45 / 98
第五章 霜降
7 現れる死の数
しおりを挟む
「ああ――はい。お忙しいなか、時間を取らせました。ありがとうございます。それでは――失礼いたします。」
慇懃に礼を述べ、冬樹は電話を切る。
溜め息をつき、スマートフォンを机に置いた。そして、思い切り伸びをする。
日曜日の夕方なのに、疲れは溜まっていた。
少し休み、居間へと降りた。
パソコンの電源を入れる。パスワードを入力し、自分のアカウントにログインした。同時に、不気味なデスクトップが広がる。
思わず眉をひそめた。
正直、快い画像ではない。なぜ変わったかも分からない。だが、そのままにしていた――妙に気にかかっているからだ。
LIИEを開く。トップには、グループトークの「放課後探偵団」が来ていた。アイコンは、何かのキャラクターがホームズの格好をしたものだ。当然、設定したのは由香だった。
愛らしい絵柄に切なくなる。
由香が失踪して五日――何の続報もない。
今まで何度も繰り返されてきたことだ――防災無線や噂を通じ、一年に二度ほど、不吉な報せが入る。失踪者の中で、帰ってきた者を冬樹は知らない。
どうあれ――今は、自分のできることをするしかない。
ゆえに、土日を通じて電話をかけ続けたのだ。
キーボードを叩き、メッセージを入れる。
「自治会長さんの家に電話をかけてきた。」
「入江1区2区、平坂1~5区、伊吹1~3区、上里1区2区・園部・別所の。」
「あと、郷土誌の編纂者にも。」
そこまで送信したとき、幸子からのメッセージが表示された。
「え、みんな?」
「すごい!」
美邦から、「おつかれさまでした」と書かれた犬のイラストのスタンプが送信される。
既読が「3」と表示された。この五日間、三つしか常につかない。
「ひとまず、」
「郷土誌を読んでみたら、荒神様の宮司は『大原糺』って書いてあった。」
「元は、あそこは大原家の所有地だったみたい。」
「けど、市役所に訊いてみたら、荒神様は市有地だっていう。今は、入江2区の自治会が管理しとるだって。」
ポンと、幸子のメッセージが表示される。
「自治会長さん何て言っとんなった?」
通話の内容を思い出しながらキーボードを打つ。
「入江2区の自治会長さんは、平坂神社そのものは知っとんなった。けど、詳しいことは知らんって。」
「潰れたって噂を十年前に聞いただけだとか。」
「ほかの自治会長さんや、郷土誌の編纂者さんも同じ。」
「上里・園部・別所の自治会長さんに至っては、潰れたっていう噂さえ知らなんだ。」
美邦のメッセージが表示される。
「神社を管理しているのに、詳しい事情を知らないってどういうこと?」
「それに、そこ、もともとは、私の家の土地じゃ」
内心同意しつつも冬樹は返信した。
「十年前と今じゃ、自治会の人が違うに。」
「十年前まで自治会長だった人は、みんな亡くなられとった。15区、全て。」
「それどころか、郷土誌の、平坂神社の部分を編纂した人も。」
「みんな?」
「ああ。」
「しかも、十年前の伊吹2区の自治会長は、
9年前の10月、腐乱死体になって発見されたあの人だ。」
芳賀のメッセージが表示された。
「光川秀樹さん?」
キーボードを叩く。
「それだ。」「そして、郷土誌の編纂者は――」
冬樹は、市役所から聞いた何人かの名前を挙げる。その全てが、八年から七年前に亡くなっていた。
「今回の調査で分かったのはそこまでだ。」
土日を潰しても――そこまでしか分からなかった。
――まるで粛清のようだ。
祭りを管理していた当事者が全て亡くなっている。ひょっとしたら、十年と九年前の不審死は、新聞に載っていたものだけではないかもしれない。一見して自然死ならば、事件として報じられないだろう。
芳賀からのメッセージが表示される。
「これからどう調べてゆくつもり?」
冬樹は考え込む。
そして、正直に述べた。
「行き詰まってる。」
「やっぱり、十年前に亡くなったかたのことを調べるところかなあ、とは思うけど。」
幸子から、「無理のない範囲でね」とメッセージが表示される。美邦からは、「ゆっくりやすんでね」と書かれたスタンプが送られた。
LIИEを閉じ、少し考える。
――この町で、何が起きているのか。
菅野の話を信じる限り、十年前まで神社はあったはずなのだ。しかし、知らないと誰もが言う。それどころか、意図的に隠した痕跡さえある。
ふと、郷土誌の黒塗りを思い出す。
目次を開いたとき、「平坂神社」と美邦はつぶやいたのだ――そこにない文字を見ていた。鉄鐸の画像を目にしたときも、こう言ったのを覚えている。
――この、六角形の模様は何ですか?
