神送りの夜

千石杏香

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第三章 寒露

6 何か怖いもの

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「大原さん、学校に慣れてきたようで何よりです。」

昼休み後の掃除時間――岩井は言った。

美邦が属する4班は、校舎東の階段が掃除場所だ。

平坂中学校は、二十数名のクラスが一学年に二つある。二年A組は二十四人、六人で一つの班を作る。

ほうきを美邦は止めた。

「そうかな?」

「ええ。最初は、おどおどされていましたので。」

少し傷つく。

ここ数日で、岩井の性格を理解し始めていた。本人に悪気はないようなのだが――思ったことをそのまま口に出すようだ。

由香が近寄る。

「岩井さんは、学級委員長なのになぁんもしとらんけどな。」

得意そうな人に任せているだけですよ――と岩井は言った。

その態度に呆れつつ由香は微笑む。

「でも、転校してきた日よりかは慣れた感じだにぃ。硬い感じがなぁなっとる。」

「由香のお陰だよ。あと、幸子や、藤村君と芳賀君の。」

新しい日常は出来つつある――多少の歪みを抱えつつも。渡辺家にも、学校にも、馴染もうと努力したし、意外にも早く適応した。しかし。

――ここは自分の家でないだけん。

詠歌は――どういうつもりで言ったのだろう。

美邦は孤児だ。自分の家を持たない。

続いて、芳賀の言葉が蘇る。

――火事があったとか。

なぜ、父は町を出たのだろうか――家が全焼し、妻が焼死した直後に。しかも、なぜ、美邦が町に帰ることに反対していたのだろう。

最初は、後ろめたい何かを感じていた。だが、焼けた家の幻視を見たり、夜に潜む気這けはいを感じたりするうちに、別の可能性を感じ始めた。

――何か怖いものから逃げてきた気がする。

妙な事件が町では多いらしいのだ。

ほうきを止め、由香は一息つく。

「でも、藤村君と仲良なかよぅなれたのは少し意外かも。」

「そうなの?」

こっそりと由香は耳打ちした。

「藤村君な、実は人気あるだけぇ。でも、言っとることが難しくって。」

「ああ。」美邦も小声で答える。「確かに、格好いいけど変な人かも。でも、神社のこととか色々と教えてくれるのは助かる。私だけじゃ、どう調べたらいいか分からなかった。」

「そこは、芳賀君もだけどな。」

「うん。けど、LIИEには慣れてほしいかな――藤村君、読んでるかさえも分からないし。本当は、他にも色々と訊きたいことあるのだけど。」

「っていうと?」

「その――常世の国のことについて。」

「神様がおるっていう国?」

「うん。私も色々と調べてみたのだけど、何も分からないの。死後に行く国のはずなのに――ネットじゃ何も出てこないっていうか。」

――⬛︎⬛︎しなきゃ。

何か――大切なことがあるのだ。

「そんな何も出てこんの?」

「うん――何も。」

     *

木枠にはまった硝子ガラスを雨が叩いている。

冬樹の属する3班は、廊下での拭き掃除だ。廊下を拭き終え、雑巾を絞る。その灰色の水滴を冬樹は見つめた。バケツの中に落ち、灰色の水面みなもに同心円が描かれてゆく。

芳賀が雑巾を絞りに来た。

「何だぁ浮かない顔しとるな。」

「ああ。」

雑巾を絞る芳賀に、いま考えていたことを話す。

「なあ――重大なことを見落としとるのに、辻褄つじつまを合わせて『ないこと』にしとるってことないか?」

「何それ?」中性的な顔が歪む。「重大なことを見落としとるのに――?」

「たとえば――これを買うぞって思って街に出て、色々と店を回って、帰ってきたら、買うべきもんを買い忘れとった時のやな。」

「ああ。買うもんを買ったって思った時みたいな?」

「そんな感じ。」

「それが?」

冬樹は軽く息をつく。

「あれから、郷土誌を何度か読み返してみたに。そしたら、平坂神社って単語が何度も出とる。初詣に関する風習も書いてあった。元日、平坂神社に三度お参りしとったらしい。しゃべると幸せが逃げるけぇ、黙って参拝せんといけんかったそうだ。」

背後から女子の声が聞こえた。

「こぉら、そこの二人、さぼっとらんで掃除せえ!」

振り返ると、冬樹の左隣の席の田中がいた。

芳賀は、うっせえなと小声で愚痴る。

「拭き掃除はもう終わったがぁ。」

「じゃ、バケツの水捨てに行ったら?」

あいよ――と言い、バケツを冬樹は持ち上げる。

流し台まで芳賀は付いてきた。

「でも――そんな何度も書かれとったん? なのに――見落としとった?」

「ああ。平坂神社って書かれてても、荒神さまのことだと思っとった。」

芳賀は呆れ顔となる。

「そんな莫迦ばかな。」

「ほんにな――こんなん普通ない。でも、郷土誌の目次に黒塗りがあることも、ページが切り取られとることも今まで俺は気づかなんだ。」

流し台に水を流す。

「信じられるか?」

「信じられんっていうか、あり得んな。」

「だでな。でも――」

芳賀を再び見やり、慎重に問うた。

「例えば、あの紅い布って、何のために吊るされとると思う?」

えっ――と、芳賀は言った。何を、当然のことを訊くのかという顔だ。

「そりゃ、魔除け『とか』でないの?」
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