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「LGBT」とは私のことではない。
5.なぜ、こんなことに?
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「越境性差」というものを説明する傘の図を見たとき、読者はどう思っただろう?
「女装家」や「男装家」、「女っぽい男」や「男っぽい女」、さらには「両性具有」まで含むことに、引っ掛かりを覚えたのではないだろうか。
日本では、女装したゲイは「G」である。しかし、欧米では「T」に分類されてしまうのだ。マツコ゠デラックスのようなオネエタレントも、漫画やアニメに登場する「男の娘」キャラも、性的指向や性自認がどうあれ「越境性差」である。
――どうしてこうなった?
やはり、八〇年代からアメリカで盛り上がってきた同性愛者解放運動の影響は大きいと思われる。
欧米では、「ゲイは女」というイメージが強かった。
私が高校のとき、アメリカ人の教師がこう言っていた。「日本では、ピンク色の物を男子も持っているので驚きました」。アメリカでは、そのような男子はゲイだと思われるという。
在独経験のある知人にこのことを話すと、ヨーロッパでもそうだったと言った。「日本人って、男でも眉毛を整えるでしょ? 向こうの人がそれを見ると、ゲイだと思うんですよ。」
読者の中にも、海外ドラマなどで、登場人物が少しお洒落をしただけで「ゲイかよ」と囃し立てられるシーンなどを目にした人がいるかもしれない。
乳癌は、女性だけではなく男性も罹る病だ。ところが、アメリカでは、乳癌を宣告された男性患者が「俺はゲイじゃない」と叫ぶこともあるという。
キリスト教諸国では、長いあいだ同性愛は法律で禁止されてきた。同性愛者であることが発覚すると、逮捕・投獄され、電気ショックや投薬などの「治療」を受けさせられていた。
一八七〇年――イギリス・ロンドンで、アーネスト゠「ステラ」゠ブルトンとフレデリック゠「ファニー」゠パークという二人のお笑い芸人が逮捕される。彼らは、女装して笑いを取っていたのだが、そのせいでゲイだと疑われて逮捕されたのである。
肛門性交をしていたことを確認するため、二人の身体を警察は検査する。しかし、同性愛者である証拠は発見されなかった。結果、「同性愛をするよう公衆をそそのかした」という理由で起訴される。だが、「舞台上のキャラクタに過ぎない」ということで無罪判決が下りた。(ただし、二人を有罪にする法律がないことを判事は嘆き悲しんだという。)
欧米の同性愛者たちが立ち上がったのは、このような偏見と弾圧があったからだ。
「ゲイは女」という偏見と差別のある中、欧米のゲイたちは「男であること」をアピールして市民権を勝ち取ろうとした。すなわち、できるだけ「男性らしく」振舞うよう仲間たちを啓発し、男性としてのアイデンティティを持つべきだと言い、肉体を鍛え上げることを推奨し、セックスでは女性役だけではなく男性役もやることを説いた。ゲイパレードで裸になっている男も、ムキムキに肉体を鍛え上げた者ばかりである。
さらには、カミングアウトを積極的に推奨した。そうすることにより、「ゲイは女ではなく、あなたの隣にもいる普通の男たちだ」ということを世間に知らしめようとしたのだ。
しかし、「男であること」をいかにアピールしたくとも、「女っぽい男」はどうしてもいる。ましてや、ゲイの中には女装に快感を覚える者もいる。
それどころか、同性愛者ではない異性装者や越境性別、さらには性分化疾患(俗にいう「両性具有」)の人も、「ゲイ」だと言われて差別されていた。
元・男性のショーン゠フェイは、自らが受けた苛めについて『トランスジェンダー問題 議論は正義のために』の中でこう書いている。
「私は人前で侮辱され、からかわれた。私がどれだけアナルセックスをしたいかを事細かに言いたてられ、『俺のチンコをしゃぶれ』と、何歳か年上の少年に言われた。ある修学旅行では、ドミトリーを共有することになったが、目が覚めたとき私の顔の上には広げたポルノ雑誌が乗せられていた。13歳のときには、他の学年の少年が私のズボンを下着ごとずり下げた。それは、私が女の子でないかどうか『チェック』するためだった。」
