118 / 133
第十章 仮面のキス
第五話 銀の鋏
しおりを挟む
蘭からの返信は一通だけで止まってしまった。
そのことに梨恵は不安を感じる。
「鈴宮先輩――いちごちゃんと仲直りしてくれるかな?」
しかし、菊花は難しい顔で考え込んだ。
「そうなってくれることを――願うしかないけど。」
蘭の最後の返信から十分は待っただろうか。今、一〇五号室に紅子の姿はない。スマートフォンを持つ菊花の左右から、梨恵と一冴の二人が画面を覗き込んでいる。
一冴は軽く溜息をつき、顔を離す。
「とりあえず、やるべきことを今はやるしかない。」
一〇五号室の中央には新聞紙が敷かれていた。いつもそこにあるテーブルは横にのけられている。一冴のスマートフォンはテーブルの上だ。そこへ一冴は近づき、しゃがみこんで語りかけた。
「紅子ちゃん――朝美先生は?」
紅子の声が返ってくる。
「食堂でくつろいでる。こっちに来る様子はないと思う。」
「ありがとう。」
先日の夜の話し合いでは、朝美を見張る役割が紅子に割り当てられたのだ。
一冴は覚悟を決め、梨恵に顔を向ける。
「じゃあ――梨恵ちゃん、お願いできる?」
うん、と梨恵はうなづいた。
一冴は服を脱ぎ始める。
ショーツ以外、裸になった。
梨恵は軽く目を見開く。少しの間だけ顔を動かさなかった。
今さらながら、本当に男子だったのだと実感したのだ。平らな胸。直線の胴。不自然な膨らみは股間にはない。少女の下半身に少年の上半身がある。
視線に気づかれる前に顔を逸らした。
新聞紙の上に一冴は坐る。
銀の鋏へと梨恵は手を伸ばす。
「じゃあ、本当に切るけど――ええん?」
「うん――もう決めたことだから。」
「――そう。」
梨恵は鋏を握りしめる。
黒い髮へと、銀の鋏を入れた。
切り始める。少し切るごとに、ぱらぱらと黒い物が落ちる。一冴の髪が、梨恵の手で変わっていった。
刃から零れる髪を梨恵は目で追う。
鋏を持つ手が震えた。
自分は――取り返しのつかないことをしているような気がする。
だが、何が取り返しのつかないことなのだろう――梨恵が髪を切ろうが切るまいが、蘭は失恋するのに。
そして、少なからず傷ついている自分を見つけた。
一冴を女子らしく彩る使命が自分にはある。一方、言いようのない不愉快感を覚え、手先が鈍っていた。
それは、その先にある一つの破局を見たからかもしれない。
すなわち、一冴が自分のものではなくなってしまう破局だ。
そのことに梨恵は不安を感じる。
「鈴宮先輩――いちごちゃんと仲直りしてくれるかな?」
しかし、菊花は難しい顔で考え込んだ。
「そうなってくれることを――願うしかないけど。」
蘭の最後の返信から十分は待っただろうか。今、一〇五号室に紅子の姿はない。スマートフォンを持つ菊花の左右から、梨恵と一冴の二人が画面を覗き込んでいる。
一冴は軽く溜息をつき、顔を離す。
「とりあえず、やるべきことを今はやるしかない。」
一〇五号室の中央には新聞紙が敷かれていた。いつもそこにあるテーブルは横にのけられている。一冴のスマートフォンはテーブルの上だ。そこへ一冴は近づき、しゃがみこんで語りかけた。
「紅子ちゃん――朝美先生は?」
紅子の声が返ってくる。
「食堂でくつろいでる。こっちに来る様子はないと思う。」
「ありがとう。」
先日の夜の話し合いでは、朝美を見張る役割が紅子に割り当てられたのだ。
一冴は覚悟を決め、梨恵に顔を向ける。
「じゃあ――梨恵ちゃん、お願いできる?」
うん、と梨恵はうなづいた。
一冴は服を脱ぎ始める。
ショーツ以外、裸になった。
梨恵は軽く目を見開く。少しの間だけ顔を動かさなかった。
今さらながら、本当に男子だったのだと実感したのだ。平らな胸。直線の胴。不自然な膨らみは股間にはない。少女の下半身に少年の上半身がある。
視線に気づかれる前に顔を逸らした。
新聞紙の上に一冴は坐る。
銀の鋏へと梨恵は手を伸ばす。
「じゃあ、本当に切るけど――ええん?」
「うん――もう決めたことだから。」
「――そう。」
梨恵は鋏を握りしめる。
黒い髮へと、銀の鋏を入れた。
切り始める。少し切るごとに、ぱらぱらと黒い物が落ちる。一冴の髪が、梨恵の手で変わっていった。
刃から零れる髪を梨恵は目で追う。
鋏を持つ手が震えた。
自分は――取り返しのつかないことをしているような気がする。
だが、何が取り返しのつかないことなのだろう――梨恵が髪を切ろうが切るまいが、蘭は失恋するのに。
そして、少なからず傷ついている自分を見つけた。
一冴を女子らしく彩る使命が自分にはある。一方、言いようのない不愉快感を覚え、手先が鈍っていた。
それは、その先にある一つの破局を見たからかもしれない。
すなわち、一冴が自分のものではなくなってしまう破局だ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる