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【決戦:「一番槍」女将軍の愛】
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エリシウム平原は周囲、数十キロに亘って、山に囲まれ盆地になっていた。
昨夜から平原には霧に近い雨が降っていた。
昨日は初冬に拘(かか)わらず少し暖かい日だったから、地上付近の温度が高く、さらに風が弱かったため条件が重なって霧雨(きりさめ)になったのかも知れない。
朝になり霧雨が止んで、徐々に晴れるに従い視界が広がり、状況が見えると兵士たちに緊張感が走った。
エストランド軍の陣取る小高い丘から、魔族の大軍が目の前に迫っていた。
悪魔たちは深夜に移動し、盆地の北側に集結していたのだ。
暗闇で、しかも霧雨だったため、魔物たちの動きが捉(とら)えづらく、斥候(せっこう)を放っていたにも拘(かか)わらず動きを掴(つか)むことが出来なかった。
突然、現れたこともさることながら、前面に陣を構える魔族の軍団の大きさに帝国の兵士は少なからず動揺した。
エストランド帝国軍はエリシウム平原の南端に位置する小高い丘に集結し陣を敷いていた。
帝国軍の陣容(部隊配置の形)は総大将を務めるイレーネ姫が率いる帝国直属(直臣)軍が後方に、その前方に南方軍のベリエス将軍が率いる精鋭、重装騎兵と歩兵1万、それに大小の諸侯の兵と傭兵団・獣人・エルフが、また左右には近隣の王国軍が位置する形を取っていた。
中央前方に直営軍の精鋭を配置したのは大小の諸侯や傭兵との連携と士気を高めるためだった。
また、ブルーノ騎士長は元冒険者だったことから、イレーネ姫から命(めい)を受けて傭兵を纏める役目を与えられていた。
帝国軍が敷いた陣容は戦いが始まると中央の軍を突き出すことで、「魚鱗の陣(ぎょりんのじん)」に素早く移行できる陣容だった。
魚鱗の陣は中心の軍を前方に突き出すような形で、先端を狭くし、相手を一気に突き崩す、攻撃向けの布陣(ふじん)である。
この陣形はエストランドの創生期に突然、歴史の表舞台に現れた「伝説の黒髪・天才軍師」が編み出したとされている。
何故、この世界にいる筈がない黒髪を持つ軍師の伝説が語り継がれているのか?
それは今となってははっきりとは分からないが、この軍師は「迷い人」だったのではないかと言われている。
以後、多くの戦いで用いられ、数の劣勢も跳ね返してきた必勝の戦術だった。
対して悪魔軍は魔物としての能力、力押しで戦ってきたから、戦略・戦術といったものはなかった。
数や個々の戦闘力で劣る帝国軍に勝機があるとすればこの点かも知れない。
戦いは血気盛んな魔族が、ただ勢いに任(まか)せて前へ向けて突っ込む形で始まった。
巨大オーク(ブヨヤ)が後方から、大声で『全軍、進め!人間たちを殺せ、突っ込め!』と繰り返し、唾(つば)を飛ばしながら叫び、遅れたゴブリンを蹴飛ばしながら指示をした。
もし、戦術に長けた軍師がいたなら、ただ前進あるのみと叫ぶ、指揮官の愚かさを嘆いたことだろう。
されど、魔物、特に大型魔物の秘めた力は決して、人に置き換えて図れるものではなかった。
魔物たちは一斉に地響きを響かせながら、人間たちに向かって突進した。
統制が取れている訳でなかったから、大型魔物より少し足が速いスケルトン・ゴブリン(邪悪な精霊)・オーク(地下の醜く汚らわしい生き物)といった比較的小型の魔物が、まず雄叫びをあげながら、先駆けてやって来た。
帝国軍を構成する諸侯たちの兵は直臣とは違い職業軍人ではなく、この戦いのために徴兵された農民兵も多かったから、初めて見る魔物たちの姿が恐ろしく震えている者も見受けられた。
魔物と帝国軍との距離が700M位に詰まった時、後方で、攻撃のタイミングを伺っていたイレーネ姫が、剣を上げ前に倒す動作をしながら『掛かれ』と声をあげた。
この掛け声に呼応して、兵士たちが『オ~』と答え、炎・雷属性系の帝国の魔導士やエルフから炎射矢(ヴァンアロー)、電紫雷光(メガボルト)など、遠くに届く魔法系の攻撃から始まった。
対して、魔物たちからも魔族特有の暗黒魔法が放たれ、大小の黒い火炎塊が帝国軍を襲った。
この攻撃は帝国軍の弱点を突いた形になった。
