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第七章 立冬
6 二人だけの探偵団
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二年A組で起きた騒動は校内に飛び火し、収拾がつかなくなった。その結果、緊急下校が命じられる。
翌日は臨時休校となった。
分厚い灰色の雲から、ぽつりと銀の雫が点す。
冷たい空気を震わせるように、正午のサイレンが響いた。
昼食を摂り終えたあと、自室へ戻ってベッドに美邦は腰を掛ける。外へ出る予定はない。ゆえに、腰まで届く長い髪は久しぶりに結わなかった。
スマートフォンを取り、LIИEを開く。
そして、「放課後探偵団」の横に「3」と表示されていることに気づいた。恐る恐る開いてみる。末尾に、「はがさんが退出しました」という文字が表示されていた。
冬樹のことが気にかかる。先日は爪が剥がれた。何かまた起きたらと思えば気が気でない。
確認するようにメッセージを打ち込む。
「藤村君、大丈夫?」
「昨日のあれ、見間違いじゃないんだよね?」
意外にも、冬樹からの返信はすぐに来た。
「俺は大丈夫だ。」
「あと、見間違いなら、臨時休校になってない。それに、俺も見るわけがない。板書が融けてた。」
様々なことに安心する。
可怪しくなる世界で、冬樹だけ正常な反応をする。また、先日のあれを見たのも、やはり自分だけではないのだ。
美邦は返信を打つ。
「やっぱり、神社のことと何か関係あるのかな?」
それから、「放課後探偵団」のアイコンを少し気に掛けた。二頭身のアニメキャラがホームズの格好をしている。いま、この「探偵団」には二人しかいない――亡くなった由香を除けば。
芳賀が退会したのは、自分の身を危ぶんだためか――それとも、冬樹を巻き込むことへの無神経さに怒ったためか。
やがて、冬樹が返信する。
「このタイミングで起きたってことは、関係ありそうだけど。」
「けれども正直、よう分からんに。」
「何かの警告とも、予兆とも取れん。」
歯切れの悪いその言葉が気にかかる。
「けれど、黒板に浮かんでいたあの図形は??」
板書の流れた跡には濃淡があった。そして、散らばる大小の六角形を浮かび上がらせていたのだ。そのいくつかは重なっていた。六つ重なったものが最も大きい。中央では、菱形が六つ開いた六芒星が形作られていた。
しかし、「図形?」と冬樹は返信する。
このとき、ようやく察した。
融けた板書は他人に見えていても、そこに現れた図は自分にしか見えなかったらしい。
見間違いだったみたい――と打ちかけ、美邦は指を止める。
幻視には違いない。それでも、見間違いと簡単に言っていいのか。だが、そうでないならば――何なのだろう。
戸惑ったまま指を止めていると、画像が送られた。
その真ん中に描かれた図形が目に飛び込む。
画像は、線画された銅鐸だった。表面に、黒板に現れたものと全く同じ図形が描かれている。下には、「多様六角文銅鐸復元図」「昭和二十八年⬛︎⬛︎県⬜︎⬜︎市平坂町出土(紀元前1~2世紀)」とあった。
画像を見つめ、別の何かを思いだしそうな予感を覚える。次の瞬間、画像がズレて返信が表示された。
「大原さんの見た図形って、これ?」
胸の中に何かが点す感覚があった。真っ暗な水面に同心円状の波紋が拡がるように、その衝撃が体内で振動する。
何かを思い出しそうな手ごたえ――そして、なぜ同じ模様があるかという疑問――さらには、なぜ冬樹に当てられたかという疑問が次々と湧き上がった。
震える指で文を打つ。
「これは?」
少しして返信が来た。
「中学校を造るときに見つかった銅鐸だ。」
同じ言葉を、随分と前に耳にしたことがある。確か――冬樹と初めて出会ったときか。
やがて、冬樹の問いに答えていないことに気づく。
「うん、たしかに、私が見たのはこの図」
「でも、どうして分かったの?」
さあっと、外から雨音が聞こえた。そんな中、着信音が次々と響く。
「大原さん、前にも同じものを見たでないの?」
「菅野さんの家で鉄鐸の写真を見たときも、六角形の模様があるって言っとった。」
「実は、あのときから気にかかっとった。」
覚えられていたことに、少し恥ずかしくなった。
「うん、確かにそうだけど」
心地の良い雨音が外から響き続けている。
「平坂神社の鉄鐸は、この銅鐸の子孫かもしらん。」
立て続けに返信は来る。
「弥生時代の青銅器って、神社と深いかかわりを持っとるに。」
