神送りの夜

千石杏香

文字の大きさ
上 下
25 / 117
第三章 寒露

7 市立平坂図書館

しおりを挟む
週末まで雨は続いた。

土曜日の昼――市立平坂図書館に冬樹は向かった。

図書館は駅前にある。かつて、その一帯は町の中心部だった。市役所支部や商業会館などがあり、商店街もあったという。今は、紅い布の連なるシャッター街だ。唯一あったコンビニも潰れてしまった。

死んだ町の中に、二階建ての市民会館が建つ。図書館は一階だ。ドアには、「来年九月で閉館します」と書かれた紙が貼られていた。

館内は閑散としていた。

郷土資料のコーナーに冬樹は向かう。書架には、郷土誌が三冊あった。一冊を取り出し、目次を開く。

  町内の神社
   ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………………………二〇五
   入江神社…………………………二〇九

中学校の物と同様に、黒く塗られている。

ページを捲ると、やがて欠落が現れた。二〇五ページから二〇八ページまでが切り取られている。

――いったい何のために?

雨の弾ける音が外から強まる。

――神社を消すために?

しかし、消そうと思って消すことはできるのか。事実、消そうとした痕は露骨に残っている。

念の為に、残りの二冊も確認する。だが、そのどちらにも黒塗りと欠落があった。

――犯人は、中学校に出入りできる者か。

三冊の郷土誌を抱え、冬樹は立ち上がる。

カウンターには、二十代後半の司書がいた。癖毛なのかパーマなのか、ふわふわした髪を一本に束ねた無害そうな人物だ。彼女へと冬樹は声をかけた。

「田代さん、ちょっといいですか?」

丸い目を田代はまたたかせる。

「おやおやー、藤村君どうされましたか?」

田代と冬樹は顔馴染みだ。この館に配属されたのは冬樹が小三の時だった。以来、ほぼ毎週顔を合わせているし、調べ物も手伝ってもらっている。

郷土誌を置き、事情を説明した。田代は大変驚き、郷土誌を取り下げる。

「それは大変失礼しました! 今すぐ、別の蔵書がないか検索しますね。」

そして、キーボードを素早く打った。しかし、やがて難しそうな顔となる。

「申し訳ありませんねぇ。今、この図書館にあるのは、この三冊だけなんですよ。市立図書館に蔵書がありますので、お取り寄せしましょうか?」

「いえ、結構です。取り寄せは時間がかかりますし。明日にでも市内の方に行ってみようと思います。」

「そうですか。――大変申し訳ありません。」

ふと気にかかり、冬樹は尋ねた。

「ところで、田代さんこの町の出身でしたっけ?」

「ええ、高校の時までは住んでいましたよ。――それが?」

「平坂神社ってご存知ですか?」

田代は目を瞬かせる。だが、次の瞬間ふっと考え込んだ。気にかかることが何かあるらしい。

「いえ、私は存じませんが――」

「そう――ですか。」

今までの事情を説明する。途中、スマートフォンを取り出して神社の画像を見せた。田代の顔が、難しげなものに変わってゆく。

「それは不思議な話ですね――。私、元々は伊吹に住んでいたんですけど、伊吹山にそんな神社があるだなんて初めて聞きましたよ。」

本当に――と尋ねたい気持ちを冬樹は抑える。今まで尋ねた全ての大人が、何か引っ掛かる顔をしていた。しかし、自分もそうだったに違いない。

「神社についてお調べなら、神社庁か市役所に問い合わせるのが一番だと思いますけど――」

「もう問い合わせました。」

「ほう! それで、何て言ってました?」

「市役所の方は、把握していないという回答でした。指定の文化財もない小さな神社だったそうで、政教分離の観点から干渉してなかったそうです。」

「ふぅむ。」

「あと、神社庁の方は、経営難で倒産したと、聞いた――って言ってましたね。何でも、平坂神社は神社庁に加盟してなかったとか。」

「そうか! 独立法人だったんだ。」

実は、言葉の意味が冬樹はよく分かっていない。

「独立法人だと潰れるんですか?」

「神社庁っていうのは、たとえて言うなら大きな会社です。そこが、個々の神社に援助を行なってるんですよ。けれど神社庁に加盟してないと、別々の会社のように経営してる感じですね。」

「――なるほど。」

「築島先生には尋ねられましたか?」

「もちろんです。でも、やっぱり知らないって。」

「まあ、築島先生もこの町に住んで長いですからね。先生が知らないとなると、もはや私には心当たりがありませんが――」

そして、思いついたように言う。

「そういえば――平坂町には郷土史家の方がおられるようですよ? ひょっとしたら、その人に訊いたら何か分かるかも。」

かなり意外に思った。

「いたんですか? この町に――郷土史家なんてものが。」

「ええ。いたようにも聞きましたけど。それについて、市役所の方は何も仰っていませんでしたか?」

「いえ、何も聞いてませんけど。」

「そうですか――不親切なお役所ですねえ。いつだかは、いたっていうふうに聞いたんですけどね。」

よかったら調べといてあげましょうか――と田代は言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...