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第五章 仮面の告白

第二話 ツンデレの解き方

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中庭の木陰から、その会話をずっと蘭は聴いていた。

――菊花ちゃんは明日は独りでお留守番、と。

何日か前から、あからさまにつきまとうのを蘭はやめた。こっそりつきまとっている。どうやら自分は避けられているらしいのだ。菊花のツンデレを解くことは簡単ではない。

――いちごさんに盗られる前に攻略せねば。

菊花と二人きりになる機会を窺っている――いつものメンバーが菊花から離れるときを。先日の土日は近寄れなかった。だが、ようやく明日、二人きりになれるらしい。

――けれども、どうすれば。

ツンデレを解く方法はどこにあるのだ。

やがて昼休みが終わる。

午後の授業も終わり、放課後となった。

生徒会の仕事を終え、蘭は校舎を出る。

鎮守の杜が見え始めたとき、声をかけられた。

「鈴宮さん――ちょっとええかの?」

振り向くと、羽織袴はおりばかまをまとった老人と、黒づくめの青年が立っていた。

「まあ――理事長先生。どうなされました?」

「いや、菊花のことでちょっと話があってな。立ち話も何じゃ。ちょっと休んで行かんかの。」

菊花のことと聞いて、胸が高鳴る。

――理事長先生は菊花ちゃんのお祖父さま。

「はい。――是非とも。」

「いや、すまんの。」

それから、鎮守の杜の入り口にある東屋あずまやへ寄った。

ベンチに腰かけ、麦彦は言う。

「鈴宮さんには、孫がお世話になっとるようじゃの。文藝部でも一緒のようじゃし。けれども、菊花が寮で迷惑をかけておらんか――それが心配での。」

「いえ――そんな。菊花さんはとてもいゝ子です。寮でも規則正しい生活を送ってをられます。」

「そうか。それはよかったのう。」

麦彦は莞爾にこりと笑う。

「いかんせん、気難しい娘でな――儂はそのことが心配なのじゃ。ああいうのを天邪鬼というんじゃろうのう。例えば、ほしい物をわざと拒絶したり、好きなものを嫌いだと言ったりするのじゃ。」

やはりツンデレだったか――と思った。

「なるほど、だから――」

言いかけ、蘭は言葉を呑み込む。

麦彦はきょとんとした。

「何か――思い当たることがあるのかの?」

「いえ――私、菊花さんから避けられてゐるのではないかと少し不安でして。」

ほほほ、と麦彦は笑う。

「それは、菊花に好かれておる証じゃ。」

「まあ――それはよかった。」

「じゃが――そこが心配でもあるのじゃ。菊花はのう、なかなか相手に心を開くということをせんのじゃ。わしは、菊花にもっと心を開いてほしいのじゃがの。どうか、鈴宮さんにお願いできんかの?」

「はい、わたくしでよろしければ。」

「うむ。鈴宮さんなら適任じゃよ。」

山吹へ顔を向け、例の物を、と言った。

「はっ。」

山吹は鞄から小袋を取り出し、テーブルへ置く。

菊花の心を開くのは容易たやすくない――と麦彦は言う。

「それで――鈴宮さんのことを少し手助けしたいと思っての。これを進ぜよう。」

蘭は袋を手に取る。布の向こうに固い感触があった。

「これは――何ですか?」

応えたのは山吹だ。

紅蝮あかまむしすっぽんと朝鮮人参、その他さまざまなものを配合したエキスにございます。各種のアロマも配合しておりますので、とても良い香りがいたします。害はございません――匂いをお嗅ぎになって下さい。」

蘭は袋を開ける。

紫色の液体が入った透明な瓶が出てきた。

蓋を開け、軽く嗅いでみる。

甘い匂いに蘭は酔った。

これは――あのピアノの講師と契ったときに嗅いだ匂いと似ている。

「まあ――とても良い匂ひですこと。」

「まあ、簡単に言えば心を開く薬じゃ。これを紅茶に一滴でも垂らせば、たちまち相手は意固地な心を捨ててくれるぞい。無論、やりすぎは禁物じゃがな。取扱説明書は袋に付属してあるから、それをよく読んでよきに計らうがよい。」

はい――と、やや顔を紅くして蘭は言う。

「お心遣ひ、ありがたうございます。」
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