる。無数の刃のついたどこまでも長いむちを携えて。
 両手の指を開いて格子状に重ね、再度滅線を放つ。細切れになったカルダート卿は鞭を失ったが瞬時に再生し、俺に破局の光を集約した弾を発射した。

 ──目障りな奴だ。

 俺は胸の奥底から聞こえる自分の声に驚きを覚えつつも、辺りに漂う魔族の塵を集めて破局弾を包み込んだ。
 禍々しい雲の中で破局の光が散乱して掻き消える。狼狽うろたえかけたカルダート卿との間合いを詰めて、その口の中に破局魔法をぶち込むと、彼の身体は白光びゃっこうを撒き散らして爆散した。

 自然と雄叫びを上げていた。自分の声とは思えない低く鈍い音。首から下がる幸福の花を閉じ込めたガラス球が音を立てたのを聞いて、俺は我に返った。ぎゅっとガラス球を握る。
 顕現外殻けんげんがいかくまといすぎたのか、俺の中に闇が漏れ出しているような感覚が揺蕩たゆたっている。
 俺は俺を失いかけていた──。

 顕現外殻を解いて、地上で身体を休めようとした時、俺の魂を震わすような声が響いた。

 ──助けて……!

 初めて恐怖と対峙たいじしたような芯から震えるその声……第四魔王だった。それは言葉というよりは、内奥から滲み出る強い思念のようだ。
 第四魔王の魔力に集中する。俺の眷属である彼女への道筋が糸のように脳裏にはっきりと浮かび上がった。その糸を辿るように、転移魔法を発動した。

 転移した瞬間、俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。ただし、それは悲痛な叫びだった。

「ボルボリっ……!!」

 顕現した魔族がバラバラに刻まれていた。細く簡素な剣を携えたがおがこちらを見る。いや、顔が三つなのは違いないが、顔の付き方が違う。普通の顔の他に両肩にシンメトリーにひとつずつ灰色の顔が載っている。

「おやおや、なんて僥倖ギョーコーだヨ」

 対象顔シンメトリーが言った。
 周囲を見回す。対象顔シンメトリーの他に異なる三体の三つ顔が不気味に並んでいる。顕現した魔族が二人──恐らくヨハン八世……そして、第四魔王だ。その身体は崩れかかっている。
 巨大に顕現した第四魔王の両手にはリナとベテルギウスの身体がそっと握られていた。第四魔王の鈍色にびいろの頬に涙が一筋流れ落ちた。

「アーガイル、なのか……?」

「何があった!?」

 三つ顔のひとりが無言のままヨハン八世の目の前に瞬間移動して、その身体に触れると、彼の顕現した巨大な外皮がバラバラに砕け散る。中から幼い子どもの姿に戻ったヨハン八世を引きずり出すと、その三つ顔は荷物でも背負うようにした。

「〝鍵〟と一緒に〝扉〟も全部持って帰ろうゾ」

 別の三つ顔が無感情にそう言うと、他の三体が一様にうなずく。第四魔王が叫ぶ。

「奴らの狙いは〝扉〟だ、マスター!!」

 その声を合図にしたかのように、四体が一気に俺のもとへ殺到する。魔力の流れが全く掴めず、躊躇した一瞬の隙を突かれて四方を囲まれてしまった。
 心の奥底から、これまで感じたことのない恐怖が沸き上がってくる。得体のしれない無機質な瞳が俺の心を見透かすかのようだった。

「アーガイル!」

 地面を蹴る第四魔王の顕現した身体が見えない刃で切り刻まれる。三つ顔がやったのだ。
 力を全て解放して三つ顔どもを吹き飛ばそうと意識を集中した刹那、地鳴りと共に大地が大きく揺らいだ。バランスを崩す間もなく、三つ顔たちが砂のようにその場に崩れ落ちる。
 訳も分からないまま危機が去った。遠くの森の上空を無数の飛行生物たちが飛び立っていくのが見える。

〈三つ顔が一匹、逃げたぞ。全員警戒しろ〉

 魔王が手渡してくれた伝達の指輪を通して、彼女の声が届いた。
 一体、何が起きている・……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

処理中です...