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GID(性同一性障碍)運動の光と影
3. 性別適合手術を受けても性別は変わらない。
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特例法が成立する以前から、GID当事者たちは自認する性で生活してきた。
自認する性で生活することを「RLE」(Real-Life Experience:実生活経験)という。戸籍上の性別とRLEの間にある矛盾を解消したのが特例法だ。
しかしGID当事者と話すようになり、特例法を利用していない当事者が多いことに気づいた。
性別適合手術には資金がかかる。身体上の危険も大きい。元に戻すこともできない。ゆえに、女性と偽って生活し、女性スペースを使っている者も多いのだ。戸籍変更を済ませた人でさえ、手術を受ける以前から女性スペースを使っていたと言っていた。
私の知人のMtFは、戸籍を変える前から女性だと偽って就職したという。更衣室もトイレも女性のものを使っていたそうだ。この件について、「女性として生活してるし、カミングアウトもできないのにどうするんですか」と彼女は言っていた。
カミングアウトせず、埋没している人は多い。
gid.jp は、数年前から、男女別スペースの利用について罪に問わないことを法務省に、職場上でのRLEを保障することを厚生労働省に要請しているという。
同団体が、履歴書の性別欄を廃止させようとしているのも同じ理由だ。埋没している人が、戸籍上の性別を明かすことなく就職・進学試験を通過できるようにしたいのである。
「越境性差を可視化せよ(カミングアウトして誰にも知られるようにせよ)」と言うLGBT活動家に対して、「可視化してはいけない」とGID当事者は反撥する。「彼女」たちは、戸籍上の性別が違うことを隠して「埋没」してきたのだ。
とあるMtFはこう言った。
「今、女性スペースを守れって言ってる人だって、GIDの事情を知っていれば見過ごしてくれていたはずなんですよ。けれども、LGBT活動家が騒いだり、女子トイレで自撮りしたりする奴らが可視化されるようになったから、こうなったんじゃないですか。」
「彼女」らは、「出生時に割り当てられた性別」を徹底して隠したがる。
とあるMtFなどは、「元々は男性の方」と他人から紹介されて激怒した。それは、他人を「性暴力被害に遭われた方」と紹介するようなものだという。
なので、「性別を間違えて男性として生まれたけれど、本来の性別を今は取り戻した方」くらいには言わなければならない。
このような話を聞き、「性同一性障碍とはそういうものなのか」と多くの人は思うだろう。しかし、そんな「彼女」たちが押しなべて自閉症連続体障碍(ASD)だと知ればどうだろうか。
「カミングアウトできない」
「誰にもバレていない」
この二つを理由に、「彼女」たちは女性スペースを使っている/使っていたという。LGBT活動家との違いは、「女性スペースを使わせろ」と堂々とは言わない点だけだ。
――埋没していたならば女性スペースを使ってもいいのだろうか?
MtFたちを敵に回すことを覚悟で言えば「よくない」。男性器を持つ者が女子トイレに入ることは、包丁を隠し持ってトイレに入るようなものだ。そんな奴がトイレにいるかもしれないと思うと、男性でも不安になるだろう。最も適切なのは、(たとえカミングアウトが難しくとも)周囲の女性たちや施設の管理者の理解を得て使うことだ。
加えて言えば、ただの女装でも埋没して女性スペースを使うことはできる。また、GIDではないのに診断書を得た人もいる。しかし、バレなければ何をやってもいいというものだろうか?
また、埋没者がいる事実は、LGBT活動家に付け込まれる余地を作った。つまり、GIDがやっていることを越境性差がやって何が悪いのかという主張を可能とさせたのだ。
それどころか、「パス度」という基準は容姿主義である。「パス度」のない者は女性スペースを使うことはできない。だからこそ、埋没できない者にも女子トイレを使わせろとLGBT活動家は言っている。
ホルモン治療を受けても、完全なパス度を得られるか否かは個人差がある。
それは性別適合手術を受けてさえそうだ。性別適合手術とは、性器の形を変える外科手術である。望み通りの容姿になれるかどうかは話が別だ。
性別適合手術を受けても生物学的性別は変わらない。数万年前の人骨でさえも性別は分かる。「特例法」とは、生物学的性別は変わらないという事実を踏まえた上で、一定の条件を充たした人の性別を特別あつかいする法律だ。
「たとえ手術を受けても女装おじさんは女装おじさんだよ。」
重度の自閉症連続体障碍(ASD)を抱えたMtF(戸籍変更済み)はそう言った。
「私らは、努力して初めてスタートラインに立てるんだよ。MtF同士で会った時なんかは、どっちがパス度が高いかっていうマウントの取り合いになっちゃうくらいだし。」
特例法を作るときにGID団体が行なったことは、容姿の好い当事者を活用したことだ。つまり、手術さえすればこんなにも変われるのかと政治家や国民を納得させたのである。これと同じことをLGBT団体も行なっている。
しかし、それは一部の「成功例」でしかない。
人づてに聞いたことであるが、戸籍変更を済ませたMtFの中には、女湯に入って通報された者もいるという。やはり、手術をしても体格や容姿が変わらない人もいるのだ。では、そのような人が女性スペースに入ったとき、どうなるのか――。
それが議論されていなかった時点で、特例法には穴があったと言える。
自認する性で生活することを「RLE」(Real-Life Experience:実生活経験)という。戸籍上の性別とRLEの間にある矛盾を解消したのが特例法だ。
しかしGID当事者と話すようになり、特例法を利用していない当事者が多いことに気づいた。
性別適合手術には資金がかかる。身体上の危険も大きい。元に戻すこともできない。ゆえに、女性と偽って生活し、女性スペースを使っている者も多いのだ。戸籍変更を済ませた人でさえ、手術を受ける以前から女性スペースを使っていたと言っていた。
私の知人のMtFは、戸籍を変える前から女性だと偽って就職したという。更衣室もトイレも女性のものを使っていたそうだ。この件について、「女性として生活してるし、カミングアウトもできないのにどうするんですか」と彼女は言っていた。
カミングアウトせず、埋没している人は多い。
gid.jp は、数年前から、男女別スペースの利用について罪に問わないことを法務省に、職場上でのRLEを保障することを厚生労働省に要請しているという。
同団体が、履歴書の性別欄を廃止させようとしているのも同じ理由だ。埋没している人が、戸籍上の性別を明かすことなく就職・進学試験を通過できるようにしたいのである。
「越境性差を可視化せよ(カミングアウトして誰にも知られるようにせよ)」と言うLGBT活動家に対して、「可視化してはいけない」とGID当事者は反撥する。「彼女」たちは、戸籍上の性別が違うことを隠して「埋没」してきたのだ。
とあるMtFはこう言った。
「今、女性スペースを守れって言ってる人だって、GIDの事情を知っていれば見過ごしてくれていたはずなんですよ。けれども、LGBT活動家が騒いだり、女子トイレで自撮りしたりする奴らが可視化されるようになったから、こうなったんじゃないですか。」
「彼女」らは、「出生時に割り当てられた性別」を徹底して隠したがる。
とあるMtFなどは、「元々は男性の方」と他人から紹介されて激怒した。それは、他人を「性暴力被害に遭われた方」と紹介するようなものだという。
なので、「性別を間違えて男性として生まれたけれど、本来の性別を今は取り戻した方」くらいには言わなければならない。
このような話を聞き、「性同一性障碍とはそういうものなのか」と多くの人は思うだろう。しかし、そんな「彼女」たちが押しなべて自閉症連続体障碍(ASD)だと知ればどうだろうか。
「カミングアウトできない」
「誰にもバレていない」
この二つを理由に、「彼女」たちは女性スペースを使っている/使っていたという。LGBT活動家との違いは、「女性スペースを使わせろ」と堂々とは言わない点だけだ。
――埋没していたならば女性スペースを使ってもいいのだろうか?
MtFたちを敵に回すことを覚悟で言えば「よくない」。男性器を持つ者が女子トイレに入ることは、包丁を隠し持ってトイレに入るようなものだ。そんな奴がトイレにいるかもしれないと思うと、男性でも不安になるだろう。最も適切なのは、(たとえカミングアウトが難しくとも)周囲の女性たちや施設の管理者の理解を得て使うことだ。
加えて言えば、ただの女装でも埋没して女性スペースを使うことはできる。また、GIDではないのに診断書を得た人もいる。しかし、バレなければ何をやってもいいというものだろうか?
また、埋没者がいる事実は、LGBT活動家に付け込まれる余地を作った。つまり、GIDがやっていることを越境性差がやって何が悪いのかという主張を可能とさせたのだ。
それどころか、「パス度」という基準は容姿主義である。「パス度」のない者は女性スペースを使うことはできない。だからこそ、埋没できない者にも女子トイレを使わせろとLGBT活動家は言っている。
ホルモン治療を受けても、完全なパス度を得られるか否かは個人差がある。
それは性別適合手術を受けてさえそうだ。性別適合手術とは、性器の形を変える外科手術である。望み通りの容姿になれるかどうかは話が別だ。
性別適合手術を受けても生物学的性別は変わらない。数万年前の人骨でさえも性別は分かる。「特例法」とは、生物学的性別は変わらないという事実を踏まえた上で、一定の条件を充たした人の性別を特別あつかいする法律だ。
「たとえ手術を受けても女装おじさんは女装おじさんだよ。」
重度の自閉症連続体障碍(ASD)を抱えたMtF(戸籍変更済み)はそう言った。
「私らは、努力して初めてスタートラインに立てるんだよ。MtF同士で会った時なんかは、どっちがパス度が高いかっていうマウントの取り合いになっちゃうくらいだし。」
特例法を作るときにGID団体が行なったことは、容姿の好い当事者を活用したことだ。つまり、手術さえすればこんなにも変われるのかと政治家や国民を納得させたのである。これと同じことをLGBT団体も行なっている。
しかし、それは一部の「成功例」でしかない。
人づてに聞いたことであるが、戸籍変更を済ませたMtFの中には、女湯に入って通報された者もいるという。やはり、手術をしても体格や容姿が変わらない人もいるのだ。では、そのような人が女性スペースに入ったとき、どうなるのか――。
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