「ゲイは男」とアピールしたい。しかし、医学的な理由から男性に組み込むことができない者や、社会的・文化的な男性の性差に馴染めない者がいる。
だからこそ、バージニア゠プリンスの提唱した「越境性差」という言葉の中に彼らは組み込まれた。
端的に言って、「女装したゲイ」や「女っぽい男」が「G」から追放された。「あれはゲイではなく、性別が違う人だ」ということになったのだ。
もし越境性差が性同一性障碍のことなら、LGBT活動家もそう説明しただろう。しかし、「心と体の性が一致しない人」と言う。それは、「心の性」とやらに、「どんな服装が好きか」も含まれるからだ。
L・G・B・Tが連帯する理由について、『トランスジェンダー問題』でフェイはこう述べている。
「LGBTの人々は、なぜ政治的に共に組織を作る理由があるのだろうか。その1つの重要な答えは、私たち自身が互いを異なる種族と見做しているにもかかわらず、周りの社会が私たちを混同する傾向にあるからである。1人のトランスパーソンとして、そのことを簡潔に言い換えることができる。私たちみんなを殴るのは、同じ人たちなのだ。」
もっと早く気づくべきだったのかもしれない――「LGBT」とは、「オカマ」や「オナベ」という意味なのだと。
「お釜」とは、釜のように丸い尻のことだ。なので、男色のことを「お釜を掘る」と言うようになった。そこから変遷し、ゲイを「お釜」と呼ぶようになる。現在、直截的にゲイを指すことは(一部の自称を除けば)ほぼなくなり、もっぱら女装男性を意味する言葉となっている。
レズビアンを「オナベ」と呼ぶかどうかは知らない。ともかくも、同性愛も異性装も性同一性障碍も性分化疾患もひとまとめにした言葉が「オカマ」「オナベ」であり、「LGBT」だ。
加えて言えば、英語における「オカマ」に相当する言葉は Queer(変態)である。
いつのことか、アメリカで撮影された映像をツイッターで見かけた。動画では、複数の若者が、「変態!」「変態だ!」と叫びながら一人のゲイをリンチしていた。
本来、「クィア」とは、このような意味で遣われる言葉であることを忘れてはならない。
「女装家」や「男装家」、「女っぽい男」や「男っぽい女」、さらには「両性具有」まで含むことに、引っ掛かりを覚えたのではないだろうか。
日本では、女装したゲイは「G」である。しかし、欧米では「T」に分類されてしまうのだ。マツコ゠デラックスのようなオネエタレントも、漫画やアニメに登場する「男の娘」キャラも、性的指向や性自認がどうあれ「越境性差」である。
――どうしてこうなった?
やはり、八〇年代からアメリカで盛り上がってきた同性愛者解放運動の影響は大きいと思われる。
欧米では、「ゲイは女」というイメージが強かった。
私が高校のとき、アメリカ人の教師がこう言っていた。「日本では、ピンク色の物を男子も持っているので驚きました」。アメリカでは、そのような男子はゲイだと思われるという。
在独経験のある知人にこのことを話すと、ヨーロッパでもそうだったと言った。「日本人って、男でも眉毛を整えるでしょ? 向こうの人がそれを見ると、ゲイだと思うんですよ。」
読者の中にも、海外ドラマなどで、登場人物が少しお洒落をしただけで「ゲイかよ」と囃し立てられるシーンなどを目にした人がいるかもしれない。
乳癌は、女性だけではなく男性も罹る病だ。ところが、アメリカでは、乳癌を宣告された男性患者が「俺はゲイじゃない」と叫ぶこともあるという。
キリスト教諸国では、長いあいだ同性愛は法律で禁止されてきた。同性愛者であることが発覚すると、逮捕・投獄され、電気ショックや投薬などの「治療」を受けさせられていた。
一八七〇年――イギリス・ロンドンで、アーネスト゠「ステラ」゠ブルトンとフレデリック゠「ファニー」゠パークという二人のお笑い芸人が逮捕される。彼らは、女装して笑いを取っていたのだが、そのせいでゲイだと疑われて逮捕されたのである。
