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第五章 霜降
2 神なき祟り
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昼休み――「放課後探偵団」のメンバーはいつも通り窓辺に席を合わせた。
冷たい光が、窓枠の影を机に落としている。影のない部分では鮮やかに木目が映えていた。
芳賀が、「白うさぎ」の入った箱を置く。そして、ホッチキスで留められた二枚の紙を配った。
美邦はそれを受け取る。
一枚目の紙を見つめた。
――――― ――――― ――――― ―――――
★交通事故による死亡:2万5千人に1人。
★火災による死亡:10万人に1人
⭐︎平坂町の人口:8257人
【11年前】
1件・?人
⚫︎5月4日 上里で老人が行方不明
(前田音吉・92歳)
【10年前】
5/6件・8/9人
⚫︎1月10日(3時)平坂神社の宮司の訃報
(大原糺・86歳)
⚫︎2月20日(5時)火災で1人が死亡
(大原夏美・29歳)
⚫︎3月1日(22時)平坂町伊吹で自動車事故があり3人が死亡
(近衛雪枝・32歳、里山幸雄・27歳、佐見大助・45歳)
⚫︎5月15日(21時)漁船の転覆で2人が死亡
(津村甚五・53歳、田前久義・46歳)
⚫︎7月8日(4時)上里の会社員が自殺
(真中歩実・23歳)
⚫︎10月15日(1時)男性の溺死体が港で発見
(前田与一・27歳)
【9年前】
4件・4人
⚫︎1月15日(3時)入江で火災により1人が死亡
(一松圭司・35歳)
⚫︎3月1日(21時)平坂で自動車事故により1人が死亡
(東桐乃・29歳)
⚫︎5月25日(21時)平坂駅で人身事故により1人が死亡
(池田知世・11歳)
⚫︎10月5日(?)伊吹で孤独死した老人が腐乱死体となって発見
(光川秀樹・76歳)
【昨年】
(ネット検索の結果)2件・2人
⚫︎4月16日(22時)上里で交通事故により1人が死亡。
(南岸二郎・43歳)
⚫︎7月25日(5時)入江で1人が溺死体となって発見。
(雪山梢・17歳)
――――― ――――― ――――― ―――――
十一年前は、老人の失踪が一件しか起きてない。だが、十年前からは激増している――目に見えない疫病のように。
二枚目の紙には、事件現場や死亡者の住所・平均年齢・男女比などが詳細に記されていた。
通学路でいつも目にする幻視を思い出す。
大破した車、焼け焦げた家――それらの場所と、資料に書かれた住所は一致する気がした。だが――確認するのは怖い。
香ばしい匂いが漂った。
湯気の立つカップを配りながら芳賀が言う。
「でも――意外だったな。神社が倒産しとらなんだなんて。」
破産説を主張し続けていただけあり、忸怩たるものがあるのだろう。
土曜日の時点で、十年前の官報は全て調べ終えていた。しかし、平坂神社の破産に関する情報はなかったのだ。
正面から冬樹が声を上げる。
「けど、これではっきりした――不審死は、神社が消えた年に始まっとる。問題は、宮司さんの死が不審死に含まれるかってところだけど。」
うん――と美邦はうなづく。
この歳ならば、ただの老衰の可能性も高い。
由香が、蒼い顔を向けた。
「美邦ちゃんは――お祖父さんのことについて何か覚えとらんの?」
いつもは真っ先に手を伸ばす白うさぎを由香は取っていない。給食時間中もあまり食慾がなかったようだ。そこが少し気にかかる。
目の前で、ほうじ茶が褐色に輝いた。
幼い頃の記憶を探る。神社と母のことで占められており、祖父らしき人影は見当たらない。
「少なくとも、お祖父さんらしい人のことは覚えてないけど。それに、二歳の頃だし――」
意外と長い脚を芳賀は組む。
「まあ――不審死と神社との関連性は、まだはっきりせんけどな。たまたま事故が続いたって可能性もある。そうでなきゃ――事件ってことになるけど。」
