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第1章 イリス大陸編

第34話 試験終了

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「エクスプラ、こっちも頼む」
「……了解」

 エクスプラは女と剣士の男を拘束し終え、続けて炎の聖法使いも拘束しようとバッグからロープを取り出した。

「ま、待て! 取引しよう!」

 不動颯太ふどうそうたに捕らえられている炎の聖法使いは、迫ってくる不気味な召喚獣とエクスプラを見て焦り、取引を持ちかけた。

「金をやる。今は手持ちがねえが、試験が終わったら必ず払う。だから冒険者証は取らないでくれ! あと一個で条件達成なんだ!」

 炎の聖法使いの首元には冒険者証が三つあった。一つは彼自身のもので、二つは他の冒険者から奪ったものである。
 この第一次試験のルールでは、自身の冒険者証は見える場所に身に着ける必要がある。奪った冒険者証も同様に見える場所に身に着ける必要があるが、パーティの誰が身に着けるかは定められていない。そのため、最も奪われる可能性が低い者に託すのが最適なのだ。

「悪いけど俺が欲しいのはお金じゃなくて合格証なんだ。怪我はさせたくないから、大人しく縛られてくれ」
「……ああ、そうかよ」

 炎の聖法使いは眉をひそめた。そして、早口でボソボソと詠唱する。

「あっつ!」

 不動颯太は炎の聖法使いの手首を掴んで拘束していたが、聖法により手のひらの辺りの体温が急激に上昇し、驚いて手首を離してしまった。
 炎の聖法使いはその隙を見逃さず、不動颯太を振り下りおろす。自由の身になった炎の聖法使と不動颯太は体術による数手の攻防を繰り出し、互いに距離を取った。
 炎の聖法使いは『早口言葉』というスキルを持つ。このスキルは「早口言葉が得意になる」という戦闘には全くと言っていいほど役に立たない能力だが、呪文の詠唱によって聖法を発動させる聖法使いにとっては絶大な効果を発揮する。炎の聖法使いは早口で詠唱することで、聖法の発動時間を極限まで短縮しているのだ。

「気を付けて。この男、身体能力はA級並み……」

 エクスプラは慌てて不動颯太の隣に駆け寄り、召喚獣を連れて戦闘の構えを取る。

「おめえらも十分A級並みだよ。ったく、相変わらず運要素の強いクソ試験だなあおい」

 炎の聖法近いは後退った。彼は決して弱者ではない。B級の資格は十分にあるどころか、A級冒険者にも匹敵する実力を持つ。ただ、不動颯太とエクスプラ、そして彼女が召喚する召喚獣もまたA級並みの実力。炎の聖法使いにとって圧倒的に不利な状況であり、彼もそれを理解していた。

「そいつらのタグはくれてやる。だから追ってくるなよ」

 炎の聖法使いは不動颯太に手のひらを向けて早口で詠唱し、冷気と氷塊と共に放った。
 不動颯太は咄嗟にアスポートを発動させて、冷気と氷塊の軌道をそらす。エクスプラはすぐに攻撃を行おうとしたが、炎の聖法使いは続けて聖法を発動させ、辺りに炎をばらまいて壁を作り出した。そして追撃をする間もなく、炎の聖法使いはその場から逃走した。

「逃げた」
「……追ってまで戦うのはリスクがある。効率も悪い。これでいい」
「それにしても、厄介な奴だったね。二属性の聖法使いなんて初めて見たよ」
「……さっきの男は、炎の属性ひとつだけだった」
「え、そうなの?」
「……炎属性の本質は『熱』。手練れは高温と低温の両方を操る」
「そうなんだ」

 不動颯太とエクスプラは先ほど縛った二人の冒険者から冒険者証を奪う。これで不動颯太たちの持っている冒険者証は五つとなった。

「ちょっと、もう決着ついたんだからこれ解いてよ」
「そうだ、このまま放置されると獣に食われちまう」

 縛られた冒険者二人が縄を解くように懇願する。不動颯太は「解いても良いのでは?」と思い、エクスプラの様子を伺った。

「……念のため、後で召喚獣に解かせる」

 縛られた冒険者は、先ほどの攻防で実力差を理解したため敵対する気はなかった。二人が言っていることは本心である。それでも、不動颯太とエクスプラは万が一を備えて安全を確保してから後ほど縄を解くことにした。

