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第五章 仮面の告白
第七話 幼なじみ陥落寸前
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異様な心臓の高鳴りを菊花は覚えていた。
重たい熱のようなものが胸から腹へと降りてきている。いつもと同じ目で蘭を見られない。蘭を同性愛者だと意識すると、あちら側へ自分も行ってしまうのではないかと思ってしまう。
――いやいや、そんなはずはない。
内心、焦っていた。
――私が好きなのは。
続いて、女装した一冴の姿が頭に浮かんだ。
そして、さらに恥ずかしくなる。
「大丈夫ですか――菊花ちゃん? お顔が紅くなってゐますわよ?」
「いや、あの――だって――そんな話をされると――」
「えゝ、もちろん、戸惑ひは分かります。わたくしも、自分のことに気づいた当初は随分と悩みました。けれども自分の気持ちに素直になってしまへば、気持ちはすっと楽になります。同性愛者として生まれたことは、本当は『愉しいこと』なのですから。」
「いや――あの、私、ノンケ、ノンケで。」
「あら? 本当は断りたくはないと先ほどは仰ってをられませんでした?」
「えっと、あの、その――」
ふっと、蘭はほほえむ。
「それにしても――この部屋、少し暑くありません?」
「え――そうですか?」
そう言った菊花の額から、一筋の汗が流れた。
部屋というより、身体が熱い。
「最近はどん〳〵と気温が上がってゐるやうですわ。」
言いながら、上着の釦を蘭は外してゆく。
菊花は硬直したまま動かない。
妙に派手な紫色のブラジャーが露わとなった。胸元に菊花は釘づけとなる。白い頸筋と鎖骨の下に、紫色の布に包まれたふくらみがある。自分の胸よりもはるかに大きい。蘭が大人びて見えた理由の一つはこれだったのだ。
「あら、菊花ちゃん、目が釘づけになってゐますよ?」
菊花は目を逸らす。
「あ――いや、その。」
「いえ――もっとじっと見ていゝんですのよ。」
蘭は立ち上がり、菊花へ近づく。
大きな胸が目の前に迫った。
「あ――いや。」
菊花は顔を逸らし、逃げ出そうとする。
そんな菊花の肩を蘭は掴む。
立ち上がろうとして菊花はバランスを崩した。そして床へ倒れる。
顔を上げた。
蘭の顔が――胸が――目の前にある。
今さらながら、整った顔立ちにみとれた。
「菊花ちゃん――わたくしは本気です。愛してゐるといふことが、お遊びで言へますか?」
不覚にも時めく。
「――蘭先輩。」
蘭に全てを委ねたい――そんな気持ちとなった。
蘭の人差し指が、菊花の下唇にそっと触れる。
「菊花ちゃん――キスしたことありますか?」
「あの――それは――」
ない。
「大丈夫です――怖がらないで。」
ゆっくりと蘭の顔が近づいてゆく。
菊花は動けない。
ドアが開いたのはそのときだ。
心臓が縮み上がりそうになる。
顔を向けると、そこには紅子と一冴がいた。
紅子は困惑している。
一冴は――顔を凍りつかせていた。
「あー」と紅子は言う。「お取り込み中でしたか?」
そして――蘭は、
勝ち誇ったような笑みを一冴へ向けた。
「えゝ――これからのところだったのです。」
一冴は菊花へ視線をやり、見る見る軽蔑の顔となった。瞳を動かさないまま顔だけを上に退く。全ての光を吸い込んでしまいそうなほど瞳は黒い。
こちこちに固まりつつ、紅子は言う。
「そうですか。失礼しました。」
そしてドアを閉めようとした。
閉まりつつあるドアの狭間から、黒い瞳を一冴は向けている。
「お幸せに。」
ドアが閉まった。
菊花は驚愕し、起き上がる。
「あ、違う! 違うの!」
