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第二章 神無月
7 放課後探偵団
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放課後、そろって図書室へ向かった。
先頭を、冬樹と芳賀が歩む。二人の男子から美邦は距離を取った。美邦の前には幸子が歩み、隣には由香が歩む。ポニーテイルの後ろ姿は、男子との緩衝材のようだ。
一度でもつまづくと、長く尾を引くことが多い。男子という存在は、トラウマを特に生みやすい鬼門だ。前の学校では男子と全く話せなかった。しかし、転校初日に二人と行動することとなったのは意外と言うほかない。
――でも、五竝べって。
碁盤と対峙した冬樹を見た時は、棋士の印象は正しかったのかと思った。だが、囲碁ではなく五竝べだ。勝手に期待したのは自分だが、肩透かしを食らった。
「まず、郷土誌を当たらぁか。」
歩みつつ冬樹はつぶやく。
「ネットだって何でも書いてあるわけでない。でも、郷土誌を当たったら判ると思う。」
一階へ降り、図書室に這入った。
その奥の書架へと冬樹は一同を導く。そして、迷うことなく郷土誌を引き抜き、テーブルの上で開いた。
冬樹と距離を取りつつ、視界の開けた左隣から郷土誌を眺める。目次に項目が竝んでいた。歴史、経済、自然と地理――。やがて目が釘づけとなる。
民俗と信仰
町内の神社
平坂神社…………………………二〇五
入江神社…………………………二〇九
町内の寺院
無意識のうちに美邦は読み上げる。
「ひらさか神社?」
「えっ――?」
冬樹は振り返り、怪訝な表情を見せた。
ページへと美邦は再び目をやる。しかし、先ほど読み上げた文字は真っ黒な線に変わっていた。
民俗と信仰
町内の神社
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………………………二〇五
入江神社…………………………二〇九
町内の寺院
目を眇めても黒塗りは消えない。こちらのほうが現実のようだ。美邦は顔を逸らし、声を震わせる。
「ごめん――見間違いだったみたい。」
厚いレンズを隔てて幸子は目を細めた。
「なにこれ? いたずら?」
郷土誌を由香が覗き込む。
「黒く塗らりょうるねぇ。」そして、気づいたように冬樹へと顔を向けた。「だけど『町内の神社』の次、『入江神社』の前ってぇことは、なんか神社があるってこと?」
「かもしらん。」
言って、ページを冬樹は捲り始める。
期待と不安が入り混じった。由香の言葉は当たっているかもしれない。しかし、実際は何があるのだろう――肝心の部分は黒く塗られていた。
やがて、冬樹の手が止まる。
「ページがない。」
郷土誌を覗き込んだ。右ページの右上には204とあり、左ページの左上には209とあった。
渋い顔をして幸子が問う。
「落丁?」
郷土誌のあちこちを冬樹は眺めた。しかし、やがて何かに気づいたように、いや、と答える。そして、ページの根元へ指を這わせた。
そこにあったらしいページの痕跡が浮き出る。
「切り取られとるな、これ。」
カッターか何かで丁寧に切ったのだろう――ぱっと見ただけでは欠落に気づけない。だが、切り口は新しいものではなく、黄ばんでいた。
思わず、疑問が口から零れる。
「――何で?」
「さあ。」
冬樹は立ち上がり、もう一冊の郷土誌を書架から抜き出した。
目次が開かれる。しかし、こちらにも同じ部分に黒塗りが現れた。
――郷土誌からも消えている?
町に覚えていた違和感が可視化されたようだ。何かが欠けていると感じても、具体的な説明はできない。だが、誰がどう見てもこれは欠落だ。
ページを冬樹が捲り始める。
やがて、当然と言わんばかりに欠落が現れた。
芳賀が尋ねる。
「なあ、藤村君――郷土誌は何度も見てきたでない? こがにぃなっとるって気づいとらなんだ?」
「――ああ。」
「市立図書館のは?」
冬樹は眉を寄せた。やや苦しそうな顔だ。頼りにされていたのに、期待に応えられなかったためだろう。
「ちょっと分からん。」
「それかぁ。」
芳賀は、少し得意げな顔となった。
「じゃ、ネット検索だでな。」
「おう、任せた。」
郷土誌を冬樹は片づけ始める。
不安を覚え、小声で由香に尋ねた。
「郷土誌にもなかったのにネットで出てくるの?」
「まあ、芳賀君、こがぁなの得意なだけぇ。」
図書室の隅にあるパソコンへ移動する。
席には芳賀が坐った。
ネットを開き、「⬜︎⬜︎市」「平坂町」「神社」と素早く芳賀は打ち込む。当然ながら、美邦の知る結果しかヒットしない。
「うーん、これじゃ出てこんか。」芳賀が振り返った。「大原さん、さっき『平坂神社』とか言わなんだ?」
先ほどの発言に触れられてたじろぐ。
「えっ――。うん。そう書いてあるように見えたの。」
「まあ、ありさーな名前だな。」
そして、「⬜︎⬜︎市」「平坂神社」で検索する。しかし、結果は変わりなかった。
芳賀は再び振り返る。
「大原さんが平坂町に住んどったのって、西暦何年ごろえ?」
「えっと――」今年から十年を引いた。「二千⬛︎年から⬜︎年だと思うけど。」
「ふん、ふん。」
先ほどの検索欄に、「before:200*-1-1」と芳賀は書き加える。
エンターキーを押すと、十年前の一月の検索結果が現れた。だが、今までの検索結果とあまり変わりがない。年や月日をずらして何度か調べ直す。やがて、検索結果の中に次の文字が現れた。
「平坂神社 ⬛︎⬛︎県⬜︎⬜︎市」
出た――と芳賀は言う。
画面へと冬樹は喰い入った。
「あったんか!? 本当に?」
その文字を芳賀がクリックする。
随分と古いサイトのようだ。原色に近い緑色を背後に、神社の簡単な説明だけが載っている。
【平坂神社】⬜︎⬜︎市平坂町大字伊吹⬛︎⬛︎‐⬛︎
【主祭神】
三輪大物主命
【配神】
八重事代主命
少彦名命
武御名方命
天稚彦命
下照姫命
味耜高彦根命
【例大祭】
神嘗祭(秋分)
サイトに画像はない。これが記憶の神社だろうかと迷っていると、由香が隣に問いかけた。
「ここの住所ってな、伊吹山でない?」
「だでな。」幸子は顔を引き締める。「てことは、山の中にある神社って――ここ?」
気になって美邦は問う。
「伊吹山の中にあるの?」
幸子は顔を上げ、うなづいた。
「うん。――しかも近いに。」
ならば、あの何かが感じられていた山は伊吹山だったのか。
――私の左眼を奪った存在は。
しかし、あれだけ目立つ山の中にありながら、なぜ誰も知らないのだろう。加えて言えば、郷土誌から消されているのも不自然だった。
愕然とした表情で冬樹は画面を眺め続ける。
「海を光して依り来る神有り――」
「え?」
冬樹は何も答えず、再びつぶやいた。
「祭神と配神がずりょーる。」
「それって――?」
外から、時報のサイレンが聞こえてきた。
ウゥウゥゥゥ――――ゥゥゥ―――――――――。
薄紅の空に、警報に似た単調な音が吹鳴する。
ゥゥゥゥ――――ゥゥ―――ゥ。――――。――。
十数秒で止まり、やけに長い残響のみが続いた。
「暗くなるがぁ。」芳賀はネットを閉じる。「暗くなる前に帰らないけん。」
冬樹は軽く息をつき、だな、と言った。
美邦は何かを言いかける。だが、言葉がまとまらない。
――サイレンが鳴ったら、
詠歌と千秋の言葉が混ざった。
――人さらいが来るって。
「だけどその前に――」
由香は言い、スマートフォンを取り出す。
「LIИE交換せん?」
芳賀は首を傾げる。