「例えば、銅鏡がご神体となったり、三種の神器の一つに銅剣があったり、銅矛が祭りに使われたり。」
「けれど、銅鐸だけが神社にない。それどころか、三世紀を境に銅鐸は全く造られんやになる。」
「その例外が、諏訪の小野神社だ。」
菅野の家で冬樹が話していたことを思い出す。
「平坂神社以外で、鉄鐸があるっていう?」
そうだ――と冬樹は返信する。
「大原さん、妙に勘が鋭いが?」
「郷土誌を開いた時も『平坂神社』って文字を見とった。」
「鉄鐸に図があるって言ったのも、ひょっとしたらそうでないかなって思って。」
どきりとした。
平坂町に来て以来、見たはずのないものを見る。夢の中で、行ったことのない駅前に行っていたばかりか――由香の死の瞬間を予知していたのだ。
どう返信したらいいか迷っていると、着信音が鳴った。
「言っておかんといけんことがある。」
「大原さんに申し訳ないことだけど。」
「山の中に入ったとき、社務所を壊した。」
美邦は目をまたたかせる。
「壊した?」
ああ――と冬樹は返信し、その経緯を語った。
大原家の財産であった物――社務所の扉を許可なく冬樹は破壊したのだ。そして――その先で冬樹が見たものは異様極まりなかった。なぜ、このような話を今するのか少し戸惑う。
「信じられる?」
美邦は少し躊躇する。
信じられるか信じられないかより、社務所の破壊のほうが気にかかった。しかし、今となっては過ぎたことだ。そして冬樹が黙っていたのも仕方がない。むしろ、打ち明ける気によくなったものだと思う。
「もちろん、信じるよ」
「私は、変なものを色々と見ているのだし」
普通は見えないものを見る自分が、冬樹の言葉を否定できるわけがない。そこまで考えたとき、こんなことをなぜ打ち明けられたのか気づいた。
同時に、返信が来る。
「大原さんは、何を見たの?」
重要な何かを見たことを冬樹は察している。
由香が亡くなった時の出来事について、ずっと打ち明けたかった。だが――さらなる危険に冬樹を巻き込んでしまう気もする。
一方で、初めて出会ったときに抱いた感覚は何だったのだろう。見たものに意味があるならば――冬樹に出会ったことにも意味はあるのか。
幸子や芳賀と違い、冬樹だけが妙になっていない。
打ち明けることを決めた。
しかし、このようなことは文字で伝えるべきではない。そう思い、二人だけの「探偵団」へと次の文を打ち込む。
「通話してもいい?」
翌日は臨時休校となった。
分厚い灰色の雲から、ぽつりと銀の雫が点す。
冷たい空気を震わせるように、正午のサイレンが響いた。
昼食を摂り終えたあと、自室へ戻ってベッドに美邦は腰を掛ける。外へ出る予定はない。ゆえに、腰まで届く長い髪は久しぶりに結わなかった。
スマートフォンを取り、LIИEを開く。
そして、「放課後探偵団」の横に「3」と表示されていることに気づいた。恐る恐る開いてみる。末尾に、「はがさんが退出しました」という文字が表示されていた。
冬樹のことが気にかかる。先日は爪が剥がれた。何かまた起きたらと思えば気が気でない。
確認するようにメッセージを打ち込む。
「藤村君、大丈夫?」
「昨日のあれ、見間違いじゃないんだよね?」
意外にも、冬樹からの返信はすぐに来た。
「俺は大丈夫だ。」
「あと、見間違いなら、臨時休校になってない。それに、俺も見るわけがない。板書が融けてた。」
様々なことに安心する。
可怪しくなる世界で、冬樹だけ正常な反応をする。また、先日のあれを見たのも、やはり自分だけではないのだ。
美邦は返信を打つ。
「やっぱり、神社のことと何か関係あるのかな?」
それから、「放課後探偵団」のアイコンを少し気に掛けた。二頭身のアニメキャラがホームズの格好をしている。いま、この「探偵団」には二人しかいない――亡くなった由香を除けば。
芳賀が退会したのは、自分の身を危ぶんだためか――それとも、冬樹を巻き込むことへの無神経さに怒ったためか。
やがて、冬樹が返信する。
「このタイミングで起きたってことは、関係ありそうだけど。」
「けれども正直、よう分からんに。」
「何かの警告とも、予兆とも取れん。」
歯切れの悪いその言葉が気にかかる。
「けれど、黒板に浮かんでいたあの図形は??」
板書の流れた跡には濃淡があった。そして、散らばる大小の六角形を浮かび上がらせていたのだ。そのいくつかは重なっていた。六つ重なったものが最も大きい。中央では、菱形が六つ開いた六芒星が形作られていた。
しかし、「図形?」と冬樹は返信する。
このとき、ようやく察した。
