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第五章 霜降
6 自分のせい
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濃い藍色の空に、防災無線の声が淡々と響く。
「こちらは防災――です。――警察署から、行方不明者についてお知らせします。本日――ごろから――平坂町伊吹――の実相寺由香さん十三歳が行方不明となっております。特徴は――」
暗い階段を美邦は下った。
縁側で煙草をふかす啓が目に入る。横顔に目が留まった。やはり、体調を崩す前の昭に似ている。そんな中、単調な声が聞こえ続けた。
「お心当たりのある方は――警察署までご連絡をお願いします。繰り替えします。こちらは、防災――」
障子戸に手をかけた。同時に、木枠に溜まった埃に気づく。引っ越したときは綺麗だった。最近、掃除が行き届いていないのが目に入る。
居間では、千秋が宿題をしていた。いつも点けられているテレビは暗い。美邦に気づき、不安そうな眼差しを送る。
「いま流れてきたのって――中学校の人?」
「うん。」千秋の隣に美邦は腰を下ろす。「同じクラスの子。今朝から――行方が分からなくなってるの。」
由香について説明する。美邦の隣の席だと知り、千秋は驚くとともに悲し気な顔をした。それは、説明する美邦の顔が暗かったせいもあるはずだ。
硝子障子の向こうで啓が動く。消えるような声が聞こえた。
「可哀想になあ。実相寺さん家ぇも――また。」
そして、どこかへ去ってゆく。
また――という言葉が気にかかった。しかし、すぐ察する。この町の人々にとって、不審死や行方不明は何度も繰り返されてきたことなのだろう――神社が消えた時から。
ふと、気づいたように千秋は言う。
「そういえば、その由香さんって、神社のことを一緒に調べとる人だっけ?」
ポーチ型の筆箱へと目を逸らす。シャープペンシルがこぼれ出ていた。そこに描かれているキャラクターは、由香が持っていたシャープペンシルにも描かれていたのだ。
「――うん。その一人だった。」
「ひょっとして――何か分かったことあるん?」
ちらりと、台所へと美邦は目をやる。詠歌と目が合った。蛇のような目に怖気づき、軽く首を横に振る。
「いや――なにも。」
不愉快そうな声が聞こえた。
「あんま変なことに首突っ込むでないよ。転校していきなり隣の女の子が――こがなことなるなんて。まるで変なことして消えたみたいだぁが。居候なのに責任とれるん?」
その言葉に、深く胸を締め付けられる。
――私のせいで。
最近、こういうことを無遠慮に詠歌は言う。まるで美邦を邪魔に思っているかのように。
*
その晩――再び夢を見た。
自分にはいないはずの姉がいるという――最近よく見る夢だ。しかも、その日の夢は、今までの中で最も明白だった。
町の風景や姉の顔が細切れに現れては消える。
やがて、中通りを行幸する神輿行列が現れた。断片的な光景が現れては消える中、比較的長くそれは続いた。
せわしなく波動する何かが空から降ってくる。
震える空気の中、神輿行列は進む。宮司が先頭を歩み、装束をまとった男女が続いた。その女が美邦の姉だ。町民が、かけ声を挙げ、御神酒や米・花吹雪を神輿行列に降りかける。
目に見えないエネルギーのようなものが降り続けていた。
悪い光景ではない。それなのに、憂鬱な気分を振り払えない。姉の顔もまた浮かなかった。
姉の眼が美邦を向く。
刹那、景色は暗転した。次に現れたのは、真っ蒼な光に照らされたキッチンだ。
姉と向き合ってテーブルに着いていた。普段着に姉は戻っており、林檎飴を舐めている。それは、屋台から美邦が買ってきたお土産だった。
美邦は、自分の命が長くないことを知っていた。だからこそ、姉と離れたくない気持ちが強まる。
心配してもらいたくてあえて美邦は尋ねた。
――お姉ちゃん、私がおらんようになったら、やっぱ悲しい?
