神送りの夜

千石杏香

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第六章 霜月

4 危険な決意

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ノートに差し挟んでいた紙を冬樹は見る。

十月三十一日――金曜日の一時間目の授業中のことだ。

薬臭い理科室には黒いテーブルが竝ぶ。二班の席には、幸子の姿は今日もない。代わりに、アルミサッシの外に青葉が茂っているのが見える。

紙へと目を戻した。

それは、様々な可能性を芳賀が整理した文を印刷したものだ。「犯人が人間の可能性」には紅い線を引き、「十年前の火事は除く」と但し書きをしていた。

――送られていない神が今もいる。

一方、「犯人が超常現象の可能性」の下には、宗教的原因や祭祀的原因などが竝ぶ。

――なぜ送られなかったんだろう。

送られなかった神は――今どこにいるのか。

ちらりと、美邦へ目をやった。

――大原さんは何を見た?

冬樹は、海から来た神そのものが一つ目だとは考えていない。だが、障碍に関することである以上、軽々しく口にはできない。

今、神社に関する調査は行き詰っている。

たとえ、十年前の火事が事件だったとしても、それを証明することは限りなく難しい。

一方、どうしても気にかかって仕方のないことがある。

――伊吹山の中はどうなっているのか?

既に何もない可能性も高い。しかし、実際に確認しなければ分からないはずだ――そう考え、冬樹は決心を固めた。由香の命を奪い、父を連れ去った存在――それが祀られていた場所が今どうなっているのか確認せざるを得ない。

――早ければ、明日、這入ろう。

終鈴が鳴った。

席を立ち、理科室から出ようとする。

そんなとき――鼻歌を歌いながら、わざとらしく目の前を笹倉が横切った。冬樹へ目をやり、勝ち誇った笑みを見せる。そして、スキップを踏みながら理科室を出て行った。

額で血が凍る。

――何のつもりなんだ。

由香の件で、冬樹に嫌味を見せつけたとしか思えない。

芳賀と竝んで教室へ戻り、ロッカーに教材を戻そうとする。そのとき、次の授業の教材を選んでいた美邦と目が合った。冬樹を捉えるのは褐色の右眼で――鉛色の左眼は常に正面を向いている。

顔が逸らされた。視線の先には、時間割を書くための黒板がある。欠席者の名前が目に入った。この三日間、古泉幸子という名前は消えない。

気にかかって美邦に近づいた。

「古泉――今日も登校して来とらんだか?」

「うん――。」色違いの瞳が悲しげに灯る。「今朝、LIИEが入ったんだけど――今日も気分が悪いって。」

芳賀は眉を曲げる。

「大丈夫なんかな――? ええ加減、立ち直ってほしいだけど。」

その言葉が冬樹は気にかかった――本当に、ただの体調不良なのか少し心配だったからだ。そのことを気づかせるためにつぶやく。

「大事になっとらなんだらええだけどな――」

声をかけられたのはそのときだ。

「みなさん――古泉さんのことを気にかけておられるんですね?」

カチューシャで七三の前髪を止めた少女――岩井が近寄ってきた。

「そうだけど――」と美邦は応える。「もう三日も登校していないんだもの。」

「一度、様子を見に行くべきではないでしょうか。」

意外な言葉に冬樹は首をかしげる。

「――様子?」

「ええ――お見舞いに参りましょう。ちょうど、明日から三連休ですし。」

軽く驚いていた。

岩井は、幸子とはあまり関係を持っていない。しかし、だてに学級委員長をしているわけではないのだろう。

やや不安げに美邦が応えた。

「できればそうしたいけど――幸子がどう思うか。それに、幸子の住所、岩井さんは知ってるの?」

「鳩村先生に訊いてみれば分かるかと思います。」男子二人に目が向けられる。「それに、御三方とも、古泉さんと連絡ができるのではないですか?」

冬樹はうなづく。

「ああ――。確かにそうだが――」

「では、連絡を先に入れたら、失礼には当たらないと思います。できれば――明日にでも行ってみようかと思うのですが――」

「――明日に?」

「はい。御三方とも、ご予定はいかがでしょう?」

冬樹は考え込む。

三連休――天候がどうなるか分からない。伊吹山への侵入をいつ決行できるか不安要素が絡んでいる。明日に決行するとは心に決めていたが。

美邦が答える。

「私は――明日は大丈夫だし、いつでも行けるけど――」

そして、こちらに目を向けた。

少し躊躇してから、冬樹は応える。

「俺は――明日は用事があるに。日曜と月曜も、どうなるか分からん。」

難しそうに芳賀は笑む。

「僕も――ちょっと色々と忙しいにぃ。それに、こういうんは女子たちだけで行った方がええでない?」

「そうですねぇ。女子の家に男子が上がるのは、あまりよくないのかもしれませんね。」

岩井に顔が向けられた。

「じゃあ――私たちだけでっていうことになるのかな。」

「ですね。」

罪悪感を冬樹は少し覚える。

「すまんな。」
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