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第九章 恋に先立つ失恋

第十五話 菊花の告白

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その日の夜も、一冴は夕食を独りで摂った。

当然、一言もしゃべらずに食べ終える。トレーを返し、自室に戻ろうとした。

少し遅れてトレーを返した梨恵が後を追って来る。

「いちごちゃん、このあと暇なん?」

「うん。暇だけど?」

「うちもー。」

寂しそうに梨恵は少し笑む。その意図を感じ取り、後ろめたさを覚えた。

暇なのは――時間を潰す仲間と離れているからだ。

たとえ独りでも、食べる速さは女子に合わせている。だから、食べ終えるのも梨恵と同時だ。菊花と同席したくない。しかし、梨恵や――事情を知らない紅子までをも不安にさせていないか。

一〇五号室へと帰った。

ベッドに一冴は倒れ込む。

最近は何もやる気がしなかった。もう蘭は寮へ帰らないかもしれない。本当は帰ってきてほしい。だが、蘭の居場所を奪ったのは自分だ。

梨恵は、テーブルに着いてスマートフォンを眺める。

少し時間が経ち、ふっと問うた。

「いちごちゃん、菊花ちゃんと仲直りする気ないん?」

「ない。――何で?」

「いや――菊花ちゃんはほんに言ったんかな? って思って――いちごちゃんのこと、鈴宮先輩に。」

一冴は上半身を上げた。梨恵の質問を警戒する。この部屋にも監視カメラはあるのだ。バレていないふりをし続けてくれなければ不味い。

一冴を落ち着かせるように梨恵は言う。

「大丈夫。理事長先生は、いま東京に出とるだって。監視カメラは見とらんに。」

一冴は首をかしげる。

「何で――それを?」

「あの紅い口紅の先生が教えてくれただが。」

――また?

何者なのだ――あの教師は。

しかし、敵ではないらしい。

「いくら何でも、菊花ちゃんも分かとったはずでないかな? いちごちゃんが男だって言ったら――どうなるか。そんな――嫌われるだけじゃ済まんこと、する?」

梨恵は目を伏せる。当然、紅い口紅の教師から聞いたという言葉は嘘だ。しかし菊花の名前を出せば、話さえ聞かれない可能性が高い。

――何もそんな意固地にならんでもええのに。

難しい顔で一冴は考え込む。

そして、男の声を出した。

「でも、菊花が言ったって――蘭先輩は言ってたんだけど。」

「その話って鈴宮先輩からしか聞いとらんでない? 菊花ちゃんの話は聴いたん?」

それは――と言い、一冴は目を逸らす。

「聴いてない。でも、菊花はそういう奴だから。昔から、他人が嫌がることやって面白がってばかりいた。そんなつもりで教えたんでしょ。」

「どんなふうに鈴宮先輩は知ったん? 鈴宮先輩を避けてた菊花ちゃんが、わざわざ近づいて話したん?」

一冴は詰まった。

梨恵の言う通り、蘭を避けつつ蘭に教えるというのも蓋然性が低い。いくら菊花でもそこまでするだろうか、という気がしてきた。

ドアがノックされる。

どうぞ――と梨恵は言う。

ドアが開いた。

現れたのは菊花だ。紅茶の載った盆を持っている。

一冴は身構えた。

菊花は――申し訳なさそうに目を伏せる。

「あ――あの、いちごちゃん、今いい?」

何となく一冴は察する。菊花は梨恵に仲介を頼んだのだろう。今のはその前振りだったに違いない。

「何――?」

「あ――あの――お祖父さまは今東京にいるの。監視カメラも見ていない。」

後ろ手で菊花はドアを閉める。その動作が――勝手に部屋へ這入ってくることが不快だった。

「私、言ってないの――蘭先輩に、いちごちゃんが男だなんて。」

「じゃあ、何で、お前が言ったって蘭先輩は言ったんだよ。」

「私にも分からない――蘭先輩が何であんなこと言ったかなんて。けど――本当なの。いちごちゃんと蘭先輩には仲直りしてほしい。仲直りできたなら、そのあとにでも本人に確認できると思う。」

「自分で説明できないくせに本人に確認しろって?」

悲し気に一冴は苛立っていた。

「そもそも、仲直りできてたらこんなことになってないじゃないか。」

「それは、そうだけど――。ただ、話だけでも――」

「出て行けって。もう顔も見たくないって言った。」

一冴の肩に、そっと梨恵は手を置く。

「いちごちゃん――怒る気持ちも分かるで。だけど、菊花ちゃんは大切なはなししぃに来たでないかな?」

一冴の目を梨恵の目が射抜く。

少しのあいだ二人は動かなかった。

痛い物でも見たように一冴は目を逸らす。

一冴は――友人として梨恵が好きだ。それは梨恵も同じであろう。これ以上、友情は壊したくない。加えて、必要以上に菊花を避けている自覚もあった。

顔を上げ、やや険のある目を菊花に向ける。

菊花は、今度こそ目を逸さなかった。

「あの――私は本当に何も言っていないの。とりあえず信じてほしい。」

「けど、信じろ――って。何でそんな――」

「分かってる。けど、もう時間がないの。でなきゃ、明日にでも蘭先輩がいなくなっちゃうの!」

いなくなるという言葉が一冴の耳に焼きついた。

――明日にでも。

「え?」

ドアが開いたのはそのときだ。
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