神送りの夜

千石杏香

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第四章 寄神

9 神隠しの神社

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広い田畑を縫う農道を戻り、踏切へ辿り着いた。

そこには、来た時と同じ人影があった。美邦は目を閉じ、ひと思いに渡る。

二階建てのビルに這入る。自動ドアを通ったとき、なぜか酷く安心した。シャッターや廃屋が連なる駅前に、図書館だけが開いている。

カウンターから女性司書が声を上げた。

「おやおやー、皆さんお揃いですか?」

刹那――彼女と目が合う。

二、三秒ほど見つめられた。しかし、不揃いな瞳に好奇心を持たれたわけではないようだ。むしろ、美邦自身を気にかけているようだった。

少し疲れぎみに冬樹が言う。

「ええ――。たった今、郷土史家さんに会ってきたところです。」

「ほう!」口が丸く開かれる。「それで――どうでした? 詳しい話は聴けましたか?」

「まあ――。でも、少し可怪しくなっていたみたいですけど。」

「ふむ?」

ちらりと、司書が再び目を向けた。そんな彼女を美邦もまた気に掛ける。二人の様子に気づいたらしく冬樹が紹介した。

「大原さん、こちら田代さん。菅野さんを紹介してくれたかた。調べものを手伝ってもらうことがようあるし、職業体験学習の時にはお世話になった。」

知り合いだと知り、美邦は頭を下げる。

「大原美邦と申します。」

「ああ――転校生のかたね。」

困ったように冬樹は目を逸らす。

「とりあえず、郷土史家さんのことについては、話せば長くなるので――詳しいことは今度に。」

田代はきょとんとした。

「――ええ?」

「では――」

冬樹に導かれて一同は進む。

静かな書架の狭間には誰もいない。

菅野の部屋を美邦は思い出す。あそこも本が多かった。ここでは背表紙が整然と竝ぶ。だが、神社に関する資料はないという。

――どこに行ったんだろう。

入口から離れたテーブルに五人は着く。

隣接する窓の冷たい硝子に、灰色に蒼い空が拡がっていた。陽は少し落ちかけている。

冬樹は――柄にもなく落ち込んでいた。

「なんか――まずいこと訊いたらしいな。」

「藤村君は悪ぅないにぃ。」芳賀は、大切そうにパソコンを抱えている。「ていうか、池田って誰?」

眼鏡の端に幸子は軽く触れる。

「貼り紙にあった人でないの? 池田なんとかの家じゃないって――書かれとったけど。」

菅野の顔を美邦は思い出す。

母の名前が出た途端、豹変したのだ。それまでは知的に話しており、客人への気遣いを見せていたにも拘わらず――蒼白となり、がくがくと震えだした。

「菅野さん――可怪しくなってたのかな。」

吹き上げパイプを由香は取る。

「でも――神社のことについて話しとったときは普通まともに見えたで? しかも、かなり詳しく教えてくんさったにぃ。『知らん』とも『ない』とも言わなんだ。」

そして、軽く球を浮かび上がらせた。

幸子は、頬杖をついて考え込む。

「話ぃ聴く限り、町ぐるみのお祭りだったはずでない? 十代前の先祖も把握されとって、一年神主を選ぶために公民館で籤を引ぃとったって。」

ふと、冬樹の顔が蒼ざめた。

「――肝心のこと訊くの忘れとった。」

気にかかって美邦は尋ねる。

「――肝心のこと?」

「一年神主のこと――。なんであるか、なんで男女対なのか――。」

吹き上げパイプから由香は口を離す。

「ところで、菅野さん――十年前までお祭りは行なわれとったって言っとんさったでな? しかも、神社は『なくなった』って何度も言っとんさった。」

美邦はうなづく。

「うん――由香と同意見だったね。」

その言葉に、芳賀は眉を曇らせる。

「けど、どれだけ信じられるか――。だって、可怪しぃなっとったみたいだが? 倒産したかどうか訊いても、的外れな答えばかりだった。」

静かになった。

この館は静かすぎる。そもそも、利用者があまりいないようだ。来年の九月には閉まるという。

やがて幸子が言う。

「見たまんまのことを言った――んでないかな?」

芳賀は怪訝な顔をする。

「見たまんま?」

「私も伊吹に住んどるけど――町ぐるみのお祭りや、町に一つの神社を全く誰も知らんなんて変。まるで、ほんに消えたみたいだが。そんな狂ったこと普通は起きんけど、可怪しくなった菅野さんだけが、あったって答えた。」

芳賀は腕を組み、二の腕を指で叩く。

「消えた――なあ。」

やはり――簡単には認めがたいのだろう。

「そんなことがあるとしたら、町ぐるみで隠しとるとしか思えんけど――大原さんの叔父さんも叔母さんも。でも――大原さんはそれでええん?」

どきりとする――芳賀が何を言いたいか簡単に察せられたためだ。

それでも、一応は尋ねる。

「それで――って?」

「もしも神社を隠さないけん『不都合なこと』があるとしたら――大原さんぇの火事に関する可能性が高いが? 何しろ、それがきっかけで、神社はなぁなって、お父さんは町を出て――しかも、帰るなって言とっただけぇ。」

幸子の眉がゆがんだ。

「まさか――何かの事件だって言いたいわけ?」

「考えられる可能性を言ったまでだ。けれど――そうだったとしても――神社の存在を完全に抹消する意味が分からんけど――どうせバレるにぃ。」

美邦は目をそらす。

冷たい窓に、五人の姿が写っていた。

あと何時間かで日は落ちる。この土日のうちに新聞記事は調べられるだろうか。

疑問を感じ、美邦は顔を戻す。

「でも――神社の火事だけではないのでしょう? 不審死や失踪も起きてる。だから、みんな夜には外へ出たがらない――まるで『御忌』の夜みたいに。」

芳賀は一笑にふす。

「祟りだとでも? 非論理的アンロジカルだで。」

内心、美邦は共感していた。

冬至から春分まで神はいない。だが――自分の母は二月に亡くなった。今、この町のどこからも神の気這いは感じられない。町に――神はいないのだ。

――けれど。

夜には、何かを感じる。

黙っていた冬樹が口を開いた。

「まあ――とりあえず官報を調べやぁや。ほんに神社が倒産したかは、それで判るはずだ。あと――できれば新聞記事も調べてみたいが――」

静かにうなづく。

「うん――。新聞記事の件は、私は手伝うよ。」

町へ来てから、幻視の量が増えている。

それは、大破した車であったり、焼け焦げた家であったりした。それどころか――見たはずのない光景も夢で見る。

――何を訴えようとしているの?

菅野は――平坂神社の神には片目がないと言った。そして、自分にも片目がない。そこに、何かの関係があるような気がし始めている。

――でも、藤村君にはまだ言えない。

由香が、バッグからルーペを取り出した。

「美邦ちゃんが言うんなら、私も手伝うで!」

幸子は渋々同意する。

「――仕方ないなあ。」

芳賀もまたうなづいた。

「藤村君の気がそれで済むんなら。」
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