直営軍や諸侯の兵は大盾や長盾の装備を持っており、直撃を受けても防ぐことができたが、傭兵・獣人・エルフなどは武装は統一していなかったため、円盾を持つ者も多く、黒い火炎塊を防ぎけれず怪我(けが)をする者が続出した。
さらに得体の知れない黒い塊(かたまり)が遠方の空から近づいて来た。
それは悪魔に操られた数十匹のワンバーン(飛竜)だった。
急降下し鋭い鉤爪(かぎつめ)のある足で兵士を掴(つか)み、空高くから悲鳴をあげる兵士を落とした。
兵士は硬い地面に叩きつけられて、風船が破裂して割れるような『パン』という音を立て即死した。
距離が300M位に詰まった時、帝国軍の弓兵から大量の矢が魔物に射かけられる。
続けて、帝国軍が事前に用意した大型のカタパルト (投石機)から石弾が魔物たちに向けて飛ばされた。
飛距離は約150~250M前後位、人間の頭位ある石弾が魔物たちに降り注いだ。
運悪く、石弾を受けた魔物は悲鳴をあげる暇もなく、一瞬にして吹き飛ばされて潰(つぶ)れた。
その後、後方にいた音楽隊から「攻め太鼓」が叩かれ、それを合図にベリエス将軍が率いる重騎士の精鋭が動いた。
小高い丘から怒涛(どとう:激しく打ち寄せる波)の如(ごと)く駆け降りた。
重騎兵は兵と騎馬共に、全身を鎧で固めていて、矢や魔法、剣・槍の攻撃など、意に介せず突進した。
この時代では重騎兵は人族最強の兵だった。
ベリエス将軍の騎馬隊は、鎧を赤に統一しており、赤い竜と呼ばれ戦場では他国から恐れられていた。
ベリエスはエストランド唯一の女性の将軍である。
金色の髪とブルーの瞳、そして、二つの突き出る丘は男たちの視線を釘付けにする美貌の持ち主だった。
もし、彼女が望んだら、羨望の眼差しを向けられる他国の王子たちでさえ、誰もが求婚(きゅうこん)を断る者はいないだろう。
だが、しかし、ベリエスはイレーネ姫を愛していた。
古代、日の本の戦国時代の雄(傑出:とびぬけてすぐれている)、武田信玄は男色を好んだと言われる。
この世界でも、逆にイレーネ姫が女色(じょしょく:女の色香.いろか)を好むならば、何ら不自然ではないとされていた。
同性婚は現実世界では少しづつ認知されつつあるものの、未だに偏見が多いのも事実である。
だが、この時代では変人でも何でもなく当たり前のことだったのである。
ベリエスは愛するイレーネ姫を守るために、戦いで、最初に敵陣に激突する、危険な先陣、「一番槍」の役目を担ったのだ。
昨夜から平原には霧に近い雨が降っていた。
昨日は初冬に拘(かか)わらず少し暖かい日だったから、地上付近の温度が高く、さらに風が弱かったため条件が重なって霧雨(きりさめ)になったのかも知れない。
朝になり霧雨が止んで、徐々に晴れるに従い視界が広がり、状況が見えると兵士たちに緊張感が走った。
エストランド軍の陣取る小高い丘から、魔族の大軍が目の前に迫っていた。
悪魔たちは深夜に移動し、盆地の北側に集結していたのだ。
暗闇で、しかも霧雨だったため、魔物たちの動きが捉(とら)えづらく、斥候(せっこう)を放っていたにも拘(かか)わらず動きを掴(つか)むことが出来なかった。
突然、現れたこともさることながら、前面に陣を構える魔族の軍団の大きさに帝国の兵士は少なからず動揺した。
エストランド帝国軍はエリシウム平原の南端に位置する小高い丘に集結し陣を敷いていた。
帝国軍の陣容(部隊配置の形)は総大将を務めるイレーネ姫が率いる帝国直属(直臣)軍が後方に、その前方に南方軍のベリエス将軍が率いる精鋭、重装騎兵と歩兵1万、それに大小の諸侯の兵と傭兵団・獣人・エルフが、また左右には近隣の王国軍が位置する形を取っていた。
中央前方に直営軍の精鋭を配置したのは大小の諸侯や傭兵との連携と士気を高めるためだった。
また、ブルーノ騎士長は元冒険者だったことから、イレーネ姫から命(めい)を受けて傭兵を纏める役目を与えられていた。
帝国軍が敷いた陣容は戦いが始まると中央の軍を突き出すことで、「魚鱗の陣(ぎょりんのじん)」に素早く移行できる陣容だった。
魚鱗の陣は中心の軍を前方に突き出すような形で、先端を狭くし、相手を一気に突き崩す、攻撃向けの布陣(ふじん)である。
この陣形はエストランドの創生期に突然、歴史の表舞台に現れた「伝説の黒髪・天才軍師」が編み出したとされている。
何故、この世界にいる筈がない黒髪を持つ軍師の伝説が語り継がれているのか?
