女装男子は百合乙女の夢を見るか? ✿【男の娘の女子校生活】学園一の美少女に付きまとわれて幼なじみの貞操が危なくなった。

千石杏香

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第九章 恋に先立つ失恋

第十三話 謙は亨る。

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教室では、女子同士の会話があちこちで咲いている。

そんな中、紅子は独りになった。

ここ数日――昼食時に一冴いちごはいなくなる。教室で食事を摂る仲間は菊花と梨恵しかいない。だが食事を終えると、用事があると言って菊花は教室を出ていったのだ。梨恵もまた、テニス部の打ち合わせがあるということで教室を出た。

紅子は窓へ目をやる。少し前まで蒼かった空が曇ってきていた。

独りでいることには慣れているはずだ。それなのに昨日も今日も全く慣れない。

一冴いちごがいるかもしれないと思い、図書室へ向かう。

その途中だ――第一実習棟の窓に、見知らぬ教師と菊花の姿を見たのは。

指導されているのだろうかと心配に思う。だが、何もできないことに変わりはない。図書室へと紅子は歩みを進める。一冴いちごに対してと同様に――自分は何もできない。

     *

山吹から耳にしたことは菊花に動揺を与えた。

――いくらお祖父さまでも、畏れ多い。

しかし、そのような人間なのである。どのような人物であれ、どのような権威であれ、自分が愉しむためならば関係はない。だから蘭も踏みつぶしてしまう。

午後の授業が始まっても、そのことをずっと気にかけていた。

十分間休憩に入るたびに、ある人物についてスマートフォンで情報を集める。

放課後になると真っすぐ寮へ帰った。

自室に帰り、その人物について調べ続けた。

疑うわけではなかったが、山吹の言うことに間違いはないらしい。

もう一か月以上も前から、麦彦の悪だくみは計画されていた。

だが――タイミングの悪いことに、麦彦の意思とは関係なく蘭の人間関係は悪化している。しかも、関係悪化のきっかけは菊花が灯していたろうそくなのだ。その事実が良心を痛ませる。

紅子が帰ってきた。

そして、不安そうな眼差しを向ける。

「どしたん、菊花?」

「いや、別――」

不愛想な声に紅子は詰まった。気にかかることは多いのに尋ねられない。なので、代わりに別の話題を出す。

「あ、あの――校正はできてるかって――早月先輩が。」

「ああ――」

赤ペンとゲラをバッグから菊花は取り出す。

「忘れてた――ごめん。」

ゲラに赤を入れ始める。

だが、校正に集中しようとしても、蘭のことへと思考は常に逸れた。

このままでは蘭は傷つけられる。この学校はおろか、別の場所でさえ居場所がなくなってしまう。しかし、できることなどあるのか。あの蘭に対して、自分が何かする義理はない。だが――これは、他ならない自分の祖父がやろうとしていることだ。

麦彦を止めるべきか、見過ごすべきか。そもそも、麦彦は止められるのだろうか。

ゲラへと目を戻す。活字に赤を入れようとして、ふっと、思い浮かぶ光景があった。

――今の状況に似ている。

どうあれ、蘭とつき合うことはできない。それだけは明確に伝えなければならない。しかし、麦彦が用意した策略を逆に利用することによって、新しい未来を作ることはできないか。

――そのためにできることは。

ゲラを放置して考え込む。

そんな菊花を紅子は不安げに眺めた。

菊花は必死で考える。いくつものシナリオが浮かんでは消えた。その中で最も現実的な策略を探し出す。同時に、こんなことが可能なのだろうかとも思った。

夕食後、山吹にLIИEでメッセージを送る。そして、自分の考えについて相談した。山吹は、命令があれば協力すると返信する。だが、命令を下す菊花に自信がない――こんな作戦が上手くいくのか。