肛門性交をしていたことを確認するため、二人の身体を警察は検査する。しかし、同性愛者である証拠は発見されなかった。結果、「同性愛をするよう公衆をそそのかした」という理由で起訴される。だが、「舞台上のキャラクタに過ぎない」ということで無罪判決が下りた。(ただし、二人を有罪にする法律がないことを判事は嘆き悲しんだという。)
欧米の同性愛者たちが立ち上がったのは、このような偏見と弾圧があったからだ。
「ゲイは女」という偏見と差別のある中、欧米のゲイたちは「男であること」をアピールして市民権を勝ち取ろうとした。すなわち、できるだけ「男性らしく」振舞うよう仲間たちを啓発し、男性としてのアイデンティティを持つべきだと言い、肉体を鍛え上げることを推奨し、セックスでは女性役だけではなく男性役もやることを説いた。ゲイパレードで裸になっている男も、ムキムキに肉体を鍛え上げた者ばかりである。
さらには、カミングアウトを積極的に推奨した。そうすることにより、「ゲイは女ではなく、あなたの隣にもいる普通の男たちだ」ということを世間に知らしめようとしたのだ。
しかし、「男であること」をいかにアピールしたくとも、「女っぽい男」はどうしてもいる。ましてや、ゲイの中には女装に快感を覚える者もいる。
それどころか、同性愛者ではない異性装者や越境性別、さらには性分化疾患(俗にいう「両性具有」)の人も、「ゲイ」だと言われて差別されていた。
元・男性のショーン゠フェイは、自らが受けた苛めについて『トランスジェンダー問題 議論は正義のために』の中でこう書いている。
「私は人前で侮辱され、からかわれた。私がどれだけアナルセックスをしたいかを事細かに言いたてられ、『俺のチンコをしゃぶれ』と、何歳か年上の少年に言われた。ある修学旅行では、ドミトリーを共有することになったが、目が覚めたとき私の顔の上には広げたポルノ雑誌が乗せられていた。13歳のときには、他の学年の少年が私のズボンを下着ごとずり下げた。それは、私が女の子でないかどうか『チェック』するためだった。」
「ゲイは男」とアピールしたい。しかし、医学的な理由から男性に組み込むことができない者や、社会的・文化的な男性の性差に馴染めない者がいる。
だからこそ、バージニア゠プリンスの提唱した「越境性差」という言葉の中に彼らは組み込まれた。
端的に言って、「女装したゲイ」や「女っぽい男」が「G」から追放された。「あれはゲイではなく、性別が違う人だ」ということになったのだ。
もし越境性差が性同一性障碍のことなら、LGBT活動家もそう説明しただろう。しかし、「心と体の性が一致しない人」と言う。それは、「心の性」とやらに、「どんな服装が好きか」も含まれるからだ。
L・G・B・Tが連帯する理由について、『トランスジェンダー問題』でフェイはこう述べている。
「LGBTの人々は、なぜ政治的に共に組織を作る理由があるのだろうか。その1つの重要な答えは、私たち自身が互いを異なる種族と見做しているにもかかわらず、周りの社会が私たちを混同する傾向にあるからである。1人のトランスパーソンとして、そのことを簡潔に言い換えることができる。私たちみんなを殴るのは、同じ人たちなのだ。」
もっと早く気づくべきだったのかもしれない――「LGBT」とは、「オカマ」や「オナベ」という意味なのだと。
「お釜」とは、釜のように丸い尻のことだ。なので、男色のことを「お釜を掘る」と言うようになった。そこから変遷し、ゲイを「お釜」と呼ぶようになる。現在、直截的にゲイを指すことは(一部の自称を除けば)ほぼなくなり、もっぱら女装男性を意味する言葉となっている。
レズビアンを「オナベ」と呼ぶかどうかは知らない。ともかくも、同性愛も異性装も性同一性障碍も性分化疾患もひとまとめにした言葉が「オカマ」「オナベ」であり、「LGBT」だ。
加えて言えば、英語における「オカマ」に相当する言葉は Queer(変態)である。
いつのことか、アメリカで撮影された映像をツイッターで見かけた。動画では、複数の若者が、「変態!」「変態だ!」と叫びながら一人のゲイをリンチしていた。
本来、「クィア」とは、このような意味で遣われる言葉であることを忘れてはならない。
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