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第四章 寄神
2 やって来る
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夕食のとき、千秋がふと尋ねた。
「お姉さん――神社のことについて何か分かった?」
背中の半ばまで届く髪と、褐色の両眼――自分とよく似た顔。刹那、美邦は何かを思い出しかけた。
――⬛︎⬛︎ちゃん。
すぐに我に戻り、ごまかすように言う。
「いや――よくわかんなくて。けれども――潰れたんじゃないかなって言う人はいるけど。」
「潰れた?」千秋は目を円くする。「神社って潰れるの?」
作ったような顔で詠歌が言う。
「まあ、神社だってボランティアでやっとるわけでないだし、お賽銭とか、祈祷料とかがないと潰れるわいな。それに、ずっとこの町に住んどるに、知らん神社なら、潰れたって仕方ないでな。」
「それかあ――。なんか残念。」
啓は、黙ったまま麦酒をすすっていた。
自分と千秋が似ているのは、男系の血だろうか。
潮臭い荒汁へ美邦は口をつける。港町だけあり、海の匂いが夕食からはよく漂う。ふと、啓が言っていた言葉を思い出した。
顔を上げ、尋ねる。
「私が町にいたとき――左眼って見えてました?」
啓はきょとんとし、少し考えた。
「見えとった――と思うけどなあ。――それが?」
いえ――と言い、木椀を置く。
「すごい昔に、目が痛くなった記憶があるんです。叔父さん前――私の家が火事になったとき、私に付き添ってお父さんは病院にいた――って言いましたけど、その時に見えなくなったのかなと思って。」
「ああ、お母さんが亡くなった時?」
「はい。」
啓は首をかしげる。
「僕は、美邦ちゃんが熱を出して、それでお父さんが付き添ったとしか聞いとらんに。お父さんが町を出たのその後すぐだけん、ちょっと分からんな。」
「火事の原因って、ストーヴの事故でしたっけ?」
「うん――。冬の日だったけん、それは覚えとる。」
ふと、詠歌と目が合った。
美邦は視線を落とす。
「そう――ですか。」
*
食事を終えたあと、食器を放置して部屋へ戻った。
ベッドに腰を掛け、充電中のスマートフォンに目をやる。由香のメッセージが画面に表示されていた。
「それで、神社のことについて美邦ちゃん訊いてみたん?」
「放課後探偵団」を開き、返信する。
「ううん。ちょっと訊きそびれた」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。
「そがに簡単に訊けるわけないが」
「叔父さんらも、何か隠しとんなるかもしらんに」
共感のあと、不安が増す。
――町中の人が同じかもしれない。
加えて言えば、死亡事故が何件も起き、子供もよく消えるという。その詳細はまだ知らない。だが、何かが夜に潜んでいるのは分かる。
――「あれ」は由香にも見えていた。
何かの『異変』が、神社ではなく町に起きている。
――この家は自分の家でないだけん。
その『異変』は、渡辺家に自分がいることに影響しない『異変』なのだろうか。
ポンと音がする。見れば、芳賀からのメッセージが入ったところだった。
「知らん知らん言う時は、何か不都合なことがある時だわな」
続けてこう問われる。
「ところで、」
「大原さんのお父さんが、叔父さんと再会した時の様子ってどんな感じだった?」
白い吹き出しの文字を見つめ、言わんとすることを理解する。美邦は静かに文を打ち始めた。
「仲は、悪くなかったみたい」
「けれども、お父さん、平坂町に私が帰ることには反対し続けてた。あんなところに行くべきじゃないってずっと言い続けてたの」
やがて芳賀が返信する。
「お父さん、町のことずっと隠しとったんだっけ?」
「悪いけど、後ろめたい何かがある気がする」
「しかも、町を出たのって火事のあとだら?」
「じゃあ、後ろめたい何かってのは、やっぱり、火事のことでないかな?」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。
「まさか――何かの事件だって言いたいん?」
すぐさま、芳賀は返信する。
「分からんに。十年前も神社が知られとったかどうか分からん限りは。」
それが、芳賀の気がかりなのだろう。どうあれ、神社が「消えた」という意見には否定的なのだ。
――けれども。
美邦は、郷土誌の誌面を思い出す。
――神の姿を見たら目が潰れる、気が触れる。
自分の左眼は――いつ潰れたのだろう。
しばらくのあいだ、既読は「3」だった。当然、読んでいないのは冬樹である。
課題に取り掛かった。
英単語をノートに書き写しつつ、別のことを気にかける。
――常世の国から来た神様が神社にはいた。
しかし、神社は今はない。
消えた神社の神は――どこへ行ったのか?
