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今までとこれから

巣立ちの時

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 結局、僕は、彼に置いていかれたんだ。

 今思えば、あれが僕の『巣立ち時』だったんだけど、当時の僕には、受け入れがたい現実だった。それでも、彼にあそこまで言われて、「どうしても付いて行く」とは、言えなかった。

 それから、僕は、その村で暮らし始めた。

 薬師のおばあさんは、僕の師匠になった。師匠の身の回りの世話をしながら、雑用をこなす日々だった。

 彼女の知識量は凄かった。なんで、村の薬師に収まっているのかが不思議なほど、色んなことを知っていて、それを僕に惜しげもなく伝授してくれた。

 その村にも、当然だけど、規模の小さい孤児院があった。僕自身、孤児だったから、彼らと仲良くなるのに、それほど時間は掛からなかった。

 後になって、師匠の幼馴染の院長シスターに聞いたところによると、師匠は、国の中枢で活躍していた錬金術師だったらしい。そんな彼女が、ある日突然、生まれ故郷の村に帰ってきて、そのまま村の薬師になった。帰ってきた真相は、師匠が言わないものだから、誰も知らないけど、師匠が帰ってきてくれて、その薬で多くの人が助かったんだって。

 それを知って、僕の疑問はあっという間に氷解したよ。

 そうこうする内に、戦争が激化していった。

 風の噂で、フェルが死んだって聞いた時は、信じられなかったよ。あんなに強い彼が、死ぬわけがない。って、いつか、ガハハって笑いながら、僕を迎えに来てくれる。って、盲目的に信じてたんだ。

 戦争が終わって平和になっても、彼が僕を迎えに来ることはなかった。

 戦争の爪跡は、小さな村にも少なくない変化をもたらした。若い労働力が減ったのに、税は増えて、みんなが四苦八苦していたんだ。

 口減らしで離散する家族もたくさん見てきた。

 そんな時に、院長から、ここの事を聞いたんだ。

 激化した戦乱の真っただ中にある村の孤児院で、高齢の前院長が老衰で亡くなったこと。戦争によって孤児が増えていること。寄付によって運営される孤児院に寄付が集まらないこと。

 聞こえてくる噂は、どれも、八方塞がりなものばかりだった。

 何より、孤児院の院長に立候補する人が誰もいなくて、彼女はとても苦慮していた。そんな時に、師匠から言われたんだ。

「あんたももう、成人だ。独り立ちする時かもしれないねぇ」

 僕はまだまだ、師匠に教わることがあると思っていた。師匠のいる高みに至ったとは、到底言えなかったから。

「バカをお言いでない! あたしゃぁ、この道ウン十年とやってんだ。お前みたいなひよっ子にスグに追い付かれるほど、簡単な道は歩いてないよ!」

「それでも、あんたは良く頑張った。その年で基礎は修めたからね。それでもまだ足りないってんなら、そっから先は、自分で切り拓くしかない。あんたはここでない所で、あんたを必要としている所で、そっから先を歩んでいきな」

 色んな物がつながった気がした。

 僕は、僕が僕であるために、ここに来ることを決めたんだ。
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