刹那、黒い学生服が喪服に見えた。
事件――と美邦は尋ねる。
「超常現象なんて僕は信じとらんに。――こういう事故だって、人が起こそうと思えば起こせるが?」
水を打ったように静かになる。
由香が、弱々しい声を出した。
「でも、それって怖ぁない? 事故に見せかけた事件を、お父さんやお母さんらが隠しとるかもしらんだで? なんせ、町ぐるみで神社を消しただけぇ。」
さすがの芳賀も黙り込んだ。
幸子が不機嫌な顔をする。
「祟りのほうがまだマシだに。」
そして、白うさぎへ手を伸ばした。
美邦もまた、白うさぎを手に取る。包装を剥ぎ、小麦色の焼きまんじゅうを見つめた。長い耳があり、小さな紅い目が描かれている。
内心、芳賀の言葉に、一定の説得力を感じていた。
町に来て以来――嘘をつかれているような感覚が続いているのだ。
白うさぎを口にする。
濃い甘さが口の中に拡がった。
いや――と美邦は思う。
嘘をつかれている――というのは不正確かもしれない。どちらかと言えば、「何かが欠けている」感じがする。
荒神塚を思い出した――砂っぽい境内に建つ祠を。
――あそこには「何もなかった」。
口の中に残る甘さをほうじ茶で流し込む。そして、以前から考えていたことを言った。
「冬至から春分までのあいだ――神様はいないはずだよね? でも、お祖父さんは一月に亡くなって、お母さんは二月に亡くなってるんだけど。」
十二月二十一日ごろが冬至で、三月二十一日ごろが春分のはずだ。
一同は目をまたたかせる。
幸子が、厚いレンズの端に触れた。
「神様のせい――じゃない?」
「――うん。」
うなづいたが、断言したわけではない。
疑問を幸子が敷衍げる。
「でも――確かに、お祖父さんが亡くなったのや神社の火事が神様の祟りっていうんなら――神社を無くしたのって神様? 祀られんくなった神様が祟るって話はよう聞くけど――祟りで祀られんくなるもんなん?」
深く共感した。
これは――「祟り」と言えるのだろうか。
白うさぎの残りを口にした。
町に来て以来、なにもないような感覚が続いている。それが自然と言葉になった。
「そもそも――この町に神様はいるの?」
由香の蒼い顔が傾く。
「――え?」
美邦は、自分が発した言葉に戸惑った。
「あ――いや。」
つっかえ、恥じいる。
「――なんでもない。」
ほうじ茶をすする。
だが――記憶の中の町にあったはずのものや――よその神社から感じるものが全くないのだ。
一方――由香と見たものを思い出す。
夜には、なにかが潜んでいる。あれは何なのか。
なにもいないと同時にいるという――矛盾した感覚もあるのだ。
「――けど、」
黙っていた冬樹が口を開いた。
「不審死と失踪――神社と御忌に、関連があることも事実だが。神社が消えた直後から、起きる確率の低い死が、しかも必ず夜に起きとる。十年前はアウトブレイクしとるに。」
最後の言葉が耳に響く。
――大物主は疫病を流行らせた。
不審死や失踪は、年に二件ほど起きるという。しかし、祖父も含めると十年前は九人だ。翌年は半減し、四人である。
「神社が消えた理由――不審死が始まった理由があるはずだ。神様か人間かは差し置いて、犯人だっておると思う。」
芳賀が、小型ノートパソコンを開く。
「とりあえず、可能性をまとめやあや。そこから、消去法で考えてかんと。」
キーボードを素早く芳賀は打った。やがて、回転型ディスプレイを回し、画面を見せる。
「まず――犯人が人間だった場合の可能性。」
次の文が書かれていた。
1.犯人は人間 A.町の人たち
B.その他の人たち△
а.宗教的原因
b.怨恨的原因△
c.政治的原因
d.その他
一同は画面を覗き込んだ。
幸子が目をすがめる。
「なにぃ、この三角?」
可能性が低いもんだが――と、芳賀は答えた。
「犯人が人間だった場合――町ぐるみで神社を隠しとらんと可怪しい。でも、町の外の人はできんだらぁけぇ三角。あと――同じ恨みを町中の人が持つってのも、まあ、あんまなささーだけぇ三角。」
