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第五章 霜降
【幕間5】御忌明け
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わたしが当屋に選ばれたのは、十五歳の時の春だった。
春分の御忌の翌日には、「御忌明け」と呼ばれる小規模な祭りが開かれる。
祭り――といっても本当に小さなものだ。各自地区の公民館や神社の境内で、自治会の人達が大根を煮炊きする程度しか催し物はない。だが同時に、新しい一年神主を選ぶくじ引きが行われるのだ。
わたしは、くじ引きなどには行きたくなかった。当屋に選ばれれば、一年間、面倒臭い神事を押し付けられる。しかも、あの恐ろしい夜に外へ出なければならないのだ。
そればかりか、一年神主に選ばれた者は、本人かその家族が生贄に取られるという噂さえあった。
だからこそ――本筋に属する者で、特別な理由がないにも拘わらず籤を引かなかった者は白い目を向けられる。
朝食を摂り終えると、籤を引きに行くように母は促した。
不承不承にもわたしは家を出て、最寄りの公民館へと向かう。
路地を昇り、中通りに出た。伊吹山の巨躯が目の前に拡がる。青黒い森は、いつも重苦しい威圧感を持ってそこに裾野を拡げていた。
公民館へ着くと、何人かの人々が既に集まっていた。自治会のテントが張られ、二、三ほどの大きな鍋が湯気を立てている。大人たちに勧められ、味噌のついた大根を一つだけ食べた。憂鬱な気分に反して異様なほど美味しかった。
公民館に上がり、畳敷の広間へと通される。その奥に、籤の入った箱が二つ置かれていた。一つは男性用であり、もう一つは女性用だ。記帳したあと、女性用の籤箱の中に手を入れる――当たりませんようにと願いながら。
取り出した紙片には、紅い円が描かれていた。
――当籤した。
思わず、握り潰してやろうかと思った。けれども、祟られるかもしれないと思ってやめる。役員に紙片を見せると、おめでとうございますと言われた。そして、名前と住所を記載される。
――何がおめでとうございますだ。
一旦、家へと帰された。
家に戻り、当屋に選ばれたことを告げる。当然、母も妹も驚いていた。特に、不安そうな表情を妹は隠せない。
昼ごろ、平坂神社の宮司が家に来た。そして、これからの日程と、当屋としての仕事を簡潔に説明する。主に、神楽舞の練習をさせられることや、そのたびに神社へ参拝しなければならないこと、練習のある日には肉食をしてはならないこと、異性とは交渉してはならないことなどを。
そのあいだ、憂鬱そうな表情をわたしはずっと浮かべていただろう。
宮司が帰ったあと、不安そうに妹は尋ねた。
――お姉ちゃん、本当に選ばれただね。
わたしは黙ってうなづいた。
――なんとかして、辞退できんもんなの?
思わず息が漏れる。
――辞退できるなら、そりゃ辞退したいわいな。だけど、やりたぁないもんを押し付けあっとるにぃ、辞退なんかできるわけないが。
だが、少し前向きにわたしは考え始めていた。顔を上げ、それに――と続ける。
――多分さ、わたしが選ばれたんは、必然だったでないかな?
妹は困惑した。
――なんで――?
――わたしもちーちゃんも、目に見えんもんが見えるが? わたしが選ばれたんは、お祭りに相応しい人を神様が求めたけえでないかな。
――そう――。
しかし、不安そうな表情を妹は崩さない。だからこそ、元気づけるようにわたしは言った。
――きっと大昔は、わたし達みたいに、色々なものが見えたりする人が、いっぱいおったでないかいな? そんな人が、神様に選ばれとったんだと思う。
――それなら――大丈夫なのかな?
気を取り直したように妹は言う。
――わたしもお姉ちゃんも、神様を感じられるもんな。神様の言いたいことが判るんなら、きっと大丈夫だでな。
その言葉を耳にし、ふと、別の懸念事にわたしは気づいた。
もし、他人に感じられないものが感じられるからこそ当屋に選ばれたのならば、そのうち妹も当屋に選ばれる日がくるということではないだろうか。
春分の御忌の翌日には、「御忌明け」と呼ばれる小規模な祭りが開かれる。
祭り――といっても本当に小さなものだ。各自地区の公民館や神社の境内で、自治会の人達が大根を煮炊きする程度しか催し物はない。だが同時に、新しい一年神主を選ぶくじ引きが行われるのだ。
わたしは、くじ引きなどには行きたくなかった。当屋に選ばれれば、一年間、面倒臭い神事を押し付けられる。しかも、あの恐ろしい夜に外へ出なければならないのだ。
そればかりか、一年神主に選ばれた者は、本人かその家族が生贄に取られるという噂さえあった。
だからこそ――本筋に属する者で、特別な理由がないにも拘わらず籤を引かなかった者は白い目を向けられる。
朝食を摂り終えると、籤を引きに行くように母は促した。
不承不承にもわたしは家を出て、最寄りの公民館へと向かう。
路地を昇り、中通りに出た。伊吹山の巨躯が目の前に拡がる。青黒い森は、いつも重苦しい威圧感を持ってそこに裾野を拡げていた。
公民館へ着くと、何人かの人々が既に集まっていた。自治会のテントが張られ、二、三ほどの大きな鍋が湯気を立てている。大人たちに勧められ、味噌のついた大根を一つだけ食べた。憂鬱な気分に反して異様なほど美味しかった。
公民館に上がり、畳敷の広間へと通される。その奥に、籤の入った箱が二つ置かれていた。一つは男性用であり、もう一つは女性用だ。記帳したあと、女性用の籤箱の中に手を入れる――当たりませんようにと願いながら。
取り出した紙片には、紅い円が描かれていた。
――当籤した。
思わず、握り潰してやろうかと思った。けれども、祟られるかもしれないと思ってやめる。役員に紙片を見せると、おめでとうございますと言われた。そして、名前と住所を記載される。
――何がおめでとうございますだ。
一旦、家へと帰された。
家に戻り、当屋に選ばれたことを告げる。当然、母も妹も驚いていた。特に、不安そうな表情を妹は隠せない。
昼ごろ、平坂神社の宮司が家に来た。そして、これからの日程と、当屋としての仕事を簡潔に説明する。主に、神楽舞の練習をさせられることや、そのたびに神社へ参拝しなければならないこと、練習のある日には肉食をしてはならないこと、異性とは交渉してはならないことなどを。
そのあいだ、憂鬱そうな表情をわたしはずっと浮かべていただろう。
宮司が帰ったあと、不安そうに妹は尋ねた。
――お姉ちゃん、本当に選ばれただね。
わたしは黙ってうなづいた。
――なんとかして、辞退できんもんなの?
思わず息が漏れる。
――辞退できるなら、そりゃ辞退したいわいな。だけど、やりたぁないもんを押し付けあっとるにぃ、辞退なんかできるわけないが。
だが、少し前向きにわたしは考え始めていた。顔を上げ、それに――と続ける。
――多分さ、わたしが選ばれたんは、必然だったでないかな?
妹は困惑した。
――なんで――?
――わたしもちーちゃんも、目に見えんもんが見えるが? わたしが選ばれたんは、お祭りに相応しい人を神様が求めたけえでないかな。
――そう――。
しかし、不安そうな表情を妹は崩さない。だからこそ、元気づけるようにわたしは言った。
――きっと大昔は、わたし達みたいに、色々なものが見えたりする人が、いっぱいおったでないかいな? そんな人が、神様に選ばれとったんだと思う。
――それなら――大丈夫なのかな?
気を取り直したように妹は言う。
――わたしもお姉ちゃんも、神様を感じられるもんな。神様の言いたいことが判るんなら、きっと大丈夫だでな。
その言葉を耳にし、ふと、別の懸念事にわたしは気づいた。
もし、他人に感じられないものが感じられるからこそ当屋に選ばれたのならば、そのうち妹も当屋に選ばれる日がくるということではないだろうか。
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