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第十章 仮面のキス
第三話 綺麗な失恋
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紅い水面を一冴は見つめ続けた。
自分の長い初恋は最悪の形で終わる。よりによって、それは明日決まってしまう。
そもそも、陰キャでボッチの自分が蘭と釣り合うはずもなかった。女装してさえも恋愛対象ではなかったのだ。その上、最後には家柄の壁が横たわっていた。
一方、最悪の結末を回避するためのシナリオも菊花は語った。
「それで、いちごちゃんの協力が必要なの。」
「うん。」
一冴は考え込む。
正直なところ、菊花がいま語ったシナリオは一冴に希望を与えた。
だが、菊花を信頼していいか分からない。何しろ、一冴が男だと蘭に明かしていないという確証もない。
それでも――。
もし本当にバラしていないのならば、あんなことをなぜ蘭が言ったのか菊花にも分からないだろう。しかも、今の話が嘘なら、梨恵や紅子からも信頼を失う。
念のため、一冴は言う。
「今の話が本当かどうか確認したい。山吹さんは本当に協力してくれるの?」
分かった――と菊花は言い、スマートフォンを取り出す。
「山吹とのLIИEのメッセージなら、今でも見せられる――見られたくないのもあるけど、それ以外だったら、いくらでも。山吹に時間が取れるのなら、通話して確認してもらってもいい。」
そうして、画面を一冴に見せる。
山吹とのメッセージがいくつか写っていた。
それを読み、どうやら本当らしいと一冴は確信する。これ以上、疑う理由もないだろう。
このままでは、蘭は学園を去る。それを思い留まらせられるのは菊花だ。だが、菊花は蘭とつきあう気はない。だから、一冴を使って留まらせるつもりなのだ。
――それがどれだけ気持ち悪いことか分かってゐますか。
そんな蘭の言葉を思いだした。
「でも――そんなことされて、蘭先輩が納得する?」
菊花は目をふせる。
「分かってる――卑怯なことだって。けど、好きじゃない人とつきあうくらいなら、この学園に留まって新しい恋を見つけた方がいいと思う。それに、葉月さまと無理につきあっても上手く行くなんて思えない。」
紅子が口を開く。
「私もそう思うぞ。それに、葉月さまは男の人だけど、いちごちゃんは女の子じゃないか。」
一冴が男であることを紅子は知らない。
蘭に告白したときは、バレなければいいのではないかという甘い認識があった――いずれ受け入れてくれるのではないかという淡い期待も。しかし、それが甘い夢であることは身を以って知らされた。
梨恵が尋ねる。
「いちごちゃんは、鈴宮先輩が葉月さまとつきあうことは賛成なん?」
一冴は首を横に振る。
「つきあってほしくない。」
「だったら――迷うことはないが。いちごちゃんは可愛えだけん。」
可愛いという言葉はうれしい――ほのかな光が胸の中に差し込むほどに。だが、自分は蘭の恋愛対象ではない――男なのだから。
しかし、それは葉月王も同じではないか。
どうあれ祝賀会は明日だ――もはや時間はない。何もしなければ、学院から蘭は消える。
それだけは絶対に厭だ。
白山へ入ったのは最後のチャンスだった。終わったはずの恋が、そのとき再び始まったのだ。もしも蘭が帰ってくるのなら――それに賭けたい。
分かった――と一冴は言った。
「協力する。蘭先輩には学園にいてほしい。」
菊花はほっとしたような顔となる。
「ありがとう。」
紅子が再び口をはさむ。
「とりあえず――決行は、明日か明後日の夜か。いちごちゃんを寮から出すことは簡単かもしれないが、蘭先輩を御用地から出すなんて本当にできるのか?」
「それは、山吹がやってくれるって。」
しかし一冴は気にかかった。
「いつごろ連れ出すつもりなの?」
「祝賀会が始まる前か後かになると思う――山吹がどう動くかだから、ちょっと不確定だけど。祝賀会は十九時に始まって、二十一時ごろに終わる予定。」
「でも――明日、私たちって夕食当番じゃ。」
夕食当番は十八時ごろに始まる。終わったあとはすぐ夕食時間だ。
「確かにそうなんだけど――ただ、どうしても山吹には山吹の事情があるの。」
「じゃあ――どうするつもり?」
「いちごちゃんには夕食当番を休んでもらって、部屋で待機してもらうのが確実だと思う。そのための口裏は私たちで合わせる。」
梨恵が口を開いた。