画面の中に、引っ掛かる文字がある。なんとなく意味は判るが、一応、美邦は尋ねてみた。
「この――宗教的原因って?」
「たとえば――隠された信仰みたいなもんがあって、それが原因で神社は消されたって可能性。伝統的な信仰か新宗教かは分からんけど。」
緑青のスカーフへ目を落とす。
――宗教的な理由で殺されたなら。
まるで母は生贄ではないか。
冬樹が口を開く。
「政治的原因も三角でないか? 宗教的な意図ならともかく――政治的な意図で無差別殺人をする理由が分からん。」
「まあ――そうか。」
芳賀は画面を自分へ向け、キーボードを再び打つ。
「で――犯人が超常現象の場合は、だいたいこうでないかいな?」
画面が再び回された。
2.超常現象が犯人 A.神様△
B.禍々しいもの
а.祭祀に関わる原因△
b.呪術に関わる原因
c.環境に関わる原因
d.その他
「大原さんが指摘したやに、神様の可能性は低いけぇ三角。神様が犯人でないとなると、原因が祭祀の可能性も低ぅなるが?」
美邦は液晶を見つめ、違和感を抱いた。
「祭祀が原因じゃない――って、どうなのかな。」
神が原因である可能性に否定的な意見を述べたのは自分だ。しかし、全否定はしていない。
冬樹へと顔を向ける。
「常世の国から来るものは、神様だけじゃないんだよね? 邪悪なものや疫病も来るって。」
ああ――と冬樹はうなづいた。
「神様の代わりに、そういったもんが来た可能性もあるな。もっとも――今までの儀式じゃ何でこんかったかって話でもあるけど。」
「それが――神社を消した?」
「可能性の一つだけど。」
幼いころの出来事を思い出す。左眼が痛くなったとき――どこからか何かが来たのだ。
――関係はあるのか。
平坂神社の神は一つ目だという。
小さな声で由香が尋ねる。
「この――環境に関わる要因ってなにぃ?」
「たとえば風水とか? 僕は信じとらんけど――磁場だの結界だのって話はよう聞くが?」
「うーん。」冬樹はうなった。「じゃあ、工事とか地震とかがなかったかも調べてかんといけんなあ。」
そして、少し跳ねた前髪をいじる。
「ついでに言や――祭りは自治会が把握しとったはずだけえ、そっち方面に聴き込みしてっても何か判るかもしらん。」
ふっと――不安になった。
三角錐へ目をやり、由香の蒼い顔に視線を移す。なぜか負い目を覚えた。由香のことも心配だが――今度は冬樹も心配になってくる。
「でも――大丈夫なのかな?」
視線が美邦に向かった。
なかば分かったような顔で冬樹は尋ねる。
「――何が?」
晩年の父の顔を思い出し、息を呑む。
「家が火事になったあと――お父さん、町から逃たんじゃないの? そのあと、こんなに亡くなってる。それって、私を連れて逃げなきゃいけないほど危ない何かがあったってことじゃ――」
神社は消されなければならなかった――母を焼死させてまで。
――でも。
ほおっておくと大変なことになる――そんな気がしてならない。
冬樹は、悲しげな視線を美邦へ向けた。
「それ言い出したら――最も危ないのは大原さんでないの?」
美邦は、静かにうなづく。
「――うん。」
大原家の生き残りであり、神社を調べるきっかけを作った自分に危険はないのか。渡辺家に居続けるのは――安全なのだろうか。
――私自身の安全は。
息をつき、冬樹は続ける。
「もしも大原さんの身を脅かすものがあるなら――それを俺は突き止めたいにぃ。俺もまた、身内を亡くしとるけぇ。」
顔がほてった。
嬉しさで身体が固まり、言葉が出ない。
一方、冬樹の安全を考えると複雑な気持ちになる。
――けれど。
自分は――なにになってゆくのだろう。
もし――危険を感じて昭が町を逃げたならば、あの遺書の意味は何なのか。
――みくにをたのむ。
冷たい光が、窓枠の影を机に落としている。影のない部分では鮮やかに木目が映えていた。