「何で?」
「放課後探偵団だぁが! 大原さんの言うやに、神社はあっただら? でも――消えてなぁなったみたい。郷土誌だって黒塗りされて切り取られとる――神社を抹消するやに。私、すごい気になるにぃ。」
幸子はうなづく。
「確かに気になるけど――」
「じゃ、LIИEグループ作って情報交換した方がよかぁない?」
「ええけど――」芳賀は冬樹を一瞥する。「藤村君、LIИE持っとらん。」
「ええっ?」
冬樹はスマートフォンを取り出す。
「スマホは持っとるけど?」
「ああ――よかったあ。」
操作を芳賀に丸投げしてLIИEに冬樹は登録した。
それから、由香の作ったLIИEグループに四人は加わる。名前は「放課後探偵団」だった。
先頭を、冬樹と芳賀が歩む。二人の男子から美邦は距離を取った。美邦の前には幸子が歩み、隣には由香が歩む。ポニーテイルの後ろ姿は、男子との緩衝材のようだ。
一度でもつまづくと、長く尾を引くことが多い。男子という存在は、トラウマを特に生みやすい鬼門だ。前の学校では男子と全く話せなかった。しかし、転校初日に二人と行動することとなったのは意外と言うほかない。
――でも、五竝べって。
碁盤と対峙した冬樹を見た時は、棋士の印象は正しかったのかと思った。だが、囲碁ではなく五竝べだ。勝手に期待したのは自分だが、肩透かしを食らった。
「まず、郷土誌を当たらぁか。」
歩みつつ冬樹はつぶやく。
「ネットだって何でも書いてあるわけでない。でも、郷土誌を当たったら判ると思う。」
一階へ降り、図書室に這入った。
その奥の書架へと冬樹は一同を導く。そして、迷うことなく郷土誌を引き抜き、テーブルの上で開いた。
冬樹と距離を取りつつ、視界の開けた左隣から郷土誌を眺める。目次に項目が竝んでいた。歴史、経済、自然と地理――。やがて目が釘づけとなる。
民俗と信仰
町内の神社
平坂神社…………………………二〇五
入江神社…………………………二〇九
町内の寺院
無意識のうちに美邦は読み上げる。
「ひらさか神社?」
「えっ――?」
冬樹は振り返り、怪訝な表情を見せた。
ページへと美邦は再び目をやる。しかし、先ほど読み上げた文字は真っ黒な線に変わっていた。
民俗と信仰
町内の神社
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………………………二〇五
入江神社…………………………二〇九
町内の寺院
目を眇めても黒塗りは消えない。こちらのほうが現実のようだ。美邦は顔を逸らし、声を震わせる。
「ごめん――見間違いだったみたい。」
厚いレンズを隔てて幸子は目を細めた。
「なにこれ? いたずら?」
郷土誌を由香が覗き込む。
「黒く塗らりょうるねぇ。」そして、気づいたように冬樹へと顔を向けた。「だけど『町内の神社』の次、『入江神社』の前ってぇことは、なんか神社があるってこと?」
「かもしらん。」
言って、ページを冬樹は捲り始める。
期待と不安が入り混じった。由香の言葉は当たっているかもしれない。しかし、実際は何があるのだろう――肝心の部分は黒く塗られていた。
やがて、冬樹の手が止まる。
「ページがない。」
郷土誌を覗き込んだ。右ページの右上には204とあり、左ページの左上には209とあった。
渋い顔をして幸子が問う。
「落丁?」
郷土誌のあちこちを冬樹は眺めた。しかし、やがて何かに気づいたように、いや、と答える。そして、ページの根元へ指を這わせた。
そこにあったらしいページの痕跡が浮き出る。
「切り取られとるな、これ。」
カッターか何かで丁寧に切ったのだろう――ぱっと見ただけでは欠落に気づけない。だが、切り口は新しいものではなく、黄ばんでいた。
思わず、疑問が口から零れる。
「――何で?」
「さあ。」
冬樹は立ち上がり、もう一冊の郷土誌を書架から抜き出した。
目次が開かれる。しかし、こちらにも同じ部分に黒塗りが現れた。
――郷土誌からも消えている?
