神送りの夜

千石杏香

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第五章 霜降

1 町の禁域

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月曜日の朝――千秋と別れ、いつもどおり中通りを美邦は北へ進んだ。

――禁忌に触れた気がする。

厳しい寒さが迫っていた。灰色の雲が空に飛び交い、冷たい潮風が防波堤を越える。紅い布のなびく通りには、二、三体ほどの人影がたたずんでいた。

やがて、顔が削られた車が現れた。傾きながら地面に埋まり、残骸を散らしている。近づくにつれ、それは透けて消えた。一方、手前の花屋の軒には、彼岸花や菊が竝んでいるのが見えた。

――大体いつも同じ。

先日の調査を思い出す。

結果は芳賀がデータ化してくるという。不審死も失踪も二件しか美邦は見つけていない。だが、仲間たちが上げた声から、異様な数であることは判った。

鞘川を越えてしばらくして、炭化した家が現れる。

――幻視は幻視でしかないはず。

脳が作る錯視でしかないはずなのだ。その説明に美邦は安心してきた――錯覚と同じだと思い、漠然と感じる事実から目を逸らし続けてきた。しかし。

――もしも調査結果と一致していたならば。

いま――安心が脅かされている。

遠くに見える紅い燈台が目に焼きついた。

――⬛︎⬛︎なきゃ。

何か――大切なことがある気がする。

学校へと折れる丁字路に差し掛かった。消火栓の前に、由香と幸子が待っている。転校して以降、ここで二人と合流することが日課となっていた。

「おはよう、美邦ちゃん。」

美邦は眉をひそめる。

由香の顔は明らかに蒼い。声にも、いつもの力が入っていなかった――まるで、体調を崩し始めた頃の父のように。

「うん――由香、体調は大丈夫なの?」

「平気だよー、熱もないにぃ。どうして美邦ちゃんもそがなこと言うかいなぁ。」

「――も?」

ふちなし眼鏡の端が輝く。

「いや――私も、ちょっと顔色が悪くなっとらんかって訊いただが。でも、由香は何とも感じとらんみたいだに。」

「私は元気だで? そがなこと何で言うかいなぁ? このあいだから、ちょっと変でないかえ?」

「様子が変なのは、あんたのほうだけん。」

「そうだよ、由香――学校を休んで病院に行ったほうがいいよ。」

「そがなこと言われても――」

それから、健康を気遣う言葉を代わる代わるかけたが、暖簾のれんに手押しだった。押し問答を続けていても遅刻してしまうので、仕方なく学校へ向かう。

由香の顔色から、ふと連想した。

昭は、自然死だったのだろうか。

――先日の、あの調査結果は。

学校へ着いた。教室へ這入り、窓辺の席へと進む。岩井は先に来ていた――美邦の右後方の席から顔を上げる。

「おはようございます、みなさん。」

おはようと三人は答えた。

そして、由香の顔を幸子は指さす。

「それより岩井さん――見てな由香の顔色。何だか、えらい悪げでない? それだのに、自分は大丈夫だって言って由香は聞かんくて。」

訝しげな表情で、由香の顔をじっと岩井は観察した。

「私は――別に悪そうには見えませんけど?」

美邦は肩透かしを喰らう。

困惑の中、にこりと由香は笑んだ。

「ほら、岩井さんもこう言っとるが? みんなちょっと考え過ぎでないの? 私自身、体調も悪いとは思えんだけど――」

「そう――かなぁ。」美邦は考え込む。「むしろ、病院へ行ったほうがいいと思えるくらいだけど。」

そんなことは外見から明らかだ。なぜ――岩井は理解できないのか。

やがて、冬樹と芳賀が教室へ這入ってくる。

冬樹は席へと鞄を置く。振り返り、こちらを見て怪訝な顔をした。

芳賀が来た。冬樹と共に美邦の席へ近寄る。中性的な顔が少し曇った。

「実相寺さん――大丈夫かえ?」

「もうっ、芳賀君までそがなこと言うだけぇ。」

今までのやりとりを、不満そうに由香は説明する。

「みんな気にしすぎだぁが。顔色なんて、何とでも取れるにぃ。」

芳賀が冬樹と目を合わせる。

冬樹は釈然としていない。

「そう――なのか?」

これが普通の反応なのだろう。岩井の方が妙なのだ。

話は終わったとばかりに由香は尋ねる。

「で――芳賀君、データベースはできたん?」

「え――ああ。」芳賀はうなづいた。「もちろん。でも――とんでもないことになったな。」
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