女装男子は百合乙女の夢を見るか? ✿【男の娘の女子校生活】学園一の美少女に付きまとわれて幼なじみの貞操が危なくなった。

千石杏香

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第二章 男の娘と百合の園

第五話 女子寮での一日

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翌日は土曜日だった。

早朝――スマートフォンのアラームで一冴は目を覚ました。梨恵に目を覚まされないようバイブレーション方式だ。耳元で振動するスマートフォンを止める。画面は六時半を示していた。

偽乳の位置を直し、ベッドから降りる。

隣のベッドでは梨恵が寝ていた。無防備な顔で寝息を立てている。その姿に、変な気を覚えないでもない――当然、指一本触れないが。

髪をとかし、洗面台で顔を洗い、歯をみがく。

ねまきを脱いだ。

下に着ているのはパッドつきキャミソールだ。すっぽりと胴を覆うこの下着は上半身をほぼ隠している。

だが――夜は、キャミソールもブラジャーも脱がずにベッドに入るしかない。起きた時、偽乳はズレている可能性が高い。だから、少し早く起きて着替えるのが安全なのだ。

私服に着替え、アイメイクを済ませる。

梨恵のアラームが鳴ったのはそのときだ。ベッドから起き上がった梨恵へと、おはよう、と声をかける。

「うん――おはよ。」

梨恵はまず顔を洗うだろうと思い、洗面台から離れる。しかし、それより先に梨恵はねまきを脱いだ。梨の色のブラジャーが露わとなる。

目が釘づけとなった。

それでも、罪悪感を覚えてすぐ目を逸らす。

――見てしまった。

同い年の少女の胸元を――初めて。

胸が鳴る中、ドアノブに手をかける。

「それじゃ、私は先に食堂に行ってくるね。」

分かったと寝ぼけたような声を梨恵はだした。

朝食時間は平日と同じ七時だ。休日だからといって遅起きはできない。

食堂へ這入り、カウンターで朝食を受け取る。

――きつね色のホットサンド。サラダ。カットされたオレンジ。珈琲コーヒー

ホットサンドは、はすに切られた食パンが一枚しか使われていない。

――女の子と同じ量か。

テーブルに着く。周囲の女子は食べ始めていたので、一冴もそれにならった。

やがて、トレーを持った菊花が前に坐る。

「おはよ、いちごちゃん。」

「うん――おはよ。」

食事中、菊花はこちらをずっと眺めていた。

周囲の女子に合わせて、ゆっくりと食べる。

食事の速さ・歩き方・椅子への坐り方――。何もかも男女では違う。それらを教え込んだのが菊花だ。今は成果を監視しているのだろう。

――坐るときは、ひざを合わせて手を置くこと。

――歩くときは、肩ではなく腰でバランスを取ること。

――小さな物を持つときは、中指と薬指・親指でつまむこと。

――物を拾うときは、屈まず、物の隣に立って腰を落とし、身体を捻るように拾うこと。ただし足が開かないよう気をつけること。

これ以上のさらに細かいルールを叩きこまれた。

朝食後、部屋に戻る。

十一時ごろ、新入生は食堂に呼び出された――調理実習があるためだ。

朝食と夕食は当番が作るが、昼食は個々人の自由だ。ゆえに、最初の土日の昼が調理実習にてられた。これは、新入生の料理の技術を朝美が把握するためのものだ。

作ったものはハンバーグである。

一冴のエプロンには、だいふくねこが大きく描かれていた。

ない女子力を振り絞った結果、ハンバーグは無事に完成する。ちょうど握りこぶしほどの大きさだ。皿に盛りつけ、配膳する。茶碗も汁椀も、手の平にすっぽり収まるほど小さい。

隣にいた梨恵が、ふっと尋ねる。

「にしてもな、いちごちゃんどれだけだいふくねこ好きなん?」

「えーっと。」

――菊花が用意したとは言えない。

昼食後、寮のルールや役割などを朝美から詳細に説明された。それが終わったのは午後三時だ。朝美から解放されたあと、梨恵が語りかけてくる。

「いちごちゃん、これから予定ってあるん?」

「ううん。」

「なら、ちょうど三時だし部屋でお茶せんかえ?」

うん――と一冴はうなづいた。

ひとまず台所へ行き、茶を沸かす。

一〇五号室へ戻った。

梨恵はカップに紅茶を注ぎ、八つ橋の残りを開ける。

「そういや、いちごちゃんって、ドラマとか何みるん?」

一冴は首をかしげる。

「――ドラマ?」

「ほら、この寮ってテレビが四つしかあらせんが? しかも、談話室ごとにチャンネルが固定されとるし。それって不便でない? どの談話室に行ってもな、見たい番組にチャンネルが合わせられとらんかもしらんがー?」

「確かにそうだね。」

ドラマやテレビ番組――自分は何が好きだろうか。答えるからには、できるだけ女らしいものを答えたい。だが、そこまでテレビを視ないことにすぐ思い当たった。

「けど、私はあまり気にかからないかも――どちらかと言えばネット派だから。『だいふくねこ』にしろ、ネットの動画を見て最初は知ったの。」

「ほんにー。」

「そういう梨恵ちゃんは何か好きな番組あるの?」

「ああ、うちは――」

それから、様々な歌番組やドラマなどについて梨恵は語った。

感情をこめて一冴は相槌を打つ。知らなかった。すごぉい。格好いいね。共感しなければならない。褒めなければならない。たとえ興味がなくとも。――それが菊花に教わったことだ。

梨恵は、男性アイドルグループの集合写真をスマートフォンで見せる。

「いちごちゃん、こん中で誰が好き?」

一冴は考え込む。ひょっとしたら、何に魅力を感じたか訊かれるかもしれない。なので、たとえ掘られても問題なさそうな男を選ぶ。幸い、むっちゃわかるー♡ と梨恵は言ってくれた。

「逆に、いちごちゃんはどんなサイト見るん?」

「えーっと。」

戦闘機や戦車などについて調べたり、動画サイトで軍歌を巡ったりしていることは触れない。代わりに、動画サイトや漫画を紹介し、原作者が女性だったり、女性でも愉しめたりするものを紹介する。

――できるだけ平均的な「女の子」であるべきなんだ。

言うなれば、自分は女性に「変装」している。まがい物であり、偽物である以上、些細な不信感が違和感へ変わってゆきかねない。

肩幅や喉仏が目立たず、あまり背が高くないことは幸いだったと言うほかない。

一日中、性別を偽り続けたのはその日が初めてだった。

それでも女子として振舞い続けていると、本当の性別を忘れかける。本来ならば、自分は女子として生まれていたかもしれない。そんな自分が蘭を好きなのは――女子が女子に惹かれているようだ。

だが、男子であることを自覚せざるをえない時はある。

梨恵の洗濯籠に下着が投げ込んであるのを見てしまったとき、女子としてどう振舞うべきか迷うとき――そして風呂に入るとき。

それでも、疑われたり怪しまれたりすることは土日を通じてなかった。
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