「残り一個か」

 不動颯太とエクスプラが奪わなければならない冒険者証は残りひとつである。


 * * *


 試験三日目の早朝。冒険者たちは初日の集合場所に再び集まっていた。その中に、不動颯太とエクスプラも居た。

「それでは、結果を発表します。残念ながら今回も死者が数名出てしまいました」

 試験官は一次試験に合格した者の受験番号を順番に読み上げた。

「―ー358番、359番。このブロックでの合格者は以上となります。第二試験の説明を行うので、不合格者は解散してください。事前に配った仮証は冒険者証の返却や再発行に必要ですので、廃棄しないようにお願いします」

 冒険者たちは浮かないかをしながらこの場から去って行った。358番は不動颯太、359番はエクスプラの受験番号であるため、この場に残った。
 第七試験会場には五十人近くの冒険者が集まっていたが、その中で合格した者は十人にも満たなかった。他の試験会場でも同程度の合格者数だとすると、一次試験の全体の合格者は五十人にも満たないことになる。

「第二次試験は体力測定です。ギルド本部に正午から始めます。集合時間に指定はありませんが、本日中に行うので定時までにロビーにて受付を済ませてください」

 二次試験の説明が終わり、一次試験の合格者も一度解散となった。

「あ~疲れた。一次試験が終わった当日に体力試験なんて、キツいね。俺はこの後お店でご飯食べようと思ってるけど、エクスプラも一緒にどう?」
「……私はいい。それより、第二次試験はいつ頃受ける?」
「うーん、昼食を取った後、少し休憩したらすぐ受けようかな。そこまで疲れてないし」
「……そう」

 不動颯太とエクスプラは別れた。

 数時間後、昼休憩を終えた不動颯太は第二次試験の体力測定を受けにギルド本部へ訪れていた。
 体力測定は器具を用いて体力を厳密に数値化できるようになっていて、全ての項目に記録が残された。項目の中には鑑定士によるスキル鑑定とレベル鑑定が含まれており、鑑定の結果、不動颯太のレベルは30に達していた。ちなみに、レベル31以上がS級冒険者の目安となっている。不動颯太は身体能力だけならA級冒険者の上澄みのレベルなのだ。
 第二次試験の体力測定が終了してもすぐに結果が発表されることはなく、翌日の第三次試験の後にB級昇格試験の合否が発表されるという説明を受験生たちは受けた。
 第三次試験は面接である。これは一次試験で人数を絞り、二次試験と三次試験を併せて本人の実力を測るという狙いがある。身体能力が低くとも特殊な技能によって高い戦闘力を発揮する者も多いためだ。

「えーっと、358番は……あった」

 第三次試験の面接の翌日、不動颯太はギルド本部ロビーに訪れていた。
 ロビーにはB級昇格試験の合格者が掲示板に張り出されており、一覧には不動颯太の受験番号が記されていた。連番のエクスプラの受験番号も載っている。今月の試験でB級冒険者に昇格した者は三十人ほどであった。合格率に換算すると約10パーセントである。

「あ、エクスプラ」
「…………」

 受付でB級冒険者証を受け取り正式にB級冒険者となった不動颯太は、掲示板を眺めていたエクスプラと出会った。

「B級昇格おめでとう、エクスプラ」
「……あなたも」
「俺はこれからやることもないし、国に帰ろうかと思うけど、エクスプラはどうするの?」
「……私は、例の物を届けないといけないから、すぐに帰る」
「試験前に一緒に買ったやつだね。短い間だったけど、ありがとう。あんまり引き留めてても迷惑だろうから、俺はもう行くね。じゃあ」
「…………」

 不動颯太は短い挨拶を済まし、ギルド本部から出た。エクスプラは不動颯太が見えなくなるまで、彼の背中を眺めていた。
 
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