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第五章 仮面の告白
第十話 男の娘を喜ばす方法
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翌朝――食堂に現れた一冴を見て、菊花は少し驚いた。
先日まで下ろされていた髪は左耳の上でまとめられている。黒の中にある細やかな緋色。そこから垂れたサイドテイルが可愛らしい。
テーブルに着き、菊花は尋ねる。
「い、いちごちゃん、イメチェンしたの?」
「う――うん。」
紅子が口をはさんだ。
「いやあ、随分と印象変わったよ。可愛いんじゃない?」
「――よかった。」
それでも菊花の方はあまり見ようとしない。ただし、何日も腹を立て続けるのはどうかと思ったのか、先日より態度は柔らかい。
――何も、やきもちの焼き方まで女らしくならなくったっていいのに。
朝食を摂り終え、登校する。
午前中、菊花は何度も一冴へ目をやった。
あらわとなった白い頸すじ。いちごの実と同じ色のリボンはむしろ蕚を思わせる。こんなふうに一冴が変わることができたのは、恐らく梨恵のお陰だろう。
――あんなふうに私がしてやったらよかった。
午前中の授業が終わる。
菊花はロッカーへ向かい、バッグから小包を出した。
そして、一冴の席へと向かう。
「いちごちゃん。」
一冴は顔を上げ、やや固い表情で、何、と問う。
「あ、あのー、実は、昨日のことで話したいことがあって――それで、ね、お弁当を作ってきたから、どこかで二人で食べない?」
一冴は目を瞬かせる。
前の席から梨恵が振り返った。
「二人で行っといで。うちは紅子ちゃんと学食行くけぇ。」
梨恵からそう言われれば、一冴も断れないのだろう――乗り気ではなさそうだが、うん、と言った。
二人で教室を出る。ひとけのないところを――と思い、教室棟からも出た。
そして校舎裏に着く。
ベンチへと二人で腰をかけた。
「それで――話って?」
「まあ――とりあえずお弁当にしない?」
菊花は包みを開いた。
円筒形の保温型弁当箱が現れる。しかも男性用なので大きい。
弁当箱から容器を四つ取り出し、蓋を開けた。中に入っているのは、たまねぎと卵を出汁で煮た物・からあげ・きざみねぎ・ごはんである。
からあげと卵をごはんへかけ、きざみねぎをふりかける。
それを一冴に渡した。
「はい、からあげカツ丼弁当。人がいないからガツガツ食べてもいいよ♪」
「わぁ、ありがとう、菊花ちゃん♡」
箸を取り、一冴は弁当をかき込み始める。
「びゃあぁぁうまひぃぃぃぃぃ!」
その姿は、もはや女の子らしくない。
「もう、寮に入ってからというものの、ご飯の量が少なくて少なくて――」からあげをほおばりながら言う。「こんな大盛りのどんぶりを呑むように食べたかったんだよねえ。」
「よかったねえ、いちごちゃん。」
山吹に頼んで、肉は比内鶏を、卵は烏骨鶏を、出汁は吉兆の出汁を取り寄せたのだ。これで料理さえ失敗しなければ不味くなるはずがない。
加えて、とんかつの代わりにからあげを使ったのも功を奏した。とんかつに比べ、からあげは立体的でボリュームが生まれる。男子が喜ぶことは千石が保証するので、恋人を喜ばせたい女子はお試しあれ。
となりで、小ぶりの弁当を菊花は食べ始める。
五分ほどで一冴は食べ終えた。残っているのは、ほほについた一つの飯粒だけだ。食後には、菊花が持ってきた熱いほうじ茶を飲んだ。
「いやあ、本当にありがとう、菊花ちゃん。大好き!」
思わず菊花は顔をそらす。
「いやいや、こんなものでよければ――」
機嫌が直ったようなので、本題へ入ることとした。
「それでね、いちごちゃん。昨日のことなんだけど――」
それから、昨日の出来事について語りだす。当然、蘭の前で変な気持ちになったことは語らなかった。
「それで――そういうんじゃないのよ。決して私が同意したわけじゃないの。」
「そっか。」
「それで――まあ――今日、お弁当を持ってきたのは――そのことを二人で話したかったからで――」
「そう。」一冴はうつむく。「やっぱり――蘭先輩は菊花ちゃんが好きなんだよね。」
「まあ――私は全くその気はないんだけど。」
これは、心の底からそう思う。
「けど、このまんまじゃ蘭先輩は――」
そう言い、一冴は言いよどんだ。
次に口を開いたときには、男性の声へと戻っていた。
「なあ――つきあう気がないって、もう一度、はっきりと蘭先輩に言ってもらえるか?」
「――え?」
一冴の顔は真剣で、やや男らしくさえある。
「やっぱり告白したい。罪悪感はあるけれど――本当の気持ちを言えないまま終わるのは厭だ。性別を偽って白山まで来たのに、いつまでも悩んでられない。」
今度は菊花が嫉妬を覚える番だった。
一冴も蘭しか見ていないのだ。
「だから――もう一度きちんと、蘭先輩を失恋させてほしい。そのあと俺はすぐ告白する。ちょうど、菊花の弁当で勇気をもらったところだし。」
深い哀しみが胸に訪れる。
蘭が目を逸らしてくれるなら嬉しい。だがそうなれば一冴は蘭と付き合ってしまう。やはり厭だ。なぜ厭なのか、今ならば素直になれる気がする。
――それは。
やはり、心の中でも言葉にできない。
だが、蘭の気持ちを尊重しろと言いつつ、一冴の気持ちを自分は尊重していなかった。
ならば、せめて一冴が振られることを願うしかない。そう思い、口元についた米粒のことは黙っておいた。