姉は驚いたような顔をする。
――そりゃそうだが! 変なこと言わんで。
思っていたとおりの答えで安心した。この言葉を自分は聞きたかったのだ。
――うん、そうだよね。ごめんね。
罪悪感を隠すように微笑む。
――私も、お姉ちゃんがおらんようになったら、悲しいもんね。
*
翌日も、由香はいなかった。空席のせいで窓がよく見える。だが、硝子に雫が当たって外は見えない。
教室中が静かだ。緑青のスカーフや黒い学生服が集まると通夜のようである。
――この制服で葬儀は厭だ。
渡辺家の仏間を美邦は思い出す。
天袋の襖が、一つだけ新しかったのだ。まるで、そこには元々なかったかのように。
神棚があったのではないか。
――けれど。
町ぐるみで隠蔽が行なわれているのならば、子供たちを大人が守ろうとするだろうか。
――町の人は嘘はついていない?
同時に、この町には何かがいると感じる。しかし、何もいないとも感じるのだ。それは、なぜなのだろう。もし、神がいるとしたら――。
十一年前――神送りは行なわれたのだろうか。
雨音にまぎれ、ささやき声が響く。
――が。――た。
声が小さすぎて、「見た」と言ったのか「来た」と言ったのか分からない。
――を。――た。
顔を上げた。
幸子が落ち込んでいたことはもちろんだが――先日よりも思い詰めたような顔を冬樹はしている。その様子が酷く気にかかった。
二時間目は体育だった。
雨が降っていたのでバレーボールが行なわれる。
体育館の外から、工事の音が聞こえ続けていた。
ボールを跳ね合わせるクラスメイトを眺めながら、美邦は幸子と竝んで立った。いつも隣にいる由香はいない。
先日のことが気にかかり、美邦は再び謝る。
「幸子――昨日はごめんね。空気も読まず。」
幸子は首を横に振った。
「ええに。分かり切っとることだけえ。」
「――そう。」
「それにな――由香が帰ってきたら、神社について知りたいと思う。好奇心旺盛だけえ。それまで、調べられることは調べてみやあや。」
美邦は少し前向きとなる。
「もちろん!」
「うん――。きっと由香は帰ってくるに。」
「こちらは防災――です。――警察署から、行方不明者についてお知らせします。本日――ごろから――平坂町伊吹――の実相寺由香さん十三歳が行方不明となっております。特徴は――」
暗い階段を美邦は下った。
縁側で煙草をふかす啓が目に入る。横顔に目が留まった。やはり、体調を崩す前の昭に似ている。そんな中、単調な声が聞こえ続けた。
「お心当たりのある方は――警察署までご連絡をお願いします。繰り替えします。こちらは、防災――」
障子戸に手をかけた。同時に、木枠に溜まった埃に気づく。引っ越したときは綺麗だった。最近、掃除が行き届いていないのが目に入る。
居間では、千秋が宿題をしていた。いつも点けられているテレビは暗い。美邦に気づき、不安そうな眼差しを送る。
「いま流れてきたのって――中学校の人?」
「うん。」千秋の隣に美邦は腰を下ろす。「同じクラスの子。今朝から――行方が分からなくなってるの。」
由香について説明する。美邦の隣の席だと知り、千秋は驚くとともに悲し気な顔をした。それは、説明する美邦の顔が暗かったせいもあるはずだ。
硝子障子の向こうで啓が動く。消えるような声が聞こえた。
「可哀想になあ。実相寺さん家ぇも――また。」
そして、どこかへ去ってゆく。
また――という言葉が気にかかった。しかし、すぐ察する。この町の人々にとって、不審死や行方不明は何度も繰り返されてきたことなのだろう――神社が消えた時から。
ふと、気づいたように千秋は言う。
「そういえば、その由香さんって、神社のことを一緒に調べとる人だっけ?」
ポーチ型の筆箱へと目を逸らす。シャープペンシルがこぼれ出ていた。そこに描かれているキャラクターは、由香が持っていたシャープペンシルにも描かれていたのだ。
「――うん。その一人だった。」