結局、その日、ゲラは手つかずのままだった。

翌日――登校したあとも、菊花は悩み続けた。

気分転換するように、授業の合間の休み時間に校正の続きを行なう。

しかし、タイムリミットは明日に迫っている。それまでに一冴と仲直りしなければならない。たとえ作戦を決行しないのだとしても、それは変わりがない。

三時間目の前の休憩時間――梨恵の席へと近づいた。

「梨恵――ちょっといい?」

梨恵は首をかしげる。

「何?」

「ここでは話しづらいことだから――」

そう言い、教室から梨恵を連れ出し、階段の陰へ移動した。

そして、要件を手短に話す――一冴との仲を修復する仲介について。

梨恵はほほえみ、分かった、任せて、と言った。

菊花はほっとする。一昨日も親身になって話を聴いてくれた――この友達が好きだ。一方、不快な色が一瞬だけその目に浮かんだことには気づかなかった。

一日の授業が終わり、再び放課後となる。

菊花は学校を出ると、路面電車に乗って市街地まで出た。行きつけの高級菓子店に這入り、最も人気の高いチョコレートの詰め合わせを買う。

寮へ戻ったのは、門限ぎりぎりのことだ。

先日と同じように紅子は戸惑っていた。しかし何も話せないことに変わりはない。

私服へ着替え、部屋を出た。

彩芽を探して寮を歩く。談話室にも食堂にもいないと知り、二〇七号室へ向かった。

二〇七号室のドアをノックする。

中から声が聞こえる。

「はい?」

菊花はドアを開けた。

彩芽は、部屋の中央にあるテーブルに着いて新聞を読んでいる。

「何?」

「あの――私、一〇八号室の東條と申します。高島先輩に占ってほしいことがあって参りました。」

不機嫌な様子で彩芽は顔をそむける。

「帰りなさい。占いなら、ネットで血液型占いでもしていれば?」

「あ、あの、さしでがましいようですが――」

手元の箱を菊花はさしだす。

お菓子の宝石箱ラ・ボヮイタビジョウボンボン鈴宮市店の最高級チョコレート詰め合わせセットをお持ち致しました。――よろしければ受け取ってください。」

彩芽はすくっと立ち上がり、チョコレートの箱を手に取る。菊花と箱とを交互に眺め、そしてテーブルを視線で示した。

「まあ――坐りなさい。」

部屋へ這入り、クッションに菊花は坐る。

対面に彩芽も坐った。

「それで――何を占ってほしいの?」

「あ、あの――私の恋についてなんです。好きな人のためにやりたいことがあるですけど、それが上手くいくかどうか心配で――。その、やりたいことっていうのは、言うことができないんですけど。」

冷たい視線を向け、ふむ、と彩芽は言う。

「曖昧ね。」

「――えっと。」

「まあ――ともかくも、占ってみましょうか。」

彩芽は筮竹を取る。

冷たい態度ではあったが、占ってくれることに菊花は安心した。

彩芽は筮竹をさばく。四十九本の竹ひごが左から右へ流れる。その意味を菊花は知らない。さばくごとに書かれる漢字も分からない。ただ、戦々恐々と見守った。

やがて卦が書き出される。

☷☶ 地山謙ちざんけん

「地山謙――が出たわ。」

「ちざんけん?」

「『けん』は『ゆずる』という意味。謙遜や謙譲の『謙』。しかも変爻のない綺麗な卦ね。」

彩芽は卦を指し示す。

「この、上の三本の線(☷)は大地を、下の三本の線(☶)は山を意味する。本来は空高くそびえている山が、地面の下に潜って謙遜している姿ね。卦辞に曰く、『謙はとおる。君子、終わりあり。吉』。君子は仕事を終わらせることができる。」

「上手くいく――ということですか?」

「そういうこと。」

ただ――と彩芽は言う。

「謙という字が指し示す通り、譲ることが大切よ。『君子』というのは、徳の高い人のこと。本当に欲しいものは他人に譲らなければならない。」

菊花は少し考える。

自分がやろうとしていることは――。

「ところで、貴女の好きな人って浮気性?」

予想外の質問に首をかしげる。

「いや、そんなことないと思いますが。」

そう――と言い、彩芽は卦を指し示す。

「この、途切れている線は陰、途切れていない線は陽を意味するの。陰は女。陽は男。見てもらったら分かる通り、五本の陰に一本の陽が挟まれている。つまり、複数人の女の子に囲まれている一人の男のことね。」

少し考え、やがて菊花は思い当たった。

女子に囲まれている一人の男子という意味では当たっている。

「もしそうなら、彼のことはまず他の人に譲らなければ。それは、貴女にとって辛いことかもしれないけど――そうしなければ彼は振り向いてくれない。」
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