芳賀が、「白うさぎ」の入った箱を置く。そして、ホッチキスで留められた二枚の紙を配った。
美邦はそれを受け取る。
一枚目の紙を見つめた。
――――― ――――― ――――― ―――――
★交通事故による死亡:2万5千人に1人。
★火災による死亡:10万人に1人
⭐︎平坂町の人口:8257人
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1件・?人
⚫︎5月4日 上里で老人が行方不明
(前田音吉・92歳)
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5/6件・8/9人
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(大原糺・86歳)
⚫︎2月20日(5時)火災で1人が死亡
(大原夏美・29歳)
⚫︎3月1日(22時)平坂町伊吹で自動車事故があり3人が死亡
(近衛雪枝・32歳、里山幸雄・27歳、佐見大助・45歳)
⚫︎5月15日(21時)漁船の転覆で2人が死亡
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⚫︎10月15日(1時)男性の溺死体が港で発見
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4件・4人
⚫︎1月15日(3時)入江で火災により1人が死亡
(一松圭司・35歳)
⚫︎3月1日(21時)平坂で自動車事故により1人が死亡
(東桐乃・29歳)
⚫︎5月25日(21時)平坂駅で人身事故により1人が死亡
(池田知世・11歳)
⚫︎10月5日(?)伊吹で孤独死した老人が腐乱死体となって発見
(光川秀樹・76歳)
【昨年】
(ネット検索の結果)2件・2人
⚫︎4月16日(22時)上里で交通事故により1人が死亡。
(南岸二郎・43歳)
⚫︎7月25日(5時)入江で1人が溺死体となって発見。
(雪山梢・17歳)
――――― ――――― ――――― ―――――
十一年前は、老人の失踪が一件しか起きてない。だが、十年前からは激増している――目に見えない疫病のように。
二枚目の紙には、事件現場や死亡者の住所・平均年齢・男女比などが詳細に記されていた。
通学路でいつも目にする幻視を思い出す。
大破した車、焼け焦げた家――それらの場所と、資料に書かれた住所は一致する気がした。だが――確認するのは怖い。
香ばしい匂いが漂った。
湯気の立つカップを配りながら芳賀が言う。
「でも――意外だったな。神社が倒産しとらなんだなんて。」
破産説を主張し続けていただけあり、忸怩たるものがあるのだろう。
土曜日の時点で、十年前の官報は全て調べ終えていた。しかし、平坂神社の破産に関する情報はなかったのだ。
正面から冬樹が声を上げる。
「けど、これではっきりした――不審死は、神社が消えた年に始まっとる。問題は、宮司さんの死が不審死に含まれるかってところだけど。」
うん――と美邦はうなづく。
この歳ならば、ただの老衰の可能性も高い。
由香が、蒼い顔を向けた。
「美邦ちゃんは――お祖父さんのことについて何か覚えとらんの?」
いつもは真っ先に手を伸ばす白うさぎを由香は取っていない。給食時間中もあまり食慾がなかったようだ。そこが少し気にかかる。
目の前で、ほうじ茶が褐色に輝いた。
幼い頃の記憶を探る。神社と母のことで占められており、祖父らしき人影は見当たらない。
「少なくとも、お祖父さんらしい人のことは覚えてないけど。それに、二歳の頃だし――」
意外と長い脚を芳賀は組む。
「まあ――不審死と神社との関連性は、まだはっきりせんけどな。たまたま事故が続いたって可能性もある。そうでなきゃ――事件ってことになるけど。」
刹那、黒い学生服が喪服に見えた。