「ひょっとして――何か分かったことあるん?」
ちらりと、台所へと美邦は目をやる。詠歌と目が合った。蛇のような目に怖気づき、軽く首を横に振る。
「いや――なにも。」
不愉快そうな声が聞こえた。
「あんま変なことに首突っ込むでないよ。転校していきなり隣の女の子が――こがなことなるなんて。まるで変なことして消えたみたいだぁが。居候なのに責任とれるん?」
その言葉に、深く胸を締め付けられる。
――私のせいで。
最近、こういうことを無遠慮に詠歌は言う。まるで美邦を邪魔に思っているかのように。
*
その晩――再び夢を見た。
自分にはいないはずの姉がいるという――最近よく見る夢だ。しかも、その日の夢は、今までの中で最も明白だった。
町の風景や姉の顔が細切れに現れては消える。
やがて、中通りを行幸する神輿行列が現れた。断片的な光景が現れては消える中、比較的長くそれは続いた。
せわしなく波動する何かが空から降ってくる。
震える空気の中、神輿行列は進む。宮司が先頭を歩み、装束をまとった男女が続いた。その女が美邦の姉だ。町民が、かけ声を挙げ、御神酒や米・花吹雪を神輿行列に降りかける。
目に見えないエネルギーのようなものが降り続けていた。
悪い光景ではない。それなのに、憂鬱な気分を振り払えない。姉の顔もまた浮かなかった。
姉の眼が美邦を向く。
刹那、景色は暗転した。次に現れたのは、真っ蒼な光に照らされたキッチンだ。
姉と向き合ってテーブルに着いていた。普段着に姉は戻っており、林檎飴を舐めている。それは、屋台から美邦が買ってきたお土産だった。
美邦は、自分の命が長くないことを知っていた。だからこそ、姉と離れたくない気持ちが強まる。
心配してもらいたくてあえて美邦は尋ねた。
――お姉ちゃん、私がおらんようになったら、やっぱ悲しい?
姉は驚いたような顔をする。
――そりゃそうだが! 変なこと言わんで。
思っていたとおりの答えで安心した。この言葉を自分は聞きたかったのだ。
――うん、そうだよね。ごめんね。
罪悪感を隠すように微笑む。
――私も、お姉ちゃんがおらんようになったら、悲しいもんね。
*
翌日も、由香はいなかった。空席のせいで窓がよく見える。だが、硝子に雫が当たって外は見えない。
教室中が静かだ。緑青のスカーフや黒い学生服が集まると通夜のようである。
――この制服で葬儀は厭だ。
渡辺家の仏間を美邦は思い出す。
天袋の襖が、一つだけ新しかったのだ。まるで、そこには元々なかったかのように。
神棚があったのではないか。
――けれど。
町ぐるみで隠蔽が行なわれているのならば、子供たちを大人が守ろうとするだろうか。
――町の人は嘘はついていない?
同時に、この町には何かがいると感じる。しかし、何もいないとも感じるのだ。それは、なぜなのだろう。もし、神がいるとしたら――。
十一年前――神送りは行なわれたのだろうか。
雨音にまぎれ、ささやき声が響く。
――が。――た。
声が小さすぎて、「見た」と言ったのか「来た」と言ったのか分からない。
――を。――た。
顔を上げた。
幸子が落ち込んでいたことはもちろんだが――先日よりも思い詰めたような顔を冬樹はしている。その様子が酷く気にかかった。
二時間目は体育だった。
雨が降っていたのでバレーボールが行なわれる。
体育館の外から、工事の音が聞こえ続けていた。
ボールを跳ね合わせるクラスメイトを眺めながら、美邦は幸子と竝んで立った。いつも隣にいる由香はいない。
先日のことが気にかかり、美邦は再び謝る。
「幸子――昨日はごめんね。空気も読まず。」
幸子は首を横に振った。
「ええに。分かり切っとることだけえ。」
「――そう。」
「それにな――由香が帰ってきたら、神社について知りたいと思う。好奇心旺盛だけえ。それまで、調べられることは調べてみやあや。」
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