町に覚えていた違和感が可視化されたようだ。何かが欠けていると感じても、具体的な説明はできない。だが、誰がどう見てもこれは欠落だ。
ページを冬樹が捲り始める。
やがて、当然と言わんばかりに欠落が現れた。
芳賀が尋ねる。
「なあ、藤村君――郷土誌は何度も見てきたでない? こがにぃなっとるって気づいとらなんだ?」
「――ああ。」
「市立図書館のは?」
冬樹は眉を寄せた。やや苦しそうな顔だ。頼りにされていたのに、期待に応えられなかったためだろう。
「ちょっと分からん。」
「それかぁ。」
芳賀は、少し得意げな顔となった。
「じゃ、ネット検索だでな。」
「おう、任せた。」
郷土誌を冬樹は片づけ始める。
不安を覚え、小声で由香に尋ねた。
「郷土誌にもなかったのにネットで出てくるの?」
「まあ、芳賀君、こがぁなの得意なだけぇ。」
図書室の隅にあるパソコンへ移動する。
席には芳賀が坐った。
ネットを開き、「⬜︎⬜︎市」「平坂町」「神社」と素早く芳賀は打ち込む。当然ながら、美邦の知る結果しかヒットしない。
「うーん、これじゃ出てこんか。」芳賀が振り返った。「大原さん、さっき『平坂神社』とか言わなんだ?」
先ほどの発言に触れられてたじろぐ。
「えっ――。うん。そう書いてあるように見えたの。」
「まあ、ありさーな名前だな。」
そして、「⬜︎⬜︎市」「平坂神社」で検索する。しかし、結果は変わりなかった。
芳賀は再び振り返る。
「大原さんが平坂町に住んどったのって、西暦何年ごろえ?」
「えっと――」今年から十年を引いた。「二千⬛︎年から⬜︎年だと思うけど。」
「ふん、ふん。」
先ほどの検索欄に、「before:200*-1-1」と芳賀は書き加える。
エンターキーを押すと、十年前の一月の検索結果が現れた。だが、今までの検索結果とあまり変わりがない。年や月日をずらして何度か調べ直す。やがて、検索結果の中に次の文字が現れた。
「平坂神社 ⬛︎⬛︎県⬜︎⬜︎市」
出た――と芳賀は言う。
画面へと冬樹は喰い入った。
「あったんか!? 本当に?」
その文字を芳賀がクリックする。
随分と古いサイトのようだ。原色に近い緑色を背後に、神社の簡単な説明だけが載っている。
【平坂神社】⬜︎⬜︎市平坂町大字伊吹⬛︎⬛︎‐⬛︎
【主祭神】
三輪大物主命
【配神】
八重事代主命
少彦名命
武御名方命
天稚彦命
下照姫命
味耜高彦根命
【例大祭】
神嘗祭(秋分)
サイトに画像はない。これが記憶の神社だろうかと迷っていると、由香が隣に問いかけた。
「ここの住所ってな、伊吹山でない?」
「だでな。」幸子は顔を引き締める。「てことは、山の中にある神社って――ここ?」
気になって美邦は問う。
「伊吹山の中にあるの?」
幸子は顔を上げ、うなづいた。
「うん。――しかも近いに。」
ならば、あの何かが感じられていた山は伊吹山だったのか。
――私の左眼を奪った存在は。
しかし、あれだけ目立つ山の中にありながら、なぜ誰も知らないのだろう。加えて言えば、郷土誌から消されているのも不自然だった。
愕然とした表情で冬樹は画面を眺め続ける。
「海を光して依り来る神有り――」
「え?」
冬樹は何も答えず、再びつぶやいた。
「祭神と配神がずりょーる。」
「それって――?」
外から、時報のサイレンが聞こえてきた。
ウゥウゥゥゥ――――ゥゥゥ―――――――――。
薄紅の空に、警報に似た単調な音が吹鳴する。
ゥゥゥゥ――――ゥゥ―――ゥ。――――。――。
十数秒で止まり、やけに長い残響のみが続いた。
「暗くなるがぁ。」芳賀はネットを閉じる。「暗くなる前に帰らないけん。」
冬樹は軽く息をつき、だな、と言った。
美邦は何かを言いかける。だが、言葉がまとまらない。
――サイレンが鳴ったら、
詠歌と千秋の言葉が混ざった。
――人さらいが来るって。
「だけどその前に――」
由香は言い、スマートフォンを取り出す。
「LIИE交換せん?」
芳賀は首を傾げる。
「何で?」
「放課後探偵団だぁが! 大原さんの言うやに、神社はあっただら? でも――消えてなぁなったみたい。郷土誌だって黒塗りされて切り取られとる――神社を抹消するやに。私、すごい気になるにぃ。」
幸子はうなづく。
「確かに気になるけど――」
「じゃ、LIИEグループ作って情報交換した方がよかぁない?」
「ええけど――」芳賀は冬樹を一瞥する。「藤村君、LIИE持っとらん。」
「ええっ?」
冬樹はスマートフォンを取り出す。
「スマホは持っとるけど?」
「ああ――よかったあ。」
操作を芳賀に丸投げしてLIИEに冬樹は登録した。
それから、由香の作ったLIИEグループに四人は加わる。名前は「放課後探偵団」だった。
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