融けた板書は他人に見えていても、そこに現れた図は自分にしか見えなかったらしい。
見間違いだったみたい――と打ちかけ、美邦は指を止める。
幻視には違いない。それでも、見間違いと簡単に言っていいのか。だが、そうでないならば――何なのだろう。
戸惑ったまま指を止めていると、画像が送られた。
その真ん中に描かれた図形が目に飛び込む。
画像は、線画された銅鐸だった。表面に、黒板に現れたものと全く同じ図形が描かれている。下には、「多様六角文銅鐸復元図」「昭和二十八年⬛︎⬛︎県⬜︎⬜︎市平坂町出土(紀元前1~2世紀)」とあった。
画像を見つめ、別の何かを思いだしそうな予感を覚える。次の瞬間、画像がズレて返信が表示された。
「大原さんの見た図形って、これ?」
胸の中に何かが点す感覚があった。真っ暗な水面に同心円状の波紋が拡がるように、その衝撃が体内で振動する。
何かを思い出しそうな手ごたえ――そして、なぜ同じ模様があるかという疑問――さらには、なぜ冬樹に当てられたかという疑問が次々と湧き上がった。
震える指で文を打つ。
「これは?」
少しして返信が来た。
「中学校を造るときに見つかった銅鐸だ。」
同じ言葉を、随分と前に耳にしたことがある。確か――冬樹と初めて出会ったときか。
やがて、冬樹の問いに答えていないことに気づく。
「うん、たしかに、私が見たのはこの図」
「でも、どうして分かったの?」
さあっと、外から雨音が聞こえた。そんな中、着信音が次々と響く。
「大原さん、前にも同じものを見たでないの?」
「菅野さんの家で鉄鐸の写真を見たときも、六角形の模様があるって言っとった。」
「実は、あのときから気にかかっとった。」
覚えられていたことに、少し恥ずかしくなった。
「うん、確かにそうだけど」
心地の良い雨音が外から響き続けている。
「平坂神社の鉄鐸は、この銅鐸の子孫かもしらん。」
立て続けに返信は来る。
「弥生時代の青銅器って、神社と深いかかわりを持っとるに。」
「例えば、銅鏡がご神体となったり、三種の神器の一つに銅剣があったり、銅矛が祭りに使われたり。」
「けれど、銅鐸だけが神社にない。それどころか、三世紀を境に銅鐸は全く造られんやになる。」
「その例外が、諏訪の小野神社だ。」
菅野の家で冬樹が話していたことを思い出す。
「平坂神社以外で、鉄鐸があるっていう?」
そうだ――と冬樹は返信する。
「大原さん、妙に勘が鋭いが?」
「郷土誌を開いた時も『平坂神社』って文字を見とった。」
「鉄鐸に図があるって言ったのも、ひょっとしたらそうでないかなって思って。」
どきりとした。
平坂町に来て以来、見たはずのないものを見る。夢の中で、行ったことのない駅前に行っていたばかりか――由香の死の瞬間を予知していたのだ。
どう返信したらいいか迷っていると、着信音が鳴った。
「言っておかんといけんことがある。」
「大原さんに申し訳ないことだけど。」
「山の中に入ったとき、社務所を壊した。」
美邦は目をまたたかせる。
「壊した?」
ああ――と冬樹は返信し、その経緯を語った。
大原家の財産であった物――社務所の扉を許可なく冬樹は破壊したのだ。そして――その先で冬樹が見たものは異様極まりなかった。なぜ、このような話を今するのか少し戸惑う。
「信じられる?」
美邦は少し躊躇する。
信じられるか信じられないかより、社務所の破壊のほうが気にかかった。しかし、今となっては過ぎたことだ。そして冬樹が黙っていたのも仕方がない。むしろ、打ち明ける気によくなったものだと思う。
「もちろん、信じるよ」
「私は、変なものを色々と見ているのだし」
普通は見えないものを見る自分が、冬樹の言葉を否定できるわけがない。そこまで考えたとき、こんなことをなぜ打ち明けられたのか気づいた。
同時に、返信が来る。
「大原さんは、何を見たの?」
重要な何かを見たことを冬樹は察している。
由香が亡くなった時の出来事について、ずっと打ち明けたかった。だが――さらなる危険に冬樹を巻き込んでしまう気もする。
一方で、初めて出会ったときに抱いた感覚は何だったのだろう。見たものに意味があるならば――冬樹に出会ったことにも意味はあるのか。
幸子や芳賀と違い、冬樹だけが妙になっていない。
打ち明けることを決めた。
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「通話してもいい?」
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