分かった――と菊花は言う。
「蘭先輩を――失恋させる。」
一冴は軽くほほえむ。
「ありがと――菊花ちゃん。」
先日まで下ろされていた髪は左耳の上でまとめられている。黒の中にある細やかな緋色。そこから垂れたサイドテイルが可愛らしい。
テーブルに着き、菊花は尋ねる。
「い、いちごちゃん、イメチェンしたの?」
「う――うん。」
紅子が口をはさんだ。
「いやあ、随分と印象変わったよ。可愛いんじゃない?」
「――よかった。」
それでも菊花の方はあまり見ようとしない。ただし、何日も腹を立て続けるのはどうかと思ったのか、先日より態度は柔らかい。
――何も、やきもちの焼き方まで女らしくならなくったっていいのに。
朝食を摂り終え、登校する。
午前中、菊花は何度も一冴へ目をやった。
あらわとなった白い頸すじ。いちごの実と同じ色のリボンはむしろ蕚を思わせる。こんなふうに一冴が変わることができたのは、恐らく梨恵のお陰だろう。
――あんなふうに私がしてやったらよかった。
午前中の授業が終わる。
菊花はロッカーへ向かい、バッグから小包を出した。
そして、一冴の席へと向かう。
「いちごちゃん。」
一冴は顔を上げ、やや固い表情で、何、と問う。
「あ、あのー、実は、昨日のことで話したいことがあって――それで、ね、お弁当を作ってきたから、どこかで二人で食べない?」
一冴は目を瞬かせる。
前の席から梨恵が振り返った。
「二人で行っといで。うちは紅子ちゃんと学食行くけぇ。」
梨恵からそう言われれば、一冴も断れないのだろう――乗り気ではなさそうだが、うん、と言った。
二人で教室を出る。ひとけのないところを――と思い、教室棟からも出た。
そして校舎裏に着く。
ベンチへと二人で腰をかけた。
「それで――話って?」
「まあ――とりあえずお弁当にしない?」
菊花は包みを開いた。
円筒形の保温型弁当箱が現れる。しかも男性用なので大きい。
弁当箱から容器を四つ取り出し、蓋を開けた。中に入っているのは、たまねぎと卵を出汁で煮た物・からあげ・きざみねぎ・ごはんである。
からあげと卵をごはんへかけ、きざみねぎをふりかける。
それを一冴に渡した。
「はい、からあげカツ丼弁当。人がいないからガツガツ食べてもいいよ♪」
「わぁ、ありがとう、菊花ちゃん♡」
箸を取り、一冴は弁当をかき込み始める。
「びゃあぁぁうまひぃぃぃぃぃ!」
その姿は、もはや女の子らしくない。
「もう、寮に入ってからというものの、ご飯の量が少なくて少なくて――」からあげをほおばりながら言う。「こんな大盛りのどんぶりを呑むように食べたかったんだよねえ。」
「よかったねえ、いちごちゃん。」
山吹に頼んで、肉は比内鶏を、卵は烏骨鶏を、出汁は吉兆の出汁を取り寄せたのだ。これで料理さえ失敗しなければ不味くなるはずがない。
加えて、とんかつの代わりにからあげを使ったのも功を奏した。とんかつに比べ、からあげは立体的でボリュームが生まれる。男子が喜ぶことは千石が保証するので、恋人を喜ばせたい女子はお試しあれ。
となりで、小ぶりの弁当を菊花は食べ始める。
五分ほどで一冴は食べ終えた。残っているのは、ほほについた一つの飯粒だけだ。食後には、菊花が持ってきた熱いほうじ茶を飲んだ。
「いやあ、本当にありがとう、菊花ちゃん。大好き!」
思わず菊花は顔をそらす。
「いやいや、こんなものでよければ――」
機嫌が直ったようなので、本題へ入ることとした。
「それでね、いちごちゃん。昨日のことなんだけど――」
それから、昨日の出来事について語りだす。当然、蘭の前で変な気持ちになったことは語らなかった。
「それで――そういうんじゃないのよ。決して私が同意したわけじゃないの。」
「そっか。」
「それで――まあ――今日、お弁当を持ってきたのは――そのことを二人で話したかったからで――」
「そう。」一冴はうつむく。「やっぱり――蘭先輩は菊花ちゃんが好きなんだよね。」
「まあ――私は全くその気はないんだけど。」
これは、心の底からそう思う。
「けど、このまんまじゃ蘭先輩は――」
そう言い、一冴は言いよどんだ。
次に口を開いたときには、男性の声へと戻っていた。
「なあ――つきあう気がないって、もう一度、はっきりと蘭先輩に言ってもらえるか?」
「――え?」
一冴の顔は真剣で、やや男らしくさえある。
「やっぱり告白したい。罪悪感はあるけれど――本当の気持ちを言えないまま終わるのは厭だ。性別を偽って白山まで来たのに、いつまでも悩んでられない。」
今度は菊花が嫉妬を覚える番だった。
一冴も蘭しか見ていないのだ。
「だから――もう一度きちんと、蘭先輩を失恋させてほしい。そのあと俺はすぐ告白する。ちょうど、菊花の弁当で勇気をもらったところだし。」
深い哀しみが胸に訪れる。
蘭が目を逸らしてくれるなら嬉しい。だがそうなれば一冴は蘭と付き合ってしまう。やはり厭だ。なぜ厭なのか、今ならば素直になれる気がする。
――それは。
やはり、心の中でも言葉にできない。
だが、蘭の気持ちを尊重しろと言いつつ、一冴の気持ちを自分は尊重していなかった。
ならば、せめて一冴が振られることを願うしかない。そう思い、口元についた米粒のことは黙っておいた。
分かった――と菊花は言う。
「蘭先輩を――失恋させる。」
一冴は軽くほほえむ。
「ありがと――菊花ちゃん。」
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