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第一章 初めてのスカート

第十話 緊張の女子寮

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一冴の受験は東條邸で秘密裡に行われた。いくら麦彦の命令でも、相応の学力がなければ話にならない。会場以外は他の受験生と同じ条件だ。

一か月後、無事に合格したことを知る。同時に菊花も合格した。一冴は内心ほっとする。菊花がいなければ、見知らぬ女子と寮で相部屋となるのだ。

クラスメイトや教師へは、海外へ留学すると説明した。

三月一日――中学校を卒業する。

女子寮へ入居したのは、四月四日――入学式の三日前だ。

母が運転する車に乗せられて女学院へ向かった。

当然、完全な女装姿だ。上着はベージュのカットソー。下は、つつじ色のスカートと黒のニーソックス。菊花に教わった通り、ひざを合わせて手を置いている。隣には、大きな車輪付鞄トロリーバッグがあった。

バックミラーへ目をやる。

髪は鎖骨まで伸びていた。清楚系男の娘だ。実際、童貞なのだから清楚には違いない。

――俺を男だと見破れる人はいない。

たとえ街で知人とすれ違っても、もはや自分を一冴だとは誰も思わない。そもそも、自分は今ごろアメリカにいるはずなのだ。上原一冴という存在は、この街から完全に姿を消している。

ゆるやかな坂を上り、山へ近づいた。

やがて白山女学院が現れる。

白山女学院は高台にある。その名前は、学院の裏山にある白山神社に由来する。白山神社からは鎮守の杜が拡がり、学園の中に浸透していた。

やがて駐車場に車は停まる。

車から降りると、目の前を桜のはなびらがかすめた。

メモを頼りに女子寮へ向かう。

全身がこわばっていた。ここは男子禁制だ。今の自分は女子トイレに侵入しているのと変わりない。そんな空間に、女装した自分が溶け込んでゆく。

校内には多くの桜が生えていた。

やがて、樹々に隠れて校舎が見えなくなる。桜のトンネルに続く波紋状の石畳――その先に、二階建ての洋館が現れた。白山女子寮だ。

学院には、多くの女子が全国から集まる。

ただし、全寮制ではない。遠くから来る生徒の中には、マンションを借りて通学する者もいる。それでも、年ごろの少女を独り暮らしさせるのは心配なのだろう――寮の人気は絶えない。

玄関の前には、和服姿の女性が立っていた。歳は三十代ほどか。頭はボブカットである。

「入寮されるかたですか?」

「はい」と母は答える。「今日から『娘』がお世話になります上原です。」

「ああ――上原さんですね。」

彼女は軽くお辞儀をする。

「私は、寮長の伊吹いぶき朝美あさみと申します。――よろしくお願いします。」

「ええ――よろしくお願いします。」

一冴へと母は目をやる。

「さ――『いちご』。」

女性の声で一冴は応えた。

「う――上原いちごです。よろしくお願いします。」

一瞬、生まれたときから女性だったような気がした。「いちご」という名前で母から呼ばれ、自分もそう自己紹介したのだ。

「いちごさん――ですね。ひとまずこれから一緒に暮らすこととなります。寮のことで何か分からないことがあったなら、何でも相談してくださいね。」

「はい。」

「それでは、こちらへ。」

朝美に導かれ、親子は寮へ上がる。

漆喰と化粧板で囲われたカフェのような広間――食堂ダイニングルームへと通された。入口に近いテーブルには、数名の上級生が坐っている。

その中に、見知った顔を見つけた。

ゆるやかに波打つ深い栗色。幼めの顔立ち。

一年前から、ずっとその姿を心に思い描いてきた。彼女を追って、自分はこの学校へ来たのだ――性別を偽ってまでも。

「鈴宮さん」と朝美は声をかける。「新入生の上原いちごさんです。寮を案内してください。」

はいと言い、蘭は立ち上がった。そして一冴へ顔を向ける。

透き通った声色こわねが一年ぶりに聴こえた。

「初めまして。今年から二年になる鈴宮蘭と申します。」

「あ、う、上原いちごです。よろしくお願いします。」

「えゝ。よろしくお願ひします。」

母はにやにやしながら、娘がお世話になりますと言った。

朝美が軽く頭を下げる。

「それでは、私は他の入寮生の方をお迎えしなければなりませんので――失礼します。」

食堂から朝美は去った。代わりに蘭が語りかける。

「こゝからは、わたくしが案内いたしますね。」

はい、と一冴はうなづいた。

風呂やトイレ、洗濯場などを案内される。

「寮は、一年ごとに部屋替へがあります。ルームメイトもそのとき変はってしまひますね。」

落ち着いた口調で寮のルールを蘭は説明した。

「食事は、伊吹先生に指導されてみんなで作ります。料理が得意ではない子もゐるので、得意不得意を伊吹先生が把握して、何を作ったり、何を調理したりするのか決めてゐます。料理の経験については、事前に聴かれますので安心してください。」

やがて寮の一角へと導かれた。

蘭はドアをノックする。

伯伯伎ははきさん――よろしいですか?」

はぁい――と中から返事がした。

ドアが開き、ポニーテイルの少女が出てくる。髪の長さは一冴と同じくらいか。利発そうな少女だ。

「伯伯伎さん――今日から同じ部屋になる上原いちごさんです。」

え――と彼女は言った。

「かぁわいい! こがな可愛い子が? ほんにー!」

明るい顔を一冴へ向ける。

伯伯伎ははき梨恵りえです! 今日から一年、よろしくね!」

しかし、一冴は固まった。

――あれえ?
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