女装男子は百合乙女の夢を見るか? ✿【男の娘の女子校生活】学園一の美少女に付きまとわれて幼なじみの貞操が危なくなった。

千石杏香

文字の大きさ
上 下
29 / 133
第三章 紅に深く染みにし心かも

第一話 幸運中の不幸 Ⅰ

しおりを挟む
物心ついたときから、女性にしか蘭は好意を持たなかった。

それは、幼稚園で最後のクラス担当となった保育士の由美から始まった。「おうたのおねえさん」にそっくりな保育士に、普通の好意以上の感情を蘭は抱いた。しかし、幼すぎる初恋は卒園と共に終わる。

小学校に入ってからは、さらに多くの女性を「好き」になった。それは、クラスメイトだったり、上級生や下級生だったり、通学路で出会う女子高生だったり、行きつけの店の店員だったりした。

誰一人決して忘れることはない。名前も顔も、彼女たちと交わした言葉も時間も全て覚えている。蘭の心のアルバムは、彼女たちの姿で充たされていた。

小学五年生までに、七十二人の女性を既に蘭は「好き」になる。そのうち本気で恋をしたのは五人だ。当然、全てが失恋だった。

「好き」になった女性のことを、蘭はよく両親に語った。しかし、その頃になると娘の特質に両親は気づかざるを得なくなる。

蘭の家は大正十一年に建てられた。華族は東京に住むことが義務づけられていたが、この家は鈴宮伯爵家の別邸であった。白塗りの小さな洋館と広い庭――本物の城のような家で蘭は育った。

「今日、図書委員で一緒になった美佳ちゃんって子が本当に可愛いの。」

その日の夕食のときも、好きな女子について蘭は語った。

「美佳ちゃんはご本が好きなのね。ちょっと厚めのレンズの眼鏡をかけてゐるのですけど、目を悪くしてしまふくらゐご本が好きなのですって。まだ二年生なのですけど、わたくしが読むやうなご本もお読みになるのよ。難しいご本なのに偉いねえなんて申しますと、恥づかしさうなお顔で謙遜なされますの。その慎ましやかなお姿が本当にいぢらしくって――」

早口で語る蘭を前にして、両親は黙り込む。

「三年生の由香里ちゃんも可愛らしいですけれども、やっぱり何と言っても典子ちゃんも比べものにならないくらゐ可愛らしいですわ。あのハイウェストスキニーが本当に大人びていらっしゃいました。長い睫毛が霜のやうに輝いてらっしゃいまして、それで――」

「なあ――蘭。」

難しそうな顔で父は言う。

「お前、女の子の話ばかりぢゃないか。たまには男の子の話をしないか?」

蘭は首をかしげる。

「男の子――ですか?」

「あゝ。スポーツができるとか、頭がいゝとか、優しいとか――そんな男の子はゐないのか?」

蘭にとって、それは全く不可解な問いであった。何と答えたらいいか分からず、困惑する。母へ目をやると、なぜか残念そうな顔をしていた。

――どうして、そんな顔をしてゐるの?

答えられないと分かったのか、やがて父は言う。

「お前の年頃になれば、男の子を好きになる。女の子と遊んどるばかりではいかん。少しは男の子に興味を持て。さうでなきゃ、誰とも結婚できんぞ。女の子と結婚するなどと言ひだしたら縁を切るからな。」

父の声は怒気を潜めている。何が悪かったのかは分からなかったが、どうやら叱られたらしい。

「うちに子供はお前しかをらんのだ。どうか孫の顔を見せてくれ。」

やがて、その言葉は蘭の胸にし掛かることとなる。

しばらく経ち、何かが変だと蘭も気づいてきた。

奇妙な話だが、それまでの恋を恋だと蘭は思っていなかった――なぜならば、恋とは男と女でするものだと思っていたのだから。なので、自分もいつかは恋をするのだろう――それはきっと、女性に対して抱く感情とは違うものだろうと思っていた。

しかし、そうではないらしいと気づかざるを得なくなる。

小学五年から六年までのあいだに、蘭が「好き」になった少女たちは次々と初恋をしだした。

特に人気のあったのは、クラスで最もサッカーの上手い男子だ。

そんな彼を、何人かの女子たちが教室の窓から熱心に眺めている。その中には、蘭が好きな女子もいた。

肩につくほどの長さの黒い髮。その中に、白い花の髪留めが咲いている。風邪でも引いたように目はうるみ、丸いほほは紅く染まっていた。

そんな彼女に目を奪われると同時に――戸惑う。

校庭の彼を見ても、蘭には何の感動も浮かばない。サッカーの面白さが分からないのと同じで、サッカーに熱中する男子の面白さも分からない。

それどころか、いつのことかあの男子は別の男子に暴力を振るっていた。

それなのに、蘭の好きな彼女は彼に心を奪われている。

蘭にとって、男子とは暴力的かうるさい存在でしかなかった。授業中に騒いで教師から叱られても、アイムソーリーヒゲソーリーなどと言う。まるで、不快な機械音を立てて動くブリキのロボットのようだ。

それなのにクラスメイトの女子たちは男子に惹かれている。

では――。

男子たちを前にして、彼らを好きになる彼女たちが好きな自分は何なのだ。

本来、男として生まれるべきところを、誤って女に生まれてしまった――そんな感じがした。

同性愛者の存在を知ったのもこの頃だ。そして、妙に納得した。捉えどころのない自分が、一つの枠に嵌ったような気がしたのだ。

同時に、それは嵐の前の静けさでもあった。

あのとき父が放った言葉と、悲しそうな母の顔を思い出し、胸が痛んだ。

続いて、自分は誰に告白しても叶わないのだと思った。自分の周りの女子たちが、男子に告白したり、付き合ったりしても――自分にはそれができない。後に蘭が「恋に先立つ失恋」と名づける感情が表面化していた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...