事件――と美邦は尋ねる。
「超常現象なんて僕は信じとらんに。――こういう事故だって、人が起こそうと思えば起こせるが?」
水を打ったように静かになる。
由香が、弱々しい声を出した。
「でも、それって怖ぁない? 事故に見せかけた事件を、お父さんやお母さんらが隠しとるかもしらんだで? なんせ、町ぐるみで神社を消しただけぇ。」
さすがの芳賀も黙り込んだ。
幸子が不機嫌な顔をする。
「祟りのほうがまだマシだに。」
そして、白うさぎへ手を伸ばした。
美邦もまた、白うさぎを手に取る。包装を剥ぎ、小麦色の焼きまんじゅうを見つめた。長い耳があり、小さな紅い目が描かれている。
内心、芳賀の言葉に、一定の説得力を感じていた。
町に来て以来――嘘をつかれているような感覚が続いているのだ。
白うさぎを口にする。
濃い甘さが口の中に拡がった。
いや――と美邦は思う。
嘘をつかれている――というのは不正確かもしれない。どちらかと言えば、「何かが欠けている」感じがする。
荒神塚を思い出した――砂っぽい境内に建つ祠を。
――あそこには「何もなかった」。
口の中に残る甘さをほうじ茶で流し込む。そして、以前から考えていたことを言った。
「冬至から春分までのあいだ――神様はいないはずだよね? でも、お祖父さんは一月に亡くなって、お母さんは二月に亡くなってるんだけど。」
十二月二十一日ごろが冬至で、三月二十一日ごろが春分のはずだ。
一同は目をまたたかせる。
幸子が、厚いレンズの端に触れた。
「神様のせい――じゃない?」
「――うん。」
うなづいたが、断言したわけではない。
疑問を幸子が敷衍げる。
「でも――確かに、お祖父さんが亡くなったのや神社の火事が神様の祟りっていうんなら――神社を無くしたのって神様? 祀られんくなった神様が祟るって話はよう聞くけど――祟りで祀られんくなるもんなん?」
深く共感した。
これは――「祟り」と言えるのだろうか。
白うさぎの残りを口にした。
町に来て以来、なにもないような感覚が続いている。それが自然と言葉になった。
「そもそも――この町に神様はいるの?」
由香の蒼い顔が傾く。
「――え?」
美邦は、自分が発した言葉に戸惑った。
「あ――いや。」
つっかえ、恥じいる。
「――なんでもない。」
ほうじ茶をすする。
だが――記憶の中の町にあったはずのものや――よその神社から感じるものが全くないのだ。
一方――由香と見たものを思い出す。
夜には、なにかが潜んでいる。あれは何なのか。
なにもいないと同時にいるという――矛盾した感覚もあるのだ。
「――けど、」
黙っていた冬樹が口を開いた。
「不審死と失踪――神社と御忌に、関連があることも事実だが。神社が消えた直後から、起きる確率の低い死が、しかも必ず夜に起きとる。十年前はアウトブレイクしとるに。」
最後の言葉が耳に響く。
――大物主は疫病を流行らせた。
不審死や失踪は、年に二件ほど起きるという。しかし、祖父も含めると十年前は九人だ。翌年は半減し、四人である。
「神社が消えた理由――不審死が始まった理由があるはずだ。神様か人間かは差し置いて、犯人だっておると思う。」
芳賀が、小型ノートパソコンを開く。
「とりあえず、可能性をまとめやあや。そこから、消去法で考えてかんと。」
キーボードを素早く芳賀は打った。やがて、回転型ディスプレイを回し、画面を見せる。
「まず――犯人が人間だった場合の可能性。」
次の文が書かれていた。
1.犯人は人間 A.町の人たち
B.その他の人たち△
а.宗教的原因
b.怨恨的原因△
c.政治的原因
d.その他
一同は画面を覗き込んだ。
幸子が目をすがめる。
「なにぃ、この三角?」
可能性が低いもんだが――と、芳賀は答えた。
「犯人が人間だった場合――町ぐるみで神社を隠しとらんと可怪しい。でも、町の外の人はできんだらぁけぇ三角。あと――同じ恨みを町中の人が持つってのも、まあ、あんまなささーだけぇ三角。」