慌てて立ち上がり、ドアへ駈け寄る。
しかしドアを開いたとき、二人は既に廊下から走り去ったあとであった。
重たい熱のようなものが胸から腹へと降りてきている。いつもと同じ目で蘭を見られない。蘭を同性愛者だと意識すると、あちら側へ自分も行ってしまうのではないかと思ってしまう。
――いやいや、そんなはずはない。
内心、焦っていた。
――私が好きなのは。
続いて、女装した一冴の姿が頭に浮かんだ。
そして、さらに恥ずかしくなる。
「大丈夫ですか――菊花ちゃん? お顔が紅くなってゐますわよ?」
「いや、あの――だって――そんな話をされると――」
「えゝ、もちろん、戸惑ひは分かります。わたくしも、自分のことに気づいた当初は随分と悩みました。けれども自分の気持ちに素直になってしまへば、気持ちはすっと楽になります。同性愛者として生まれたことは、本当は『愉しいこと』なのですから。」
「いや――あの、私、ノンケ、ノンケで。」
「あら? 本当は断りたくはないと先ほどは仰ってをられませんでした?」
「えっと、あの、その――」
ふっと、蘭はほほえむ。
「それにしても――この部屋、少し暑くありません?」
「え――そうですか?」
そう言った菊花の額から、一筋の汗が流れた。
部屋というより、身体が熱い。
「最近はどん〳〵と気温が上がってゐるやうですわ。」
言いながら、上着の釦を蘭は外してゆく。
菊花は硬直したまま動かない。
妙に派手な紫色のブラジャーが露わとなった。胸元に菊花は釘づけとなる。白い頸筋と鎖骨の下に、紫色の布に包まれたふくらみがある。自分の胸よりもはるかに大きい。蘭が大人びて見えた理由の一つはこれだったのだ。
「あら、菊花ちゃん、目が釘づけになってゐますよ?」
菊花は目を逸らす。
「あ――いや、その。」
「いえ――もっとじっと見ていゝんですのよ。」
蘭は立ち上がり、菊花へ近づく。
大きな胸が目の前に迫った。
「あ――いや。」
菊花は顔を逸らし、逃げ出そうとする。
そんな菊花の肩を蘭は掴む。
立ち上がろうとして菊花はバランスを崩した。そして床へ倒れる。
顔を上げた。
蘭の顔が――胸が――目の前にある。
今さらながら、整った顔立ちにみとれた。
「菊花ちゃん――わたくしは本気です。愛してゐるといふことが、お遊びで言へますか?」
不覚にも時めく。
「――蘭先輩。」
蘭に全てを委ねたい――そんな気持ちとなった。
蘭の人差し指が、菊花の下唇にそっと触れる。
「菊花ちゃん――キスしたことありますか?」
「あの――それは――」
ない。
「大丈夫です――怖がらないで。」
ゆっくりと蘭の顔が近づいてゆく。
菊花は動けない。
ドアが開いたのはそのときだ。
心臓が縮み上がりそうになる。
顔を向けると、そこには紅子と一冴がいた。
紅子は困惑している。
一冴は――顔を凍りつかせていた。
「あー」と紅子は言う。「お取り込み中でしたか?」
そして――蘭は、
勝ち誇ったような笑みを一冴へ向けた。
「えゝ――これからのところだったのです。」
一冴は菊花へ視線をやり、見る見る軽蔑の顔となった。瞳を動かさないまま顔だけを上に退く。全ての光を吸い込んでしまいそうなほど瞳は黒い。
こちこちに固まりつつ、紅子は言う。
「そうですか。失礼しました。」
そしてドアを閉めようとした。
閉まりつつあるドアの狭間から、黒い瞳を一冴は向けている。
「お幸せに。」
ドアが閉まった。
菊花は驚愕し、起き上がる。
「あ、違う! 違うの!」
慌てて立ち上がり、ドアへ駈け寄る。
しかしドアを開いたとき、二人は既に廊下から走り去ったあとであった。
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