上 下
1 / 107
第1章 「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになったんですけど

1:世界の半分、もらいました。

しおりを挟む
「お前に世界の半分をくれてやる」

 魔王はそう言った。魔王といっても、いたいけな少女に見える。そいつが身長の何倍かはあろう玉座について俺を見下ろしていた。
 
 「ありがとうございます」

 俺は思わず言ってしまった。
 だって、本当は勇者になんかなりたくなかったんだもん。「お前強いから」っていう理由だけで勇者に選出されてここまで来てしまったのだ。

「お前、本当に勇者なのか?」

 魔王が真ん丸な目を不可解そうに細めて俺を見つめる。
 ちょうど魔王四天王が出払っている隙に玉座までやって来た奴が何の信念もなく自分の提案に乗り始めたら、俺だって怪しむ。

「残念ながら、本当に勇者です」

「世界の半分をやるということは、世界の半分を敵に回すということだぞ? それでもいいのか?」

 魔王に心配されるようでは、勇者失格だ。

「お言葉ですけど、半分どころか世界中を敵に回すことになると思います」

 俺がそう言うと、魔王は愉快そうに笑った。

「お前、面白い奴だな。勇者にしとくのはもったいない」

 褒められているのか分からないが、一応礼を言っておいた。魔王はその魅入みいってしまうほど美しい赤い瞳で俺を見つめた。

「では、それで契約をするぞ? いいな?」

 緊張の一瞬だ。両親も言っていた。契約の際には慎重に、と。魔王との契約だ。魂を捧げるくらいのことは覚悟しなければならない。
 俺がうなずくと、魔王は立ち上がった。華奢で、小さな身体だ。

「じゃあ、セバスチャンに契約書を持って来させるから、必要事項を記入してくれ」

「はい?」

「ん? なんだ? 何か気になるのか?」

「いや、その、ナイフで手のひらを切って血の契約とかしなくていいんですか?」

 魔王は深い溜息をついて言った。

「いつの話してるんだ、お前? いいから、書類を記入しておけよ。身分証明書とハンコは持って来たか?」

 魔王城に身分証明書とハンコを持って来る奴がどこの世界にいるんだ? 就活か?

「いえ、すみません。持って来てないです」

「身分証は書類持ち帰ってからでいいから。また明日、書類と一緒に持って来い。同意書は母印で大丈夫だから、帰るまでに出せ」

   ***

 そんなこんなで、世界の半分をもらい受けるという契約の同意書にサインをしてしまった。これでいいのだろうかというやましさのようなものが込み上げてくる。
 だが、あの魔王の小さな身体から発せられるすさまじい魔力を浴びてしまっては戦う気力もがれるというものだ。

 書類を確認するのは、めちゃくちゃ顔色の悪い紳士のセバスチャンだ。彼は書類をケースにしまうと、にこやかに口を開いた。

「魔王様のあんなに嬉しそうなお顔を拝見し、不肖ふしょうセバスチャン、恐悦至極きょうえつしごくにございます」

「嬉しそうだったんですか? そうは見えなかったけど……」

「いえいえ。陛下は強大な力を持つゆえ、孤独な日々を過ごされてきました。勇者様の登場が陛下を孤独から救い出されたのでございます」

 魔王の考えることはよく分からない。

「街の近くまでお送りしましょう」

 セバスチャンがそう申し出たが、俺は速攻で拒否した。魔王の臣下と親しくしているのを見られたら、何を言われるか分かったもんじゃない。

 残念そうな表情を浮かべるセバスチャンに別れを告げて、俺は魔王城を後にした。

   ***

 俺の住む街・シルディアは魔王城に最も近い城塞都市だ。城門を入ると、

「おかえりなさい!」

 と兵士たちに出迎えられる。誰もがみんな、俺が魔王を倒すために少しずつ魔王城への道を切りひらいていると思っている。

 青い屋根の家が見えてくる。俺の家だ。途端に気が重くなる。
 どうしよう。世界の半分もらったよ~なんて家族に報告できるわけがない。

 暗い気持ちで家のドアを開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫
ファンタジー
魔物の森に住む不死の青年とお城脱走が趣味のお転婆王女さまの出会いから始まる物語。 遥か昔、マカニシア大陸を混沌に陥れた魔獣リィスクレウムはとある英雄によって討伐された。 ――しかし、五百年後。 魔物の森で発見された人間の赤ん坊の右目は魔獣と同じ色だった―― 最悪の魔獣リィスクレウムの右目を持ち、不死の力を持ってしまい、村人から忌み子と呼ばれながら生きる青年リィと、好奇心旺盛のお転婆王女アメルシアことアメリーの出会いから、マカニシア大陸を大きく揺るがす事態が起きるーー!! リィは何故500年前に討伐されたはずのリィスクレウムの瞳を持っているのか。 マカニシア大陸に潜む500年前の秘密が明らかにーー ※流血や残酷なシーンがあります※

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る

伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。 それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。 兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。 何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...