それは今となってははっきりとは分からないが、この軍師は「迷い人」だったのではないかと言われている。
以後、多くの戦いで用いられ、数の劣勢も跳ね返してきた必勝の戦術だった。
対して悪魔軍は魔物としての能力、力押しで戦ってきたから、戦略・戦術といったものはなかった。
数や個々の戦闘力で劣る帝国軍に勝機があるとすればこの点かも知れない。
戦いは血気盛んな魔族が、ただ勢いに任(まか)せて前へ向けて突っ込む形で始まった。
巨大オーク(ブヨヤ)が後方から、大声で『全軍、進め!人間たちを殺せ、突っ込め!』と繰り返し、唾(つば)を飛ばしながら叫び、遅れたゴブリンを蹴飛ばしながら指示をした。
もし、戦術に長けた軍師がいたなら、ただ前進あるのみと叫ぶ、指揮官の愚かさを嘆いたことだろう。
されど、魔物、特に大型魔物の秘めた力は決して、人に置き換えて図れるものではなかった。
魔物たちは一斉に地響きを響かせながら、人間たちに向かって突進した。
統制が取れている訳でなかったから、大型魔物より少し足が速いスケルトン・ゴブリン(邪悪な精霊)・オーク(地下の醜く汚らわしい生き物)といった比較的小型の魔物が、まず雄叫びをあげながら、先駆けてやって来た。
帝国軍を構成する諸侯たちの兵は直臣とは違い職業軍人ではなく、この戦いのために徴兵された農民兵も多かったから、初めて見る魔物たちの姿が恐ろしく震えている者も見受けられた。
魔物と帝国軍との距離が700M位に詰まった時、後方で、攻撃のタイミングを伺っていたイレーネ姫が、剣を上げ前に倒す動作をしながら『掛かれ』と声をあげた。
この掛け声に呼応して、兵士たちが『オ~』と答え、炎・雷属性系の帝国の魔導士やエルフから炎射矢(ヴァンアロー)、電紫雷光(メガボルト)など、遠くに届く魔法系の攻撃から始まった。
対して、魔物たちからも魔族特有の暗黒魔法が放たれ、大小の黒い火炎塊が帝国軍を襲った。
この攻撃は帝国軍の弱点を突いた形になった。
直営軍や諸侯の兵は大盾や長盾の装備を持っており、直撃を受けても防ぐことができたが、傭兵・獣人・エルフなどは武装は統一していなかったため、円盾を持つ者も多く、黒い火炎塊を防ぎけれず怪我(けが)をする者が続出した。
さらに得体の知れない黒い塊(かたまり)が遠方の空から近づいて来た。
それは悪魔に操られた数十匹のワンバーン(飛竜)だった。
急降下し鋭い鉤爪(かぎつめ)のある足で兵士を掴(つか)み、空高くから悲鳴をあげる兵士を落とした。
兵士は硬い地面に叩きつけられて、風船が破裂して割れるような『パン』という音を立て即死した。
距離が300M位に詰まった時、帝国軍の弓兵から大量の矢が魔物に射かけられる。
続けて、帝国軍が事前に用意した大型のカタパルト (投石機)から石弾が魔物たちに向けて飛ばされた。
飛距離は約150~250M前後位、人間の頭位ある石弾が魔物たちに降り注いだ。
運悪く、石弾を受けた魔物は悲鳴をあげる暇もなく、一瞬にして吹き飛ばされて潰(つぶ)れた。
その後、後方にいた音楽隊から「攻め太鼓」が叩かれ、それを合図にベリエス将軍が率いる重騎士の精鋭が動いた。
小高い丘から怒涛(どとう:激しく打ち寄せる波)の如(ごと)く駆け降りた。
重騎兵は兵と騎馬共に、全身を鎧で固めていて、矢や魔法、剣・槍の攻撃など、意に介せず突進した。
この時代では重騎兵は人族最強の兵だった。
ベリエス将軍の騎馬隊は、鎧を赤に統一しており、赤い竜と呼ばれ戦場では他国から恐れられていた。
ベリエスはエストランド唯一の女性の将軍である。
金色の髪とブルーの瞳、そして、二つの突き出る丘は男たちの視線を釘付けにする美貌の持ち主だった。
もし、彼女が望んだら、羨望の眼差しを向けられる他国の王子たちでさえ、誰もが求婚(きゅうこん)を断る者はいないだろう。
だが、しかし、ベリエスはイレーネ姫を愛していた。
古代、日の本の戦国時代の雄(傑出:とびぬけてすぐれている)、武田信玄は男色を好んだと言われる。
この世界でも、逆にイレーネ姫が女色(じょしょく:女の色香.いろか)を好むならば、何ら不自然ではないとされていた。
同性婚は現実世界では少しづつ認知されつつあるものの、未だに偏見が多いのも事実である。
だが、この時代では変人でも何でもなく当たり前のことだったのである。
ベリエスは愛するイレーネ姫を守るために、戦いで、最初に敵陣に激突する、危険な先陣、「一番槍」の役目を担ったのだ。
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