課題が終わった直後、スマートフォンが再び鳴る。画面を見ると、冬樹からだった。
「今日、知り合いの司書さんから電話が来た。」
メッセージは立て続けに入る。
「この町には郷土史家がおるだって。その電話番号を教えてもらった。」
「だけん、郷土史家さんに電話してみた。そしたら、家に来たら詳しい話をするって。」
「神社について分かりそう。」
「土日に行こうと思うんだけど、お前らも来る?」
その文面に少し驚く。
――郷土史家なんていたんだ。
ポンッと音を立て、由香のメッセージが出た。
「あ、わたし行きたいたーい!」
続いて、幸子のメッセージが出る。
「私も、土日はどっちも大丈夫だよ」
美邦は少し躊躇する。町の誰もが答えられないのに、郷土史家に答えられるのだろうか。しかし、行かなければ分からない。
「私も行く」
「土曜日も日曜日もどっちも暇だし」
冬樹が返信した。
「じゃあ、芳賀がよければ土曜日かなあ。」
少しして、芳賀が返信する。
「土曜日は僕も大丈夫だよ」
そして、何かのリンクが送られてきた。
「あとこれ。」
「ついさっき見つけただけど。」
ポンッと、幸子のメッセージが出る。
「何これ? 誤チャン?」
立て続けに芳賀が返信する。
「うん。十年前のオカ板のスレ」
「一年神主や御忌で検索しまくったら出てきた」
「お姉さん――神社のことについて何か分かった?」
背中の半ばまで届く髪と、褐色の両眼――自分とよく似た顔。刹那、美邦は何かを思い出しかけた。
――⬛︎⬛︎ちゃん。
すぐに我に戻り、ごまかすように言う。
「いや――よくわかんなくて。けれども――潰れたんじゃないかなって言う人はいるけど。」
「潰れた?」千秋は目を円くする。「神社って潰れるの?」
作ったような顔で詠歌が言う。
「まあ、神社だってボランティアでやっとるわけでないだし、お賽銭とか、祈祷料とかがないと潰れるわいな。それに、ずっとこの町に住んどるに、知らん神社なら、潰れたって仕方ないでな。」
「それかあ――。なんか残念。」
啓は、黙ったまま麦酒をすすっていた。
自分と千秋が似ているのは、男系の血だろうか。
潮臭い荒汁へ美邦は口をつける。港町だけあり、海の匂いが夕食からはよく漂う。ふと、啓が言っていた言葉を思い出した。
顔を上げ、尋ねる。
「私が町にいたとき――左眼って見えてました?」
啓はきょとんとし、少し考えた。
「見えとった――と思うけどなあ。――それが?」
いえ――と言い、木椀を置く。
「すごい昔に、目が痛くなった記憶があるんです。叔父さん前――私の家が火事になったとき、私に付き添ってお父さんは病院にいた――って言いましたけど、その時に見えなくなったのかなと思って。」
「ああ、お母さんが亡くなった時?」
「はい。」
啓は首をかしげる。
「僕は、美邦ちゃんが熱を出して、それでお父さんが付き添ったとしか聞いとらんに。お父さんが町を出たのその後すぐだけん、ちょっと分からんな。」
「火事の原因って、ストーヴの事故でしたっけ?」
「うん――。冬の日だったけん、それは覚えとる。」
ふと、詠歌と目が合った。
美邦は視線を落とす。
「そう――ですか。」
*
食事を終えたあと、食器を放置して部屋へ戻った。
ベッドに腰を掛け、充電中のスマートフォンに目をやる。由香のメッセージが画面に表示されていた。
「それで、神社のことについて美邦ちゃん訊いてみたん?」
「放課後探偵団」を開き、返信する。
「ううん。ちょっと訊きそびれた」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。