画面の中に、引っ掛かる文字がある。なんとなく意味は判るが、一応、美邦は尋ねてみた。
「この――宗教的原因って?」
「たとえば――隠された信仰みたいなもんがあって、それが原因で神社は消されたって可能性。伝統的な信仰か新宗教かは分からんけど。」
緑青のスカーフへ目を落とす。
――宗教的な理由で殺されたなら。
まるで母は生贄ではないか。
冬樹が口を開く。
「政治的原因も三角でないか? 宗教的な意図ならともかく――政治的な意図で無差別殺人をする理由が分からん。」
「まあ――そうか。」
芳賀は画面を自分へ向け、キーボードを再び打つ。
「で――犯人が超常現象の場合は、だいたいこうでないかいな?」
画面が再び回された。
2.超常現象が犯人 A.神様△
B.禍々しいもの
а.祭祀に関わる原因△
b.呪術に関わる原因
c.環境に関わる原因
d.その他
「大原さんが指摘したやに、神様の可能性は低いけぇ三角。神様が犯人でないとなると、原因が祭祀の可能性も低ぅなるが?」
美邦は液晶を見つめ、違和感を抱いた。
「祭祀が原因じゃない――って、どうなのかな。」
神が原因である可能性に否定的な意見を述べたのは自分だ。しかし、全否定はしていない。
冬樹へと顔を向ける。
「常世の国から来るものは、神様だけじゃないんだよね? 邪悪なものや疫病も来るって。」
ああ――と冬樹はうなづいた。
「神様の代わりに、そういったもんが来た可能性もあるな。もっとも――今までの儀式じゃ何でこんかったかって話でもあるけど。」
「それが――神社を消した?」
「可能性の一つだけど。」
幼いころの出来事を思い出す。左眼が痛くなったとき――どこからか何かが来たのだ。
――関係はあるのか。
平坂神社の神は一つ目だという。
小さな声で由香が尋ねる。
「この――環境に関わる要因ってなにぃ?」
「たとえば風水とか? 僕は信じとらんけど――磁場だの結界だのって話はよう聞くが?」
「うーん。」冬樹はうなった。「じゃあ、工事とか地震とかがなかったかも調べてかんといけんなあ。」
そして、少し跳ねた前髪をいじる。
「ついでに言や――祭りは自治会が把握しとったはずだけえ、そっち方面に聴き込みしてっても何か判るかもしらん。」
ふっと――不安になった。
三角錐へ目をやり、由香の蒼い顔に視線を移す。なぜか負い目を覚えた。由香のことも心配だが――今度は冬樹も心配になってくる。
「でも――大丈夫なのかな?」
視線が美邦に向かった。
なかば分かったような顔で冬樹は尋ねる。
「――何が?」
晩年の父の顔を思い出し、息を呑む。
「家が火事になったあと――お父さん、町から逃たんじゃないの? そのあと、こんなに亡くなってる。それって、私を連れて逃げなきゃいけないほど危ない何かがあったってことじゃ――」
神社は消されなければならなかった――母を焼死させてまで。
――でも。
ほおっておくと大変なことになる――そんな気がしてならない。
冬樹は、悲しげな視線を美邦へ向けた。
「それ言い出したら――最も危ないのは大原さんでないの?」
美邦は、静かにうなづく。
「――うん。」
大原家の生き残りであり、神社を調べるきっかけを作った自分に危険はないのか。渡辺家に居続けるのは――安全なのだろうか。
――私自身の安全は。
息をつき、冬樹は続ける。
「もしも大原さんの身を脅かすものがあるなら――それを俺は突き止めたいにぃ。俺もまた、身内を亡くしとるけぇ。」
顔がほてった。
嬉しさで身体が固まり、言葉が出ない。
一方、冬樹の安全を考えると複雑な気持ちになる。
――けれど。
自分は――なにになってゆくのだろう。
もし――危険を感じて昭が町を逃げたならば、あの遺書の意味は何なのか。
――みくにをたのむ。
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