それが冬樹は忘れられない。
――六角形の模様。
中学校を建設するときに出土した銅鐸を思い出す。あれは――やはり鉄鐸と関係があるのだろう。
――大原さんは何を見たんだ?
平坂神社の神は一つ目だという。それは何を意味しているのか。冬樹の知る限り、大物主が一つ目だという伝承はない。
――社家の生き残りが隻眼。
失明したのは、いつなのだろう。それは、神社が火事になる前なのか――あるいは後なのか。
再び引っかかった。
参道の石段を登った先に神社はある。
山の上に、宮司の一家が住んでいたとは考え難い。恐らく、ふもとに家はあったはずで――焼けたのはそこなのだ。だとしたら、神社は類焼していない。
山の中の神社はどうなったのか。少なくとも、取り壊されたという話は聞かない。
――ひょっとしてまだあるのか。
もし社務所があるならば、何かの手がかりも残っている可能性が高い。
平坂神社跡地をまだ訪れていないことに気づいた。資料を探したり、電話で聴き込みをしていたりして忘れていたのだ。しかし、空き地を見ても何も分からない。
――山の中に這入ったほうがいい。
慇懃に礼を述べ、冬樹は電話を切る。
溜め息をつき、スマートフォンを机に置いた。そして、思い切り伸びをする。
日曜日の夕方なのに、疲れは溜まっていた。
少し休み、居間へと降りた。
パソコンの電源を入れる。パスワードを入力し、自分のアカウントにログインした。同時に、不気味なデスクトップが広がる。
思わず眉をひそめた。
正直、快い画像ではない。なぜ変わったかも分からない。だが、そのままにしていた――妙に気にかかっているからだ。
LIИEを開く。トップには、グループトークの「放課後探偵団」が来ていた。アイコンは、何かのキャラクターがホームズの格好をしたものだ。当然、設定したのは由香だった。
愛らしい絵柄に切なくなる。
由香が失踪して五日――何の続報もない。
今まで何度も繰り返されてきたことだ――防災無線や噂を通じ、一年に二度ほど、不吉な報せが入る。失踪者の中で、帰ってきた者を冬樹は知らない。
どうあれ――今は、自分のできることをするしかない。
ゆえに、土日を通じて電話をかけ続けたのだ。
キーボードを叩き、メッセージを入れる。
「自治会長さんの家に電話をかけてきた。」
「入江1区2区、平坂1~5区、伊吹1~3区、上里1区2区・園部・別所の。」
「あと、郷土誌の編纂者にも。」
そこまで送信したとき、幸子からのメッセージが表示された。
「え、みんな?」
「すごい!」
美邦から、「おつかれさまでした」と書かれた犬のイラストのスタンプが送信される。
既読が「3」と表示された。この五日間、三つしか常につかない。
「ひとまず、」
「郷土誌を読んでみたら、荒神様の宮司は『大原糺』って書いてあった。」
「元は、あそこは大原家の所有地だったみたい。」
「けど、市役所に訊いてみたら、荒神様は市有地だっていう。今は、入江2区の自治会が管理しとるだって。」
ポンと、幸子のメッセージが表示される。
「自治会長さん何て言っとんなった?」
通話の内容を思い出しながらキーボードを打つ。
「入江2区の自治会長さんは、平坂神社そのものは知っとんなった。けど、詳しいことは知らんって。」
「潰れたって噂を十年前に聞いただけだとか。」
「ほかの自治会長さんや、郷土誌の編纂者さんも同じ。」
「上里・園部・別所の自治会長さんに至っては、潰れたっていう噂さえ知らなんだ。」
美邦のメッセージが表示される。
「神社を管理しているのに、詳しい事情を知らないってどういうこと?」
「それに、そこ、もともとは、私の家の土地じゃ」
内心同意しつつも冬樹は返信した。
「十年前と今じゃ、自治会の人が違うに。」
「十年前まで自治会長だった人は、みんな亡くなられとった。15区、全て。」
「それどころか、郷土誌の、平坂神社の部分を編纂した人も。」
「みんな?」
「ああ。」
「しかも、十年前の伊吹2区の自治会長は、
9年前の10月、腐乱死体になって発見されたあの人だ。」
芳賀のメッセージが表示された。
「光川秀樹さん?」
キーボードを叩く。
「それだ。」「そして、郷土誌の編纂者は――」
冬樹は、市役所から聞いた何人かの名前を挙げる。その全てが、八年から七年前に亡くなっていた。
「今回の調査で分かったのはそこまでだ。」
土日を潰しても――そこまでしか分からなかった。
――まるで粛清のようだ。
祭りを管理していた当事者が全て亡くなっている。ひょっとしたら、十年と九年前の不審死は、新聞に載っていたものだけではないかもしれない。一見して自然死ならば、事件として報じられないだろう。
芳賀からのメッセージが表示される。
「これからどう調べてゆくつもり?」
冬樹は考え込む。
そして、正直に述べた。