「そがに簡単に訊けるわけないが」
「叔父さんらも、何か隠しとんなるかもしらんに」
共感のあと、不安が増す。
――町中の人が同じかもしれない。
加えて言えば、死亡事故が何件も起き、子供もよく消えるという。その詳細はまだ知らない。だが、何かが夜に潜んでいるのは分かる。
――「あれ」は由香にも見えていた。
何かの『異変』が、神社ではなく町に起きている。
――この家は自分の家でないだけん。
その『異変』は、渡辺家に自分がいることに影響しない『異変』なのだろうか。
ポンと音がする。見れば、芳賀からのメッセージが入ったところだった。
「知らん知らん言う時は、何か不都合なことがある時だわな」
続けてこう問われる。
「ところで、」
「大原さんのお父さんが、叔父さんと再会した時の様子ってどんな感じだった?」
白い吹き出しの文字を見つめ、言わんとすることを理解する。美邦は静かに文を打ち始めた。
「仲は、悪くなかったみたい」
「けれども、お父さん、平坂町に私が帰ることには反対し続けてた。あんなところに行くべきじゃないってずっと言い続けてたの」
やがて芳賀が返信する。
「お父さん、町のことずっと隠しとったんだっけ?」
「悪いけど、後ろめたい何かがある気がする」
「しかも、町を出たのって火事のあとだら?」
「じゃあ、後ろめたい何かってのは、やっぱり、火事のことでないかな?」
ポンと音がして、幸子のメッセージが表示された。
「まさか――何かの事件だって言いたいん?」
すぐさま、芳賀は返信する。
「分からんに。十年前も神社が知られとったかどうか分からん限りは。」
それが、芳賀の気がかりなのだろう。どうあれ、神社が「消えた」という意見には否定的なのだ。
――けれども。
美邦は、郷土誌の誌面を思い出す。
――神の姿を見たら目が潰れる、気が触れる。
自分の左眼は――いつ潰れたのだろう。
しばらくのあいだ、既読は「3」だった。当然、読んでいないのは冬樹である。
課題に取り掛かった。
英単語をノートに書き写しつつ、別のことを気にかける。
――常世の国から来た神様が神社にはいた。
しかし、神社は今はない。
消えた神社の神は――どこへ行ったのか?
課題が終わった直後、スマートフォンが再び鳴る。画面を見ると、冬樹からだった。
「今日、知り合いの司書さんから電話が来た。」
メッセージは立て続けに入る。
「この町には郷土史家がおるだって。その電話番号を教えてもらった。」
「だけん、郷土史家さんに電話してみた。そしたら、家に来たら詳しい話をするって。」
「神社について分かりそう。」
「土日に行こうと思うんだけど、お前らも来る?」
その文面に少し驚く。
――郷土史家なんていたんだ。
ポンッと音を立て、由香のメッセージが出た。
「あ、わたし行きたいたーい!」
続いて、幸子のメッセージが出る。
「私も、土日はどっちも大丈夫だよ」
美邦は少し躊躇する。町の誰もが答えられないのに、郷土史家に答えられるのだろうか。しかし、行かなければ分からない。
「私も行く」
「土曜日も日曜日もどっちも暇だし」
冬樹が返信した。
「じゃあ、芳賀がよければ土曜日かなあ。」
少しして、芳賀が返信する。
「土曜日は僕も大丈夫だよ」
そして、何かのリンクが送られてきた。
「あとこれ。」
「ついさっき見つけただけど。」
ポンッと、幸子のメッセージが出る。
「何これ? 誤チャン?」
立て続けに芳賀が返信する。
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