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第四章 いちごちゃんは告りたい!

第八話 ぎゅってされてしまった

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菊花のその行動に一冴は強く動揺した。

同年代の女子から初めて腕を抱かれたのだ――しかも唐突に。自分の二の腕は菊花の胸と接していた。

「ええ、ラブラブですよ。」

菊花の声に驚き、そして蘭へ目をやる。

蘭は軽く目を見開いていた。刹那、視線が一冴へと向く。深い栗色の瞳に敵意が宿った――恋人を誰かに盗られてしまった時の顔だ。

盗ったのは――、

――俺かい!?

身体が強張って何もできない。

「さ――行こ、いちごちゃん。」

困惑する一冴の腕を引き、菊花は歩き出す。

何が起きたか分からず、そのまま一冴も歩いた。

教室棟へ這入る。

――まさか、蘭先輩に見せつけるために?

冷静になり、菊花の腕を振りほどく。

「菊花ちゃん――いつまで腕握ってるの!」

「あ、ごめん。」

「てか――いきなり何するの?」

「いいでしょ――女の子同士なんだから。」

一冴は周囲を見回す。蘭の姿は見えない。

そして、ちょっと、と言い、ひとけのない階段の陰へと移動した。

声を潜め、男の声をだす。

「あのさ――お前、蘭先輩に何かされないために俺を使わなかったか?」

「え、だって、まあ、他の女の子とイチャイチャしてるときなら、蘭先輩も変なことしないでしょ。」

「だからって、俺を使う!?」

「誰だっていいじゃん、こんなの。」

「よくねえよ――蘭先輩が――」

――俺は。

ふっと、何事かを菊花は考え込んだ。

そして、こう言う。

「ねえ――私と付き合う『ふり』してくれる?」

唐突なことに目を瞬かせた。

「――はい?」

「だって――私、そっちの気なんか全くないじゃん。けれど、たとえ断ったとしても、蘭先輩は私につきまとってきそう。だったら、このまんまあんたに『魔除け』になってもらったほうがいいでしょ。」

「いや――それは。」

菊花だって知っているはずだ――どんな気持ちを一冴が蘭に抱いているか。だが、そんなことをすれば恋は実らないし、蘭からは嫌われるに違いない。

菊花は硬い顔となる。

「分かってる? 蘭先輩――レズだよ? けど、あんた男じゃん。」

それを言われれば黙らざるを得ない。

菊花は疑わし気な顔となる。

「それとも――やっぱり一冴ってゲイなの?」

「な――」

確かに――そちらの気もないではないのだが。

「なに言うの――いきなり。」

「だって――このままじゃ、三年間だれとも付き合えないよ? いいの、それで? だったらさ――『ふり』だけでもよくない?」

一冴は再び黙り込む。反論しがたい。そもそも、性別を偽り続けながらつきあうこと自体が非常に難しい。しかし――菊花ならばその心配はないのだ。

その刹那、魔が差した。悪くないと思ったのだ。菊花も美少女であることに変わりはない。菊花は異性愛者で――この学校で唯一、一冴を男だと知っている。

だが、それは少しの気の迷いに留まった。自分が――どれだけのあいだ蘭を想ってきたと思っているのか。

「と――とにかく――」

声を女子のものに切り替え、一冴は顔をそむける。

そして、教室へ向けて駆け始めた。

「私は――菊花ちゃんとはつきあえないんだから!」
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