「行き詰まってる。」
「やっぱり、十年前に亡くなったかたのことを調べるところかなあ、とは思うけど。」
幸子から、「無理のない範囲でね」とメッセージが表示される。美邦からは、「ゆっくりやすんでね」と書かれたスタンプが送られた。
LIИEを閉じ、少し考える。
――この町で、何が起きているのか。
菅野の話を信じる限り、十年前まで神社はあったはずなのだ。しかし、知らないと誰もが言う。それどころか、意図的に隠した痕跡さえある。
ふと、郷土誌の黒塗りを思い出す。
目次を開いたとき、「平坂神社」と美邦はつぶやいたのだ――そこにない文字を見ていた。鉄鐸の画像を目にしたときも、こう言ったのを覚えている。
――この、六角形の模様は何ですか?
それが冬樹は忘れられない。
――六角形の模様。
中学校を建設するときに出土した銅鐸を思い出す。あれは――やはり鉄鐸と関係があるのだろう。
――大原さんは何を見たんだ?
平坂神社の神は一つ目だという。それは何を意味しているのか。冬樹の知る限り、大物主が一つ目だという伝承はない。
――社家の生き残りが隻眼。
失明したのは、いつなのだろう。それは、神社が火事になる前なのか――あるいは後なのか。
再び引っかかった。
参道の石段を登った先に神社はある。
山の上に、宮司の一家が住んでいたとは考え難い。恐らく、ふもとに家はあったはずで――焼けたのはそこなのだ。だとしたら、神社は類焼していない。
山の中の神社はどうなったのか。少なくとも、取り壊されたという話は聞かない。
――ひょっとしてまだあるのか。
もし社務所があるならば、何かの手がかりも残っている可能性が高い。
平坂神社跡地をまだ訪れていないことに気づいた。資料を探したり、電話で聴き込みをしていたりして忘れていたのだ。しかし、空き地を見ても何も分からない。
――山の中に這入ったほうがいい。
1
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
初めてお越しの方へ
山村京二
ホラー
全ては、中学生の春休みに始まった。
祖父母宅を訪れた主人公が、和室の押し入れで見つけた奇妙な日記。祖父から聞かされた驚愕の話。そのすべてが主人公の人生を大きく変えることとなる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ルール
新菜いに/丹㑚仁戻
ホラー
放課後の恒例となった、友達同士でする怪談話。
その日聞いた怪談は、実は高校の近所が舞台となっていた。
主人公の亜美は怖がりだったが、周りの好奇心に押されその場所へと向かうことに。
その怪談は何を伝えようとしていたのか――その意味を知ったときには、もう遅い。
□第6回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました□
※章ごとに登場人物や時代が変わる連作短編のような構成です(第一章と最後の二章は同じ登場人物)。
※結構グロいです。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
©2022 新菜いに
感染
saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。
生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係
そして、事件の裏にある悲しき真実とは……
ゾンビものです。
煩い人
星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。
「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。
彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。
それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。
彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが……
(全7話)
※タイトルは「わずらいびと」と読みます
※カクヨムでも掲載しています
バベルの塔の上で
三石成
ホラー
一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。
友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。
その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる