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女装男が女湯に入っても合法になる日
13.清水晶子「埋没した棘」を読んで。
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二〇一二年のこと――、
ある「Xジェンダー」の男性がこうツイートした。
彼――尾崎日菜子は越境性差の論客として名の知られる人物である。
犯罪自慢・適当な性自認・言い回しの珍妙さもあり、越境性差と女性スペースの問題でこの迷言はよく引用されることとなった。
一方、尾崎のツイートを擁護した者もいる――東京大学の清水晶子教授だ。
この件について、岩波書店の『思想』二〇二〇年三月号に清水教授は論文を発表する。題名は「埋没した棘:現れないかもしれない複数性のクィア・ポリティクスのために」だ。
「埋没した棘」の論旨を大雑把に説明すると、↓↓こういうこと↓↓である。
「女は性被害に遭いやすいという定義はおかしい。重要なのは女に見えるかどうかだ。」
いや――マジで。難解な言い回しをしている割にはこれしか言っていない。
清水教授は、女性スペースに男性が入るなと主張することは「トランス女性への侮蔑や攻撃」だと述べる。これらの言動には、「性的トラウマと身体的恐怖に基づく圧倒的な訴求力」があるという(いや、トラウマや恐怖ではなく、現実的な防犯の問題だ)。
そして、「ペニスがある(かもしれない)トランス女性」についてこう述べている。
「そもそもの実際問題としても、公衆トイレで利用者の男性器の有無を確認することは少なくとも深刻な人権侵害を伴わない限り不可能であり、男性器を露出して公衆浴場の女湯を利用するトランス女性という存在も実情からは程遠い。」(傍点引用者)
さらには、女性が性加害に遭いやすいことを「傷つけられやすさ」と矮小化し、それが「トランスへの差別」の背後にあると分析する。
「そこに浮かび上がるのは、特定の性的・身体的な傷つけられやすさにおいて『女性』の均一性を保障し、ひるがえってその傷つきやすさからの保護にこそ『女性』の連帯の拠り所を見出そうとする欲望である。(略)問題は、その人の身体がペニスによって挿入され傷つけられうるものと認められるものかどうかであり、そしてその傷つきからの保護こそを(略)最重要とする課題設定を共有できるかどうか、なのだ。」(傍点引用者)
驚いたことに、女性の安全の問題を仲間意識の問題にすり変えている。
何より問題なのは、女性の「傷つきやすさ」ばかりに目を向け、男性の「傷つけやすさ」に目を向けていないところだ。男性と女性では性慾の質が先天的に違う――あるいは攻撃性や加害性でさえも。それらを可能とするのが男性器だ。
ところが、「あらゆる身体は必ず傷つけられやすい」というジュディス゠バトラーの言葉を用いて清水教授は詭弁を繰り出す。そもそも、女性が性被害に遭いやすいのは、「女性から権利を奪う権力体制を強化する」目的があるためだという。なので、女性は性被害に遭い易く、これが変わることはないと言うのは、「国家などの父権的権力に女性の保護を要請することになる」のだそうだ。
だからこそ、「女性=傷つけられやすい」という図式はもちろん、「ペニスがある=傷つけやすい」という図式も清水教授は問題視する。「トランス女性」に隠れているペニスは「埋没した棘」であり、この事実は、「実は私もチンコまたにはさんだだけでその場にいたのだけれど、あなた気がつかなかったでしょ?(原文ママ)」と訴えかけていると言うのだ。
その上で、尾崎のツイートについてこう解説する。
「これが実話であったにせよ、あるいは発言者が後に説明したようにフィクションであるにせよ、ここで語られているのは女湯に入ったことが問題にならなかった/なっていないエピソードであり、その意味でこれは視認/露見を免れて女性として通用した話にほかならない。」
女性客は、股に挟んだペニスを視認しなかったか、尾崎に近接性を感じて通報しなかった――「明らかにこの話のポイントはそこにある」という。
ただし、さすがに論が雑すぎると思ったのか、直後にこう述べている。
「実際にそのような身体と女湯で遭遇するのはシスジェンダー女性にとってあまりに脅威であり共存など決して受け入れられないはずだ、という指摘はありうるだろう。しかし、該当ツイートに向けられた批判の多くは、そういうものではなかった。このツイートに言及しつつ繰り返し語られたのは、トランス女性が男性器を露出して女湯へ入ってくることへの恐怖だったのだ。」(傍点引用者)
――話をすり替えるな。
「という指摘はありうるだろう」じゃない。問題視されていることはそこだ。なぜ、「露出しているか否か」に拘泥し、その件について何も答えないのか。
何をどう読んでも、この論文は「男性器があってもバレなければ女湯に入ってOK!」と言っているとしか思えない(疑うなら実際に読んでほしい)。
なお、尾崎日菜子で検索して顔を見ると、男にしか見えない。女性ホルモンを打っているわけでもなければ、中性的な顔立ちでもない。ましてや、男性器を股に挟んで自然に歩くことは出来ない。このツイートは作り話だと判断するのが妥当である。
「トランス女性」が女性ならば、股間についている物は何なのか。
この問題について、京都朝鮮学校襲撃事件や反ヘイトスピーチ裁判などの難事件に関わり、原告を勝訴に導いてきた弁護士・上瀧浩子はツイッター上で次のように述べた。
さすがに反省したのか、このツイートは今は削除されている。にも拘らず、上瀧弁護士は再び次のようにツイートしていた(こちらは削除されていない)。
また、別の人物はこうつぶやいていた。
――シス女性にも同じものがついている?
さらに別の人物は、こうも言っていた。
もはや、性自認主義者たちは頭にウジの湧いた連中だとしか私は思えなくなってしまった。
ある「Xジェンダー」の男性がこうツイートした。
彼――尾崎日菜子は越境性差の論客として名の知られる人物である。
犯罪自慢・適当な性自認・言い回しの珍妙さもあり、越境性差と女性スペースの問題でこの迷言はよく引用されることとなった。
一方、尾崎のツイートを擁護した者もいる――東京大学の清水晶子教授だ。
この件について、岩波書店の『思想』二〇二〇年三月号に清水教授は論文を発表する。題名は「埋没した棘:現れないかもしれない複数性のクィア・ポリティクスのために」だ。
「埋没した棘」の論旨を大雑把に説明すると、↓↓こういうこと↓↓である。
「女は性被害に遭いやすいという定義はおかしい。重要なのは女に見えるかどうかだ。」
いや――マジで。難解な言い回しをしている割にはこれしか言っていない。
清水教授は、女性スペースに男性が入るなと主張することは「トランス女性への侮蔑や攻撃」だと述べる。これらの言動には、「性的トラウマと身体的恐怖に基づく圧倒的な訴求力」があるという(いや、トラウマや恐怖ではなく、現実的な防犯の問題だ)。
そして、「ペニスがある(かもしれない)トランス女性」についてこう述べている。
「そもそもの実際問題としても、公衆トイレで利用者の男性器の有無を確認することは少なくとも深刻な人権侵害を伴わない限り不可能であり、男性器を露出して公衆浴場の女湯を利用するトランス女性という存在も実情からは程遠い。」(傍点引用者)
さらには、女性が性加害に遭いやすいことを「傷つけられやすさ」と矮小化し、それが「トランスへの差別」の背後にあると分析する。
「そこに浮かび上がるのは、特定の性的・身体的な傷つけられやすさにおいて『女性』の均一性を保障し、ひるがえってその傷つきやすさからの保護にこそ『女性』の連帯の拠り所を見出そうとする欲望である。(略)問題は、その人の身体がペニスによって挿入され傷つけられうるものと認められるものかどうかであり、そしてその傷つきからの保護こそを(略)最重要とする課題設定を共有できるかどうか、なのだ。」(傍点引用者)
驚いたことに、女性の安全の問題を仲間意識の問題にすり変えている。
何より問題なのは、女性の「傷つきやすさ」ばかりに目を向け、男性の「傷つけやすさ」に目を向けていないところだ。男性と女性では性慾の質が先天的に違う――あるいは攻撃性や加害性でさえも。それらを可能とするのが男性器だ。
ところが、「あらゆる身体は必ず傷つけられやすい」というジュディス゠バトラーの言葉を用いて清水教授は詭弁を繰り出す。そもそも、女性が性被害に遭いやすいのは、「女性から権利を奪う権力体制を強化する」目的があるためだという。なので、女性は性被害に遭い易く、これが変わることはないと言うのは、「国家などの父権的権力に女性の保護を要請することになる」のだそうだ。
だからこそ、「女性=傷つけられやすい」という図式はもちろん、「ペニスがある=傷つけやすい」という図式も清水教授は問題視する。「トランス女性」に隠れているペニスは「埋没した棘」であり、この事実は、「実は私もチンコまたにはさんだだけでその場にいたのだけれど、あなた気がつかなかったでしょ?(原文ママ)」と訴えかけていると言うのだ。
その上で、尾崎のツイートについてこう解説する。
「これが実話であったにせよ、あるいは発言者が後に説明したようにフィクションであるにせよ、ここで語られているのは女湯に入ったことが問題にならなかった/なっていないエピソードであり、その意味でこれは視認/露見を免れて女性として通用した話にほかならない。」
女性客は、股に挟んだペニスを視認しなかったか、尾崎に近接性を感じて通報しなかった――「明らかにこの話のポイントはそこにある」という。
ただし、さすがに論が雑すぎると思ったのか、直後にこう述べている。
「実際にそのような身体と女湯で遭遇するのはシスジェンダー女性にとってあまりに脅威であり共存など決して受け入れられないはずだ、という指摘はありうるだろう。しかし、該当ツイートに向けられた批判の多くは、そういうものではなかった。このツイートに言及しつつ繰り返し語られたのは、トランス女性が男性器を露出して女湯へ入ってくることへの恐怖だったのだ。」(傍点引用者)
――話をすり替えるな。
「という指摘はありうるだろう」じゃない。問題視されていることはそこだ。なぜ、「露出しているか否か」に拘泥し、その件について何も答えないのか。
何をどう読んでも、この論文は「男性器があってもバレなければ女湯に入ってOK!」と言っているとしか思えない(疑うなら実際に読んでほしい)。
なお、尾崎日菜子で検索して顔を見ると、男にしか見えない。女性ホルモンを打っているわけでもなければ、中性的な顔立ちでもない。ましてや、男性器を股に挟んで自然に歩くことは出来ない。このツイートは作り話だと判断するのが妥当である。
「トランス女性」が女性ならば、股間についている物は何なのか。
この問題について、京都朝鮮学校襲撃事件や反ヘイトスピーチ裁判などの難事件に関わり、原告を勝訴に導いてきた弁護士・上瀧浩子はツイッター上で次のように述べた。
さすがに反省したのか、このツイートは今は削除されている。にも拘らず、上瀧弁護士は再び次のようにツイートしていた(こちらは削除されていない)。
また、別の人物はこうつぶやいていた。
――シス女性にも同じものがついている?
さらに別の人物は、こうも言っていた。
もはや、性自認主義者たちは頭にウジの湧いた連中だとしか私は思えなくなってしまった。
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