「とりあえず、いちごちゃんは髪を切った方がええでない?」
「――髪?」
「そう。その――綺麗な失恋のためには。」
自分の長い初恋は最悪の形で終わる。よりによって、それは明日決まってしまう。
そもそも、陰キャでボッチの自分が蘭と釣り合うはずもなかった。女装してさえも恋愛対象ではなかったのだ。その上、最後には家柄の壁が横たわっていた。
一方、最悪の結末を回避するためのシナリオも菊花は語った。
「それで、いちごちゃんの協力が必要なの。」
「うん。」
一冴は考え込む。
正直なところ、菊花がいま語ったシナリオは一冴に希望を与えた。
だが、菊花を信頼していいか分からない。何しろ、一冴が男だと蘭に明かしていないという確証もない。
それでも――。
もし本当にバラしていないのならば、あんなことをなぜ蘭が言ったのか菊花にも分からないだろう。しかも、今の話が嘘なら、梨恵や紅子からも信頼を失う。
念のため、一冴は言う。
「今の話が本当かどうか確認したい。山吹さんは本当に協力してくれるの?」
分かった――と菊花は言い、スマートフォンを取り出す。
「山吹とのLIИEのメッセージなら、今でも見せられる――見られたくないのもあるけど、それ以外だったら、いくらでも。山吹に時間が取れるのなら、通話して確認してもらってもいい。」
そうして、画面を一冴に見せる。
山吹とのメッセージがいくつか写っていた。
それを読み、どうやら本当らしいと一冴は確信する。これ以上、疑う理由もないだろう。
このままでは、蘭は学園を去る。それを思い留まらせられるのは菊花だ。だが、菊花は蘭とつきあう気はない。だから、一冴を使って留まらせるつもりなのだ。
――それがどれだけ気持ち悪いことか分かってゐますか。
そんな蘭の言葉を思いだした。
「でも――そんなことされて、蘭先輩が納得する?」
菊花は目をふせる。
「分かってる――卑怯なことだって。けど、好きじゃない人とつきあうくらいなら、この学園に留まって新しい恋を見つけた方がいいと思う。それに、葉月さまと無理につきあっても上手く行くなんて思えない。」
紅子が口を開く。
「私もそう思うぞ。それに、葉月さまは男の人だけど、いちごちゃんは女の子じゃないか。」
一冴が男であることを紅子は知らない。
蘭に告白したときは、バレなければいいのではないかという甘い認識があった――いずれ受け入れてくれるのではないかという淡い期待も。しかし、それが甘い夢であることは身を以って知らされた。
梨恵が尋ねる。
「いちごちゃんは、鈴宮先輩が葉月さまとつきあうことは賛成なん?」
一冴は首を横に振る。
「つきあってほしくない。」
「だったら――迷うことはないが。いちごちゃんは可愛えだけん。」
可愛いという言葉はうれしい――ほのかな光が胸の中に差し込むほどに。だが、自分は蘭の恋愛対象ではない――男なのだから。
しかし、それは葉月王も同じではないか。
どうあれ祝賀会は明日だ――もはや時間はない。何もしなければ、学院から蘭は消える。
それだけは絶対に厭だ。
白山へ入ったのは最後のチャンスだった。終わったはずの恋が、そのとき再び始まったのだ。もしも蘭が帰ってくるのなら――それに賭けたい。
分かった――と一冴は言った。
「協力する。蘭先輩には学園にいてほしい。」
菊花はほっとしたような顔となる。
「ありがとう。」
紅子が再び口をはさむ。
「とりあえず――決行は、明日か明後日の夜か。いちごちゃんを寮から出すことは簡単かもしれないが、蘭先輩を御用地から出すなんて本当にできるのか?」
「それは、山吹がやってくれるって。」
しかし一冴は気にかかった。
「いつごろ連れ出すつもりなの?」
「祝賀会が始まる前か後かになると思う――山吹がどう動くかだから、ちょっと不確定だけど。祝賀会は十九時に始まって、二十一時ごろに終わる予定。」
「でも――明日、私たちって夕食当番じゃ。」
夕食当番は十八時ごろに始まる。終わったあとはすぐ夕食時間だ。
「確かにそうなんだけど――ただ、どうしても山吹には山吹の事情があるの。」
「じゃあ――どうするつもり?」
「いちごちゃんには夕食当番を休んでもらって、部屋で待機してもらうのが確実だと思う。そのための口裏は私たちで合わせる。」
梨恵が口を開いた。
「とりあえず、いちごちゃんは髪を切った方がええでない?」
「――髪?」
「そう。その――綺麗な失恋のためには。」
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